もしベアトリクスがクソ強かったら   作:菜麻沙

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見えてたね

 私はベアトリクス。少し用事があって王都に来ている。

 久々に見た王都はなんだか前より栄えているように思えた。 

 

「観客席どこ?」

 

 運のいいことに今日はブシン祭の開催日らしい。

 暇だし、ちょうどいいから少し見てみようと思ったのだが、前に来た時と建物の構造が変わっている気がする。どうやら迷ってしまったようだ。

 

 ワァァァァァ!

 

 遠くから歓声が聞こえる。誰の試合かは知らないが、盛り上がっているようだった。良いことだ。

 歓声が聞こえたということは観客席も近いのだろう。

 やっと、この迷宮から抜け出せそうで安心した。

 

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、前から少年が歩いてくるのを見つける。

 

 すれ違う直前、私は足を止めた。

 少し遅れて、少年も足を止めた。

 そして同時に振り返った。

 

 少年の気の抜けたような瞳がこちらを見据えていた。

 ――湿った葉と土の匂い。森の奥のような独特の香りが漂ってくる。

 

「エルフの匂いがする」

 

 少年は何も言わない。

 

「エルフの知り合いがいる?」

「エルフの友達が何人かいるよ」

 

 意外だ。エルフが人間と友達になるなんて珍しい。

 ……ふと、気になることができた。

 

「エルフの友達はたくさんいる?」

「それなりかな」

「私によく似たエルフを知っているか?」

「そう言われても」

「かわいい子だった」

「そうなんだ」

 

 少年はのらりくらりと要領を得ない返答を繰り返す。

 対話したくないのかもしれない。少し寂しい。

 

「私によく似ているんだ」

「えーと」

「知ってるか?」

「フードで顔が見えないんだけど」

 

 む、うっかりしていた。

 私はフードを降ろし、素顔を晒す。

 

「どうだ?」

「ちょっと心当たりないかな」

 

 少年はごく自然にそう言った。

 本当に知らなそうな反応だった。

 

「本当?」

「うん」

 

 ……嘘だ。

 この子、嘘をついている。

 凄い演技力だけど、わずかに指先が震えていた。

 

 ――そう、知ってるんだ。あの子のこと。

 

「そうか」

 

 私はわざと気づかないふりをして肩をすくめて見せた。

 それと同時に剣を抜き放つ。

 殺気も淀みもない。わずかな予備動作すらない。ただ自然のままに振るわれる剣。

 普通なら反応できないはず。

 

 少年は反応しない。まるで気づいていない様子だった。

 私は剣を少年の首に触れるように止めた。ただ触れただけ、薄皮一枚切っていない。

 

「うわッ!?」

 

 一瞬遅れて少年が腰を抜かす。

 

「な、なにするんですか!?」

 

「……」

 

 ……この子。

 

「間違えた。ごめん」

 

 そう言って私は少年に手を差し伸べる。

 そしてペコリと頭を下げる。

 

「もっと強いと思った。ごめんね。君の名前は?」

 

 少年は私の手を握り返しながら言う。

 

「シ、シド・カゲノーです……」

「私はベアトリクス」

 

 私は少年……シドの手を握って離さない。

 この感触、やはり。

 

「あ、あの?」

「いい手だと思って」

 

 少年は怪訝な顔をする。

 純朴そうな顔。これはエルフキラーかもしれない。

 

「またね、シド」

「あ、はい」

 

 そう言って、シドとは別れた。

 シドの遠ざかる背中を眺めながら考える。

 

「……見えてたね」

 

 

 

 

 その後、私はジミナ・セーネンの試合を見た。なんだか不思議な剣を使う青年だったね。

 オリアナ王国の舞剣士に近いかもしれない。でもあれよりずっと洗練されていた。

 実用性はあんまりないけど、見る分には綺麗でよかった。戦ったら面白いかもしれない。

 ちなみに私がいた場所は観客席につながる通路ではなく選手用の通路だったらしい。

 

「おいしい」

 

 試合が終わってめぼしい選手もいなかったので散歩していたら、マグロバーガーなるものを見つけた。とてもおいしい。おいしすぎて買いすぎた。

 紙袋が二つ、いつの間にか腕にぶら下がっていた。

 ……それにしても何か忘れている気がする。

 

「……あ」

 

 忘れてた。アイリスから一緒に観覧席で観戦しようって誘われてたんだった。

 あぶないあぶない、王女様からの誘いを忘れるところだった。

 

「どこだっけ」

 

 会場は広く、人も多い。歓声を頼りに歩くと、なんだかまた迷いそうになる。

 それでも何とか観覧席へと続く廊下を発見。

 扉を開けて入ろうとしたその時。

 

「お客様、失礼ですが……」

 

 止められてしまった。警備兵の手がこちらに伸びる。

 困った。アイリスと約束しているのに。

 

「申し訳ございませんが、この先は高貴な方々の席でして」

「そう」

 

 どうしようかと周りを見渡すとシドを見つけた。

 アイリスの隣、純朴な顔が妙に場から浮いている。

 相変わらず気の抜けた目をしている。けど、私に気づいた瞬間、一瞬だけ目が泳いだ。

 手を振っておこう。

 

「お客様!」

 

 怒られた。

 

「いいのです。その方は私が招待しました。ベアトリクス様、どうぞこちらへ」  

 

 困っていたらアイリスが声をかけてくれた。案内してくれるらしい。

 ちょうど彼女の隣が空いていたのでそのまま腰掛ける。

 座った瞬間、周囲の視線が突き刺さる。

 

「アイリス様、その方は……」

「武神ベアトリクス様です」

 

 アイリス王女が答えると空気が変わる。

 ざわめきが広がった。

 

「彼女があの」

「武神ベアトリクス様……」

「エルフの剣聖の?」

 

 おお、なんかさっきまでの不審者を見るような目とは違う。

 居心地悪いのは変わらないけど、こっちのほうがいいね。

 

「ベアトリクス様、試合はご覧になりましたか?」

「ジミナ・セーネンのだけ見た」

 

 アイリスが微妙な顔をする。

 

「彼ですか? ベアトリクス様は彼に注目しているのですか?」

「あんまり。綺麗な剣だけど、それだけ」

「では、注目の選手は?」

 

 アイリスから質問が戻ってくる。

 私は、すっと視線を動かしてシドを見た。

 シドもこっちを見た。

 しばらく奇妙な沈黙が生まれる。

 

 ”余計なこと言うな”と目で訴えてきた。

 ……なるほど。言うと面倒なんだね。わかった。

 

「アイリス王女は、いいと思う」

 

 言った瞬間、周囲が妙に沸いた。

 

「ほう……さすがは武神」

「やっぱり、見る目があるのね」

 

 アイリスは一瞬きょとんとしてから、すぐに上品に微笑んだ。

 

「それは光栄です」

「うん。未熟だけど、強くなれると思う」

 

 ――しん。

 

 周囲の沸きが止まってしまった。先ほどまで明るかったはずの笑みが、ひとつずつ固まっていくのが見えた。

 どうしたのだろう。

 

「アイリス様が……未熟?」

「いくら武神と言えど無礼じゃないか?」

 

 ざわざわ、と視線が鋭くなる。

 なにか悪いことを言ったのだろうか。

 私は首を傾げるしかなかった。未熟なのは悪いことじゃない。まだ、強くなれるということだから。

 

「手厳しいですね」

 

 アイリスは笑った。よかった、彼女は怒っていないようだ。

 

「後学のためにお聞かせいただけますか? 私のどこが未熟だと思われたのでしょう」

 

 どこが未熟か。

 正直に言えば全部なんだけど。そうだね。

 

「負けたことある?」

「え、ええ。あります」

 

 面食らったようにアイリスはそう答えた。

 でも、私の聞いた負けは、たぶん彼女の言う負けとは違う。

 私が思うに彼女にはないのだ。徹底的に心折られる敗北の経験が。

 天才的な剣技、恵まれた魔力量。生来の才能で勝ててきたのだろう。

 天才の剣、そう呼ばれているのをさっき聞いた。

 

「きっと、君は本当に負けたことがない。だから、剣に工夫がない」

 

 周囲に沈黙が満ちる。冷たい視線が突き刺さる。

 貴族たちは武神の評価に沸いた直後だったぶん、落差も大きいのだろう。

 アイリスはしばらく考えるように黙り込んだ。

 

「……なるほど。参考にします」

 

 なんだか空気が重い。

 私はシドを見た。シドは私を見ない。

 完全に気配を消したまま、マグロバーガーを食べていた。

 私もマグロバーガーを食べることにした。

 口の中に程よい塩気が広がると、なんだか落ち着いてきた。

 

「おいしい」

 

 微妙な空気の中、ブシン祭は進んでいく。




勝手にエルフの匂いを湿った葉と土のにおいにしちゃった
よく考えたらあんまりいい匂いじゃないかも
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