『華麗なる一族』に生まれた僕、パリピな太陽神に心を撃ち抜かれる。   作:えれくとろにくす

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3.わたくしのおほしさま

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄様との一番古い記憶…

 

 

 

「き〜ら〜き〜ら…ひ〜か〜る〜」

 

 

 

それは…

 

 

当時、脚の骨の形が悪く、走るための治療も難航していて、不安で落ち込んでいた私に向けて弾いてくれた『きらきら星』。

 

 

 

「お〜そ〜ら〜の…ほ〜し〜よ」

 

 

 

お兄様はいつも屋敷の来客用ホールの端にあるグランドピアノを勝手に開き、子供には少し高い鍵盤を背伸びをしながら叩いていた。

 

 

 

掌が小さく、ペダルも踏めない、原曲の半分にも満たないロースピードで拙いメロディ。

 

 

 

「ほら!ルビーも一緒に歌おうよ!」

 

でも…

 

「き〜ら〜き〜ら〜…ひ〜か〜る…」

 

楽しそうにピアノを弾くお兄様の姿と、その…どこまでも優しいメロディが…

 

 

 

 

 

「「お〜そ〜ら〜の…ほ〜し〜よ」」

 

 

 

 

 

 

私は大好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…会場に最後の和音が鳴り響く。

 

ピアノの前に座っていたお兄様がゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

会場を満たしていたメロディはモーツァルト『きらきら星変奏曲』。

 

その12の変奏の優しく、激しく、そして美しい余韻が、静寂の中にゆっくりと溶けていく。

 

割れんばかりの拍手がその中心にいるお兄様を包んでいた。

 

現在行われているのは、これから私がデビュー戦を迎えるにあたり母上様が企画してくださった会食。

 

その余興として、お兄様が弾いたのが今の『きらきら星変奏曲』だった。

 

「この度は私の妹、ダイイチルビーの門出の為にお集まりいただき、誠にありがとう御座います」

 

お兄様は大人数の前でも全く怯まず、完璧にピアノを弾ききり、堂々たる表情で言葉を紡ぐ。

 

「余興も程々に、皆様この後の会食をお楽しみなりますよう、どうぞ宜しくお願い致します」

 

そう言いながら、深く頭を下げた。

 

そんなお兄様に向けて、再び大きな拍手喝采が響く。

 

黒く艶のあるミディアムヘアの頭髪、毛先はナチュラルにクルリと巻かれており、お兄様の柔らかくも芸術的な雰囲気を強調させる。

 

そして、私と同じ紅みがかったその大きな瞳が照明に照らされて美しく輝いていた。

 

「…お兄様」

 

その姿に、思わず声が漏れる。

 

『華麗であれ、至上であれ、常に最たる輝きを』

 

私にとって、最も近くでこの我が一族の玉条を常に体現しているのがお兄様だった。

 

幼い頃から数々の著名なコンクールに出続け、名誉ある賞をいくつも受賞した若き天才ピアニスト。

 

まだ『華麗なる一族』が進出していなかった音楽界へ一族の名前を知らしめた立役者。

 

…それこそが私のお兄様。

 

「……」

 

お兄様は拍手に包まれながら壇上を降り、私の元へと歩み寄ってくる。

 

「……お疲れ様です。お兄様、本日は私のために演奏をしていただき、ありがとう存じます」

 

そんな私の言葉に、お兄様は柔らかく微笑む。

 

「ああ、もちろんだよ。ルビーのためになるなら、ピアノくらいいくらでも弾くさ」

 

「はい、今回も素晴らしい演奏でございました」

 

「…!」

 

私がお兄様にそう返すと、お兄様は僅かに眉をあげるが、すぐに笑顔に戻り口を開く。

 

「素晴らしい演奏だなんて……まぁ、でも……」

 

謙虚で勤勉、いつも完璧で誇れる私のお兄様。

 

そんなお兄様が…

 

 

 

 

()()ありがと、ルビー」

 

 

 

 

お兄様が子供のような無邪気な笑みでそう言った。

 

「……は、はい」

 

私の…お兄様が…

 

私は薄目で目の前のお兄様にジトっとした視線を送る。

 

「…ど、どうしたんだよルビー」

 

「…いえ」

 

「…そうか?じゃあ僕向こうのテーブル行ってくるから、また後でね」

 

私の視線に耐えきれなかったのかお兄様はいそいそと別のテーブルへと足を向ける。

 

その背中を私はじっと眺めながら、考える。

 

 

 

(…やはり…近頃、お兄様の様子がおかしい…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、授業の合間の休息の時間。

 

昼食を取り終えた私は、トレセン学園の廊下を歩く。

 

『マジありがと、ルビー』

 

昨日のお兄様の言葉とあの笑顔が頭から離れない。

 

思えば、最近のお兄様はずっと変だった。

 

昨日のような大勢の前だといつもの高潔なお兄様のままなのに…

 

お兄様が1人でいる時や、私や執事の凛子などの近しい人物と話す時など、ふとした瞬間に違和感が現れる。

 

お兄様は鼻歌なんて歌わない、携帯電話を見ながら微笑んだりしない、たまに変な事を言うことはあれど、あんな砕けた言葉遣いも決してしない。

 

あの子供のような無邪気な笑顔だってお兄様は…

 

(…いえ、あの笑顔は素敵だったのでよしとしましょうか)

 

そんな事を考えながら、廊下を歩く。

 

午前の授業はお兄様のことばかり考えてしまい、集中が乱れてしまっていた。

 

(『華麗なる一族』として、授業を疎かにするなど…あってはならない…)

 

自分を戒めるように、そう思考を巡らせていると…

 

「ん~?あ!!おじょー!!」 

 

やけに大きな声が廊下に響き渡った。

 

思わず足を止めて振り返ると…

 

「ウェーーイ!!おじょみっけ~!!フゥー!!」

 

派手な青のメッシュが入ったサイドテールをなびかせながら、全力で駆けてくる一人のウマ娘の姿。

 

トレセン学園でも特に目立つ、太陽のように眩しい存在。

 

「……ダイタクヘリオスさん」

 

私は静かに彼女の名前を呼ぶ。

 

彼女は止まるそぶりを見せず、私目掛けて飛び上がる。

 

「おじょ~!!久々~!!元気してたぁ!?」

 

私に向けて飛びかかってくる彼女をヒラリと躱す。

 

「うぉっとっと…!!」

 

「ええ、そちらもお元気そうで何よりです、ダイタクヘリオスさん」

 

私は小さく頭を下げる。

 

ヘリオスさんとは同じトレセン学園の生徒として、何度か話したことがある程度…

 

明るく純粋で、誰に対しても分け隔てなく接する性格。

 

最近は何故かよく話しかけられるようになったお方…

 

「へへ…どうもどうも…ってか!ねね!んなことよりお嬢さ!今週デビュー戦っしょ!?」

 

「ええ、よくご存知で」

 

「もち!!だってしゅきピのデビューだよ!もーずっと前から全力待機っしょ!!ちょー楽しみ!!」

 

目の前のヘリオスさんはそう言って笑う。

 

その「しゅきピ」とやらの意味は未だによくわからない、しかし、とにかく彼女が自分の出走を心待ちにしていてくれていたということは伝わった。

 

「……ありがとう存じます」

 

私が小さく頭を下げると、ヘリオスさんはさらに目を輝かせた。

 

「てかさてかさぁ!お嬢のデビュー戦までに決起会フェスやんね!?みんなで集まってパーッとさ!!うわ!ウチ天才かも!絶対楽しいじゃん!」

 

ヘリオスさんはそう言いながら勝手に盛り上がっている。

 

だか…

 

「申し訳ございません、生憎ですが、デビュー戦までの予定は全て埋まっています」

 

私がそう言って頭を下げると、ヘリオスさんのテンションが露骨に下がる。

 

「うぇ…まぢぃ?ぴえんなんですけど…」

 

「もっと前もって伝えていただければ…対応できたのですが」

 

「ぱおん…」

 

ひどく悲しんだ様子のヘリオスさんを見ながら、私は内心で考える。

 

(きっと…私とヘリオスさんとでは見ている世界が違うのでしょう)

 

私の予定は全て、数週間前から綿密に組まれている。

 

トレーニング、勉学、家族との時間、そして『華麗なる一族』として果たすべき義務…全てが計画通りに進められている。

 

対して、ヘリオスさんはその場の「ノリ」で全てを決めているように見える。

 

思いついたらすぐ行動、楽しそうだと思ったら即決。

 

そんな自由な生き方。

 

私には…到底理解できない世界。

 

でも…

 

「うぅ…お嬢とフェスりたかったのにぃ…」

 

目の前で本当に落ち込んでいるヘリオスさんを見ていると、どこか放っておけない気持ちになる。

 

(…はぁ)

 

心の中でため息をつきながら、私は小さく口を開く。

 

「……あの」

 

「うぇ?どしたんおじょう…?」

 

ヘリオスさんが顔を上げる。

 

「デビュー戦の前は難しいですが…もし、よろしければ」

 

私は少しだけ言葉を選びながら続ける。

 

「デビュー戦の後の…懇親会という形でしたら、時間を調整できるかもしれません」

 

「…!」

 

その瞬間。

 

ヘリオスさんの表情が、みるみる明るくなった。

 

まるで、雲の切れ間から太陽が顔を出したように。

 

「え!マジ!?マジのマジ!?」

 

「ええ、確約はできませんが…」

 

「うぉしゃぁ!!!」

 

ヘリオスさんは両手を上げて喜ぶ。

 

そして、満面の笑みで私を見つめながら…

 

 

 

 

「えへへっ…()()ありがと!おじょー!!」

 

その言葉と、その笑顔。

 

「……!」

 

一瞬、クラッと視界が揺らいだ気がした。

 

目の前にいるのは、正真正銘ヘリオスさんだ。

 

なのに…

 

()()ありがと、ルビー』

 

何故か、昨日のお兄様の笑顔が、重なる。

 

無邪気で、子供のような、あの満面の笑み。

 

「……」

 

思わず、右手で額を抑える。

 

「うぇ!?急にどしたんお嬢!?頭痛いん??」

 

ヘリオスさんが慌てた様子で私の肩に手を置いた。

 

「…いえ、問題はありません。体調は万全です」

 

すぐに体制を立て直し、肩に置かれたヘリオスさんの手をそっと外す。

 

「ホントにだいじょぶ?保健室行かんでいい?」

 

「はい、ご心配おかけして申し訳ございません」

 

私はそう言いながら、頭を下げる。

 

顔を上げると、ヘリオスさんは相変わらず心配そうな表情で私を見つめていた。

 

(…この機会に、聞いてもいいかもしれません)

 

私は少しだけ躊躇いながらも、口を開く。

 

「……あの、ヘリオスさん」

 

「うぃ?なになに?」

 

「つかぬことをお聞きしますが…私の兄と、面識はございますか?」

 

「…へ?」

 

ヘリオスさんがキョトンとした表情で首を傾げた。

 

(……大丈夫なはず、お兄様とヘリオスさんの接点なんて一つも…)

 

そんな事を考えながら、私は何も言わずヘリオスさんからの返事に固唾を飲んで身構える。

 

「……」

 

…そしてヘリオスさんが口を開く。

 

 

 

「ええー!!お嬢お兄さんいたん!?ガチで!?」

 

 

 

「…!」

 

その反応。

 

心底驚いた様子のヘリオスさん。

 

もしお兄様とヘリオスさんに何か関係があるのなら、こんな反応はしないはず。

 

(…やはり私の考えすぎ)

 

でも、念のため…

 

「ええ、おります。ピアノを嗜んでいるのですが…もしかしたらどこかでお会いしたことがあるかと思いまして」

 

お兄様の代名詞とも言える、ピアノ。

 

もしヘリオスさんがこの話題に反応すれば…

 

「ピアノ?うーん…ウチのダチにピアノイケるヤツ……むむむ……」

 

「…うん!あんま心当たり無い!!」

 

ヘリオスさんは元気よくそう言うと、大きく笑った。

 

「…そうですか…!」

 

ヘリオスさんの返答にホッと胸を撫で下ろす私。

 

「ねね?もしかして、そのお兄ちゃんめちゃ歌ウマだったりしない??」

 

「…いえ、ここ最近で歌を歌っていたところは見たことありませんが…」

 

そっか…じゃあ違うかぁ…てかさ!お嬢の兄ちゃんピアニストマジ!?えぐかっけーじゃん!!」

 

ヘリオスさんはそう言いながら目を輝かせる。

 

その様子を見た私は…

 

「…ええ、もちろんです。それにお兄様は幼い頃から数々のコンクールで賞を受賞していて、とても優秀で…その上、謙虚で勤勉で、いつも私のことを気にかけてくださって…」

 

気づけば、口からお兄様の話が溢れ出していた。

 

「しかも演奏は本当に素晴らしくて、あの繊細なタッチと表現力はお兄様にしかできません」

 

「お、おう…」

 

ヘリオスさんが目を丸くして聞いている。

 

「それに、お兄様は…」

 

(…!)

 

ハッとする。

 

私は今、何を…

 

「…失礼いたしました。つい…」

 

顔が熱くなるのを感じながら、私は慌てて口を閉じる

 

「い、いやいや!お嬢って兄ちゃんガチラビュなんだ!!語っちゃうお嬢まじカワよいんですけど!!」

 

「…そ、そういうわけでは」

 

私としたことが、華麗なる一族として、あまりに情けない醜態を晒してしまった。

 

「…申し訳ございません。そろそろ午後の授業が始まるので、失礼させていただきます」

 

自己嫌悪に陥りながらも踵を返を返す私。

 

そんな私の背にヘリオスさんは続けて口を開く。

 

「ね!ね!お嬢様!」

 

「…まだ何か?」

 

ゆっくりと振り返る。

 

「ウチそのお嬢のお兄さんに会ってみたいんですケド!!ダメ!?」

 

「それだけはダメです」

 

「ぴえん!!」

 

ヘリオスさんの鳴き声を背に私は教室へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお…ここがレース場かぁ…実際に来るのはかなり久しぶりかな?」

 

僕は周囲をキョロキョロと見渡しながら呟く。

 

メイクデビュー戦には、そこまで人が集まらないと聞いていたけど…かなり人が多い気がする。

 

まぁその分ウチのルビーが注目されているってことなのか。

 

「ぼっちゃん」

 

その時、背後から凛子さんの声が飛ぶ。

 

「どうしたの?」

 

僕は振り返って首を傾げる。

 

「本当に良かったのですか?ぼっちゃんはルビー様のご家族ですから、関係者席が用意されていたのですが…」

 

「良いさ、デビュー戦くらいは近くで見たいじゃないか」

 

僕らはそう言いながら、集まった観客達の合間をすり抜けて最前列まで足を動かしていた。

 

「出走前のルビー様になにか伝えなくても大丈夫だったんですか?」

 

「大丈夫さ、ルビーは強い子だし、僕の言葉なんてあってもなくても変わらないでしょ」

 

僕はそう言いながら、レース場の前に止まっていた大量の贈り物を積んだトラックを思い出す。

 

「それに、ルビーは既に『華麗なる一族』として大きなプレッシャーを背負ってるんだ、僕が下手なことを言って変に重圧を背負わせるのも嫌だし、今回はルビーを信じて静かに見守りたいんだ」

 

『華麗なる一族』と関係を持ちたい組織や人物は多い、きっとあれは全てそういった組織からルビーへの贈り物だろう。

 

僕のコンクール前でも似たようなことがあった、まぁあそこまで沢山は無かったけど。

 

「そうですか」

 

凛子さんはそう言いながら、小さく頷いた。

 

「ぼっちゃんのお考えに賛同いたします。ですが…」

 

「ん?」

 

凛子さんが何かを取り出すような仕草をする。

 

「一般席でご観戦されるのでしたら、これをお召しになって、フードを深く被ってください」

 

そう言いながら、凛子さんが差し出してきたのは大きめの黒いパーカーだった。

 

「え?なんで?」

 

僕は首を傾げる。

 

別にそこまで変装する必要なんてあるのか?

 

「この場所には『華麗なる一族』の関係者が多くいらっしゃるかもしれません。もしぼっちゃんだと気づかれてしまえば…騒ぎになる可能性がございます」

 

「いや、僕はそこまで有名じゃないから大丈夫だと思うんだけど…」

 

ピアノ界隈ではそれなりに名が知れているかもしれないが、ウマ娘のレース場にそんな人がいるとも思えない。

 

「ぼっちゃん」

 

凛子さんが少し呆れたような表情で僕を見つめる。

 

「…わかったよ」

 

その視線に観念して、僕は素直にパーカーを受け取った。

 

ゴソゴソと羽織りながら、フードを深く被る。

 

「なんか不審者みたいじゃない?僕?」

 

「いえ、大変お似合いです」

 

僕の姿を見た凛子さんが満足そうに頷く。

 

…今のはギリ悪口じゃないだろうか?

 

「それと、もう一つ」

 

「まだあるの?」

 

「はい。ルビー様はレース後、すぐに関係者席へご挨拶に参られます。ですので、レースが終わった後は、そのパーカーを脱いですぐに関係者席へお戻りください」

 

「…ああ、わかった」

 

まぁそうだよな、デビュー戦だし色々挨拶回りもあるだろう。

 

そこは僕も一族の一員として、ちゃんと顔を出さないと。

 

「うん、レースが終わったらすぐに戻るよ」

 

僕がそう答えると、凛子さんはその場で立ち止まった。

 

「それでは、レース後にお迎えに参ります」

 

そう言って、凛子さんは軽く頭を下げる。

 

「え?一緒にレース見てくれないの……ってもう居ないし」

 

気がついた頃には凛子さんの姿は人混みへと消えていた。

 

(凛子さん…この前も急に居なくなったし…あの人絶対忍者の類だろ…)

 

僕はそんなことを考えながらも、再び最前列へと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

なんとか無事に最前列を確保できた僕は安堵の息を漏らす。

 

しばらくその場でソワソワしながら待っていると、やがて今回のレースに参加するウマ娘たちがターフに入場してきた。

 

おそらく、これが本バ場入場というやつだろう。

 

その時…

 

周りの歓声が一際大きくなる。

 

次々とウマ娘たちが姿を現す中、僕の視線は一点に釘付けになった。

 

「……ルビー」

 

ゼッケン8番。綺麗な黒髪を揺らし、凛とした表情で歩を進める僕の妹、ダイイチルビー。

 

その姿は、まさに『華麗』という言葉を形にしたように美しく、そして何よりも力強かった。

 

「………」

 

…ふと、過去のルビーの姿が頭に浮かぶ。

 

ルビーはウマ娘に生まれながらも、足の骨の形が悪いせいで上手く走ることができなかった。

 

リハビリや治療をしても中々良くはならず、落ち込んで、泣いていた時もあった。

 

…でも、そんなルビーが今はこうして、誰よりも堂々とターフの上を歩いている。

 

「……大きくなったなぁ、ルビー」

 

柄にもなく、胸が熱くなるのを感じた。

 

『華麗なる一族』の期待も、重圧も、全てをその小さな背中に背負って、ルビーは走る。

 

僕ができることは、こうして見守ることだけだ。

 

でも、せめて、心からの祝福とエールを。

 

(…頑張れ…!ルビー…!)

 

…そんな事を考え、感傷に浸っていたその時だった。

 

「うおおお!!おじょー!!!マジガンバっしょー!!ウェーイ!!!」

 

「え」

 

突然、右隣から鼓膜を突き破らんばかりの爆音が響いた。

 

反射的に視線をそちらへと移す。

 

そこには…

 

「ちょっとヘリオス?あんまおっきい声出すと、他の人の迷惑になっからやめな?」

 

「あ、パマちんごめん、ちっとお嬢へのラビュが抑えきれなくて…」

 

…うん、ヘリオスともう一人、パマちんと呼ばれるウマ娘がいた。

 

(…てかあれ?ヘリオスじゃない方もどっかで見覚えが…)

 

と考えていたその時。

 

「あの~…すいません私のツレがうるさくしてしまって…あ、次は気をつけるんで安心してください!」

 

なんと、パマちんさんが僕に話しかけてきた。

 

その丁寧で切実な口調に、僕は反射的に口を開く。

 

「あ、いえ、全然大丈夫です。お構いなく」

 

僕がそう言うと、パマちんさんの後ろのヘリオスのウマ耳がピクリと反応する。

 

「ん!…今の声…!!」

 

そう言いながらヘリオスが勢いよく振り返り、僕とフード越しに目があった。

 

「うえええ!!やっぱこーぴょんじゃん!!何してんのこんなとこで!!」

 

ヘリオスはそう言いながら、僕の両肩をガシッと掴んでブンブンと揺らす。

 

「うぇりぉすこぉなぁにしぇてすんだ~?(ヘリオスこそ何してるんだ?)」

 

「ちょ、ちょっとヘリオス!その人揺れすぎて言葉になってないから!とりあえず離れなって!」

 

見かねたパマちんさんが、僕の肩を掴んでシェイクし続けるヘリオスを後ろから羽交い締めにして引き剥がす。

 

ようやく解放された僕は、脳味噌がまだ揺れているような感覚を覚えながらも、なんとか体制を立て直した。

 

「ごめんなさいね…あの、ウチのヘリオスとお知り合いですか?」

 

パマちんさんは暴れるヘリオスを抑え込みながら、申し訳無さそうに僕に尋ねてくる。

 

「もち!こーぴょんはウチの~……」

 

ヘリオスはそこで満面の笑みを浮かべて即答しようとしたが、続く言葉を探すようにピタリと動きを止めた。

 

「ウチの……」

 

ヘリオスの視線が宙を彷徨う。

 

「えっと…」

 

らしくない表情で戸惑うヘリオス、僕はそんな彼女に助け舟を出すようにゆっくりと口を開く。

 

「…『ダチ』っしょ、僕ら」

 

「……!」

 

僕の言葉に、ヘリオスがパァっと顔を輝かせる。

 

「…そーそー!そだった!ズッ友のダチ公だったー!ウェーイ!」

 

ヘリオスは嬉しそうにまた僕の肩をバシバシと叩く。

 

そんな彼女の屈託のない笑顔を見ていると、自然と僕の頬も緩む。

 

「……ふーん?」

 

そんな僕らのやり取りをパマちんさんはニヤニヤしながら見守っていた。

 

何か言いたいことでもあるのだろうか?

 

僕がパマちんさんを見て、そんな事を考えながらも、さっきからずっと思っていたことをヘリオスに問う。

 

「そういやさっき…ヘリオス、お嬢頑張れって言ってたけど…誰かの応援に来たのか?」

 

「うんうんうん!!」

 

僕の問いに首がもげるんじゃないかってくらいの勢いで、ヘリオスが何度も頷く。

 

「もち!!ルビたんはウチの永遠のしゅきピだし!?ここに来ない選択肢とかナシ寄りのナシっしょ!!」

 

(…「しゅきピ」ってなんだ……?)

 

また知らない単語が出てきた。

 

だが、一旦そのことは置いておいて…

 

「その…『ルビたん』っていうのは、もしかしてルビーのことか?」

 

僕が恐る恐る尋ねると、ヘリオスはまたしても赤ベコのように激しく首を縦に振る。

 

「イエスッ!!ざっつらいとぉ!!」

 

ヘリオスはビシッと僕に指を突きつけると、さらに身を乗り出して食いついてきた。

 

「てかてか、もしかしてこーぴょんもお嬢の応援!?え、マジ!?どーゆー関係なん!?」

 

キラキラした目で顔を近づけてくるヘリオス。

 

いやはや…まさかヘリオスがルビーと友人?だったとは。

 

お兄様ルビーにちゃんとした友達がいるか心配だったから安心したよ…

 

と考えながら、僕は胸を張って、少しだけ自慢げな表情を作って口を開く。

 

「もちろんさ。なんたってルビーは、僕の愛しのいも…」

 

と僕が言いかけたその時。

 

「ちょっと!お二人さん?お話中悪いんだけど…もうレース始まっちゃうよ?」

 

「「え?」」

 

僕らはパマちんさんが指差し方に視線を向けると、そこには既にゲートに入場したルビーたちの姿。今まさにレースが始まろうとしていた。

 

危なかった、危うくルビーの初陣のスタートを見過ごすところだったぜ。ありがとうパマちんさん。

 

…とそんな事を考えながら、しっかりとゲートに入ったルビーの姿を目に焼き付ける。

 

そして次の瞬間。

 

 

 

ガコン…!

 

 

 

ゲートが開く音が響いた。

 

一斉に飛び出すウマ娘たち。

 

その中で、ルビーも好スタートを切っていた。

 

「うおおお!!お嬢マジふぁいとぉー!!!」

 

そんなヘリオスの声援が騒がしいレース場内に響いていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、レースは終盤戦へともつれ込む、最終コーナーを回り、最後の直線。

 

後方から閃くような末脚で先頭集団を追い抜いたのは、僕の妹のルビーだった。

 

力強い足取りで地面を蹴り、後続を突き放す、その姿は、まさに『華麗なる一族』の名にふさわしい、圧倒的な輝きを放っていた。

 

「ルビー…!」

 

僕は思わず拳を握りしめ、声を漏らす。

 

そして…そのままルビーは誰にも先頭を譲ることなく、一番でゴール板を駆け抜けた。

 

ルビーの勝利に、僕は思わず両手を上げて柄にもなく大きな歓声をあげようとした。

 

だが、その瞬間…

 

「うおおおお!!お嬢!!マジお嬢!!サイコーーーー!!!フゥゥゥ!!」

 

「ぐえっ!?」

 

隣で絶叫したヘリオスが、興奮のあまり僕に飛びかかり首に腕を巻き付けてきたのだ。

 

一瞬、柔らかい感触と甘い香りがしてドキッとしたような気がしたが、すぐに現実に引き戻される。

 

「く、くるじい……!」

 

ヘリオスの腕力が、普通に洒落にならないレベルで僕の首を絞め上げていた。

 

正直、僕はウマ娘の腕力を舐めていた。

 

ヘリオスの腕はちょっとやそっとじゃ解けないほど、ガチガチに僕の首元に巻き付いてきた。

 

「おじょー!マジしゅきしゅぎー!かっこかわよすぎんよー!!ねえこーぴょん!?」

 

「いやヘリオス!ギブギブギブ!!落ちる!!」

 

僕は必死にヘリオスの腕をタップし、掠れた声で叫んだ。

 

「あ…ごめんこーぴょん…興奮しすぎで抱きついちゃってた…」

 

ようやく腕を解いたヘリオスは、申し訳無さそうに頭をかいている。

 

「まじごめん」

 

「…いや…大丈夫だけど、落ちなかったし」

 

本来なら首を絞められて顔を赤くしているのは僕の方のはずなのに…なぜかヘリオスの顔が赤くなっているような気がする。

 

(まぁ気の所為か…)

 

僕は咳払いを一つして呼吸を整えると、視線をターフへと戻す。

 

そこには、ウイニングランを終えたルビーの姿があった。

 

あんなに激走した後だというのに、涼しい顔で、優雅に観客席に向けて手を振っていた。

 

その姿は『華麗なる一族』の令嬢そのもの。

 

凛として、美しく、堂々としていた。

 

「……さすがルビーだな」

 

僕は誇らしい気持ちでその姿を目に焼き付ける。

 

……と、そこで僕はハッと思い出した。

 

『レースが終わった後は、そのパーカーを脱いですぐに関係者席へお戻りください』

 

そうだ、凛子さんにそう釘を刺されていたんだった。

 

ルビーが戻ってくる前に関係者席にいなきゃ、ルビーにも顔が立たない。

 

(すぐに行かないと……)

 

そう思った、次の瞬間だった。

 

「お迎えに上がりましたよ、ぼっちゃん」

 

「わっ!!…って凛子さん?急に出てこないでよ」

 

「申し訳ございません。それよりもルビー様のレース、ご堪能いただけましたか?」

 

「あ、ああ……すごく良いレースだったよ」

 

「左様でございますか」

 

僕がそう答えると、凛子さんは無言で「行きますよ」と目で合図を送ってきた。

 

僕は頷き返すと、隣にいるヘリオスに向き直る。

 

「ごめんヘリオス、僕、急用を思い出したからもう行かなくちゃ」

 

「うぇ?もう帰るん?こーぴょん」

 

ヘリオスが名残惜しそうに眉を下げる。

 

「まぁね……じゃ、また会おう、ヘリオス」

 

「……!うぃ!またねこーぴょん!ウェイ!」

 

僕の言葉に、ヘリオスはすぐにいつもの満面の笑みに戻り、元気にピースサインを向けてくれた。

 

「あ、パマちんさんも今日はありがとうごさいました」

 

「え?パ、パマちんさんって呼ばれてたの私!?」

 

僕はなにやら驚くパマちんさんとヘリオスの二人に軽く会釈をすると、凛子さんに促されるまま踵を返す。

 

「……」

 

だが僕はその前にもう一度だけ振り返り、ターフの方を見た。

 

先と変わらず大歓声の中心にいるルビーに頬が緩む。

 

 

 

…だが、その時。

 

 

(ん…?)

 

 

僕は今、パーカーのフードを深く被っている、それにターフにいるルビーとはかなりの距離がある。

 

 

そのはずなのに…

 

 

ルビーの視線が、一瞬だけこちらを向いて、目があったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関係者席に戻った僕は、凛子さんに言われた通り速やかにパーカーを脱ぎ、乱れた服を整えてその時を待っていた。

 

ほどなくして、重厚な扉が静かに開く。

 

「……」

 

入ってきたのは、汗を拭い、身なりを整えたルビーだった。

 

「お帰り、ルビー」

 

僕は努めて兄らしく、優しく声をかける。

 

「おめでとう。凄かったよ、あの末脚、それに堂々とした振る舞い……もうお兄様誇らしくて泣いちゃいそうに…」

 

そこまで言いかけて、僕は言葉を切った。

 

ルビーが、無言のまま真っ直ぐに僕の懐へと歩み寄ってきたからだ。

 

「え、ル、ルビー……?」

 

何か言いたげだが、何も言わない、いつものよくわからないルビーの瞳。

 

どうしたんだろうと首を傾げようとした、その瞬間だった。

 

ポスッ…

 

柔らかく、それでいて確かな重みが、僕の胸にかかった。

 

 

「…?????」

 

 

ルビーが、僕の胸に顔を埋めるようにして、その身を預けてきたのだ。

 

思考が真っ白になる。

 

あのルビーが?あのいつも無表情でそっけないルビーが?自分から僕の胸の中に?

 

情けなくも激しく動揺する僕は必死で頭を回す…だがその時。

 

「……お兄様」

 

僕の胸元から、くぐもった、けれど熱を帯びた声が聞こえた。

 

「今日だけは……しばらく、このままでいさせてくださいませんか?」

 

「ぐふっ…」

 

その言葉と胸に収まりながらの上目遣いに深刻なダメージを負いながらも、僕は隣にいる凛子さんへ無言で助けを求めるように視線を向ける。

 

「…」

 

凛子さんは何故か無言でうんうんと頷いていた。

 

それを見た僕は恐る恐るとルビーの頭に優しく手を置いて、ゆっくりと割れ物を扱うように丁寧にその手を動かした。

 

 

「…頑張ったな、ルビー」

 

「はい、お兄様」

 

 

僕の掌の下で、ルビーが小さく安堵の息を漏らす。

 

まるでここが、世界で一番安全な場所であるかのように……

 

 

 

だが。

 

 

 

頭を撫で続けている間、ルビーはずっと無言で僕を見上げていた。

 

僕と同じ、紅みがかったその瞳は潤んでいて美しいはずなのに、瞬きひとつせず、僕の顔のパーツひとつひとつを執拗に観察し、記憶に刻みつけるようで…

 

 

「……!」

 

 

その視線に含まれる『何か』に、ほんのちょっとだけ背筋に冷たいものが走った…気がした。

 

 

 

うん…きっと気のせいだよね?だいじょぶだよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.『わたくしのおほしさま』

 

 

 

 

 

 

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