もしベアトリクスがクソ強かったら   作:菜麻沙

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敗北で終わるだろう

 観覧室に豪奢な服の男が入ってくる。

 背後にはやせ細った、顔色の悪い男を伴っていた。

 

 オリアナ王国のドエム・ケツハットとオリアナ国王である。

 

 ドエムは周囲を観察するように見渡した。

 彼の視線がローブを被った怪しげな女に移る。この場に似つかわしくない貧相な身なり。まるで流浪者のような格好が微妙に浮いて見える。

 

 女はドエムのほうを一瞬見た。が、すぐに興味を失ったように目をそらす。

 その無礼そのもののような態度がドエムの神経を逆撫でした。

 

「アイリス王女、この方はどなたかな?」

「その方は武神ベアトリクス様です。私が招待したのです」

「何と……この方が。お会いできて光栄です」

 

 ドエムは恭しく礼をする。優雅な動作は醜い内心を悟らせない。

 王都にベアトリクスが来ていることは知っていた。だが、まさかこの場にいるとは思っていなかったのだろう。

 一見、強そうには見えないがアイリスが招いた以上、本物なのだろう。ドエムは動揺を押し殺しつつ、オリアナ国王を席に案内する。

 

「さあ、陛下。こちらにおかけください」

 

 オリアナ国王はまるで人形のような無機質な動きで席についた。

 虚ろな目。半開きの口。明らかに異常をきたしていた。

 

「ミドガル王に置かれましては本日もご機嫌麗しゅうございます」

「うむ」

 

 ドエムは考える。

 アイリスのみならず、ベアトリクスまでこの場にいる。そして謎の男ジミナ・セーネン。アンネローゼを圧倒して見せた実力は明らかに尋常ならざるものだ。だが、ドエムは彼の素性を未だに掴めていない。

 

 ドエムは自身の計画がわずかに狂ったのを感じ取った。

 

(だが、問題はない。こちらはローズさえ手に入ればいいのだ。アレはすでに悪魔付きを発症している。そう長くはもたない。それにいざとなれば、オリアナ国王を使ってミドガル国王を殺すと脅してある。アレは必ず現れる)

 

 ドエムは即座に思考を切り替えた。いつまでも考え込むのはただの思考放棄。この切り替えの早さがなければ次期ラウンズの地位まで登ってこれなかっただろう。

 

 ドエムは静かに息を深める。

 

(大丈夫。何も問題はないはずだ)

 

 ドエムは自身にそう言い聞かせながら、観戦を続ける。

 時間は流れ、やがてアイリスが席を立つ。

 

「試合が始まりますので、失礼します」

 

 周囲の者たちが口々にアイリスに激励の言葉を投げ掛ける。

 

「信じてます!」

「ご武運を!」

「連覇間違いなしです!」

 

 アイリスはその全てに笑顔で応え、部屋を出て行った。

 

 その影に隠れるようにいそいそと少年が出て行く。

 誰も気に留めない中、ベアトリクスだけが少年を見つめていた。

 

 

 

 

 なんか臭いと思ったら、変な男が部屋に入ってきた。

 見覚えはあったけど、名前は忘れた。なんだか被虐趣味がありそうな名前だった気がする。

 まあいいや。あんな小物、今はどうでもいい。

 

 アイリスが席を立った。もうすぐ彼女とジミナの戦いが始まる。

 会場から割れんばかりの歓声が聞こえてきて、会場の熱気が観覧席のガラスを震わせる。

 

 ――アイリスの負けかな。

 

 この戦いはアイリスの敗北で終わるだろう。

 残念だけど、それは揺るがない。私が見たいのはその過程だ。アイリスがどう戦うのか、そしてジミナが何を見せてくれるのか。

 

 それだけ。

 

 ああ、外も動き始めたね。

 部屋の周りにいくつかの魔力を感じる。

 大きいのが一人。少し離れたところに一人。そこそこのがたくさん。

 

 大きいのは七陰……この気配はベータかな。よく制御された、いい魔力だ。

 離れたところにいるのは……ローズ・オリアナか。そうか、来ることにしたんだね。

 

 前に見かけたときは今にも破裂しそうな荒々しい魔力だったのに今は安定している。悪魔付きは治ったようだ。安心した。

 

 他はナンバーズかな。練度が高いね。よく訓練されている。

 ……感心、感心。あの子はうまくやれているようだ。

 となれば、目的を果たすときも近いかな。

 

 会場の歓声がさらに高まる。

 アイリスとジミナが選手用通路から登場し、向かい合っていた。いよいよ始まるようだ。

 

「試合、開始!」

 

 審判の声が響き渡る。

 

 両者向き合ったまま動かない。

 だが、動かない理由は全く異なっている。

 ジミナは動かない。アイリスは――動けない。

 

 ジミナ・セーネン。思ったよりも技巧派だね。

 視線の揺れ、足の運び、刃先の揺れ。ほんの少しの身体操作だけで、先を見せている。

 これほどうまく"虚"を使える剣士は見たことがない。少なくとも今まで戦った中にはいなかった。

 すさまじい技だ。素直にそう思う。

 

 アイリスが試合を開始してから初めて踏み込んだ。

 だが、その一歩は途中で崩れ、何かを避けるように無理やり体をのけ反らせて後ろに吹き飛ぶ。

 おそらく、首が落ちる自分でも見えたのだろう。

 しかし、ジミナは動いていない。ただの一歩も。

 

「完全な敗北。でも、これはあまりに……」

 

 私のつぶやきに周囲が反応する。

 

「嘘ッ!?」

 

 無理もない。アイリス・ミドガルはこの国最強の剣士なのだから。周囲の人間は彼女の敗北なんて考えたこともないのだろう。

 

 アイリスが大きく距離を取り、ジミナの周りを周回する。

 三周ほど観察を続けたところで、ジミナが口を開いた。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 その瞬間、アイリスが吼えた。

 

「ハァァァァァァ!!!!」

 

 揺さぶりも何も関係ない。何かさせる前に最短最速で断ち切る。その覚悟と共に踏み込む。

 

 ――が、アイリスの歩みは止まった。

 自身の一瞬先を予見したかのような急制動。不格好に地面を転がる。

 

 上体を起こしたアイリスはジミナを見て固まった。浮かんでいる感情は……焦りと恐怖。

 気づいたようだ。自身と彼の差に。

 

 アイリスは立ち上がり、自身の考えを振り切るように魔力を爆発させる。

 地面に亀裂が入り、強烈な風圧と共に周囲に砂埃が吹き付ける。

 そして、自身の全てを賭けるようにこの日最速の踏み込みを見せた。

 

 ――それは一瞬だった。

 

 瞬きほどの一瞬。アイリスの剣がジミナに触れる刹那、彼女は宙を舞った。

 気づけば彼女は地面に倒れていた。

 

 会場に痛いほどの沈黙が満ちる。

 静寂を埋めるかように雨が降り始めた。

 

「しょ、勝者! ジミナ・セーネン!」

 

 終わったね。

 彼女はこれを糧にできるかどうか。うーん。ちょっと厳しいかな。初めての敗北には強烈すぎる。

 

 そして……この魔力。

 来たね。

 

 観覧室の扉が開く音がした。異質な気配と共にどこか冷たい空気が流れ込む。

 

「只今戻りました。父上」

 

 蜂蜜色の髪を踊らせながら、ローズ・オリアナは立っていた。




ここら辺は原作と変わらないのでサクッとね。
次回、やっと一番書きたかったとこに行けます。
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