『華麗なる一族』に生まれた僕、パリピな太陽神に心を撃ち抜かれる。   作:えれくとろにくす

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まずは申し訳ありません。






9.お兄様二十面相

 

 

 

 

 

 

朝の屋敷に差し込む、白い光。

 

私はいつも通り屋敷の長い廊下を歩きながら、頭の中でその日の予定表をなぞっていた。

 

午前の自学習。昼からのトレーニング。夕刻のダンスレッスンの時間。

 

きっちりと、隙なく埋められたスケジュール。

 

それが、華麗なる一族『ダイイチルビー』としての、一日の始まり…

 

「……」

 

ところが、廊下の角を曲がった先で、私の足は止まる。

 

前方から背の高い黒髪の女性……お兄様の執事の凛子が歩いてきていた、その腕には何枚かの衣服を重ねている。

 

特段珍しくない光景のはずだった。

 

だが、その腕に抱かれた服の色が、いつものお兄様のそれとは違っていた。

 

深みのある黒でも、端正な紺でもなく……柔らかな生成り色のシャツに、落ち着いたトーンのジャケット。

 

堅苦しくはないが、だらしなくもない。

 

どこか……外出を意識した、穏やかな色合いの服が何枚か。

 

「おや、ルビー様」

 

私に気が付いた凛子が、静かに声をかけてくる。

 

「おはようございます。お早いですね」

 

「……おはようございます、凛子」

 

わたくしは小さく礼をした後、何気ない様子を装って口を開く。

 

「……本日、もしやお兄様はどこかへ外出ですか?」

 

凛子はほんの一瞬だけ、視線を宙に泳がせた。

 

そして、いつもの通り感情の読めない無表情で答えた。

 

「本日は、ぼっちゃんのプライベートの外出でございます。詳細につきましては、わたくしの口からはお答えしかねます」

 

「……左様ですか」

 

それだけ言って、私は踵を返した。

 

その背後で、凛子が小さくため息をついた気がしたが。

 

(……お兄様)

 

私は落ち着かない胸中を押さえながら、足を止めずに廊下を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャリ…

 

音を立てて、目の前の扉が開く。

 

「…〜♪」

 

ご機嫌な鼻唄を歌いながら部屋の中から出てくるのは、見慣れた紅い瞳の青年。

 

「おはようございます。お兄様」

 

私はすぐにその青年……お兄様に朝の挨拶を行う。

 

「……!?……ってルビー!?……お、おはよう」

 

扉のすぐ手前で待っていた私に驚いたのか目を見開いたお兄様だったが、すぐにいつもの優しい表情にもどり、挨拶を返してくれた。

 

「えっと、どうかした?部屋の前で…出待ち?…用があるならノックしてくれればよかったのに」

 

少しだけ視線を泳がせながらそう言うお兄様。

 

「……」じっ…

 

そんな兄の背格好を頭からつま先まで私は観察する。

 

綺麗に整えられた髪型、柔らかい色のシャツと少し大き目のサイズのジーンズ。

 

(……今朝の)

 

お兄様は朝、凛子が運んでいたのと同じ、カジュアルな服装に身を包んでいた。

 

「……大丈夫か?ルビー?」

 

首を傾げながら、紅色の瞳が私を心配そうに見つめていた。

 

ゆっくりと私は口を開く。

 

「……本日はやはり、どちらへお出かけですか?」

 

「ああ、いや、まぁ、……ふふ、ちょっと今日は友人に会いにね」

 

お兄様はそう言って、微笑む。

 

それは、いつも通りの完璧な笑顔……では無かった。

 

(…お兄様、口角が普段より、3mm程度上がっています)

 

すこしだけ、口元が緩んだだらしないと感じる笑顔。

 

私の記憶にはお兄様のそんな顔はなかった。

 

「……」じとっ…

 

「…?」

 

私の視線に、不思議そうに首を傾げるお兄様。

 

物は試しにと私は口を開く。

 

「…私も同行させていただいてはくれませんか?」

 

「……!」

 

私の言葉に、お兄様が一瞬固まった。

 

「……え、ええっと…それはどういう」

 

「同行です。本日のご予定に私もお供させていただきたいのですが」

 

私の淡々とした口調。

 

「い、いや~…今日は流石に…」

 

お兄様が言い淀む。

 

私はそのまま、静かに一歩、前へ出た。

 

そして。

 

「……今日はお兄様と過ごしたいのです」

 

ちょん、とお兄様の袖の端をつまみ、上目遣いで見つめる。

 

「どうしても……だめでしょうか?」

 

「ぐうっ……!」

 

お兄様が呻き声を上げた。

 

バッ!と視線が勢いよく、私から逸れる。

 

(……いつものお兄様ならこのまま)

 

基本的に、この顔を見た後のお兄様は、いつもそのまま折れてくれる。

 

流れとして、次の言葉は「……わかったよルビー」のはずだった。

 

だが。

 

「…………」

 

今日のお兄様は、黙っていた。

 

私の袖をつまんでいる手を、お兄様がゆっくりと、ほどく。

 

優しく、でも確かに……

 

「……!?」

 

……外された。

 

お兄様が私の手を振り解いた。

 

この事実が、私の胸を襲う。

 

お兄様はまだ私の顔を見ていない。

 

そして次の瞬間だった。

 

()()でごめんルビー!……今日はホントにダメだから!……お兄様一人じゃないと!」

 

「……!」

 

「……不甲斐ないお兄様を許してくれッ!」

 

そう言い残し、お兄様は駆け出した。

 

バタバタと『逃げる』ように廊下の先へ。

 

あっという間に曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなる。 

 

「……」

 

私は廊下に一人残された。

 

お兄様の足音が遠ざかってゆく。

 

「…おにいさま」

 

しばらく、その場から動けなかった。

(……いまのは、なんでしょう?)

頭の中を整理する。

 

私のおねだりを振り払ったお兄様。

 

それも、あんなに慌てた様子で。

 

私がお願いをすれば、お兄様はいつも受け入れてくださった。

 

(……なぜ)

 

それほどまでに、今日は一人でなければならない用事があるのだろうか

 

「友人に会いに」と言っていた。

 

その友人が誰なのかは……

 

『いや、まぁ、……ふふ、ちょっと友人に会いにね』

 

あの笑顔…考えるまでもない。

 

「……」

 

しばらくの間、廊下に立ったまま動かなかった。

 

お兄様の足音は、もうとっくに聞こえなくなっていた。

 

(……追いかけるべきでしょうか)

 

自分の足ならば、お兄様に追いつくことは容易い。

 

だが。

 

(……意味がありません)

 

追いついたところで、先程と同じやり取りが繰り返されるだけだ。  

 

(…お兄様はきっと…『あの方』へ会いに行く)

 

考える。

 

どうすれば良いのかを。

 

追いかけても意味はない、同行することも許されない。

 

ならば残る手段は……

 

「ルビー様」

 

背後から、声が飛んだ。

 

「……」

 

振り返ると、凛子が廊下の角に、いつの間にか立っていた。

 

そんな、彼女の目元には見慣れない黒色がきらりと光る。

 

思わず私は尋ねる。

 

「……凛子、なぜ、サングラスを?」

 

「尾行です」

 

私の問いに端的に答えた彼女はそのまま流れるような動作で、懐からワンサイズ小さなサングラスを取り出し、私に差し出した。

 

「よろしければ、ご一緒しますか?」

 

「……」

 

私は差し出されたサングラスと凛子の顔を交互に見比べる。

 

「…尾行するのですか?お兄様を?」

 

「はい、ルビー様の立ち姿がそうしたいと物語っていたので」

 

凛子の指摘で、無意識に耳を絞ってしまっていたことに気がついた。

 

(…不覚)

 

考え事をするようにクルクルとはしたなく回転していた尻尾にも気を入れ直す。

 

「…それに」

 

凛子が少しだけ間を置いた。

 

「『尾行回』は恋愛漫画の定石の一つでございますから…もちろん心得ております」

 

少しだけ得意げな顔でそう言う凛子。

 

尾行だなんて、小狡い真似を華麗なる一族である私がしてもよいものか。

 

そんな思考が頭をよぎり、ぐるぐると巡る。

 

だが…

 

(お兄様の動向は……知っておかねば)

 

結論に至った私は意を決して口を開く。

 

「……行きましょう、凛子」

 

そして、凛子の差し出しているサングラスを受け取った。

 

「かしこまりました、ルビー様」

 

サングラスを渡した凛子が軽く微笑んだのが見えた。

 

「……」

 

それを横目にゆっくりと、お兄様の走って行った方向へ足を踏み出す。

 

その3歩後ろを凛子が歩く。

 

(……お兄様)

 

ずっと昔から、お兄様は私だけのお兄様だった。

 

でも、ある時から変わった。

 

あの笑顔は、あの柔らかくて、温かい笑顔は私へのものではない。

 

何となくわかっていた。

 

嫌だった、単純に私だけのお兄様では無くなっていくのが…

 

だから…

 

『今後、お兄様にお近づきになるのは…ご遠慮ください』

 

あんな事を言ってしまった。

 

『あの方』が悪くないのは百も承知。

 

…だが、お兄様に無理な笑顔をさせたのもまた事実。

 

だから今日確かめなくてはならない。

 

私のお兄様が…『あの方』の前でどんな顔をするのかを…

 

 

 

 

決して、兄と『あの方』のデートが気になっているわけではない。

 

 

 

決して、お兄様が『あの方』に盗られそうで焦っているわけではない。

 

 

 

 

 

決して…

 

 

 

 

 

 

「ああ、ちなみに先ほどの『尾行回』発言…参考文献は『ラブラブ執事と私』『超冷酷執事の裏の甘い顔』『はちみーより甘いご主人様とメイドの私』の3冊となっております」

 

「………そう」

 

 

 

兄の専属執事が嬉々として並べた参考文献にどこか趣味が垣間見えるような気もしたが……取り敢えず無視することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園の入り口から少し離れた植え込みの影。

 

私は、凛子と共にその場へ身を潜めていた。

 

「……」

 

「……」

 

傍から見れば、不審極まりない光景であっただろう。

 

……いいえ。

 

これはお兄様の動向を確認するための、極めて合理的な行動。

 

「……凛子」

 

「はい、ルビー様」

 

「このサングラスは本当に必要なのでしょうか」

 

「尾行感が出ます」

 

「……」

 

必要性についての返答ではなかった。

 

だが、今はその点を追及している場合ではない。

 

私は改めて、視線を公園の中央へ向ける。

 

噴水のすぐ隣、木漏れ日が反射する石畳の上に、お兄様は一人で立っていた。

 

(…カジュアルな服装のお兄様)

 

屋敷で見た時には、どこか見慣れない服装に感じた。

 

だが、こうして離れて見ると。

 

「……」

 

やはり、お兄様だった。

 

背筋はまっすぐに伸びている。

 

人の流れを邪魔しない位置に立ち、周囲へさりげなく気を配りながら、それでも決して落ち着きを失わない端正な立ち姿だった。

 

ただそこに立っているだけで、周囲の景色まで整って見えるような。

 

私の知っている、いつも通りのお兄様。

 

「……」

 

胸の奥が、少しだけ落ち着く。

 

やはり、お兄様は、お兄様だ。

 

服装が少し違っても。

 

笑顔が普段より少しだらしなくとも。

 

少しばかり、言葉遣いに不審な点が見られたとしても。

 

あそこに立っているのは、間違いなく私のお兄様である。

 

「……やはり」

 

私は小さく息を吐く。

 

「何も…問題はありません」

 

そう、いつも通り。

 

私の知る、完璧なお兄様。

 

……だが。

 

その時だった。

 

「おー!!いたいたー!!こーぴょーん!!」

 

公園の入り口の方から、明るい声が響いた。

 

「……!」

 

反射的に、私の耳が立つ。

 

声の主は、考えるまでもなかった。

 

黒髪に青のメッシュを揺らし、太陽のような笑顔で一直線に走るその姿…

 

「ヘリオス」

 

名前を呼ぶ、お兄様の表情は先程までの穏やかで整った笑みではなかった。

 

目元が緩み、頬が少しだけ上がり、口元がだらしなくほどける。

 

どこまでも柔らかく、年相応で、無防備な…

 

私の記憶にはない、お兄様の顔。

 

「あはっ!待った!?待った!?メンゴメンゴ!シンゴーがさー、マジ赤くてピカピカしてて遅延した!」

 

「はは、全然待ってないよ。むしろ僕が少し早く着きすぎただけ」

 

「そ?ならヨシ!てかこーぴょんの私服めっちゃよくね!?爆イケじゃね?」

 

「ヘリオスも、その服すごく似合ってる、爆イケ?だよ」

 

「うぇーい!ホメられた!!」

 

お兄様は笑っていた。

 

ヘリオスさんと会ってからずっと…

 

「……」

 

私は無言でそれを見つめる。

 

すると、ヘリオスさんは当然のようにお兄様の横へ並び。

 

そのまま。

 

するりと。

 

お兄様の腕に、自分の腕を絡ませた。

 

「……!?」

 

ぎゅっ、と。

 

遠目にも分かるほど、自然に。

 

まるでそうすることが当然であるかのように。

 

「ん?ヘリオス?」

 

「いこいこ!今日はあたしがこーぴょんをアゲにする日だから!」

 

「そういう日なの?」

 

「そ!あたしプレゼンツ!こーぴょんニッコニコ計画!略してこぴニコ!」

 

「独特な略し方だね?…まぁ嬉しいけど」

 

「うぇいうぇい!『しゃしゃい』なこと気にすんなー!」

 

ヘリオスがぐいぐいと、お兄様の腕を引っ張る。

 

「うーん…『些細な』なのかな?」

 

お兄様は少し困ったように呟きながらも、全く抵抗していなかった。

 

「……」

 

その様子を見ていた私は静かに立ち上がった。

 

「ルビー様?」

 

不思議そうな表情で私を見る凛子に一言。

 

「介入します、見てられません」

 

そう端的に告げ、植え込みの影から一歩踏み出す。

 

だが、その時…

 

「お待ちくださいルビー様」

 

そんな声と共に白い手袋が私の手首を掴む。

 

「今行ったら、きっとぼっちゃんに嫌われてしまいますよ」

 

「……」

 

「……」

 

私は、足を止めた。

 

「……それは」

 

「はい」

 

「……看過できません」

 

「左様でございますね」

 

「ですが」

 

「ですが?」

 

「腕を絡ませています」

 

「絡ませておりますね」

 

「お兄様の腕…」

 

「ぼっちゃんの腕でございます」

 

「……」

 

「……」

 

「やはり介入します」

 

「本当にお待ちください」

 

再び歩き出そうとした私の前に、凛子がもう一度立ちはだかる。

 

「……ふぅ」

 

凛子の真剣な表情を見た私は小さく一度息を吐き、心を落ち着ける。

 

「賢明な判断です」

 

「…」

 

凛子の言葉を聞きながらゆっくりと視線をお兄様の方向へ戻す。

 

お兄様は、公園の道をゆっくりと歩き出していた。

 

その隣のヘリオスさんは相変わらず、お兄様の腕を離さない。

 

お兄様は、困ったように笑いながらも、歩幅を彼女に合わせている。

 

「……」

 

私の知るお兄様は、誰かに振り回されるような方ではなかった。

 

いつも穏やかに微笑みながらも、周囲の空気には流されず、堂々たる強い信念と、気品のある高潔さがあった。

 

…けれど、今のお兄様は。

 

振り回されて、引っ張られて…

 

それでも、楽しそうだった。

 

「……」

 

胸の内側が、少しだけ、ちくりと痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園の道をしばらく進むと、小さな広場に出た。

 

親子連れや散歩をする老人、犬を連れた女性など、様々な人が思い思いに過ごしている。

 

その端。

 

小さな屋台が一つ、煙を上げていた。

 

『いしやーきいもー……おいもー……』

 

間延びした歌声のような音が、ゆっくりと空気を揺らす。

 

「……」

 

お兄様の視線が、わずかにそちらへ向いた。

 

本当に一瞬だったが、私はそれを見逃さなかった。

 

「……?」

 

お兄様はすぐに視線を戻し、何事もなかったように歩き続ける。

 

しかし、数歩進んだ後。

 

また、ちらりと視線が屋台の方へ向く。

 

「……」

 

私は目を細める。

 

(もしや…あのような屋台にご興味が?お兄様が?)

 

そんなことを考えていたその時。

 

「こーぴょん」

 

ヘリオスさんが足を止めた。

 

「え?」

 

「アレ、見てたっしょ」

 

「……え」

 

お兄様の肩が、わずかに跳ねる。

 

そして照れくさそうに頬を掻きながら口を開く。

 

「あはは…バレてた?」

 

「モチ!こーぴょんの視線にはビンカンなんでウチ!んでんで!!…ちょい待ちね!」

 

そう言うやいなや、ヘリオスさんはお兄様の腕からぱっと離れ、屋台へ向かって駆け出した。

 

「すいませーん!おいも二つ!ちょーアチアチで!」

 

「ヘリオス?」

 

首を傾げるお兄様。

 

その数秒後、彼女は紙袋を両手に抱えて戻ってくる。

 

「はい!こーぴょん!」

 

「あ、ありがとう……でも、いいの?」

 

「よきよき!見てたってことは食べたかったんしょ?」

 

「……」

 

お兄様は、じっと手渡された焼き芋を見つめていた。

 

紙袋の隙間から、白い湯気がふわりと昇っている。

 

「……懐かしいな」

 

お兄様が、小さく呟いた。

 

「なつい?」

 

「うん。実は昔、よく食べていたんだ」

 

そう言って、お兄様は焼き芋を半分に割った。

 

中から鮮やかな黄金色が覗く。

 

「わ、やば!めちゃウマそ!!ビジュ優勝じゃん!」

 

「はは、ヘリオス、熱いから気をつけてね」

 

「こーぴょんもね!」

 

「ああ」

 

お兄様は息を吹きかけてから、そっと焼き芋を頬張った。

 

「……!」

 

お兄様の表情がまた、変わった。

 

目元がわずかに細くなり、口元が緩む。

 

驚いたような、嬉しいような。

 

子どものような顔。

 

「……やっぱり、おいしい」

 

お兄様の口からそんな言葉が漏れた。

 

「小さい頃さ、これが大好物だったんだ」

 

「マジ!?意外!?」

 

「石焼き芋の歌が聞こえると、よく外まで走って買いに行ってた。凛子さんにも何度か付き合ってもらって」

 

「え、かわよ!焼き芋にダッシュしてたん!?」

 

「まあね…ちょっと恥ずかしいけど」

 

そう言いながら、お兄様はまた笑った。

 

焼き芋を手に、少し困ったように。

 

でも、嬉しそうに。

 

「……焼き芋」

 

私は、その場で固まっていた。

 

お兄様が屋台の石焼き芋が好きだった。

 

大好物だと言った。

 

「……凛子」

 

「はい」

 

「今の話は、事実ですか」

 

私の声は、思ったよりも低かった。

 

凛子はしばらく黙った後、静かに頷く。

 

「事実でございます」

 

「……」

 

「ぼっちゃんが焼き芋を好んでおられたのは、ルビー様が物心つかれる前のことです」

 

「……物心つく前」

 

「はい。昔は、石焼き芋の歌が聞こえるたびに、窓辺へ走って行っておられました、廊下を走るなと怒られていたこともありましたね」

 

凛子の視線が、少しだけ遠くなる。

 

「いつも、美味しそうに頬に詰めて召し上がっておりました。口元に芋をつけたまま、満足そうに笑っておられましたね」

 

「……お兄様が」

 

想像できなかった。

 

屋敷の廊下を走るお兄様。

 

石焼き芋の歌に目を輝かせるお兄様。

 

口元に芋をつけて笑うお兄様。

 

私の知るお兄様とは、あまりにも…

 

「ですが、ルビー様が物心つかれてからは、礼儀作法の習得や習い事…特にピアノには大変真面目に取り組まれるようになりました」

 

凛子が続ける。

 

「それ以降、屋台の焼き芋を召し上がることは、ほとんどなくなりました」

 

「……なぜ」

 

「さて…」

 

凛子は答えを濁した。

 

「……それはぼっちゃんご自身にしか、分からないことかと」

 

「……」

 

私は、焼き芋を頬張るお兄様を見る。

 

お兄様の紙袋を持つ指先が、いつもより少しだけ幼く見えた。

 

胸の奥に、また小さな棘が刺さる。

 

知らなかった。

 

単純に、知らなかったのだ。

 

私のお兄様が、屋台の焼き芋を好きだったことを。

 

そんな…些細なことを。

 

 

 

私は、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、二人は公園近くの喫茶店へ入った。

 

……正確には、喫茶店と呼ぶにはいささか装飾が過剰な店であった。

 

外壁は淡い桃色。

 

店内には小さなぬいぐるみやリボンの飾りが並び、各テーブルには花柄のクロス。

 

同年代のウマ娘たちが楽しそうに笑いながら、色鮮やかな飲み物や菓子を写真に収めていた。

 

「……」

 

「……」

 

お兄様とヘリオスは、窓際の席に向かい合って座っていた。

 

その真後ろのちょうど、死角となる席に私と凛子がいる。

 

お兄様の前には紅茶。

 

ヘリオスさんの前には、クリームと果物が過剰に盛られた飲み物。

 

「ね、こーぴょん」

 

ヘリオスさんがストローをくわえたまま、ふいに口を開いた。

 

「ん?」

 

「最近さ、気づいたんだけど」

 

「うん」

 

「ウチ、こーぴょんの名前しか知らないんだよね~」

 

「……え?そうなの?」

 

お兄様が目を瞬かせる。

 

「名前はモチ知ってるよ!『紅』!ちょーいい名前!でも、それ以外ぜんぜん知らんかもって…」

 

「確かに…言ってないかも…」

 

「そ!だから教えて!こーぴょんのこと、色々!」

 

ヘリオスさんは、少しだけ真面目な顔をしていた。

 

「ムリぽ?」

 

「……」

 

お兄様は一瞬だけ驚いたように目を見開き。

 

それから、柔らかく笑った。

 

「ふふ、何でも教えるよ…ヘリオスになら」

 

「マジ!?おしゃ!じゃあじゃあ〜…まずトシ!ウチと一緒とか!?」

 

「今年で18」

 

「おお〜!一個年上じゃん!」

 

…それは流石に知っている。

 

私が思い浮かべた数字とお兄様の答えが重なる。

 

「んじゃ!ガッコは?どこなん!?」

 

「都内の藝術大学付属高校だよ」

 

(…都内の藝術大学付属高校)

 

知っている。

 

「芸術学校!?なんかすご!」

 

「僕の場合はピアノだけどね」

 

「じゃあ将来は?やっぱピアノの人?」

 

「大学への内部進学は決まってるんだ、その後も、音楽を続けていく予定」

 

(大学は内部進学、その後もプロのピアニストへ…)

 

これも、知っている。

 

私は静かに息を整える。

 

年齢、学校、進路。

 

どれも知っている。

 

当然だ。

 

お兄様のことで、私が知らないことなどない。

 

先程の焼き芋の件は、たまたま…私が物心つく前のことならば、知らなくても仕方ない。

 

(…そう)

 

私は、お兄様のことを知っている。

 

誰よりも。

 

その時…

 

「じゃあさ!」

 

ヘリオスさんが身を乗り出して、聞いた。

 

「こーぴょんって、なんでピアノ始めたん?」

 

「……」

 

お兄様の指が、紅茶のカップの縁で止まった。

 

私は、心の中で答えを唱える。

 

お兄様は、生まれながらに音楽の才に恵まれていた。

 

『華麗なる一族』として、最も最たる輝きを見せられるものがピアノだった。

 

(お兄様がピアノを選んだのはきっとそのため…)

 

お兄様が、ゆっくりと口を開く。

 

「華麗なる一族として、恥のない功績を残したかった、それができるのが、たまたまピアノだっただけだよ」

 

「……」

 

私は、ほっと胸をなでおろした。

 

少し謙遜が入っているが、概ね私の知る通りであった。

 

やはり…

 

やはり、お兄様は…私の…

 

 

 

 

 

 

「…ね、ほんとはどーなん?」

 

 

 

 

 

 

 

ヘリオスさんの声が、頭の中に響いた。

 

「…え?」

 

同時にお兄様が顔を上げる。

 

ヘリオスさんは、いつものように笑っていなかった。

 

真剣な顔で、まっすぐに、お兄様に問うていた。

 

「今のも、マジだったと思うケド…」

 

ヘリオスさんは言った。

 

「でも、なんか、それだけじゃないっしょ?…タブンだけど」

 

「……」

 

お兄様が、少しだけ驚いた顔をする。

 

それから、紅茶の水面に視線を落とした。

 

「……ヘリオスはさ」

 

「ん?」

 

「変だよね」

 

「うぇ?キューにディスられた!?ぴえん!」

 

「いや、褒めてるよ」

 

「マジ?」

 

「はは、マジマジ」

 

お兄様は小さく笑った。

 

そして、少しだけ考えるように窓の外へ視線を向ける。

 

遠いどこかを見るように…

 

ゆっくりと口を開いた。

 

「……ピアノを弾くのが、一番楽しかったんだ」

 

「……」

 

「それに…」

 

お兄様の表情が、柔らかくなる。

 

私の知らない顔。

 

けれど、その顔は…

 

 

 

どこか拙い、ピアノのメロディが頭の中をよぎる。

 

 

 

「ピアノを弾くと、ルビーが笑ってくれるんだ」

 

 

 

その顔は…ずっと昔に見たような気もする顔だった。

 

「……」

 

息が、止まった。

 

「うぇ?おじょーが?」

 

「うん」

 

お兄様は懐かしそうに笑う。

 

「小さい頃のルビーは、今よりずっと身体が弱くてさ。走るための治療も大変だったんだ」

 

「……」

 

「僕には、何もできなかった。代わってあげることも、痛みをなくしてあげることもできなかった」

 

お兄様の指先が、カップをそっと撫でる。

 

「でも、ピアノを弾くと、ルビーが少しだけ笑ってくれた」

 

「……」

 

「最初に弾いたのは、『きらきら星』だった。はは、ひどい演奏だったよ。指も届かないし、ペダルも踏めないし、テンポもぐちゃぐちゃ…」

 

「…でも、おじょーは笑ってくれたんしょ?」

 

「……うん」

 

お兄様の声が、少しだけ優しくなる。

 

「…笑って…くれたんだ」

 

そう言ってお兄様が目を細めた。

 

その瞬間。

 

胸の奥で、何かが軋む。

 

そんな…

 

そんな単純な理由で。

 

お兄様は、ピアノを。

 

あの、完璧で。

 

華麗で。

 

至上で。

 

常に最たる輝きを放つ、お兄様のピアノ。

 

その始まりは、私が、笑ったから。

 

「……」

 

私の中にあった完璧なお兄様の像が。

 

少しずつ。

 

音もなく、崩れていくような気がした。

 

けれど…

 

崩れた先から見えたものは、醜いものではなかった。

 

むしろ。

 

 

 

ずっと昔、私が忘れかけていたものに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあさ、今度は僕からも聞かせてよ、ヘリオス?」

 

お兄様が、少し照れ隠しのように紅茶を口へ運んだ後、そう言った。

 

「お、こーしゅギャクテン!?オケオケ〜…なんでもきゃもん!」

 

ヘリオスさんが胸を張る。

 

「ヘリオスは、どうして走るのが好きなの?」

 

「んなもん即答っしょ!一番楽しいから!」

 

「本当に即答だ」

 

「走ってるとさー、風がバーッて来て、空がドーンって広くて、みんながワーッてなって、あたしがバビューン!って行くじゃん?」

 

「うん」

 

「そしたら、なんか全部ポンポンポーン!って感じ!」

 

「なるほど、アゲってことね」

 

「そゆこと!わかってんじゃん!」

 

ヘリオスさんが笑う。

 

お兄様も笑う。

 

「じゃあまたウチから!好きな曲!」

 

「僕が聞くヤツ?」

 

「そそ!」

 

「クラシック以外なら……最近は、ヘリオスがカラオケで歌っていた曲とか?うどんのやつ」

 

「えっ!?マジ!?あたしの十八番じゃん!こーぴょん、あれ好きなん!?」

 

「うん。あの日から、頭に残って離れないんだなこれが…ヘリオスのせいだよ?」

 

「えへへ…それもはや恋じゃね?」

 

「……」

 

「え、そこで黙るのズルくね!?こーぴょん!?」

 

「ヘリオス」

 

「なに!」

 

「次に会う時、また歌ってくれる?」

 

「……っ!」

 

今度は、ヘリオスさんの頬が赤くなった。

 

「う、うぇいよー……ま、まかせな?爆アゲで歌ってやっし……」

 

「うん、楽しみにしてるよ」

 

お兄様は、ヘリオスさんを見つめながら、頬を緩めて頷いた。

 

それは、見たこともないほど楽しそうで…

 

「…ふふ」

 

目の前の彼女が、どうしようもなく愛おしい…そんな表情をしていた。

 

「……」

 

分からなくなる。

 

私が見てきた、完璧なお兄様。

 

何事にも動じず、常に優しく、華麗なる一族の玉条を体現し続けてくれたお兄様。

 

そして、目の前にいる。

 

『愛しい人』を前に年相応に笑うお兄様。

 

一体、どちらが。

 

本当の、お兄様なのだろう。

 

「ルビー様」

 

これまで黙っていた凛子が、静かに口を開いた。

 

「……何ですか」

 

「ルビー様が物心つかれる前のぼっちゃんは、もっと無邪気で、明るくて、表情が豊かな方でした」

 

「……」

 

「少し抜けているところもありました。屋敷の廊下を走って叱られたり、ピアノの椅子から落ちたり、焼き芋の皮を剥くのに夢中で袖を汚したり」

 

「……お兄様が」

 

「至って普通の、無邪気な男の子でした」

 

(お兄様が普通の男の子…)

 

凛子の言葉が、胸の奥に落ちる。

 

「ですが、ルビー様が一族の期待を一身に受けるようになってから、ぼっちゃんは少しずつ変わられました」

 

凛子の声は、いつも通り平坦。

 

だが、その奥に、ほんの少しだけ温かみを感じた。

 

「貴女にとって、誇れる兄であれるように」

 

「……」

 

「貴女が見上げる背中が、決して曇らないように」

 

「……」

 

「完璧であろうと、努力なさいました」

 

凛子の横顔は、静かだった。

 

「この凛子から見れば、その努力はとても尊いものでございました」

 

「……」

 

私は、何も言えなかった。

 

言葉が喉の奥でほどけて、消えていく。

 

「そして」

 

凛子は、もう一度お兄様へ視線を向ける。

 

「確実に言えることが、一つございます」

 

「……何ですか」

 

「ぼっちゃんが…ルビー様を愛していることです」

 

その言葉と、ほとんど同時だった。

 

店内で、あの方がぱっと身を乗り出す。

 

「そだ!こーぴょん!」

 

「うん?」

 

「おじょーのアニキとして、なんかかわよいエピとかないん!?」

 

「……」

 

お兄様の動きが止まった。

 

紅茶のカップを持ったまま、ぴたりと。

 

「ヘリオス」

 

「うん?」

 

「超長くなるけど…聞ける?」

 

「……え?」

 

ヘリオスさんが一瞬、きょとんとする。

 

次の瞬間。

 

お兄様が有無を言わさず、今までで一番生き生きとした顔で口を開いた。

 

「まずルビーは、幼い頃から本当に頑張り屋さんなんだ」

 

「お、おう」

 

「脚の治療も辛かったはずなのに、弱音をほとんど吐かなかった。偉すぎる。けれど眠る時だけは少し心細そうにしていて、僕の袖を小さく掴むんだ。可愛いでしょ?」

 

「か、かわよ!!」

 

「それから、初めて一緒に歌を歌った時。途中で音程が少し外れてしまったんだけど、本人はとても真剣な顔で…ああ、かわいかった…あれは僕の人生で聴いたどんな音楽よりも美しかった」

 

まだ、続く。

 

「それと、昔から努力の仕方が綺麗なんだ。誰かに見せるためじゃなくて、自分に必要なことを淡々と積み重ねてて…」

 

「うおおお…!もっと!もっとお嬢エピちょーだい!!」

 

「まだまだあるよ」

 

「やたー!!!」

 

「当然だよ。ヘリオス、ルビーの魅力を語るには一日では足りないんだ残念ながら」

 

「こーぴょん、目がガチだ!!」

 

「ガチだからね」

 

「ガチなんだ!ちなウチのガチだかんね!おじょーへのラビュ!」

 

「へぇ、じゃあ聞こうか」

 

「ええっとねー、まずウチとおじょーの出会いはー…」

 

お兄様とヘリオスさんの会話は止まらなかった。

 

隣の凛子が口を開く。

 

「わかりましたか?ぼっちゃんがルビー様をどれほど溺愛しているのか」

 

顔が、熱い。

 

耳の先まで、熱が上っていくのが分かる。

 

「ルビー様…」

 

「……何ですか」

 

「お顔が真っ赤でございますよ」

 

「……承知です」

 

私は両手で頬を押さえた。

 

それでも、熱は引かなかった。

 

窓の向こうで、お兄様とヘリオスさんはまだ楽しそうに話している。

 

「…すごく大切な妹なんだよ!ルビーは!」

 

「ウチもめっちゃしゅきぴだし!」

 

お兄様が、笑っている。

 

その顔を見ていると。

 

ふと、思い出した。

 

幼い日の屋敷、来客用ホールの端、大きなグランドピアノ。

 

小さな身体で、背伸びをしながら鍵盤を叩くお兄様。

 

『き〜ら〜き〜ら』

 

拙い音とゆっくりすぎるテンポ。

 

けれど…

 

 

どこまでも優しい、そのメロディ。

 

『ほら!ルビーも一緒に歌おうよ!』

 

楽しそうに笑う、お兄様。

 

そうだった。

 

 

 

 

 

私は…

 

 

 

 

私が本当に愛していたのは…

 

 

 

 

完璧で、高潔なお兄様なんかではなく…

 

 

 

 

 

「……凛子」

 

「はい」

 

「お兄様は…」

 

言葉を選ぶ。

 

けれど、上手くまとまらない。

 

「お兄様は……」

 

「はい」

 

「……たくさんの顔を、お持ちなのですね」

 

「左様でございます」

 

凛子は静かに頷いて、続ける。

 

 

「ふふ、ルビー様にとっては、まさに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9.『お兄様二十面相』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでその時!おじょーが俯きながらさ!頑張って『…お誕生日…おめでとうございます…今後も壮健でありますよう…』て言ってくれたんよ!ガチサイコーじゃね!ラビュだよねコレ!」

 

「うんうん…やっぱりウチのルビーは可愛いなぁ…」

 

ルビーの話題でかれこれ2時間ちょっと、僕らは語り合っていた。

 

正直まだまだ話し足りないが…こんなに盛り上がるとは思ってもみなかった。

 

2人でちゃんとしたお出かけなんて初めてだったから、上手くいくか不安だったけど…

 

「……」

 

なんとなく、正面に座るヘリオスを僕は見つめた。

 

(…うん、楽しそうにしてくれててよかった)

 

「うぇ?どしたんこーぴょん?キューにダマって…もしかして、ウチお顔なんかヘン!?」

 

「…いや、かわよいよ、ルビーに負けないくらい」

 

「…ッ〜〜!!…あんま照れさせんし!マジで!!」

 

「あははは…」

 

…ヘリオスとの時間は信じられないくらい楽しい。

 

ずっとこの時間が続けばいいのに…とか思っちゃったりする。

 

(…でも、あれ?…なんか、大事な事を忘れているような…)

 

そんなことが頭をよぎる。

 

「ねね!こーぴょん!次この男女ペア限定のドデカパフェ頼もーよ!!」

 

「いや、食べれるかなそれ?まぁヘリオスが言うなら…」

 

その時…

 

pipipipi!!!

 

僕らの会話を遮るように、甲高い電子音と共にポケットに入っていたスマホが振動した。

 

「あ、ごめん、電話だ」

 

「オケオケ!シーってしとく!」

 

ヘリオスはそう言って口元に人差し指を当ててウィンクしていた。

 

(いちいち仕草が可愛いのやめてほしいな、ほんと…)

 

…と、そんなことを考えながら携帯の画面に目を落とす。

 

ディスプレイに表示された名前は…

 

 

 

「…お母様?」

 

 

 

ドキッ…と胸が鳴った。

 

(…なんかやらかしたか?僕?)

 

恐る恐る、画面をタップし、通話を開始する。

 

「…あの、紅です、お久しぶりですお母様……どうかされましたか?」

 

『ええ、久しぶりですね』

 

スピーカーから聞こえる気品のある母の声。

 

『忙しいので、すぐに本題に入ります…』

 

「はい」

 

 

目の前のヘリオスが電話の内容が気になるのか、チラチラとこちらの様子を伺っているのが見えた。

 

『今日電話したのは…』

 

 

 

 

 

『メジロ家のメジロパーマーさんとの縁談の件…最初の顔合わせの日程が決定したのでそのことを伝えようと思いまして』

 

「……え?」

 

 

 

 

ん?……あ、そっか、何の話かと思ったら…

 

 

…縁談断るの普通に忘れてた。

 

 

(なんかヘリオスに会えてない時、進めるって言っちゃったんだっけ?)

 

 

…などと考えていたその時だった。

 

 

 

 

 

 

バンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

テーブルが揺れる、大きな音。

 

「わっ…」

 

僕の肩がビクリと跳ねる。

 

何事かと前方に目を向ければ…

 

「……」

 

目と鼻の先にテーブルに身を乗り出したヘリオスの顔があった。

 

彼女は目を細めてニコニコと笑っている…が。

 

「ねぇ…こーぴょん?」

 

正面から氷のように低く、冷たい声。

 

恐る恐る僕は口を開く。

 

「ど、どうしたの?ちょっと近いよヘリオ「縁談?婚約?顔合わせ?パマちんと?」

 

僕の言葉を遮りながら、ニコニコと笑う彼女の瞳。

 

 

 

「ねぇ、そんな話、ウチさ…」

 

 

 

でも、笑っているのに、その瞳がなぜか…

 

 

 

 

「聞いてないんですケド」

 

 

 

 

 

…なんだか、とてつもなく黒い色をしているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「…こわい」

 

 

 

 

 

こわい。

 

 

 

 

 

 

 

 









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