『華麗なる一族』に生まれた僕、パリピな太陽神に心を撃ち抜かれる。   作:えれくとろにくす

2 / 8
2.凍りついた心にはヘリオスを

 

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらない朝。見慣れたレッスン室。

 

カーテンから漏れた日差しが眼の前の白い鍵盤に差し掛かる。

 

「……ふぅ」

 

ショパンのエチュード作品10の第4番。

 

通称『激流』右手の高速パッセージが延々と続く、技巧的な難曲だ。

 

しかし、僕は何度となくこの練習曲を弾いてきた。

 

この曲の楽譜は、もう体に染み付いている。

 

鍵盤を叩く。

 

最初の和音。

 

そして、激流のような右手の旋律が流れて…

 

(…あれ)

 

比較的簡単な筈の1小節目でまさかのタッチミス。

 

流れる旋律の中で、半音ズレた不協和音がやけに目立つ。

 

(調子悪いのかな…)

 

頭の片隅にそんなことを思い浮かべながらも、鍵盤を叩き続ける。

 

だが…

 

繰り返されるタッチミス、なぜか今日は鍵盤が氷の上みたいに滑る。

 

「……っ」

 

僕は思わず指を止めた。

 

鍵盤から指を離し、プラプラと揺らすいつもの指のストレッチを挟む。

 

(指先の感覚は問題無いはずなんだけど…)

 

僕がそんなことを考えていたその時。

 

「紅、どうしたのかね?」

 

レッスン室に響く、僕のピアノの師匠の声。

 

齢70を超えてなお、世界的なピアニストとして名を馳せる巨匠である。

 

「いえ、今日は…理由は不明ですが、初歩的なタッチミスが多いので、一度仕切り直そうかと…」

 

「ふむ…」

 

師匠は何か考え込むような仕草をしながら、僕に詰め寄り、じっと目を見つめてきた。

 

「師匠?」

 

「雑念が見えるのぉ」

 

「ざ、雑念ですか?…は、はて何のことやら…」

 

僕はそんな事を言いながら、視線を逸らす。

 

雑念。

 

その言葉に、心当たりがありすぎたからだ。

 

「おいおい、そっぽを向くでない、わしの目を見なさい、紅」

 

「………はい」

 

ゆっくりと、師匠の方を向く。

 

師匠の瞳は、まるで全てを見透かすように僕を捉えていた。

 

「ほお…これは…」

 

師匠は長く伸びた顎髭をひと撫ですると、ニンマリと口角を上げて、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「…『恋』…じゃの」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『音楽は己の心を移す鏡じゃ……ほほ、そうかそうか紅にもそんな相手が…ああ恥ずかしがる必要は無いぞ?わしにもそういう時期はあったからのお』

 

思い出すのは、そう言って高笑いする師匠の姿。

 

さらに師匠は、レッスンに身が入らんだろうと今日のレッスンを中止にしたのだ。

 

そして時間が空いた今、僕は自室のデスクでペラペラと、とある漫画のページをめくっていた。

 

「…うーん」

 

頭を抱えながら、さらにページをめくる。

 

そんな僕の側には漫画やら小説やらが混在する書物で積み上がった山ができていた。

 

この山は、僕が師匠の言葉を聞いてから、急遽凛子さんに頼んでかき集めてもらった恋愛小説、恋愛漫画の数々だ。

 

「…やっぱり、よくわかんないな」

 

ボソリと呟いて、今読んでいる漫画を閉じた。

 

何冊か目を通したが、どの本にも僕が求める明確な『恋』の定義は記述されていなかった。

 

ため息をつきながら、書物の山に閉じた漫画を積み上げる。

 

ちなみに今積み上げた漫画のタイトルは『僕とメイドとアールグレイ』である。

 

(…凛子さんが集めてくれた本に妙に主従関係系のジャンルが多いのは気のせいか?そういうものなのか?)

 

僕はそんなことを考えながら、フラっとその場から立ち上がり、自室の扉を開く。

 

「あの、凛子さん」

 

「どうされましたか?ぼっちゃん」

 

案の定、僕の部屋の前で待機していた凛子さんに声を掛ける。

 

凛子さんは続けて何故か少しだけワクワクしたような表情で口を開いた。

 

「ところで、私が集めた恋愛に関する書物はいかがでしたか?ぼっちゃんがどうしてもと言うならば、今から2人で語り合っても…」

 

「いや、読んだんだけど、よく分かんなかった。せっかく集めてもらったのにごめん」

 

「…そうですか」

 

僕の謝罪に凛子さんはコクリと頷いた。

 

彼女が若干寂しげなのは気のせいということにしよう。

 

「僕は今から気分転換に外に歩きに行くから、凛子さんは休んでて大丈夫だよ」

 

「なりません、ぼっちゃん」

 

「え?」

 

凛子さんの否定の言葉に僕は首を傾げる。

 

ちょっとした散歩くらいなら、いつも行ってるのに何でダメなんだ?

 

「先日、何故かぼっちゃんがずぶ濡れで全身打撲して帰ってきたことをお忘れですか?」

 

「い、いや…あれはただ不慮の事故で」

 

「不慮でも事故は事故です、どれだけ家の者が心配をしたか……しばらくはぼっちゃんが外出する際は私も同行致します」

 

…うーん、そう言われちゃ、断ることはできない。

 

「わかった、じゃあ一緒に来てよ凛子さん。僕ちょっと歩きたい気分なんだ」

 

「ご同行させていただけるのでしたら、問題はございません」

 

そう言って軽く頭を下げる凛子さん。

 

「んじゃ、行こっか」

 

「ええ」

 

僕らは2人で玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼっちゃん、どこに向かって歩いているのでしょうか?」

 

「…適当だよ、考え事する時はこうやってフラフラ歩くのがいいんだ」

 

僕と凛子さんが2人並んで街を歩く。

 

基本的には凛子さんとの移動は車が多いから、こうして2人で歩くのはほぼ初めてみたいなもんかもしれないな…

 

そんなことを考えていると、隣の凛子さんが何かを思い出したかのように口を開く。

 

「そういえば、ぼっちゃん。この前の縁談の件についてですが…どうされますか?」

 

「どうするって言うのは…」

 

「このまま、お相手様との婚約のお話を進めていくかどうかでございます。お母様からはなるべく早く、ぼっちゃんから返事をいただくように指示を受けています」

 

「……縁談か」

 

僕はずっと何も言わず、素直に受け入れるつもりでいた。

 

でも…

 

『またどっかで会えたらウェイしよーー!!」』

 

あの日から、彼女の底抜けに明るいあの笑顔が何故か僕の中にずっと残って消えない。

 

だから…

 

「…凛子さん」

 

「はい、なんでしょう」

 

僕は歩みを止めずに、凛子さんの方を向く。

 

「縁談の件なんだけど…やっぱり一旦、断ろうと思う」

 

「…良いのですか?ぼっちゃん?」

 

僕の答えに凛子さんは珍しく少し驚いたような表情で言葉を返した。

 

「ああ、まだ自分の中で納得しきれていないことがあるんだ」

 

…それに、こんなもやもやしたまま縁談を進めるのは、きっと相手にも失礼だ。

 

「…畏まりました。ぼっちゃんがお決めになったことなら私はどんなことでも受け入れます」

 

そう言いながら、頭を下げる凛子さんの声色はどこか穏やかで温かい。

 

「断る旨は私の方から母上様に伝えておきます」

 

「いや、いいよ、僕が自分で伝える」

 

お母様が組んでくれた縁談なんだし、それを断るのならば、ちゃんと僕から謝らないといけない。

 

それに…

 

「この縁談は誰でもない…僕自身の話だしさ」

 

「……」

 

僕がそう言うと、凛子さんは少し不思議そうに僕の目を見つめる。

 

そして、わずかに微笑んで口を開いた。

 

「ぼっちゃんは少しだけお変わりになりましたね」

 

「そうかな?」

 

「はい、具体的にはあの水浸しになった日から、少しぼっちゃんの言動に変化が出てきたと思います」

 

「…そうかな?」

 

「ええ、あの日何があったのか、まだ教えてはいただけないのですか?まさかピアノのレッスンでミスばかりだったのと関係がありますか?さらに私に恋愛漫画を集めさせたのも不自然です。どうなんですか?ぼっちゃん?」

 

「………そっ、そうかな?」

 

「動揺で同じことしか言えてませんよ…ぼっちゃん…」

 

凛子さんがジトーっとした視線が僕に刺さる。

 

「あ、あはは…」

 

もう僕には笑ってごまかすしか手段は残されていなかった。

 

「全く、やはり顔に全てが出ますね、ぼっちゃんは」

 

凛子さんが呆れたようにそう呟く。

 

…とそんなやり取りをしていると。

 

「…あ」

 

いつの間にか、先日僕が不慮の事故にあってしまった現場である河川敷に来てしまっていた。

 

…いや、嘘をついた。

 

「いつの間にか」ではない、途中から僕は明確に自分の意思でこの河川敷に足を向けてしまっていた。

 

僕が河川敷で足を止めると、凛子さんも並んで視線を川へと移す。

 

「…ぼっちゃん、まさかまた入水にしにきたとは言いませんよね?」

 

「なわけないでしょ」

 

僕は凛子さんに言葉を返しながらも、キョロキョロと河川敷を見渡していた。

 

堤防にあるランニングコース、川沿いの岸…色んな場所に視線を向ける。

 

だが、目当ての人物の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「はぁ…」

 

すごく深いため息まで出てしまった。

 

でもしょうがない、出会ったあの日から今日まで、なにをするにしても考えてしまうのだ。

 

それに、彼女の姿が見えないだけで残念がって、深いため息が出てしまうときた。

 

もう、そろそろ認めるしかないのかもしれない。

 

自分がもうどうしようもないほど…

 

 

 

 

彼女『ダイタクヘリオス』に興味を惹かれてしまっていることを。

 

 

最初から考え事があって散歩したいなどと、自分に言い訳をしていた…でも、実際はただ彼女にもう一度会いたかっただけなんだ。

 

でも、無理があった、僕が知ってるのは彼女の名前くらい。

 

彼女の連絡先も知らなければ、どんな人なのかも詳しくは知らない。

 

あの日、たまたまこの河川敷で会っただけだ。

 

彼女がいつもここにいるわけなんてない。

 

むしろ、トレーニングで走っていたあの時がたまたまで、普段は全く違う場所でトレーニングしているのかもしれない。

 

そう考えると…

 

(…僕、何してんだろ)

 

急に自分の行動が馬鹿らしく思えてきた。

 

たった一回、出会っただけの相手。

 

そんな相手の名前だけを頼りに、河川敷をキョロキョロと見回して、居ないと分かればため息をついて…

 

(…これじゃただのストーカーみたいなもんじゃないか)

 

「はぁ…」

 

二度目のため息が漏れる。

 

「ぼっちゃん」

 

その時、隣から凛子さんの声が掛かった。

 

「もしかして先ほどから、何かをお探しですか?珍しくキョロキョロと落ち着きありませんが…」

 

「まあ…そうなんだけど…」

 

僕は言葉を濁す。

 

そして…

 

「いや、もういいや」

 

吹っ切れたようにそう言うと、僕はゆっくりと踵を返す。

 

いないものはいない、奇跡は2度も起こらないのだ。

 

「凛子さん、屋敷に帰りま…」

 

そして、凛子さんに声をかけようとした。

 

 

 

その瞬間だった…

 

 

 

「うおおお!!!いたああああああ!!!!」

 

 

 

左側からどこかで聞いたことのあるやたらとデカい声。

 

ドドドド!!と力強い足音が近づいてくる。

 

「へ…?」

 

思わず間抜けな声を漏らしながら、その方向に視線を移す。

 

そこには…

 

「こーさぁん!!!ウェェェーイ!!!」

 

太陽に照らされた逆光の中、派手な青のメッシュが入ったサイドテールをなびかせながら、全力で駆けてくる一人のウマ娘の姿。

 

その姿を認識した瞬間、僕の心臓がドキリと跳ねる。

 

…が、僕が喜んだのも束の間。

 

「…あ、あれ?」

 

物凄いスピードで僕に手を振りながら近づいてくる彼女。

 

ドドドドドッ!!

 

…問題はなぜかそのスピードが落ちる気配が無いこと。

 

地面を蹴る音がどんどん大きくなる。

 

「ちょ、ちょっと待て!とっ止まれ止まれ!!」

 

僕は慌てて両手を前に突き出して、声を上げる。

 

しかし、彼女のスピードはやはり落ちない。

 

あの屈託のない満面の笑顔で、僕に突進してくる。

 

(…いや、怖いよ!?)

 

僕は思わずギュッと目を瞑る。

 

キィィィィィィッ!!!

 

その瞬間、耳をつんざくような大地の擦れる音が響いた。

 

「……うぇ?」

 

恐る恐る目を開ける。

 

すると、そこには…

 

「セーーーフ!!!ギリ止まれたっ!!!」

 

僕の目の前、本当に数センチの距離で、ダイタクヘリオスがピタリと止まっていた。

 

ウマ娘特有の脚力で急ブレーキをかけたのか、彼女の足元には土煙が舞い上がっている。

 

「……」

 

「……」

 

お互いの息遣いが聞こえるほどの至近距離。

 

彼女の大きな瞳が、まっすぐに僕を見つめていた。

 

「……ど、どうも…久しぶり…ダイタクヘリオス…さん?」

 

「うぃ!ヘリオスでいいよ!こーさん!!」

 

彼女はそう言ってニカッと笑う。

 

「…あの、何でここに?」

 

僕が恐る恐る彼女に尋ねる。

 

「……むむむ」

 

しかし、彼女は質問には答えず、やたら真剣に至近距離で僕の顔を見つめる。

 

そして…

 

「やっば…やっぱメチャ似てるし…お嬢に」

 

僕の顔を見ながら、ボソリとそう呟いた。

 

「お、お嬢?」

 

「てかさてかさぁ!!ウチらまた会えるとかマジ運命じゃね!?」

 

うん、僕の小さな疑問は聞こえなかったのか、普通にスルーされた。

 

「運命?」

 

「そそ!!だってウチここ数日、ずっとこーさんのコト探してたかんね!?」

 

「探してた……? 」

 

僕を?ヘリオスさ…ヘリオスが??

 

信じられない言葉に、思わず鸚鵡返しになってしまった。

 

「そりゃ探すっしょ!! だってさぁ、あの後すぐにパマちん達とと合流したんだけどさぁ…」

 

ヘリオスは身振り手振りを交えながら、僕に語り出す。

 

「『おにーさんと激突したわ!』って話したらさ、パマちんに言われちったんだよネ… 『…それひき逃げじゃね?ヤバくね?』って!」

 

「いや、ひき逃げではないと思うけど」

 

僕が大丈夫だって言ったんだし。

 

「でもさぁ!『もし後からムチウチとか来たらどーすんの? 連絡先も聞かずにノリだけで立ち去るとか、どうなん?』ってガチ説教されちゃってさ〜!」

 

そう言いながら、てへへと右手で頭を触るヘリオス。

 

…ふむ、そのパマちんとかいう人は名前によらず、かなりの常識人のようだ。

 

「だ!か!ら!…この前の正式な詫びを入れるためにずっと探し回ってたってワケ!」

 

ヘリオスはそう言いながら、僕の両手をガシッと掴んだ。

 

「へ?…な、何するつもりだ?」

 

「えへへっ!って訳で~!!今からお詫びの気持ちを込めてこーさんをウチのワンマンライブにごしょうたーい!!ウェーイ!!ポンポンポーン!!」

 

そう言いながら、ヘリオスは僕の手を引き、強引に歩き始めた。

 

「…???」

 

頭がこんがらがる、これはどういう流れでどういう状況なんだ?

 

…って。

 

「ちょ、ちょっと待ってヘリオス!」

 

「…うぇ?どしたん?…もしかして今からはムリぽ…?」

 

そう言って少しだけ寂しそうな表情を見せるヘリオス。

 

ああ、この子もこんな顔するんだな…って今はそれよりも…

 

「……いや、そういうわけじゃないんだけど」

 

僕はそう言いながら、キョロキョロと辺りを見回す。

 

だが、周囲に人影は無い。

 

(…り、凛子さん!?あの人どこ行った!?)

 

…そう、ヘリオスと会ったあたりからあの人の姿が見えない。

 

ヘリオスとの出会いの衝撃が強すぎて今まで気がつかなかった。

 

「ねぇねぇ?もしかしてさっきから誰か探してる系ダンシ?」

 

「…まぁ…そうなんだけど(なんだ誰か探してる系ダンシって…)」

 

首をかしげるヘリオスにそう返した瞬間。

 

ポケットの中でスマホが震えた。

 

取り出して画面を見ると、そこには一通のメールが表示されていた。

 

『先に帰りますが、本日18:00より語学学習がございます。それまでにはお帰りになってください』

 

それは凛子さんからのメールだった。

 

「……」

 

僕はメールを見つめたまま、しばらく固まっていた。

 

(敵わないなぁ…凛子さんには…)

 

「ねぇどしたん…?大丈夫そ?」

 

ヘリオスがちょっと不安そうに僕の顔を覗き込む。

 

「…いやごめん、大丈夫だったみたい」

 

僕はスマートフォンをポケットにしまいながら、ヘリオスの方を向いた。

 

そして、少しだけ笑いながら口を開く。

 

「それよりもさヘリオス…」

 

「うぃ?」

 

ヘリオスがきょとんとした表情で首を傾げる。

 

その仕草が、なんともとても可愛らしく見えた。

 

「…実はちょうど今、誰かのワンマンライブに行ってみたい系ダンシになったんだよね、僕」

 

「……!!!!」

 

ヘリオスの表情に一気に光が戻り、瞳がキラキラと輝く。

 

「ったぁぁぁ!!!こーぴょんサイコー!!!ウェーーーイ!!!」

 

「こ、こーぴょん…!?」

 

新たなあだ名の誕生に動揺する僕。

 

「えへへっ!んじゃ早速行きまっか!!」

 

だがそんな僕にかまわず、ヘリオスは両手をがっちり握り、歩き出す。

 

(……てか、ワンマンライブってなんだよ?)

 

そんな疑念を抱きながらも…僕は大人しくヘリオスに連行されていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んじゃ次の曲行きます…!ダイタクヘリオスで~『爆上げエナドリぶっかまうどん210円』!!」

 

 

~♪~♪

 

 

「…??」

 

暗くて狭い部屋の中、中央にある小さなミラーボールが回り、申し訳程度にカラフルに室内を照らす。

 

耳に入るのは聞きなれない波長帯域のメロディと目の前で熱唱するヘリオスの歌声。

 

僕は何とも言えない表情でとりあえず、持たされたタンバリンをリズムに合わせて叩く。

 

(…ワンマンライブって…カラオケボックスのことかい…まあ初めて来たから、なんだかんだ楽しいけど)

 

僕がぼんやりとそんなことを考えていると、どうやらヘリオス渾身の『爆上げエナドリぶっかまうどん210円』が終わったようだった。

 

「ふぃぃ…ねね!こーぴょんもなんか歌っちゃいなよ!!」

 

ヘリオスがそう言いながら、もう一本のマイクと曲を選ぶためのデンモク?とかいうやつを僕に差し出してきた。

 

てか…ワンマンライブじゃなかったのか?

 

「いや、僕それの使い方わからないからさ」

 

「マジ!?じゃウチが操作すっから曲教えて!!」

 

ヘリオスがまぶしいくらいの笑顔でそう言ってデンモクをいじる。

 

(……僕が歌える曲なんて…オペラくらいなんだけど…流石に良くないよな…)

 

「…じゃあ、『メンブレん時はとりまズッ友にかまちょ』で」

 

「え?マジ?こーぴょんマジ!?さっきウチが歌ったヤツなんですケド!?」

 

僕の選曲に流石のヘリオスも少し驚いているようだった。

 

まぁでもこうでもしないと…オペラを歌って変な感じになるのは嫌だし。

 

僕はそんなことを考えながらマイクを握る。

 

…そして流れてくる聞きなれないメロディに合わせて、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ガチかこーぴょん…ほぼカンペキなんですケド…もしかしてその曲知ってた?」

 

「いや、さっきヘリオスが歌ってたから覚えてた」

 

「耳コピマジか!?」

 

ヘリオスが目を丸くして、僕の顔を覗き込む。

 

ミラーボールの光が、彼女の青いメッシュに反射してキラッと揺れた。

 

「……まぁ、うん」

 

僕はマイクを置きながら、口を開く。

 

「僕、昔から耳がちょっとだけ良いんだ。大抵の曲は一度聴けば、だいたい覚えられる」

 

「ヤッバ!!じゃあじゃあ!『ぶっかまうどん』ももしかして…」

 

「もちろん覚えてる」

 

「おしゃー!!!じゃあこーぴょんとデュエれんじゃん!!ウェーイ!!」

 

(……デュエるってなんだ?)

 

首をかしげながらも僕の言葉にやたらと喜ぶヘリオスを眺める。

 

「こーぴょん神じゃん!!」

 

その姿がなんだか面白くて、思わず口元が緩んだ。

 

「まぁそれに…」

 

「ん~?どした〜?」

 

ヘリオスが僕の方に視線を向ける。

 

 

 

「…ヘリオスの歌声、綺麗だったから。覚えやすかった」

 

 

 

その瞬間…

 

「……え」

 

ヘリオスの動きが、ピタリと止まった。

 

そして、何故かその場にしゃがみ込み、デンモクを持って顔を隠した。

 

「え?何?どうしたんだよヘリオス?」

 

「……あ、いや、ちょ、まって、今こっち見ないで」

 

「え?なんで?」

 

「……なんでって……なんか……むり……」

 

しゃがみ込むヘリオスに視線を向けるが、部屋が暗いので表情まではよく見えない。

 

そして、いつもはピンと立って主張している彼女のウマ耳がペタリと頼りなく垂れてしまっている。

 

「……」

 

(…え、どういう状況?今?)

 

僕は咳払いをひとつして、わざと天井の隅を見上げる。

 

ミラーボールがくるくる回り、カラフルな光が壁に流れていく。

 

「……」

 

「……」

 

沈黙がやけに長く感じた、さっきまであんなに騒がしかったのに、今はよくわからないアーティストの紹介映像の音声だけがモニターから響いている。

 

その時。

 

「……ふう」

 

ヘリオスが突然、ふいっと顔を上げた。

 

「……っしゃ!!」

 

「ヘリオス?」

 

「オッケ!切り替えた!!」

 

ヘリオスは勢いよく立ち上がり、頬を両手でぺちぺち叩いた。

 

「こーぴょん」

 

「…ん?」

 

その表情はいつもの太陽のように明るい笑顔に戻っていた。

 

「さっきのは……その……えへへ……ありがと、的なヤツにしとく!!」

 

「あ、ああ」

 

僕が曖昧に頷くと、ヘリオスはわざとらしく咳払いを一つして、まるで何事もなかったかのように再びデンモクを抱え直した。

 

「よし!!じゃあ気を取り直して!!デュエろう!!」

 

「……あの、デュエる…って結局なんなんすか?ヘリオスさん?」

 

「二人でぶっかまってコト!!」

 

「……??」

 

うん、もっとわからなくなっちゃた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~…喉ちょっと痛いかも?」

 

あれから、僕は時間ギリギリまで、ヘリオスと歌い続けた。

 

歌いすぎてほとんどの曲を完璧に覚えてしまった。おそらく今ならアカペラでも余裕で歌えてしまうだろう。

 

18時からの語学学習を終えた僕は、そんなことを考えながら屋敷の廊下を歩いていた。

 

喉をかばうように咳払いを一つ。

 

その時……

 

「……おっと」

 

角を曲がった先で、ぱたりと足音が止まった。

 

見ると、そこにはトレーニングウェア姿の一人のウマ娘が立っていた。

 

「…こんな時間まで自主トレか?お疲れ様、ルビー」

 

そこにいたのは、艶のある黒髪に凛とした佇まい、トレーニングウェア姿もキュートな僕の妹だった。

 

「ありがとう存じます。…お兄様こそ、お疲れ様でございます」

 

ルビーはそう言いながら、ペコリと頭を下げる。

 

「ああ、ありがとう。じゃあお休みルビー」

 

「はい、おやすみなさい。お兄様」

 

僕らはそう言いあってすれ違う。僕は自室へ、ルビーはおそらくシャワールームへでも向かうんだろう。

 

(……にしても今日は色々あったなぁ…『ぶっかまうどん』……しばらく頭から離れなそうだ…)

 

そんなことを考えながら僕は自室へと向かう。

 

「~♪」

 

無意識に漏れる、鼻歌にも気付かずに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 

 

「……!!」

 

すれ違いざまに聞こえた兄の鼻歌にダイイチルビーの足が止まる。

 

(……今の旋律…どこかで…)

 

ルビーの頭に浮かぶのは、最近何かとよく絡んでくる陽気なウマ娘。

 

彼女がよく口ずさんでいる曲とさっきの兄の鼻歌がどこか似ているような気がした。

 

「……お兄様?」

 

そのことについて問いただそうと、遠ざかる兄の背中を追おうとしたが、途中で止まる。

 

「……」

 

無言で自分の服装を見つめる。

 

(この状態で、お兄様に近づくのは危険…)

 

自分がトレーニング終わりでまだシャワーを浴びていないことに気が付いたのだ。

 

(お兄様とあの方が……?)

 

『お疲れ様…ルビー』

 

『ウェーイ!!おじょー!!ラビュラビュ〜!!』

 

ブンブンと頭を振って、浮かんだ想像をかき消す。

 

「いえ、ありえません…」

 

いつも真面目で高潔、誰よりも一族としての責任感の強い、誇れるお兄様。

 

そして、どこまでも自由奔放で、日常的に意味のわからない発言が目立つ『あの方』。

 

ルビーの中でどうしてもその2人が結びつかない。

 

「……」

 

しかし、ルビーは胸の奥に芽生えたざらついた違和感がどうしても拭えないたまま…

 

「お兄様…」

 

遠ざかる兄の背中が見えなくなるまで黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。