『華麗なる一族』に生まれた僕、パリピな太陽神に心を撃ち抜かれる。   作:えれくとろにくす

8 / 10
8.No Rainbow.

 

 

 

 

 

 

「うぇいうぇいうぇい!!!かますぜ~!!!爆逃げよいちょ~~!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリオスが顔をくしゃくしゃにして笑いながら、本当に楽しそうにターフを蹴りあげるその姿。

 

頭上を覆う重苦しい曇天も、頬を伝う汗も、荒々しく響く蹄鉄の音さえも……その全てが。

 

(…ああ)

 

今の彼女を表す言葉は僕の中にあった。

 

すっと昔から僕を縛り付けてきた、魔法の言葉。

 

彼女は…

 

 

 

 

華麗であった。

 

至上であった。

 

何よりも、最たる輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

少なくとも、僕の目にはそう映った。

 

僕の知るどんな芸術よりも鮮烈なその光景に、胸が高鳴り、燃え上がるような熱が身体中を駆け巡る。

 

 

「うおおおお!!!!」

 

 

後続を大きく突き放し、序盤からハイペースで駆けるその戦術。

 

後ろのウマ娘たちから逃げ切るその様から『逃げ』と名付けられた、競走における一つのセオリー。

 

だが、ヘリオスが見せるそれは、僕の知る『逃げ』とは決定的に違っていた。

 

彼女は、後続のライバルたちから逃げているんじゃない。

 

恐怖や焦燥に追われて走っているんでもない。

 

僕から見た彼女は…

 

自分が一番楽しい方へ。

 

最高にアガる場所へ。

 

誰よりも輝ける場所へ。

 

 

だだ、そこへ向けて、誰よりも速く、走っているだけのように見えた。

 

 

「…これが…爆逃げ…」

 

 

無意識に口から言葉が漏れる。

 

(…僕にも…できるだろうか…)

 

白と黒のモノクロで彩られたピアノの前。

 

スポットライトがあたり、観衆に囲まれるステージ。

 

今のヘリオスと同じ状況。

 

自己表現の場、僕の力で人の心を動かすことができる場。

 

その場で、僕は今まで何をしてきたのだろうか?

 

ヘリオスのようにできていたのだろうか?

 

自問自答を繰り返す。

 

その先で、僕は一つの答えにたどり着いた。

 

 

(ああ…ずっと、間違えてたんだな…僕って)

 

 

心の中で呟きながら、彼女の姿を追う。

 

胸の奥が焼けるように熱い、目の前で光を放つ太陽に焦がれるような感覚。

 

僕は、瞬きさえ惜しんで彼女を目で追った。

 

コーナーを回り、直線へ。

 

灰色の空の下、緑のターフを切り裂いていく彼女の姿は、あまりにも自由で、あまりにもヘリオスらしく、眩しい。

 

「……すごいなぁ」

 

僕の呟きはゆっくりと消えていく。

 

そこから、どれくらいヘリオスを見ていただろうか。

 

気が付けば彼女の足は止まっていて、満面の笑みを客席へと向けていた。

 

「あちゃ〜…途中までは良かったんだけどなぁ」

 

隣でそう呟き、額に手を当てるパーマー。

 

だが、僕の中には言葉にできない感情が、胸の中で暴れまわっている。

 

この高鳴りを、この衝撃を、なんと表現すればいいのかわからない。

 

ただ、一つだけ確かなことは。

 

今、この瞬間、僕の心は……あの灰色の空が嘘だったみたいに、晴れ渡ってしまっているということ。

 

伝えたかった。

 

この気持ちを、今すぐに。

 

僕は、隣で静かにコースを見つめていたパーマーの方へと向き直った。

 

「……ねぇ、パーマー」

 

「ん?……なに、紅?」

 

パーマーが不思議そうにこちらを振り返る。

 

彼女の瞳に映る僕は、きっと今までで一番、変な顔をしていることだろう。

 

それでも、僕は構わずに言葉を紡いだ。

 

「聞きたいことがあるんだけど…」

 

僕は、コースの奥、引き上げていくヘリオスの背中を一度だけ見つめ、そして再びパーマーの目を真っ直ぐに見据えて言った。

 

「……あのさ、ヘリオスに、会えたりしないかな?今すぐに」

 

「え?イマ?…まぁヘリオスのトレーナーさんとは知り合いだから、多分会えると思うけど…聞いてみようか?」

 

「…うん、お願いしていい?」

 

「おっけ」

 

僕がそう言うと、パーマーは携帯を取り出し、ポチポチと画面を叩く。

 

レース後で疲れているかもしれない、ミーティングとか色々あるだろうし、この後のライブの準備だってきっとあるはず。

 

今までの僕なら、きっと遠慮していた。

 

でも今は…

 

(…ただ早く、ヘリオスに会いに行きたい)

 

この気持ちを抑えられなかった。

 

どうか許して欲しい、きっとこれが…

 

パーマーがチラリとスマホから視線を僕の顔へと移し、口を開く。

 

 

「紅さ…イイ顔してんね」

 

「…でしょ?」

 

 

これが…

 

 

 

僕の最初の爆逃げだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ〜爆走かましたあ!!ガチえきさいてぃんぐ的な!?いやぁ走った走ったー!!」

 

控え室のドアが開くなり、ヘリオスはいつものようにタオルを振り回しながら、やけに明るい声を張り上げた。

 

「……」

 

私はそんな彼女の姿を見て、申し訳なさで胸が押しつぶされそうになる。

 

「……ごめんねヘリオス。私が、テンションの管理をミスっちゃったから…」

 

私の言葉に、ヘリオスはキョトンとした顔をして、すぐにケラケラと笑い飛ばした。

 

「んぇ?何言ってんのトレぴ!ウチのバイブスはいつだってアゲアゲっしょ!?コンディションとか関係なっしんぐ!楽しかったしオールオッケーっしょ!!」

 

よう言いながら、いつも通り明るく私に笑いかける彼女。

 

「……」

 

けれど、私はそんな彼女の頭上をじっと見つめて、心の中で深くため息をついた。

 

真下に向いた紫色の矢印。

 

(……やっぱり『絶不調』のままだよね)

 

ここ数週間、ずっとだ。

 

お散歩に行っても、カラオケに行っても、一向に調子の矢印が上を向かない。

 

表面上はこうして笑っているけれど、きっと心の奥底ある何かが、彼女のテンションに影響を与えているはずだ。

 

それを解決できずに、こうしてレースを迎えてしまったのは、全部トレーナーである私の責任。

 

(……それなのに)

 

「どしたトレぴ!?アゲてこーぜ!?」

 

私に責任を感じさせないためかはわからないが、彼女はテンションを上げて笑ってみせる。

 

(……情けないなぁ、私)

 

担当ウマ娘に気を使わせて、シュンとしてるなんてトレーナー失格だ。

 

私はパンッ!と自分の両頬を叩いて、気合を入れ直す。

 

今は原因がわからなくても、私が前を向かないといけない。

 

「……だよね!くよくよしてても仕方ない!次のレースのこと、考えないとね!」

 

私が努めて明るく笑いかけると、ヘリオスもニカっと笑って親指を立てた。

 

「おーよ!次はもっとキャパくなんないとね!ズドンっていってバギューン!的な!?これヤバくね!?」

 

「あはは、それはよくわからないよヘリオス」

 

そうやって私たちが笑い合った、その時だった。

 

ブブブッ……

 

ポケットに入っていたスマートフォンが短く震えた。

 

取り出してみると、画面には『メジロパーマー』の文字。

 

「あ、パーマーちゃんからだ」

 

通知を開くと、長文のメッセージが表示された。

 

『ヘリオスのトレーナーさん!さっきのレース見てました!お疲れ様です!友達と見てたんですけど、その友達がどうしてもすぐヘリオスに会いたいって言ってるんですけど…控え室行っても大丈夫そうですか!?ヘリオスにも聞いてください!』

 

(パーマーちゃん、やっぱりなんだかんだ真面目だなぁ…)

 

私は思わずクスリと笑ってしまう。

 

彼女はヘリオスの親友なんだから、確認なんていらないのに、いつでも大歓迎だ。

 

(……にしても、友達…ジョーダンちゃんとかかな?)

 

そんなことを考えながら、私はスマホを握り直し、ヘリオスに向き直った。

 

「ヘリオス、パーマーちゃんから連絡来たよ。今からこっち来たいって」

 

「お!パマちん来てたん!?ウェルカムウェルカム〜!」

 

「それでね、一緒に見てた友達も連れてきたいみたいなんだけど……いいかな?」

 

「うぇ?ともだち?」

 

ヘリオスは少しだけ首を傾げた。

 

その時、スマホの画面にパマちゃんからの追加のメッセージが浮かび、私はそれを読み上げる。

 

「うん、パーマーちゃんのお友達……ええっと……『こーぴょん』って子らしいけど」

 

私がそう言い放つ、その瞬間だった。

 

「……へ?」

 

ヘリオスの動きが、ピタリと止まり、振り回していたタオルが、ゆっくりと床に落ちた。

 

「ちょちょちょ……ちょ?」

 

ヘリオスはギリギリと錆びた歯車のような音を立てて首を傾げると、信じられないといった顔で私に詰め寄った。

 

「イマ…トレぴ、こーぴょんって言った!?言ったよね!?」

 

「……う、うん」

 

「マ……マジぽよかよ……?」

 

その瞬間、ヘリオスの表情がキラリと輝いて呟く。

 

「へへ…来て…くれたんだ…」

 

けれど、その直後ヘリオスは何かに気が付いたように眉を下げた。

 

「あ……でも……」

 

「ヘリオス?」

 

「……ダメだ」

 

彼女は自身の指先をイジイジといじりながら、らしくない小さな声で呟く。

 

「……おじょーと指切りげんまんしたんだった」

 

「ルビーちゃんと?どんな約束したの?」

 

私がそう聞くと、ヘリオスは背筋を伸ばして、両手を前に組んで口を開く。

 

「えっと……『今後はおにーたまにお近づきになりませんよう、お願いもーしあげます』……って言われちゃったんだった」

 

「上手だね、ルビーちゃんのモノマネ」

 

「しゅきぴだもん……」

 

そう返しながらも、ズーン……と、目に見えるほどの重い空気が彼女を包む。

 

せっかくちょっと上がったテンションが、また急降下していくのがわかった。

 

(……なるほどね)

 

やっと見つけた。最近のヘリオスのテンション降下の要因。

 

きっとここでその『こーぴょん』って子に会わないと、テンションが上がることはない。

 

そう考えた私は助け舟を出すがごとく、口を開く。

 

「……ねぇ、ヘリオス」

 

私は、縦に青線の入る彼女の顔を覗き込みながら、あくまで冷静に、諭すように言った。

 

「今回はさ、ヘリオスから近づくわけじゃないからいいんじゃない?」

 

「……うぇ?」

 

「向こうが……『こーぴょん』くんとパーマーちゃんが、ヘリオスに会いたいって、ここに来るんだよ。つまり、向こうから近づいてきてるわけだよ」

 

私はニッコリと笑う。

 

「だから、ヘリオスは約束を破ってない……違うかな?」

 

私の言葉に、ヘリオスは数回パチパチと瞬きをして……。

 

ポンッ!

 

と手を叩いた。

 

「……それな!!!!」

 

「ふふん…でしょ?」

 

「ガチそれなじゃね!?向こうから来るならノーカン的な!?トレぴやっぱ天才か!?」

 

天真爛漫。単純明快。

 

彼女の瞳に、光が戻る。

 

「やっば!会えんじゃん!こーぴょんにおひさで会える!!かなりアゲみざわなんだが!?」

 

よっぽどうれしいのか、その場で小躍りを始めるヘリオスであったが、それも束の間。彼女は突然「ハッ!!」と息を呑んで、慌てふためきだした。

 

「…ちょいまち!ヤバイかも!!ウチ今爆走直後じゃん!!」

 

彼女は自分の匂いを嗅ぐように、クンクンと腕や服に鼻を近づける。

 

「え!!汗やばッ!?芝の匂いエグッ!?え、これヤバみ深し!?こんなんでこーぴょんに会うとかムリゲーなんですケド!?」

 

「あはは、大丈夫だよヘリオス、そんなに……」

 

「だいじょばないよ!?ミラー!鏡!トレぴ鏡貸して!!あとせーかんスプレー!!前髪寝てない!?ボサってない!?」

 

「はいはい、鏡ね」

 

「…顔あっか!もはや茹でダコ超えて茹でイカじゃね!?どーしよマジどーしよ!!」

 

バタバタと私の周りを駆け回りながら、必死に身だしなみを整えようとするヘリオス。

 

さっきまでの重苦しい空気はどこへやら。

 

(……ふふっ)

 

そのあまりの慌てっぷりに、私はどこか自身の青春時代を思い出してしまい、自然と頬が緩んでしまう。

 

「…もうちょっと落ち着いた方がよさげじゃない?ヘリオス」

 

「ムリ!まぢムリ!あとなんびょー!?あとなんびょーで来る!?」

 

騒がしいけれど、どこか楽しげなその声。

 

私は微笑ましく思いながら、ふと、彼女の頭上に目をやった。

 

(……お)

 

そこにあったのは、さっきまでの紫の下向きの矢印ではなく、わずかに青色に…

 

そして矢印の先は、ほんの少しだけ……上を向こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室へ続く長い廊下。

 

無機質なコンクリートの壁に囲まれたその場所で、僕とパーマーは並んで立っていた。

 

「……ふぅ」

 

ここまで勢いだけで来てしまったけれど、いざ扉の前に立つと、やけに緊張してしまう。

 

ヘリオスに会うのは、あのコンクールの予選の日以来の数週間ぶり。

 

あの時の僕は、彼女に合わせる顔がなくて、ただ逃げ出すことしかできなかった。

 

(…でも、今は違う)

 

僕は小さく頷き、決意を込めて、目の前の扉に手を伸ばした。

 

コン、コン、コン……

 

乾いたノックの音が、静かな廊下に響く。

 

その瞬間。

 

「ちょ、ちょい待ち!!じゅうびょー!!あと10秒ぷりーず!!」

 

扉の向こうから、ヘリオスの慌てふためく叫び声が聞こえてきた。

 

同時に、バタバタと何かが暴れ回るような音が耳に入る。

 

「…やっぱし、迷惑だったかな?」

 

「いやいや、あはは!相変わらずだね、ヘリオスは」

 

久々に聞いた変わらない彼女の声に僕の緊張は一瞬で吹き飛んでしまった。

 

隣のパーマーと顔を見合わせて互いに苦笑いを見せる。

 

数秒後。

 

扉の向こうの騒がしい音がピタリと止み、咳払いをするような音が聞こえた。

 

「…うぇい!もーおけまる水産!きゃもん!」

 

彼女の言葉に僕はパーマーと頷きあって、目の前の扉のドアノブを回した。

 

ガチャ…

 

重い扉が開く。

 

真っ先に視界に入ったのは、控室の奥にある椅子にちょこんと座っているヘリオスの姿だった。

 

その隣には、おそらく彼女のトレーナーだと思われる女性が立って微笑んでいる。

 

けれど、僕の目はヘリオスから離れなかった。

 

「……おっす、こーぴょん……久しぶり、的な?」

 

ヘリオスは、どこか照れくさそうに、少しだけはにかんで僕を見上げた。

 

「…!!」

 

数週間ぶりのその顔を見た瞬間、僕の中で何かが弾けた。

 

トレーナーさんへの挨拶とか、前置きとか、色々と考えていたんだけど、そんなもの全部吹き飛んでしまった。

 

僕は部屋の中へと踏み込み、まっすぐに彼女の元へと歩み寄った。

 

「……うえ、こーぴょん?」

 

ぱちくりと目を丸くするヘリオスの前で、僕は膝をつき、彼女の両手を強く握りしめた。

 

「…ヘリオス」

 

「うぇ!?ちょ、なになに!?どしたん急に手ェ握っちゃって!?照れるんだが!?」

 

突然のことに、ヘリオスがビクッと肩を震わせる。

 

だが、そんなことは関係ない、僕は思っていることをそのまま、口から吐き出した。

 

「……ありがとう、ヘリオス」

 

「え……?」

 

「今日のレース……本当に、すごかった。ヘリオスの走りを見て……なんて言うか、こう………ビビッときたんだ」

 

結局、上手くは言えなかった。

 

でも本当にビビっときた、色んなことに気づかされた。

 

「はは、なんか照れくさいけど…僕の中で、何かが変わった気がするんだ。ヘリオスのおかげで……だから本当に、ありがとう」

 

僕の言葉に、ヘリオスはポカンと口を開け、それからじわじわと顔を赤くしていった。

 

握られた自分の手と、僕の顔を交互に見つめ、彼女は視線を泳がせる。

 

「……そ、そんな……改まって言われると……照れみマックスなんですケド……」

 

ヘリオスは俯き、もじもじと身をよじった。

 

(…あれ?なんかしおらしくない?今日のヘリオス…疲れてるのかな?)

 

…とヘリオスを見ながらそんなことを考えていると。

 

「てかさ、見に来てくれんなら…連絡くらいほしかったし…」

 

ヘリオスがウマ耳をピコピコと揺らしながら、小さく口をとがらせた。

 

「……こんな、6着なんてかっこワルイとこ……こーぴょんには、見せたくなかったし……」

 

「…え?」

 

その言葉に、僕はきょとんとした。

 

「…ろ、6着?」

 

「……うぇ?そうだけど……けーじ板ギリ載ってないし……ぴえん」

 

ヘリオスが不思議そうに首を傾げる。

 

僕はそこで初めて、今日のレースの結果を……彼女の順位を知った。

 

(……え、6着だったの?1着じゃなくて?)

 

何故かずっと、ヘリオスが一着だと勘違いしていた。

 

確かに思い返してみれば、ずっとヘリオスが走ってるのを見てて…

 

誰がゴール板を一番に通過したとかではなく、ヘリオスが足を止めたから「ああ、ゴールしたんだな」と思って見るのを終えた。

 

他のウマ娘は途中から一切視界に入っていなかった。

 

「……ヤバ」

 

その事実に気づいた瞬間、今度は僕の顔が一気に熱を持った。

 

(……僕、どんだけヘリオスしか見てなかったんだ!?)

 

順位すら認識できないほど、彼女の姿に夢中になっていた自分。

 

そのあまりの視野の狭さ、そして熱中ぶりに、今更ながら強烈な恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

ボンッ!!

 

という音が聞こえそうなくらい、僕の顔も真っ赤に染まった。

 

「……あ、あー……そ、そうだったんだ……ごめん、ヘリオス。僕……全然気づかなくて……」

 

「はぇ?…それヤバくね?がちでレース見てたん?こーぴょん?」

 

ヘリオスがジトっとした疑いの眼差しを僕に向けてくる。

 

口元は少し尖っていて、まるで拗ねた子供みたいだ。

 

「え、えーっと…」

 

じっと僕を捉えるその瞳に、我慢できなくなった僕は観念して、正直に話すことにした。

 

すごく恥ずかしいけど。

 

ヘリオスに向けて口を開く。

 

「……いや、その……恥ずかしいんだけど、僕、ヘリオスしか見てなくてさ」

 

「……」

 

「他のウマ娘がどうとか、順位がどうとか……そういうのが目に入らないくらい、ヘリオスの走りに夢中だったんだよね…はは」

 

はにかみながら、けれど嘘偽りない本心を告げる。

 

その瞬間。

 

ボンッ!!!!!

 

今度こそ、本当にそんな音が聞こえた気がした。

 

「〇*@$%&#▽!!!?????」

 

ヘリオスは言葉にならない悲鳴を上げ、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。

 

「こ、こーぴょん……しょ、しょんなコト……真顔で……!?え、殺す気!?ウチのハートすとっぷさせようとしてんの!?」

 

そして、そういいながら、ヘリオスは着ているジャージの上着を脱いでいそいそと自分の顔を覆い隠す。

 

「…でもうれぴー…ありがと」

 

すっぽりと覆われたジャージの向こう側かららしくない小さな声が聞こえた。

 

(…なんか、ヘリオスっていつもこーゆー時、顔隠すよね)

 

ジャージの覆われた顔と、少しはみ出て揺れるウマ耳に、変な嗜虐心と好奇心を刺激される。

 

僕はそんなヘリオスに少しだけ意地悪をしたくなって、覆われたジャージの裾をちょんと掴んで笑った。

 

「顔見せてよ、ヘリオス」

 

「マジむり!!見たらこーぴょんキライになっから!!」

 

「…そ、それは嫌だ」

 

思ったより強めに拒否されたので、僕はすぐに手を引っ込めた。

 

そんな、他愛もないやり取りを僕らは繰り広げる。

 

「……あらあら」

 

「……」

 

後ろで見ていたトレーナーさんとパーマーが、呆れたように僕らを見ている。

 

すると、パーマーがポンと僕の肩を叩いた。

 

「ね、紅、そろそろ出ないと。ヘリオスもこの後ウイニングライブ……あ、いや、今回は掲示板外だからライブのバックダンサーか。とにかく準備あるっしょ?」

 

「あ……そうだね」

 

パーマーの言葉で、僕はやっと現実に引き戻された。

 

そうだ、ここはレース場の控え室で、彼女はまだ仕事の途中なのだ。

 

「ごめん、ヘリオス。長居しちゃって」

 

「……う、ううん……全然、ウェルカムだし……」

 

ヘリオスはゆっくりと上着から顔を出して、そう言った。

 

まだ顔を赤くしたままだけれど、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるようだ。

 

僕は名残惜しさを感じながらも、踵を返して扉へと向かう。

 

その前に…

 

僕はドアノブに手をかけたところで立ち止まり、勢いよく振り返った。

 

「ねぇ、ヘリオス」

 

「ん〜?どした?こーぴょん」

 

僕はヘリオスともっと話したかった。

 

だから。

 

「あの、明日とか……時間、ある?」

 

僕の問いかけに、ヘリオスは一瞬きょとんとして……すぐにバッ!と弾かれたように隣のトレーナーさんへ視線を向けた。

 

「…トレぴ!?」

 

ヘリオスのそんな様子にトレーナーさんは苦笑しながら、優しく頷いた。

 

「大丈夫だよ。レースの次の日だから、トレーニングは無し。完全オフだよ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

ブンブンブンブンッ!!!

 

ヘリオスは首がもげるんじゃないかという勢いで、僕の方を向いて激しく頷いた。

 

「ジカンある!!あるある!!明日ヒマ!!超ヒマ!!ガチでヒマ!!」

 

「そ、そっか。よかった」

 

僕は彼女の100%のアンサーに安堵の息を吐き、改めて彼女に告げる。

 

「じゃあ、明日……どっかで会おうよ。色々、話したいことがあるんだ」

 

僕の誘いに、ヘリオスは今日一番の、太陽みたいな笑顔を咲かせた。

 

「りょ!!ぜってー行く!!ウチもこーぴょんに聞きたいこといっぱいあっし!!」

 

「…じゃあ、また連絡するよ」

 

僕は手を振り、彼女の笑顔を瞼に焼き付けて、今度こそ控え室を出ようとした。

 

(……よかった。明日も会える)

 

胸の中がホクホクと温かい。

 

小躍りでもしてやろうかという気分で廊下へ出ようとした、その時だった。

 

「……あの、こーぴょんくん」

 

不意に肩を叩かれ、呼び止められた。

 

振り返ると、ヘリオスのトレーナーさんが立っていた。

 

彼女は僕に近づくと、誰にも聞こえないような小さな声で、こっそりと耳打ちした。

 

「……ありがとうね」

 

「え?」

 

「キミのおかげで、ヘリオスのテンション……一気に3段階もアップして、『絶好調』になったよ」

 

ウィンクをして、親指を立てるトレーナーさん。

 

「……えっと……?」

 

3段階?絶好調?

 

何かのゲームの話だろうか。

 

よくわからなかったけれど、彼女が嬉しそうにしているのは伝わってきたので、僕は首を傾げながらも笑顔で返した。

 

 

 

 

「…ど、どういたしまして?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇいうぇいうぇい!!!かますぜ~!!!爆逃げよいちょ~~!!!!!」

 

 

 

 

空に立ち込めるくすんだ灰色を晴らすように、ヘリオスはターフの上を駆けていた。

 

……でも、私…メジロパーマーの目はその走りじゃなくて、隣に立っている紅の方をに向いていた。

 

「うおお…」

 

私の隣でフェンスにしがみつくようにして身を乗り出し、紅は夢中になってコースを見つめている。

 

その瞳は、まるで子供みたいにキラキラと輝いていた。

 

さっきまでの曇った顔が嘘みたいな横顔。

 

でも、私はその顔を知っていた。

 

(……懐かしいね、その顔)

 

昔、まだ紅も私も幼かった頃。

 

ピアノを習い始めたばかりの紅は、よく演奏会のステージ袖に立っていた。

 

招かれたプロのピアニストや、先にピアノを始めていたドーベルの演奏を、ただじっと見つめていた。

 

評価するとか、比べるとか、そんな目じゃなくて。

 

ただ純粋に、奏でられる音を楽しんで。

 

キラキラと目を輝かせていた。

 

(…そうだった)

 

きっと、紅は、昔はピアノが好きだったはずだ。

 

誰かの期待のためでも、一族のためでもなくて。

 

ただ音が好きで、演奏が好きで。

 

今と同じような顔で、夢中になっていた。

 

でも、紅はそれを少しずつ、一族の重圧、周囲からの期待で勝手に塗りつぶしていた。

 

(…そんな顔もできたんだったね)

 

今、ヘリオスの走る姿を見つめる横顔は、私の記憶の中の楽し気な横顔と完全に重なっていた。

 

マイルの距離を走るこのレースは程なく、中盤へと差し掛かかる。

 

紅の視線はヘリオスを追い続け、それに釣られるように私も視線をヘリオスに移していた。

 

「……すごいなぁ」

 

紅の口から漏れた、そんな言葉。

 

いつもの、取り繕った綺麗な言葉じゃない。

 

ただ、心から出た声。

 

本当に久々に見た紅の楽しそうな表情に私はなんだか嬉しく、心がポカポカと温かくなる。

 

……でも。

 

同時に、胸の奥に小さな棘みたいな感情も生まれる。

 

紅の心を、あんなふうに動かしているのは。

 

好きなピアノじゃなくて。何年も前からの友人の私でもなくて。

 

今、ターフを走っている……親友(ヘリオス)だった。

 

私はフェンスに寄りかかりながら、その走り姿を見つめる。

 

額に流れる汗を拭いながらも、ヘリオスは笑顔を絶やさず、走り続ける。

 

その姿に……

 

 

 

「…いいなぁ」 

 

 

 

 

気が付けば、私の口からポロリと言葉が溢れていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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