『華麗なる一族』に生まれた僕、パリピな太陽神に心を撃ち抜かれる。   作:えれくとろにくす

7 / 8
7.僕色スカイ

 

 

 

 

 

煌びやかなシャンデリアの光が、グラスに注がれた液体に反射して揺れていた。

 

「いやぁ、紅くん。先ほどの演奏、本当に見事だったよ」

 

ふくよかな体型をした、どこかの名家の当主らしき初老の男性が、満足げに頷きながら僕に声をかけてきた。

 

「とても中学生になったばかりとは思えない、見事に完成された音楽だった。私の胸にも深く打たれるものがあったよ」

 

「ありがとうございます。身に余る光栄です」

 

僕は精一杯微笑んで、相手と目線を合わせた。

 

「うむ、ぜひ今度、我が家のパーティーでも君のピアノを弾いてもらいたいものだよ」

 

「はい、呼んで頂ければ是非」

 

「うんうん……ああ、それと、キミのお祖母様とお母様にも、よろしく伝えておいておくれよ」

 

「…ええ、お気遣い感謝いたします」

 

僕が深く一礼をすると、男性は満足そうに微笑み、また別の招待客の輪の中へと消えていった。

 

「……」

 

彼が完全に視界から消えたのを確認してから、僕は小さく息を吐き出した。

 

そして、手に持っていたグラスの冷たいジュースを一口、喉に流し込む。

 

(……お世辞っぽかったなぁ)

 

胸を打つものがあった、と彼は言った。

 

でもその瞳の中には、僕のピアノではなく、僕の背後にある一族の権威しか映っていなかったように思えた。

 

この手の大人たちの賞賛は、いつだってそうだ。

 

(……いや、これは我ながら捻くれ過ぎだろうか)

 

…と、そんなことを心の中で呟きながら、もう一口ジュースを飲もうとグラスを傾けた、その時だった。

 

ポンポン…

 

突然、背後から誰かに軽く肩を叩かれた。

 

「……?」

 

驚いて振り返ると、そこには見知った顔があった。

 

「よ、元気してた?紅?」

 

幼少の頃から、こういった親同士の付き合いの場で何度か面識がある、メジロ家の令嬢の一人。

 

彼女は、綺麗に結い上げられた髪に、煌びやかで上品なドレスを身に纏っていた。

 

「……あ、久しぶり、元気だよ」

 

年に数回ほど、顔を合わせる彼女との再会。

 

その軽い挨拶に反射的に口から返事が漏れた

 

「そっかよかった…そんなことよりさ、ちょっとこっち来てよ」

 

彼女は周りの大人たちに気づかれないように小声でそう言うと、僕の腕をスッと引いた。

 

「え?……何さ急に?」

 

「…いいからいいからこっちこっち!」

 

戸惑う僕をよそに、彼女は足早に歩き出す。

 

連れ出された先は、大人たちの喧騒から少し離れた場所。

 

よく手入れされた、広大なメジロ家の庭園が一望できる、夜風の冷たいバルコニーだった。

 

「…こんなとこ連れてきてどうしたのさ?」

 

「…ふふ…まあまあ…てかさ、さっきの演奏、すごく良かったよ」

 

夜風に当たりながら、隣に並んだ彼女がふと口を開いた。

 

「…え、ああ、ありがとう」

 

彼女のその言葉には、大人たちのような薄っぺらいお世辞の響きは何故か感じられなかった。

 

だから僕も、作られた笑顔ではなく、素直な気持ちでお礼を返す。

 

だが、彼女は少しだけ首を傾げて、こう続けた。

 

「……でもあれだね、なんか紅の演奏、昔と少し弾き方が変わったね」

 

「……?」

 

思わぬ指摘に、僕は目を瞬かせる。

 

「えっと…そうかな?……そんなつもりは無かったんだけど」

 

僕が苦笑交じりにそう返すと、彼女は構わずに、僕の顔を真っ直ぐに見つめて言った。

 

「なんかさ、ここ最近の紅の演奏……楽しそうじゃなくてさ。ずっと、何かを思い詰めてるように見えたんだけど……大丈夫かなって」

 

心配そうな、不安げな表情で僕を覗き込んでくる。

 

「…!」

 

図星を突かれたような気もしたが、僕は小さく笑ってみせた。

 

「はは、そんなことないよ。……それに、僕は元々楽しいからピアノを弾いてるわけじゃないからさ」

 

「……へぇ、じゃあ、なんでピアノを弾いてるの?」

 

「……ふふっ」

 

その真っ直ぐな問いかけに、僕は思わず吹き出してしまった。

 

「……その質問、何回目?ちょっと前から僕が演奏する度に聞いてくるよね?」

 

僕が笑いながら言うと、彼女は誤魔化すように少しだけ頬を膨らませた。

 

「だって……紅がずっと、一人で何かを溜め込んでいるような気がするから。そういう顔してるの見るとさ……毎回、なーんか放っておけないんだよね」

 

「……」

 

「……じゃあ、理由話したら、少しは満足してくれるか?」

 

僕が尋ねると、彼女は大きく、力強く頷いた。

 

「うん!……それに、誰かに話すことで楽になることもあるからさ」

 

そう言って、彼女は明るく笑った。

 

その屈託のない笑顔を前にすると、いつも自然と思っていることを吐露してしまいそうになる。

 

(……なんで、ピアノを弾いているのか、か)

 

…改めて考えると、色々なことが頭に浮かんだ。

 

僕がレースが花形の『華麗なる一族』にウマ娘として産まれてこれなかったことによる、周囲の落胆。

 

期待も関心も向けられなかった、あの悲しみ。

 

対照的に、母の血を色濃く受け継いでウマ娘として生を受けたがために、周囲から想像もできないほどの期待という名の重圧を浴びせられていた妹の姿。

 

その期待を少しでも僕に向けて、負担を減らせるように、兄として立派な背中を見せられるように、僕が兄で良かったと思ってもらえるように…

 

自分の才能がどこにあるのかを探し続けた日々。

 

…そしてやっと見つけた僕が輝きを放てる場所。

 

それがピアノであっただけ。

 

僕がピアノを弾く理由なんて、それだけだ。

 

(……なんて、こんな話はできないよな)

 

内心での独白を終えた僕は、クスリと笑いながら彼女の方を向き直った。

 

「まぁ……強いて言うなら、ルビーと、家のためかな」

 

多くは語らず、僕はできるだけ短くそう答えた。

 

「……はは、そっか」

 

彼女は僕の目をじっと見つめたまま、ぽつりとこぼした。

 

「…私もさ、同じメジロ家のウマ娘だけど……マックイーンやアルダンさんの方が才能がすごくて、私自身は全然期待されていないんだよね」

 

自嘲気味に笑う彼女。

 

「……ねぇ、私たちってさ、似た者同士じゃない?」

 

「え?」

 

その言葉に、僕は思わずきょとんとした顔になってしまった。

 

「いや……キミにしかない魅力は沢山あるんだから、僕と似た者同士って言うのはおかしいよ?」

 

「…なっ」

 

僕が真顔でそう言うと、彼女は少し驚いたように目を丸くした。

 

「……あははっ!紅ってば、相変わらずだね」

 

そして、彼女本当に可笑しそうに、笑った。

 

「…何か変なこと言った?」

 

「ううん、言ってない!なんか、紅らしいなって思っただけ!」

 

「……??」

 

彼女はひとしきり笑った後。

 

「……ふふっ…」

 

首を傾げる僕に彼女は真剣な視線を向けて、ゆっくりと口を開いた。

 

「ねぇ……紅」

 

「……どうしたの?」

 

「お互い、色々あるよね、家の重圧とか、兄妹のこととか……」

 

僕が聞き返すと、彼女は真っ直ぐに僕の瞳を見つめて、応えた。

 

「…そういうのから…逃げちゃわない?…私と一緒にさ」

 

冷たい夜風が吹き抜ける。

 

バルコニーの淡い光の中で、彼女の綺麗に結われた髪が、夜風に吹かれて美しくたなびいていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パチリ…と、カーテンから差し込む日差しに目が覚めた。

 

「……ふぁあ」

 

大きな欠伸と共に体を起こす。

 

(…なんか、懐かしい夢を見た気がするなぁ)

 

脳裏に浮かべるのは、夢に出てきた昔の顔見知りである彼女の姿。

 

彼女は僕に一緒に逃げようと言ったあの日から、メジロ家の会食には顔を出さなくなった。

 

だから、あれ以降、5、6年は一切顔を合わせてはいない。

 

噂だと、グレてしまったとかなんとか聞いた気がする。

 

(…うーん)

 

もう一度彼女のことを思い返す。

 

明るく、でもどこか真面目で、僕なんかによく気を遣ってくれた世話焼きの彼女。

 

とても、グレてしまうような人には見えなかったけど…

 

 

「今…何してんだろ……パーマー」

 

 

僕の呟きが静かな朝の自室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身支度を整えて、朝食を胃に流し込んだ僕はいつものようにレッスン室のピアノの前に座っていた。

 

「……むむ」

 

白と黒の鍵盤を見つめながら、重いうなり声が漏れる。

 

この前のコンクールの予選からは既に数週間が経過していた。

 

予選の結果は『通過』となり、僕は無事本戦への切符を手にしていた。

 

それなのに…

 

「…はぁ」

 

僕の心は驚くほどに凪いでいて、喜びも湧いてくるわけでもなく、むしろため息まで出てしまう始末であった。

 

ピアノに向かっても、ただぼんやりと鍵盤を見つめることしかできない。

 

指を置こうとしても、あの日の記憶が、フラッシュバックする。

 

『……思ってたんと、違った』

 

困ったように笑う、ヘリオスのあの表情。

 

その言葉と、表情が鮮明に脳裏に焼き付いて、忘れられない。

 

あれ以来、僕はまるで魂を抜かれた抜け殻のようになってしまった。

 

さらには、僕はあの日から、ヘリオスとは一度も会っていない。

 

自分から連絡をする勇気などあるはずもなく……そして、ヘリオスからも一切の連絡は来ていない。

 

(……あの…楽しかった時間はなんだったんだろう)

 

まるで夢から覚めたような感覚が僕を襲っていた。

 

(…結局、僕はヘリオスにどんな想いを向けていたんだっけ)

 

そして、あんなに確信していたはずの彼女への想いすら、今の僕には霞んで見えなくなってしまっていた。

 

ピアノを否定されたからだろうか?

 

(…いや、違う)

 

僕自身が、彼女の期待に応えられず、みっともなく彼女から逃げてしまったからだ。

 

(……だから、あんな昔の夢を見たのかな)

 

周囲の期待から逃げ出したかった、あの頃の僕。

 

そんな弱り切った心が、無意識に昔の記憶を引っ張り出してきたのかもしれない。

 

「……はぁ」

 

深く、深くため息をつき、重いピアノの蓋をパタンと閉めた。

 

その時、コンコン…と控えめなノックの音がレッスン室に響く。

 

「ぼっちゃん、少々よろしいでしょうか」

 

「…うん。入っていいよ、凛子さん」

 

扉が開き、いつものように無表情な凛子さんが姿を現した

 

「お休みのところ失礼します。本日、お母様より、伝言を承っております」

 

「…母さんから?珍しいね」

 

僕がそう相槌を打つと、凛子さんはコクリと頷いて続ける。

 

「ええ…まずは『コンクール予選通過、おめでとう。本戦も一族の名に恥じぬよう、期待しています』とのことです」

 

「…そっか、わかったよ」

 

僕は力なく頷いた。

 

そうだ、自分の今の心境なんて関係ない、一族の名を汚さないように、振舞わないと。

 

「それと、もう一点」

 

凛子さんは少しだけ目を伏せ、淡々と続けた。

 

「……新たなお見合いの釣書が届いております」

 

「…縁談」

 

前に受けた縁談は僕がきっぱりと母上様に断りを入れた、意外にも母上様はすんなりと受け入れてくれたが、確かに相手方は探し続けると言っていたような気もする。

 

「ですが、こちらのお話は…ぼっちゃんのお気持ちもありますでしょうし、こちらで何か適当な理由をつけて断っておきます」

 

凛子さんは、僕が当然断るものだと思っているようだった。

 

「……いや、ちょっと待って」

 

「……え?」

 

僕の言葉に、凛子さんは珍しくわずかに目を丸くした。

 

「……その縁談、前向きに考えるって、母さんに伝えておいてよ」

 

「ぼっちゃん……?それは、本心で仰っていますか?」

 

「うん。本心だよ」

 

僕は閉じたピアノの蓋をそっと撫でながら、静かに息を吐いた。

 

色々と考えた結果だ。

 

(……ヘリオスと過ごしたあの楽しい時間は、きっと……僕にだけかけられた、一瞬の魔法だったんだ)

 

住む世界も、見ている景色も、背負っているものも違う。

 

太陽のように眩しい彼女と、薄暗い家柄の檻の中にいる僕。

 

いずれは疎遠になってしまうことなんて、最初から分かっていたじゃないか。

 

自分の立場を忘れて、浮かれて、分不相応な夢を見た。それだけのことだ。

 

「……もう、余計な我儘は辞めようと思うんだ」

 

「……」

 

「僕は『華麗なる一族』の人間だから。それに相応しい生き方をしないとね」

 

僕は凛子さんに向き直り、誰の目から見ても完璧で、隙のない……

 

あの日、ヘリオスに向けたのと同じ笑顔を浮かべてみせた。

 

「釣書、後で部屋に置いておいて。……ちゃんと目を通しておくから」

 

「……!」

 

僕の言葉が静かなレッスン室に響いた。

 

深い沈黙が流れる。

 

凛子さんは一瞬僕の顔を見て、目を見開いたが、すぐに無表情に戻った。

 

「…………」

 

「……?」

 

そして、何も言わずに僕の目をじっと見つめていた。

 

「……何さ?」

 

あまりにも長い沈黙に僕は耐え切れなかった、凛子さんに向けて短く言葉を放つ。

 

すると…

 

「……むう」

 

ずっと黙っていた凛子さんがプクっと可愛らしく頬を膨らませた。

 

「…ええ?」

 

その顔に、思わず口から間の抜けた声が漏れる。

 

なんだ凛子さんのそのハムスターみたいな顔は?僕のデータベースには無いんだけど?普通に可愛いからやめて欲しい。

 

「……ど、どうしたのさ?」

 

僕が恐る恐る尋ねると、凛子さんは頬を膨らませたまま、淡々と答えた。

 

「いえ。ぼっちゃんが変な顔をしていたので、私も変な顔をしてみました」

 

「…変な顔?」

 

僕が思わず聞き返すと、凛子さんはプクッと膨らませた頬のまま、真剣な瞳でこちらを見つめて頷いた。

 

「ええ、変な顔です。ぼっちゃんはこれまで私にだけはその顔を見せませんでした」

 

「……」

 

何のことか全く分からない。

 

別に僕はいつも通りの笑みを作っていたはずなのに、それが変な顔だと言うのだろうか。

 

理解できずに僕がさらに首を傾げていると、凛子さんは小さく息を吐いて続けて口を開いた。

 

「これはぼっちゃんの執事として、あるまじき大失態…ですが、これはもう私一人で解決できる問題ではありません」

 

「え? 大失態? 解決って……何の話?」

 

急に深刻なトーンになり始めた凛子さんの言葉に、僕は完全に置いてけぼりを食らっていた。

 

だがそんな話の内容に全くついていけていない僕に向けて、凛子さんは一歩、さらに距離を詰めてくる。

 

「ぼっちゃん、ご提案がございます」

 

「…えっと、何ですか?」

 

僕が恐る恐る聞き返すと、凛子さんは膨らませていた頬をスッと元に戻した。

 

そして、いつもの完全な真顔になり、僕の目を真っ直ぐに見据えて、はっきりと言い放った。

 

「今一度…あの川へ入水してきてはいかがでしょうか?」

 

「………はい?」

 

予想の斜め上をはるかに通り越した提案に、僕は間の抜けた声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

 

僕は凛子さんに言われるがままに、ヘリオスと出会った河川敷の緑の土手へと腰を下ろしていた。

 

空はどんよりと曇っており、あの時のように水面はキラキラ反射していない。

 

(…なんで凛子さんは僕にここに来させたんだろうか?)

 

そんなことを考えながら、揺れる水面をぼんやり見つめる。

 

ここは彼女と出会って僕の人生が変わった場所。

 

だが、あの日とは出会った時間も、季節も、景色も何もかもが違っていた。

 

「……」

 

僕はなんとなく、服が汚れるのも気にせずに、ごろんと草の生えた土手の上に仰向けに寝転がった。

 

見上げれば、どんよりと自分の心のように曇った空があった。

 

視界いっぱいに広がる灰色。

 

(こんなの見ていたら、なんだか僕の心まで灰色に染まってしまいそうだ……)

 

そんなことをぼんやりと考えながら、僕は全く眠たいわけでもないのに、現実から逃げるようにそっと目を瞑った。

 

視界が暗く、何も見えなくなる。

 

……その時だった。

 

 

 

 

 

「…よっ、こーぴょん」

 

 

 

 

 

不意に、頭上から僕を呼ぶ声が降ってきた。

 

「…え?」

 

その声と、この世界で特定の人物しか使わないはずのその独特な呼び方に、僕の心臓がドクンと大きく跳ねる。

 

僕は慌てて、パチッと目を開けた。

 

広がる視界。

 

目に入ったのは、暗い灰色の空を半分覆い隠すようにして、上から僕の顔を覗き込んでいる人物。

 

 

 

 

「…あ……えっと…パマちんさん?」

 

「たはは…ごめんね?ヘリオスじゃなくって」

 

 

 

気まずそうな苦笑いを浮かべていたのは……ヘリオスではなく、彼女の友人のパマちんさんだった。

 

僕はポカンとした表情で口を開く。

 

「…あの、なんでここに?」

 

「あーっと…ちょっとお悩み相談的な?」

 

彼女は寝転がる僕を見下ろしながら笑う。

 

「……」

 

僕はそんな彼女の姿を黙って見つめていた。

 

「…な、なにさそんなに見つめて…私これでも学校では有名な相談役なんだよ?だからこーぴょんのお悩みもこのパマちんさんにまかせればちゃちゃっと…」

 

「いや、あのパマちんさん…」

 

僕はパマちんさんの話を遮って口を開く。

 

「…え、何?あっ。もしかして私のこと思い出…」

 

「いや、あの…」

 

考えても見てほしい、僕は河川敷の土手で寝転がっていて、僕の真上に立ってパマちんさんが僕を見下ろしている。

 

即ち…

 

「…あ、あの、スカートの中のスパッツ見えてます」

 

「なッッッ!!」

 

僕の言葉にパマちんさんの顔が一気に燃え上がる。

 

「こ、このバカァッッ!!変態!!!」

 

バチン…!!!

 

そんな、乾いた音が静かな河川敷に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつつ…僕は見たくて見たんじゃないのに」

 

僕は頬に赤い紅葉を貼り付けながら、ボソリと呟く。

 

「ごめん…やりすぎた…恥ずかしくて」

 

申し訳なさそうな表情で隣に座るのは派手な身なりのギャル……パマちんさん。

 

「いや、まぁ…見たものは見ましたし」

 

「うん、私もスパッツ見られたくらいで…恥ずかしがりすぎだね」

 

そんなやり取りの後、妙な沈黙が流れる。

 

(…気まずいな)

 

変な空気を変えるべく、僕は口を開く。

 

「えっと……それで、パマちんさんは結局どうして、こんなところにいるんですか?」

 

すると、パマちんさんは軽く笑いながら、ポケットから取り出したスマートフォンを僕の目の前で振ってみせた。

 

「あはは…そっちの執事さんから、なんか依頼を受けてね」

 

(……凛子さんから?)

 

僕は首を傾げる。なんで凛子さんとパマちんさんが繋がっているんだ?

 

…と、疑問を浮かべているが、そんなものに構わず、隣に座る彼女がさらに一段僕に身を寄せて口を開く。

 

「なんかまた色々と悩んでるみたいじゃん?ちょっとこのパマちんさんに話してみ?こーぴょん?」

 

彼女がそう言って、優しく笑いかけてくる。

 

(…あれ…この感じ…)

 

その屈託のない笑顔を向けられた瞬間、なんだか無性に胸の奥にあるドロドロとしたものを全て吐露してしまいそうになる、酷く懐かしい感覚が僕を襲った。

 

だが、僕はギリギリのところで踏みとどまり、薄く、軽く笑ってみせた。

 

「……いや、別に無いですよ。悩みなんて」

 

僕のその笑顔を見た彼女は、一瞬だけ動きを止め……

 

「……やっぱし、私じゃダメなんだね」

 

ポツリと、少し寂しげな表情を浮かべてそう呟いた。

 

「え……?」

 

僕が聞き返そうとした時には、彼女の表情はもういつもの明るい笑顔に戻っていた。

 

「実は今日さ、お昼から私のズッ友のレースがあんだよね」

 

パマちんさんはそう言って、遠くの灰色の空を指差す。

 

「よかったら一緒に見に行かない?」

 

(…ズッ友)

 

その言葉で、嫌でも彼女の顔が浮かんだ。間違いなくヘリオスのことだ。

 

(…ヘリオスの…レース)

 

絶対に見に行きたい。彼女が走る姿を、この目に焼き付けたい。

 

でも……今の僕には、彼女に合わせる顔が無い。期待に応えられず、逃げ出してしまった僕には…

 

「…いや、せっかく誘ってもらったのに悪い…」

 

断りの言葉を紡ごうと、口を開いた。

 

その瞬間だった。

 

「逃げちゃおうよ」

 

パマちんさんが僕の言葉を遮り、僕の目をじっと見つめてそう言った。

 

「……え?逃げる?」

 

記憶の奥底、そして今朝の夢の中で聞いたあの言葉、聞き覚えのあるフレーズに、僕の肩がピクリと大きく反応した。

 

だが、そんな僕の動揺など構わず、彼女は真っ直ぐに続ける。

 

「アイツはさ、私の太陽なんだ。太陽なら教えてくれる。私もそうだったからさ。嫌なもんから、柵からのポジティブな逃げ方……しかもさ、ただの逃げじゃないよ?」

 

「……ただの逃げじゃない?」

 

「そう!…まさに…」

 

 

僕が首を傾げると、彼女は心底楽しそうに、太陽のように明るく笑ってさらに言葉をつづけた。

 

 

 

()()()っしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重く立ち込めた灰色の雲から、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様。

 

まだ誰も入場してきていない、静まり返った広大なターフ。

 

僕とパマちんさんは、観客席のフェンスに寄りかかりながら、並んでその緑の芝を眺めていた。

 

「えっと…」

 

僕が静寂を破るようにポツリと隣の彼女に向けて呟く。

 

「…久しぶりだね、パーマー」

 

すると、隣のパーマーは呆れたように息を吐いた。

 

うん、流石の僕でも、ここまで来れば気が付いていた。

 

ヘリオスのギャル友達のパマちんさんが僕の中でパーマーとは全くもって繋がってなかったけど、さっき、初めてまともに会話して分かった。

 

あまりにもギャルが板についてたから気付かなかったけど、よく見たら完全に僕の知り合いのパーマーさんである。

 

「遅いよ、気づくの」

 

「だって、まさかあのパーマーがこんなにギャルになってるなんて、わかんないでしょ?表情だってすごく明るくなってて、昔と印象が全然違ったんだよ」

 

僕が言い訳をするようにそう言うと、パーマーは可笑しそうにケラケラと笑った。

 

「あはは!まぁけっこーイメチェンしたからね!…まぁ私もレース場で会った時、紅が深くパーカー被ってたせいで全然気づかなかったし。お互い様ってことで許してあげるよ」

 

「……そりゃどうも」

 

僕が苦笑交じりに返すと、またしても二人の間に短い沈黙が流れた。

 

冷たい風が吹き抜け、パーマーの流星が入った前髪を揺らす。

 

その時、パーマーがふと口を開いた。

 

「あの…さ…どうかな?ヘンじゃない?……今の私」

 

ターフを見つめたまま、パーマーは少しだけ俯いて、恐る恐るといったトーンで僕に聞いてくる。

 

僕はそんな彼女の横顔を見て、素直に思ったことを口にした。

 

「……前のパーマーもよかったけど、僕は今の方がかなり素敵だと思うよ」

 

…と言い切った瞬間。

 

スパーンッ!

 

「いたッ!?」

 

なぜかパーマーの平手が僕の頭に勢いよくクリーンヒットしていた。

 

「そ、そう言う事サラッと言わない、そういうセリフはヘリオスだけにしときなって!」

 

「……は、はあ」

 

(じゃあなんて言えばよかったんだ……)

 

僕は叩かれた頭をさすりながら、心の中で文句を零した。

 

痛む頭を撫でている僕を見て、パーマーは満足げに笑うと、ふと思い出したように言葉を続けた。

 

「…てかさ、次入ってる新しい縁談、はやく断った方がいいよ?」

 

「……いや、なんでその事も知ってるんだよ」

 

(また凛子さんから聞いたのか?)

 

僕が呆れたように言うと、パーマーはターフから視線を外し、僕の方を向いて淡々と言い放った。

 

「当たり前じゃん、だってその縁談の相手、私なんだもん」

 

「……あぇ?」

 

久々に会ったと思ったらギャルになってたり…かと思えば縁談の相手になってたり、もう僕の頭はぐちゃぐちゃになっていた。

 

(…も、もう無茶苦茶だ…)

 

「そんなことより紅!ヘリオスたち入ってくるよ!」

 

「いや、そんなことよりじゃなくて…」

 

なんか、サラッととんでもないカミングアウトしつつ話を逸らされたんだけど…

 

「ほらほらっ!」

 

そんなパニックに陥りかけている僕の耳に、パーマーの弾んだ声が届く。彼女はターフの入場口を勢いよく指差していた。

 

僕は文句を垂れつつも、慌ててその方向へと視線を向ける。

 

すると、確かに複数人のゼッケンを付けたウマ娘たちが入場してくるのが見えた。

 

そして…ついに、彼女が姿を現す。

 

『ウェーーーイ!!みなさんよろぴーー!!おねしゃあーす!!』

 

少し距離があるので細かな表情までは見えにくい。けれど、大きく口を開けて笑っていることだけはすぐに分かった。

 

どんよりとした曇り空の下だというのに、彼女のその明るく大きな声は、遠く離れた観客席の僕のところまでしっかりと届いてきた。

 

(……ヘリオスだ)

 

久しぶりに聞くその声と、遠目からでもわかるひまわりのような表情。

 

それを見ただけで、僕の灰色の心にパッと眩しい光が差したような気分になる。

 

(ああ、僕ってヤツは…なんて単純なヤツなんだろうか)

 

自分で自分に呆れている内に、ヘリオスを含めたウマ娘たちは、それぞれの想いを胸に、次々とゲートに収まっていく。

 

あっという間に、出走の準備が整い始める。

 

「……」

 

ゴクリ…と。

 

僕は無意識に喉を鳴らして、その様子を見つめていた。

 

すると、隣に並ぶパーマーから声が聞こえる。

 

「紅、ちゃんと目に焼き付けときなよ……ヘリオスの爆逃げ」

 

「……」

 

「じゃないとさ……このままじゃ、私なんかと結婚することになっちゃうんだからね?」

 

そう言って、彼女は冗談めかすように苦笑いをした。

 

「……」

 

その言葉を聞いた僕は、しばらく考えるそぶりを見せてから、ボソッと呟く。

 

「いや……パーマーは僕には勿体ないくらいイイ子だから、別にそれd……スパーンッ!!

 

「いったぁ!?」

 

僕が最後まで言い切るよりも早く、本日数度目となるパーマーの容赦ない平手が僕の頭にクリーンヒットした。

 

「だっ、だからヘンなこと言わないよ?レースに集中!」

 

雨の予報のせいか、重賞の割には観客の少ない、静かなレース場に、顔を赤くしたパーマーの上擦った声が響き渡った。

 

「親父にも叩かれたことないのに…」

 

僕は小さくぼやきながらも、彼女の言葉に釣られるように再びターフへと向き直る。

 

やがて、場内にファンファーレが鳴り響き、周囲の空気が一気に張り詰めていく。

 

やはり曇ったまま暗い空の下、緑の芝の上だというのに、ゲートの中にいる彼女の周りだけは、まるでスポットライトを浴びているかのように不思議と光り輝いて見えた。

 

(……ポジティブな逃げ方……爆逃げ…か)

 

僕の知っている、それはきっとただ後ろを向いて逃げるだけのものでは、ないのだろう。

 

その答えを僕はここで探す。

 

(……ヘリオス)

 

ゲートの中で前傾姿勢をとり、今か今かとスタートの瞬間を待ちわびる彼女の姿は、いつだって僕の心を強く惹きつけてやまない。

 

そして今……

 

 

 

ガコンッ…!!

 

 

 

ゲートが開いた。

 

「うぇいうぇいうぇい!!!かますぜ~!!!爆逃げよいちょ~~!!!!!」

 

スタートと同時に響く彼女の大きな声に僕は…

 

 

 

 

「ふふっ…」

 

 

 

やっぱり、自然と笑みをこぼしてしまっていた。

 

 

 

 









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