朝の光がまだ淡く、家の中に影が長く伸びていた。
暖炉の火は小さく揺れ、その明かりの前でリオーモは座っていた。
手の中で小さく丸めた布を指で触り、ゆっくりと押し返すように動かしている。
男はその姿を見ながら、柔らかく声をかけた。
「リオーモ、寒くないか?」
少女は顔を上げた。
「さむくない」
男がそばに腰を下ろすと、リオーモはほんの少しだけ身体を引いた。
嫌ではなさそうだが、以前とは異なる小さな反応。
予想外の出来事に戸惑いつつも、穏やかな声で男は言葉を続けた。
「今日は、外を少し歩いてみようと思っているんだが、どうだ?」
リオーモは小さく目を瞬かせ、膝に置いた布をそっと握った。
「……あるく、いっしょ?」
その声音は甘えではなく、確かめるように揺れていた。
「もちろんだ、一緒に行こう」
男の返事に、少女はわずかに肩を落として息を整える。
その仕草だけでも、来たばかりの頃よりずっと自然だった。
家の外に出ると、冷たい風が二人の頬を撫でた。
リオーモは足元に落ちる光と影を見つめ、それからしずかに歩き出した。
時折、男との距離を確かめるように立ち止まりつつ。
林は静かで、鳥の声と落ち葉を踏む音だけが響いた。
リオーモは、風の動きや葉の揺れに目を奪われるように歩いていた。
やがて、足元の土がわずかに崩れた。
落ち葉に隠れた小さな段差につま先を引っかけ、
リオーモの体が前に傾く。
ぱさ、と乾いた音とともに少女は膝から落ち、その音に気付いた男がすぐに駆け寄ってくる。
「大丈夫だったか?」
少女は手をついたまままばたきし、
ゆっくりと自分の膝を見下ろした。
薄く皮が擦れ、その上に赤い線が浮かんでいる。
「……いま、いたかった」
「そうか、帰ったら手当てしないとな」
リオーモは少し考えるように目を伏せ、
そしてぽつりと呟いた。
「……また、なおす?」
「そうだ、ちゃんと治そう」
少女は小さく、しかし確かに頷いた。
家に戻ると、暖炉の火が淡く部屋を照らしていた。
リオーモはいつもの場所に座り、火に手をかざす。
指先の動きは、何かを思い出すようにゆっくりだった。
男は治療道具を持ってきて、そっと声をかけた。
「膝、見せてくれるか?」
リオーモは一瞬だけ視線を迷わせたが、
やがて静かに足を伸ばした。
男は傷をそっと拭い、薬を薄く塗る。
リオーモは息を止めるようにして見つめていたが、
やがて小さく呟いた。
「いっぱいなおすの、いたい」
言葉を探すようにしばらく止まり、
小さく息を吸って続けた。
「でも、ずっといたくない」
彼女は手当てされた箇所を両手で抑え、目線をゆっくりと彼の方へ向けた。
落ちた影は未だ深いものの、その瞳には相手をしっかりと捉えている。
「それは……よかったな」
リオーモは火の揺らぎを見つめながら、
胸の前で手をゆっくり重ねた。
「ねぇ」
「どうした?」
「おしえてくれて……ありがとう」
「何をだ?」
少女はしばらく言葉を探し、
それから、小さな決意のように口を開いた。
「“この場所”は……苦しいだけじゃ、なかった」
男はわずかに息を呑む。
リオーモは続けた。
「こわいときもある。……でも、それだけじゃないって。
わたし、ちゃんと感じた。」
揺らぎではなく、確かな意志を宿した声だった。
彼女は過去と現在の狭間にいながら、
自分で受け取るものを選び始めていた。
男はそっとリオーモの頭に手を置き、髪に絡めていく。
怖がらせないように、ゆっくりと。
リオーモはふっと目を閉じる。
「……」
やさしい火の明かりの中で、
二人は静かにそこに寄り添っていた。