本作品はベアトリクスがかなり強めに描かれています。
原作で明確に語られていない部分については、独自設定・独自解釈を含みます。
いわゆる「シャドウ最強バンザイ!」なノリだけを求めている方には、少し合わないかもしれません。
ただし、最強はシャドウです。
そこは安心してお読みください。
よろしくお願いいたします。
月が照らす夜の森。
そこに二つの影が伸びていた。
一つは大人の女性。一つは幼い少女。
少し小高い丘。里の様子が一望できるここは少女のお気に入りの場所だった。
「●●●。星は好きか?」
「うん!」
夜の闇に抗うように燦々ときらめく星々に少女は目を輝かせる。
「お月様は?」
「好き! でも、星のほうが好き!」
少し予想とは違った言葉だったのだろう。女性が問いを重ねる。
「なぜ?」
「だって、お月様。一人じゃ寂しいでしょ!」
あまりに無邪気、あまりに無垢。
可愛らしい答えに女性は思わず笑みを浮かべる。
「ふふ、そうか」
――柔らかな手が、頭を撫でる。
指先は温かく、けれどどこか冷えていて、森の香りがした。
少女はこの手の感触が大好きだった。
「●●●」
「なぁに?」
「見つかるといいね。君の月光が」
「……げっこう?」
「世は暗雲に覆われ、雲間を抜ける光はごくわずか、でもいつか現れる」
少女には少し難しい言葉だった。
だから●●●は、ただ笑った。
「じゃあ、見つけたら、教えてあげる!」
「……ああ」
穏やかな時間。少女はこの時間がずっとずっと続くと、そう思っていた。
■
「……懐かしいわね」
アルファは、ゆっくりと瞼を開けた。
白い天蓋。落ち着いた香の匂いはどこかあの日の森を思い出させる。
だからだろうか、あんな夢を見たのは。
「……月光、か」
窓の外はまだ暗く、月明かりが薄くカーテンの隙間から光を届ける。
少々早く起きてしまったようだ。
アルファの声には眠気の名残とわずかな寂寥感が混じっていた。
夢の続きを掴もうとするほど、指の間から砂のように落ちていく。
二度寝の気分ではない。
――●●●。
昔の名前。
今となっては意味のない言葉。
彼に救われる前の自分。
何も知らず、ただ流されるように生きていたころの残り香。
(……今更昔の夢を見るなんて)
かつて言われた言葉が、妙に頭に残る。
月光、暗雲、雲間を抜ける光。
“いつか現れる”と言い切ったあの口調だけがやけに鮮明だ。
考えるほどディアボロス教団を指しているようにしか思えない。
(あなたは、どこまで知っていたの?)
アルファは上体を起こし、髪を耳にかける。
黄金のような髪が、一房、肩にこぼれ落ちた。
「はあ、目が覚めちゃったわね。顔でも洗いましょ」
洗面台へと移動し、冷たい水を被る。
僅かに残る眠気がすっと引いていく。
顔を上げたアルファはふと鏡に写る自分を見る。
寝起きだというのに一切の乱れなくまとめられた美貌がこちらを覗き返している。
――七陰第一席、最優のアルファ。
シャドウガーデンにおいてシャドウに次ぐ実力者であり、実質的なリーダーを担う才媛。
「はあ」
ため息を吐いた瞬間、扉の向こうからあわただしい足音が近づいてきた。
コン、コン。
控えめなノック音が響く。
「入りなさい」
扉が静かに開く。
入ってきたのは、七陰第五席、緻密のイプシロン。
普段ならこの時間にアルファを起こすことはない。
それでも来たということは、相応の理由があるのだろう。
「失礼いたします、アルファ様。報告がございます」
「聞くわ」
イプシロンは一瞬だけ視線を逸らし、言葉を選ぶように喉を鳴らした。
その仕草ひとつにも、彼女らしい繊細さが滲む。
「主様が正体を隠して武神祭に出場されるとのことです」
アルファは眉を動かさない。驚きもしない。
その報告はすでに昼間受けている。
それに、シャドウが一見突飛な行動を取るのはいつものことだ。
いつも通り、何か深い考えがあるのだろう。
「その報告ならすでに受けたわ。ガンマから聞いていないの?」
「……申し訳ありません。」
イプシロンが言い淀むように顔を歪ませる。
その表情には迷いが浮かんでいる。
「もう一つ、ご報告がございます。ドエム・ケツハットがミドガル王都に到着しました。同時に多数のチルドレンファーストの動員も確認されています。ガンマの指示により、すでにメンバーズを派遣し、監視を継続しています」
「それも知っているわ。……ねえ、イプシロン。大丈夫? あなたらしくないわよ」
アルファが少し距離を詰め、イプシロンに問いかける。
「イプシロン。私に遠慮なんていらないわ。本当に報告したいことは別にあるのでしょう?」
イプシロンはわずかに顔を伏せた後、ゆっくりと口を開ける。
「その……王都にてベアトリクスらしきエルフが確認されました」
「……」
部屋に沈黙が満ちる。
アルファは眉一つ動かさない。
ただ、その内心は別だろう。
「確かなの?」
「はい、メンバーズが目視にて確認しております」
「そう」
「アルファ様! 彼女は初代ブシン祭優勝者です。観覧に来た可能性もあるのでは?」
イプシロンはおどけるように言葉を重ねる。
まるでアルファを元気づけるように明るい声音だ。
「……シャドウが正体を隠し、ブシン祭に出場するのと。彼女が現れたのと。偶然だと思う?」
「……いえ」
イプシロンは目をそらして言う。
「……報告は以上?」
「はい」
「手の空いている七陰とナンバーズを集めなさい。私もすぐに王都へ向かうわ」
「はっ!」
扉が閉まり、再び静寂が戻る。
月光が床をなぞり、アルファの影を薄く照らし出す。
アルファはカーテンを少しだけ引くと、シャドウガーデンの本拠地である古都アレクサンドリアの景色をぼんやりと眺める。
(ブシン祭、シャドウ、そして、ベアトリクス)
偶然にしては、出来すぎている。
(もし本当に”彼女”なら)
現状、”彼女”がシャドウガーデンをどう見ているのかはわからない。
だが、もしも、世間と同じようにシャドウガーデンをテロ集団として見ていたら?
(……最悪、シャドウと”彼女”がぶつかることになる)
それは、アルファの思い描く中で最悪の未来だった。
(長い間”彼女”の捜索は行っていた。”彼女”はおそらく悪魔付き、それも自力での覚醒を成し遂げていると推定されるほどの実力者。ガーデンで確保しない理由がない。でも、ガーデンの力を持ってしてもわずかな痕跡を掴むことしかできなかった。……それがまさか、こんな形で現れるなんて)
武神ベアトリクス。
初代ブシン祭優勝者にしてエルフの剣聖。
自力での悪魔付きの覚醒を成し遂げていると推定される人物。
そして何よりアルファの――
(彼は負けない。そう信じている。けれど――)
幼少期の憧れ、幼いアルファが知った最初の最強。
しかし、アルファは知らない。
”彼女”の力を。
「――もし、”彼女”の力が想定を超えていたら?」
王都壊滅。
その四文字がアルファの脳裏に過る。
「シド、あなたはどうするつもりなの?」
ㅤアルファは月を見上げる。
ㅤまるでこの空に祈りを捧げるように。
ㅤしかし、次の瞬間ふっと顔を緩めるアルファ。
「……帽子、どこにやったかしら?」
出立準備を始めるアルファの前に最初の強敵が立ちはだかった。
陰実7巻発売決定バンザーイ!!
4月1日ですね!!
次がエルフ編らしいのでこの小説がゴミになるかもしれないと戦々恐々としております
まあ、あれです。並行世界採用してますんで?可能性は無限大?ということで見逃してほしいです