組織壊滅後色々   作:あとか

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~名探偵コナン組織壊滅後の話~
 コナンとFBIはキールこと水無怜奈とバーボンこと安室透の情報を基に組織壊滅作戦を立てた。作戦決行日、組織の施設に潜り込み、なんとかApotxin4869のデータを持ち出したコナンと灰原。しかし、組織の仕掛けた爆弾によって火事に巻き込まれ、様子見で警察病院に入院していた。そして三日後の今日、ようやく退院した。


全ては始まりの場所で

[コナンside]

俺は車を降りると、いつも使っていた階段の入り口から事務所を眺めた。

一週間ぶりの探偵事務所だ。新一としてあのまま生活していたのなら何の違和感もない時間だが、コナンとして居候していた愛着があるのか、7日という短い時間だけ離れていても寂しかったようだ。家じゃ、こんなことないのにな。不思議なもんだ。

 感傷に浸ってそのまま眺め続けそうになったが、本来の目的を思い出し目の前にある階段を駆け上った。

タンタンタンタン

コンクリートでできた階段が軽い音を立てていく。

その音すらも、俺は懐かしくそして嬉しく感じた。

 

 慣れた手つきで事務所のドアを開けると、乾いた音が鳴り響いた。驚いて見上げると、居候先の家主のおっちゃんに加え、その娘で俺の幼馴染の蘭。同じく幼馴染で嫌味のない鈴木財閥跡取り娘の園子。珍しく素直な満面の笑みを浮かべる世良。それに大阪に帰ったと思っていた服部と和葉ちゃんまで集結していた。

 

 意外なメンツに呆けていると、今度は目の前で紙吹雪が飛んだ。驚いて振り返ってみると、俺の隣には少年探偵団の三人がいた。

 俺の動きが固まっているのを見て、満面の笑みで勝利宣言を宣う歩美・元太・光彦の姿も。子供のイタズラに呆れたような困ったような笑みを浮かべながら見守る幼馴染達も。俺の意外な行動に拍子抜けしている服部・世良も。ぶっきらぼうな言い方ながら、その心は俺を心配しているおっちゃんの不器用な様子も。俺がコナンになってから奴らから守りたいと思っていた日常の一コマが、目の前にあって。元に戻るまでは決して流すものかと決めていたものが目に溢れ始めた。

 

 その様子を見た幼馴染やおっちゃんが心配そうにのぞき込んで暖かい言葉をかけてくれて、俺は我慢の限界を超えてしまった。流すものかと耐えようとする思いに逆らって、大切な人たちを守り切れたことへの嬉しさが次から次へと迫ってきて、気づけば目に浮かんでいた水滴は俺の頬をつたって事務所の床を濡らしていた。

 

 今まで我慢していたことを置き換えるかのように止まることの知らない俺の涙を、事情を知る服部はその手で軽く拭い取り、小声ながらポツリと声をかけてくれた。

 

「もう我慢せんでええ、工藤。泣きたいときは泣かんと、いつまで経っても泣けへんで。俺が周りに見られんようにするさかい、遠慮なく泣けや。」

 その言葉を聞き、緊張がほどけたのか俺はらしくなく服部に抱き着き、これまでになく大声を上げながら泣いてしまった。周りがどう見ていたなんて見る余裕もない。

 

 

 思わぬ形で関わってしまった世界の闇。

その闇の中で作られた薬で俺は”工藤新一”を一時的に手放さなければならなくなった。今まで通りにはいかない出来事の連続。真実を解き明かす探偵を名乗りつつも、周りに嘘をついて身元を隠し誤魔化し続ける矛盾。”俺”の行方を日々気にしてうれいを帯びた顔と目で、”俺”の安全を祈る蘭の姿。不器用ながら”俺”の行方を気にするおっちゃん。傍にいながら何もできない無力な”江戸川コナン(ぼく)”。

 

 そんな状況をいち早く変えたくて、あがきにあがいて手に入れた人脈は、新一として生活していた時よりも確実に広がっていて。”共犯者”や”嘘吐き”なんて呼び合うような確実に信頼を置ける人たちも出てきて。お互いの能力・思考を尊重しながら一致団結して作戦を立てたり、話し合ったりする日々。このころには、今までの生活は、還るための目標となっていた。

 

 そして迎えた組織壊滅作戦決行時。各々の全力を出し切った作戦は完璧と言っていいほど計画どおりに進んだ。”本来の己を取り戻す”なんていう俺の我儘は、知らずのうちに多くの人を巻き込んで、世界中のかねてからの願いを達成してしまっていた。

 

 そのことに気づいたのは、搬送されたベットの上で。警視総監のみならず、各国の長官なりトップなりと”どちらの顔でも”知り合うことのなかったお偉いさんたちに頭を下げられて。今までしてきたことの重さを理解して混乱した。

 

 ほぼ一年。命がけの闘いが、実を結んだと理解できたのはこの場だった。皆がいる。病気もなく、怪我もなく。コナンになってからずっと願っていた光景が目の前に広がっていて、俺は喉が枯れるまで泣き倒した。

 

 

[蘭side]

 泣き崩れるコナン君を見て、皆戸惑っていた。私も戸惑っていたけれども、何故か私も涙が出てきた。泣きつかれて寝てしまったコナン君は、どこか痛々しく悲しくそして大人びていた。いつもなら可愛いと思えるその寝顔も、あの泣き叫びようを見てしまえば微塵も思えなかった。

 それに、泣き叫ぶ言葉の中から私は気付いてしまった。

 

コナン君は新一なんだ。と。

 

 彼が言ったものは、自分の周りを気にする言葉しかなくて。それは周りを優先して、自分を疎かにする新一らしくて。途切れ途切れに聞こえる私の名前には、周りの人以上に”守りたい”気持ちを強く感じて。こんな小さな体で周りの人たちを守るために奮闘していたことを知って、私は後悔の念を深く感じた。

 だって、彼の目の前で何度文句を言ったことか。それを知っていながら、彼は江戸川コナンこどもの仮面をかぶってやり過ごしているなんて。

 自分を偽って周りの人たちを守るために闘う。多分、あの時ートロピカルランドの一件さえなければ知らずに済んだことだったと思う。私が無理にでも引き留めて一緒に帰っていれば、”高校生探偵・工藤新一”として名前が売れているだけの高校生で留まったはず。

 けれど、あの時の新一を止められるのは誰もいなかった。だから小さくなってまで探偵であり続け、周りを守ろとしたんだ。

 

 その小さな体に課せられた重責を感じ取り、寝ているコナン君を抱きかかえてお礼を言った。

「今までお疲れさま、コナン君。」

そして。ホントにありがとう、新一。

 

 落ち着いたらでいいから話してね。その小さな体で私達の命を背負っていたその理由。元刑事のお父さんにも頼らなかったその理由。時折険しい顔をして哀ちゃんと話し合っていたその内容。もう新一ばかりに辛い思いはもうさせたくないよ。辛いなら、私に打ち明けて。

 


 

[コナンside]

 目が覚めると、俺はいつもの布団に寝ていた。隣にはおっちゃんがいて、相変わらずうるさいいびきが耳につく。普通なら不快でしかないこの状況も、今の俺にとっては安らぎだ。

 昨日、柄にもなく顔見知りの面前で大泣きしてしまったが、それでようやく吹っ切れたようだ。いつもと変わらない景色を見て、ようやく平和を手に入れることができた。そう自覚できたんだ。

 

 コンコン、と軽いノックが聞こえた。今、この家に居るのはおっちゃんと俺と蘭だけ。おっちゃんと俺はここに居るから、蘭のはず。普段ならノックしないのに、どうしたんだ?おまけに、部屋に入るのにもどこかよそよそしい。どこか体調でも悪いのか?

 

 「どうしたの、蘭姉ちゃん。どこか体調悪い?」

 組織を壊滅出来たとはいえ、未だ残党狩りは必要だ。そのことも鑑みて、昨日の時点では誰にも正体を明かさなかった。だから、俺はコナンの仮面をかぶり、いつものように直球で聞いてみた。すると蘭は泣きそうな顔で俺を捉え、俺に駆け寄り抱き着いて小さな声で言った。

 

「もう隠さないで……。背負わないで、お願い……。お願い、新一。」

 俺は思わず体を震えさせた。いつバレたんだ。固まったまま何も発せずにいると、蘭はさらに言葉をつづけた。

 

「新一がどれだけ頑張って来たか。どれほど苦労したかなんて私には分からない。けれど、十数年付き合ってきて一度も涙を見せなかった新一が、今の姿より幼い時から泣かなかった新一が、あれだけ号泣した。それだけ、新一の心に負担があったってことだよね。もう新一の辛そうな姿を見るのは嫌。辛いなら、辛いって言ってよ。悲しいなら悲しいって。新一は何でもできちゃうし、かっこつけなところがあるから他人に自分の本音を、自分の弱音を吐くのを嫌うけど、ちゃんと吐き出さないと壊れちゃうよ。今の気持ち、吐き出して。私、受け皿になるから。」

 

 泣きそうな顔をそのままに、言い終わると俺と目を合わせた。本来なら、恋人同士だし甘い雰囲気になりそうだけれども、今回はそんな雰囲気ではない。ストレートな蘭の真剣度に俺は折れた。

 

「ごめんな、蘭……。何も言えなくって。言っちゃマズかったんだ。」

「わかってるよ、それだけ危険だったかってことは。それに、今でさえ完全じゃないってことも。私は今の新一を手伝える場所にいない。けれど、メンタル面からはできると思う。だから、何を思っているのか、何が辛いのか、教えてくれる?新一。」

 

また泣きそうな顔でそう聞いてくる。やっぱり好きな奴の泣き顔は見たくない。それに、今回は俺のことを思って泣こうとしている。それはかえって辛い。

「蘭……。」

 

 世界の闇の一端を、完全な光ー日常の中に過ごす蘭には見せたくない。けれど、蘭は受け止めてくれると言ったんだ。ここは腹を括るしかない。

「ここでは話せない。それだけ危険なことなんだ。これ以上深く知ると、確実に殺される。それでも知りたいなら……。」

「もう、我慢しないで!嫌だよ、辛いこと苦しいことを心の中にしまい込んで、自分自身を傷つける新一の姿を見続けるなんて。詳しいことを知るのが危険なのは百も承知。でも、私も新一の助けになりたい。」

 そう言い切った蘭の顔には覚悟が現れていて、俺は止めることを諦めた。この蘭の覚悟を無駄にするわけにはいかない。俺は覚悟を決めて、傍にあったメモに住所を書いて渡した。

 

「今日の放課後、ここに来てくれ。……お前にとって、ショッキングなこと続きになるだろうけど、覚悟しといてくれ。」

「大丈夫、私だって諦めたりしないんだから!」

 

まるでこれから対戦するかのような逞しい言葉に、俺は思わず口元を緩めた。

 

[小五郎side]

 

 今日の蘭は、どこか調子が変だ。普段と変わらないように見えるが、まるで試合に向かうときのようだ。どうしてそんな気合満々なのか聞いてみたが、見事にはぐらかされた。

 

 こんな俺でも、蘭の親。ずっと生活していて微妙な変化に気づかないわけがない。蘭と坊主が学校に向かった後、今日の蘭の態度について考えた。昨日までは変わらなかった。昨日、何があったか。と、考えると、思い出したことは一つ。

 

 珍しく眼鏡をしていない居候の坊主が、大阪の探偵坊主にしがみついて大泣きした。どこか達観していてガキらしくねーガキが、俺たちとガキどもを見た途端ぽろぽろと泣き出した。そういえば、坊主が泣いたのはこれが初めてだったかもしれない。よく大きな事件に巻き込まれて捻挫や脱臼など見る方が堪えない怪我をこさえてくるのに、笑ってごまかすだけで泣かなかった。普通のガキなら、痛みに耐えかねて大泣きしてもおかしくないはずなのに。

 

 一週間。坊主はここを離れてどこかにいた。

俺の元に届いているのはそれくらいしかない。一番弟子だったあいつも、同じ時に消えて未だ帰ってこない。

 

 また厄介ごとに巻き込まれたんだろうと思うとため息しか出ないが、今回のことはそれだけで済ませられない。一週間離れていただけでホームシックになったとは考えられない。そうならば、何か月も顔を合わせていない親を泣きわめくはずだ。

 

 そもそも、あの坊主に”普通”なんて言葉は当てはまらない。親が何か月も顔を出さなくても平気そうで、怪我しても泣かず、事件現場によく遭遇する。少年探偵団のガキ三人と一緒にいれば、保護者のような兄のような態度で接するし、どこか切なそうな表情で娘たちを見ている。ガキがそんな表情するんじゃねぇ、と何度言おうと思ったか。けれど、感情が入り乱れたような複雑な表情を見てしまうと、止めることは不可能だった。

 

 あの坊主は何かを背負ている。親にも、周りの大人にも頼らず一人で。

 

 その様子を思い出して、何かが合致したように思えた。

 

 あの坊主そっくりの奴がずっと近くにいた。

いけ好かない探偵坊主ー工藤新一。

それこそ保育園に通っているときから無茶が絶えなかった。有希ちゃんと優作さんの子供なら仕方ないか、と思ったことも多々あった。推理力も認めるのは悔しいが、確かに優作さんに仕込まれたアイツの方が上で。目立ちたがり屋で、目立っても悪目立ちどころか他人の目を引く顔だちをしているのは有希ちゃんの血で。

 

 よくよく考えてみれば、あいつもちょっとやそっとのことで泣くことはなかった。というより、泣いたところを見たことがなかった。

 

 思い返せば共通点はいくらでも上がる。

無茶しがちなところ

他人思いなところ

自分を疎かにしがちなところ

ホームズファンでサッカーファン

超絶音痴

 

そして、

決して泣かないところ

 

 あの坊主は探偵坊主だ。何を抱えこんでいるのか知らねーが、かなり大きいんだろう。でなにゃ、あんな事泣き叫ぶことなんてない。

 

「俺だけじゃ皆を守ることなんてできなかった!!赤井さんが、安室さんが、ビュロウが、ゼロが、カンパニーが、領域外の妹が、インターポールが、父さんが!!!俺のわがままを聞いて協力してくれたからこそ!!!!ガキの意見だからと切り捨てないで、尊重してくれたからこそ!!!!!俺はこの光景を見ることができたんだ!!!!!!」

 

「ガキになって気がついた!この何気なくけれど尊いこの日常を!!奴らに、敵に!!!壊されなくて、崩されなくて!!!!みんなが笑顔で笑っている。ずっと願っていた光景が目の前にあって!!!!!身を偽ってまで守り抜くことができてよかった!!!!!!誰一人かけることなく、怪我することなく!!!!!!!ホントに、ホントに、無事でよかった!!!!!!!!」

 

 あの言葉は、小学生の体に閉じ込められた高校生の心の叫びだったのか。

 恋仲な娘と一緒にさせるのは俺が許せないが、今のあいつには心の安定が一番。心の安定には娘が必要なのはわかっている。仕方ないが、これくらいは諦めてやる。

 それに俺らはお前に守られていた。こんなこと、認めたくないがまだ高校生のガキのくせに背負い過ぎだ。ビュロウやカンパニー、領域外の妹の意味は分からなくても、元刑事の俺だ。ゼロは分かる。

 

 現役時代、噂で聞いた存在しないとされてそのコードネームがつけられた、日本全国の公安警察を取りまとめる最重要部署―警察庁警備企画課。そんなところが出てくるようなことにあいつは一人で立ち向かい、あいつはやってのけたんだ。

 

 関わったことは放置できない性格だとしても無茶しすぎだ、バーロ。

 今は休め、探偵坊主。……あとで、説教だがな。

 


 

[小林先生side]

 今日、自分が担任をしている1-Bの教室に入ると、いつもと変わった光景が広がっていた。普段なら、ワイワイガヤガヤと子供らしい騒がしさがあるのに、今日は涙をこらえている子供一人をどうしたらいいのか戸惑っている周りがいた。

 しかも涙を抑えているのは、クラスの中で一番賢くて灰原さんと並んで大人びているコナン君で。思わず声を掛けそうになったけれども、灰原さんに止められた。疑問が顔に出ていたのか、灰原さんはコッソリ耳打ちした。

「今は、放っておいて。彼、何気ない日常が嬉しくてしょうがないんだから。」

 そういう彼女も、いつもより幾分優しい顔で彼を見ていて、私は拍子抜けしてしまった。けれど、少しして思い出した。

 

 あの子は普段、笑顔ばかりで泣くところを一切見せない。ご両親が一切顔を出さなくても、「寂しい」と言うことなく飄々としている。事件に関われば刑事さん達よりも早く事件解決につながる”何か”を見つけてきてしまうし、保護者の毛利さんに叱られても堪えている様子もない。少年探偵団のあの子たちに対しても、笑顔で答えてどこか彼らのお兄ちゃんみたいな雰囲気で接している。

 

 普段の様子からは想像できない、今の光景。

 よく考えてみると、彼が本心を思いっきり打ち明けられる場所はあったのだろうか。居候先だからという理由で、毛利さんたちにも話してなかったのでは。誰にも本心を伝えずに、心の中にしまい込んでいたなんて。いくら、大人びているといってもそれは無茶なこと。小学一年生ができることじゃない。なぜ泣きそうなのか。その理由は知らないけれど、担任として力になりたい。いつでも受け止めるよ、コナン君。

 


 

[コナンside]

 元気すぎる子供たちと、優しい担任の顔を見てまた泣きそうになったが、堪えて一日を過ごした。昨日大泣きした俺を心配して遊びに誘ってくれたあいつらに断って、俺は速足で自宅に向かった。昨日、二人に連絡できていなかったからいち早く伝えたくて。

 

 本当なら蘭に真実を伝えることがかなり危険なことなのは分かっている。けれど、もう蘭も無関係ではいられない。

 

”眠りの小五郎”

その一番弟子”安室透”

そして”江戸川コナン”

 

 組織に深くかかわっている三人が傍にいて、狙われない可能性はほとんどない。

組織が存在しているのであれば、俺の関係者を確実に殺しに来る。

人知れない夜中に忍び込んで暗殺し、建物に放火して証拠を消したり。

旅行に連れ出した先で、乗り物に細工して事故に見せかけたり。

 格好こそ隠れていなかったが、その存在を隠そうとしていた為に、奴らの手口は巧妙でそれ故に中々胴体どころか尻尾の毛の一本すら掴めなかった。

 たとえ、どの国からもNOCを潜入させていても。

 

 

 しかし、それができたのはボスという絶対的存在がいたから。ボスの指示に従い、ボスの気に召さな奴はすぐ始末対象となった。だから、犯行後の足取りをしっかりと追うことが不可能だったのだ。

 だが、ボスが消え絶対的存在を失った組織の残党たちは、各々の判断で行動しなければならなくなった。ボスがいたのであれば止められ運が悪ければ殺されているような暴挙も、今は監視者がいない。いつどこで派手なことをされるのか分からない。故に、組織が存在した時よりも、現状の方が危ないのだ。

 

 ならば、真実を告げて自衛してもらいたい。組織の残党には腕の立つ者も多いが、蘭のあのギャップには敵わないだろう。おっちゃんだってそうだ。コナンとして傍にいてその眼で見ていなければ、ただ警察を辞めたしがない探偵にしか見えない。けれど、柔道の腕・拳銃の腕が凄いことは身をもって知った。この親子なら、残党の一人二人くらい倒せそうだ。

 

 酷いことだというのは自覚している。けれど、俺はあの親子を信頼している。信頼しているからこそ、こんなに酷いことをさせる。

 

 これから蘭に見せるのは残酷な真実。

裏切り、裏切られる。

騙す、騙される。

は当たり前の世界の闇の一端。

 

 俺の心を支えたいという優しさの一心で言ってくれたあいつに返すものとしてはこれ以上ない仕打ちだ。けれど、あいつの思いにこたえられる俺の行動はこれしかない。

 

 

 俺は善意であいつを傷つける。それがホントにいのか。それを協力してくれた人たちに確認したいんだ。

 

 

 

 俺は緊張した面持ちで、家の扉を開けた。開けて最初に見えるのは、玄関に敷き詰められた大量の靴。置き場がないと思い靴入れを見ると、そっちも埋まっていた。今日の来客は多そうだ。

 

 余りの多さに乾いた笑いを零して、皆が集まっているであろう書斎に向かった。この家では、書斎が一番広いのだから、今では会議室扱いになっている。人数が人数のため、仕方ないが。

 

 俺は書斎に入り、赤井さんと安室さんを呼んで自室に向かった。そして、昨日と今朝にあったことを話して、真実を伝えていいか聞いてみた。赤井さんは素直に、安室さんは渋い顔をして理解を示してくれた。

 

「ボウヤの言う通り、あの親子にとって組織のことは知らないことだったとしても、残党どもにとっては格好のターゲットだ。身を護る手段を持つ彼らならすべてを明かして、警戒してもらった方がこちらとしても動きやすい。ボウヤは酷いことというが、これが示せる細大の敬意なんだろう?なら、自分を責める必要はない。」

「僕としては、断固として反対したいところですが。今回は仕方がありません。コナン君―新一君がここまでやる覚悟なのに、僕が何もしないわけにはいきません。僕も一週間も姿を消しているふかがいない一番弟子として、最大限対処するよ。」

 組織壊滅の時に手を貸してくれた二人のその言葉が、今はとても嬉しかった。

 


[少年探偵団side]

 昨日のコナン君を見て、何かあると思った。だって、コナン君は今まで一切泣かないヒーローみたいな存在だったから。あの大泣きの時、何かを言っているのは聞こえたけれどすべて聞き取るのは難しかった。

 そして今日も。私達やクラスの子、そして小林先生を見て泣きそうな表情をしてその場に立ち止まった。その眼に涙は浮かんでいたものの、彼は一切流そうとしなかった。

 

 ねぇ、どうしてそんな表情をしているの?私たち、僕たちを信頼してくれてたんじゃないの?

 

 

 その質問を聞く間もなく、一日は過ぎていった。何か悲しいことでもあったのかな。そう思って、遊びに誘ったけれど、断られてしまった。その時の表情は、今までの様に私達を見守る優しいものだった。

 

[蘭side]

 授業が終わり、園子や世良ちゃんの誘いを断って私は昨日新一に渡されたメモの場所に向かった。メモに書かれていたのは、「221B」。ホームズに掛かっているから、暗号のつもりでもそこがどこかなんてすぐに分かった。

2-21、米花町。つまり、新一の家。

 

 久しぶりに見る新一の家は形こそ変わらないはずなのに、どこか圧倒される威厳というか迫力があった。新一の言っていた言葉を思い出し、意を決してインターフォンを鳴らそうとしたとき、後ろに人の気配がした。振り返ると、国際サミット爆発事件の時にお父さんを連行していった強面の刑事さんだった。

「!!」

「あっ!」

 

お互い気まずい沈黙が数分続いた後、相手が名乗り出た。

「あの時はホントに済まなかった。警視庁公安部の風見だ。」

「も、毛利蘭です。」

 

安ー私にとって馴染みない。どうしてそのような人がここに居るのだろう。

「ど、どうしてここに?」

「ふっ……私の上司がここに居るんだ。今日はその人に呼び出されて。」

「そうですか……。」

 公安の人の上司がここに居る。どうしてそんなことになったんだろう。いつからこの家にそんな人たちが出入りするようになったんだろう。

 

 そう考えて、ハッと気が付いた。昨日、新一が言っていた内容を。全部通称で挙げられていたけれど、世界各国の諜報機関の名を。新一のお父さんは、世界各国の警察機関と仲がいい。もしかして、新一と関係があるのかも……。意を決して私は質問した。

 

「あの、もしかしてコナン君―新一が関わっていますか?その、危ないことに。」

「な、何故それを。」

 念のため新一の偽名と本名を告げ、遠回しに質問すると強面の刑事さんー風見さんはビクッと肩を震わせた。

 

「今朝、真実を知りたいなら来てと言われたんです。もしかしたら、繋がっているんじゃないかと思って念のために聞きました。」

「そ、そうか。」

 風見さんはたじろぎながらあいづちをして話を終わらせると、一歩前に進み出た。その様子はかなり緊張しているようで、風見さんの上司ってどれだけ厳しい人なんだろうと疑問に思った。

 

それが、知り合いだとは思いもしなかった。

 


 

風見さんは恐る恐るインターフォンを押した。その様子を見て、また、ホントに風見さんの上司って厳しんだだろう?と疑問に思った。

 

 数分ののち、インターフォンから声が聞こえた。

「遅かったな、風見。」

「すみません、降谷さん。あの……」

「どうした。何かトラブルでもあったか。」

「いえ……。実は、インターフォンを押す直前に蘭さんと遭遇しまして。」

「見られたんだな?」

「は、はい。」

「念願の敵を倒したからと言って油断しすぎだ。よくこれで公安が務まるな。」

「すみません!」

 

 私は、その声に思わず息を飲んだ。

なぜなら聞こえてきたのは確実にコナン君と一緒に姿を消した安室さんの声で。でもいつもの優しさはどこに行ったの?と思うほど冷たく厳しくて。安室さんて一体……と考え込んでしまった。その時、インターフォン越しに別の人の声が聞こえた。

 

「風見君がこわばってしまってるじゃないか。厳しすぎるのも考え物だぞ、安室君。」

「アンタには関係ありません!FBIは引っ込んでろ!」

「これから例の会議だろう。世界各国の協力がないと達成できないと思うが。まぁ俺を抜いたとしても君達なら達成できるだろう。」

「嫌味ですか?」

「いいや。君たちに力があると信じているだけのことだ。」

「だから、それが嫌味かって聞いているんです!」

 

 そこに割って入ったのは、何度か耳にした声。

低音で安室さんを宥めている。けれど、逆効果のようで安室さんはその相手に食って掛かっている。インターフォン越しだけれども、安室さんってこんな子供っぽいところあったんだ……。なんていうか絶妙な気分になった時、子供の声が聞こえた。

 

「赤井さんも安室さんも喧嘩しないで。っていうか、インターフォン繋がったまんまだよ。取り敢えず、風見刑事も蘭ねーちゃんも入ってよ。僕たち、書斎にいるから。」

 それは言うまでもなく新一の声で。けれども、そのトーンは呆れたような感じで、子供の声・口調のはずなのに一番大人な対応に聞こえた。

 

[園子side]

 私は、教室を去っていった蘭の背中を見て立ち尽くしていた。今日の蘭は変だった。顔つきが対戦を目前に控えた覚悟の顔だった。どうしてそんな表情なのか、親友として気になって聞いてみても、軽やかに避けられてしまった。

 なんで頼ってくれないの?私たち、親友でしょ?混乱している中、世良ちゃんに肩を叩かれた。振り返ると、とても柔らかい視線と声が向けられた。

 

「世良ちゃん……。」

「蘭君のことだから、大丈夫だよ。蘭君は強いから。ボクたちにできるのは信じて待ってあげることなんじゃないかな?」

「そうだね。にしても、収まらないわね。」

「まぁ、仕方ないさ。世界中の大物が相次いで逮捕されてるんだから。」

 

 私が”収まらない”と言ったのは、連日報道されている名の知られた人物たちの連続逮捕のこと。彼らはどうやら大きな犯罪組織に関与していたらしいけれども、その詳しい情報は一切報道されていない。なら一週間以上経っている今なら少しでもトーンダウンしそうだけれども、その気配は一向にない。むしろ、日が立つにつれて、ヒートアップしている気がしてならない。私は思わずつぶやいた。

「どうして大した情報が無いんだろう。もう一週間も経つのに。」

「まだ一週間だよ。冗談抜きで、今回の件は世界の構図を大きく変えるものだから、警察が未だに警戒を続けてるんだ。」

 

まるで知っているかのような世良ちゃんの言い方ーしかも断定的ーに疑問を持って、私は聞いた。

「ねぇ、世良ちゃん。もしかして、この事知ってるの?」

「まぁね。ボクん家は全員関わっているって言っていいかも。なんだかんだで接点があるから。」

「亡くなったって言ってたお兄さんも?」

「園子君、君はこれ以上知っちゃダメ。知ってはいけない。君は意識してなくても、鈴木財閥の一員だから。ここから先は、ボクたちの領域だ。」

 

その真剣な表情と突き放すような鋭く冷たい言葉に思わず飲まれてしまい、何も返すことができなかった。


[蘭side]

 インターフォン越しに聞こえた喧嘩を宥める子供の声、新一の言葉に大いに納得しながら、私は書斎に向かった。書斎には驚くほど多くの人が集まっていて、驚いて固まってしまった。そしてさらに驚いたのは、その中にFBIだったと私と園子だけに言って学校を去ったジョディ先生の姿もあったことだった。どう反応していいか戸惑い立ち尽くしていると、ジョディ先生が声を上げた。

 

「な、何で蘭さんがここに居るの?!」

「ジョ、ジョディ…先生?」

 その慌てぶりに私も驚いて、戸惑いながら以前呼んでいたように聞いてみた。しかし、パニックになっているのか、私の言葉を無視して目つきの悪い男性ー目の下のクマや目の色、癖っ毛の具合が、世良ちゃんに似ている気がする―に食って掛かっている。

 

「どういう事よ、シュウ!クールキッドから連絡あったんでしょ?!」

「あぁ。」

「どうして教えてくれなかったのよ!場所取りに苦労するんだから、連絡してくれないと。」

「伝えたつもりだったが。」

「聞いてないわ!!ちゃんと報連相してちょうだい!!」

 

 そう叫ぶジョディ先生に、周りの人たちも頷いている。連絡なしが当たり前な人らしい。

新一の方がよっこどマシかも。新一は、何かあったらメッチャ端的だけれども連絡をくれるから。ずっと世良ちゃんに似ている男性を睨んでいた安室さんも、呆れた声色で言った。……少し言葉に毒が残っている気がするけど。

 

「僕でもジョディさんに賛成だ、赤井。必要なことはちゃんと連絡しろ。」

「そうですよ、赤井さん。貴方の要求に答えるのに苦労しているんですよ。」

 

それに賛同して口を開いたのは、キャメル捜査官で。それに安室さんが乗っかってまた赤井さんに食い掛る。

 

「お前が口数少ないことは知っているがな、部下に苦労掛けるな!」

「……貴方が言えた義理ではありませんよ、降谷さん。」

「何か言ったか、風見。」

「い、いえ……。」

 

 食い掛った安室さんに小声で突っ込んだのは、私と一緒に来た風見さんで。安室さんは上司としての圧をかけて反論を封じていた。警察内部は私も知らないけれど……。風見さん、苦労してそう。

 

 安室さんに怯えている風見さんを見て、新一は小さくため息をついて言った。本来ならこの場で子供が発言することはおかしいことなのに、新一の言うことは違和感もないしむしろ正論で周りの大人たちよりもよっぽどしっかりとしているように見える。

 

「赤井さんも安室さんも似た者同士ってことだよ。二人とも、要求しているレベルが高いから、キャメルさんも風見さんも苦労してるんでしょ。っていうか、集まった理由忘れてない?ここはたまり場じゃないんだよ?」

 

 その一言でハッとしたのか、ぞろぞろと書斎を去っていく。そして去り際に新一に対して応援の言葉をかけていく。新一がどれだけ彼らに信用されているのかが分かる場面だった。

 

 

 むさくるしいほどだった書斎はものの数分でがらんとして、子供姿の新一と私を残すだけになった。物音のしないこの静かな空間に、二人だけ。”コナン君”と初めて会った時を思い出す。一年も経っていないのに、懐かしい。

 小さなけれどかなり響いたため息が聞こえ、静かに新一が話し始めた。

 


 

新一は丁寧に一から話してくれた。

 トロピカルランドで私と離れた後のこと。新一は怪しい男がどうしても気になって追いかけた。まさか、あのとき感じた嫌な予感が的中するなんて。新一が追いかけたその人は、世界的犯罪組織の一員で、新一を殺すつもりでその仲間が毒薬―Apotxin4869を飲ませた。

「正直、あそこで”死ぬんだな”って思ったよ。」

 けれど、新一持ち前の運の良さで幼児化―つまり、子供になって生き延びたらしい。

 

「流石に最初は信じられなかったよ。目を開けたら警備員達に”ぼうや”って言われて。いきなり抱きかかえられて。無線で”6~7歳の少年”って言われて。パニックになってた。幼児化を認めざるを得なかったのは、一時的な保護場所で鏡に映った自分の姿を見た時。その後、保護施設に入れられそうになったのを、警備員の隙を付いて逃げ出したんだ。」

 それで、自宅に駆け込んで着替え、これからどうするかを話し合っていた時に、私が新一の家に入ったんだ。もう少し早かったら、私も真実を知っていたかもしれない。

 

「博士も俺もいい案が思いつかなくて、すっかり蘭の家に厄介になっちまった。」

 今更ながら謝る新一に、怒りも何も浮かばなかった。コナン君の尋常じゃない知識の量や普段の行動力を見てしまっているから、むしろ納得してしまった。新一は新一なりに必死で周りが見えていなかった。ただ、それだけの事。

 

「けど、そのせいでかなり危険な目に合わせたのは事実だ。」

 そう言って新一が挙げた人物の名前は、少なからず関わりのあった人たちばかりだった。

 お父さんに父親捜しを依頼してきた広田雅美さん。彼女が実は新一が追っている組織の一員だったと聞いて、驚きで固まってしまった。そして、今博士の家にいる哀ちゃんの実のお姉さん。哀ちゃんは両親を既に亡くしていて、唯一の家族だったお姉さんが殺されたことをきっかけに抵抗して、死ぬつもりで新一と同じものを飲んだらしい。クールな哀ちゃんがそんな壮絶な過去を持っているなんて、全く気が付かなった。哀ちゃんの苦しさをその身に感じて思わず泣いてしまった。

 ピンポンダッシュ事件のことを相談しに来た水無怜奈さん。彼女はCIAって所から潜入している捜査官で、新一が追っていた組織で幹部クラス:コードネーム「キール」だった。そして、一時的に転校してきた瑛祐君の実の姉。瑛祐君を危険なことに巻き込みたくないからと、他人の振りをして誤魔化していたそう。

 

 新一の家を間借りしていた大学院生の沖矢昴さん。彼は赤井秀一さんの変装。そして、赤井さんは世良ちゃんが言っていた”死んだFBIの兄貴”だった。新一が赤井さんの作戦に少し手を加え、死を偽装した。あの柔和な顔つきが変装だとは思わなかった。

 

 そして、ポアロのアルバイターの安室さん。今日家に入る前に知ってしまったようなものだけれども、ホントは公安警察の刑事さん。風見さんへの態度から推測するに、かなり高い地位に居るようだ。お父さんが刑事を辞めた時の階級なんて足元にも及ばないらしい。そして、あの誤認逮捕を指示したのも公安刑事としての安室さん。”安室透”は”江戸川コナン”と同じ隠れ蓑だった。

 

 

 明らかにされていく真実に驚くとともに,新一の行動力の凄さを改めて実感した。

「全ては俺のわがままさ。幼児化に懲りて大人しくしてればよかったものの、ドンドン首突っ込んで行ったから。周りを危険にさらしてしまったんだ。」

そう言うけれど、新一の行動力が無ければ、世界に根を張る犯罪組織は未だあり続けていただろう。新一の人脈を考えると、これは必然だったのかもしれない。なんて思えてしまう。実際はかなりの苦労をしてきたと思う。

けれど。

 

「偶然が重なればそれは必然」

 

新一の今の状況を的確に表しているこのことわざがすんなりと納得できてしまう。

どれだけの苦労をしたのか、私の想像を絶すると思う。身体的に10歳サバ読んで、見た目に合う様に行動する精神力と演技力。犯罪組織に立ち向かおうとする意志の強さと行動力。相手を翻弄するだけの作戦を計画するその推理力。

私が同じ目に合ったなら、絶対同じように行動できるわけがない。

この事件が解決したのは、他でもない新一がいたから。

 

話し終わって、俯いたままの新一を抱きしめて、精一杯のねぎらいの言葉をかけた。きっと私ができる最大限のことだから。

「お疲れ、新一。おかえり、」

 

平和な日々へ。

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