心の在処   作:ミィーシャル

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第五話 戻りつつあるもの

朝の光がまだ淡く、家の中に影が長く伸びていた。

暖炉の火は小さく揺れ、その明かりの前でリオーモは座っていた。

手の中で小さく丸めた布を指で触り、ゆっくりと押し返すように動かしている。

 

男はその姿を見ながら、柔らかく声をかけた。

 

「リオーモ、寒くないか?」

 

少女は顔を上げた。

 

「さむくない」

 

男がそばに腰を下ろすと、リオーモはほんの少しだけ身体を引いた。

嫌ではなさそうだが、以前とは異なる小さな反応。

予想外の出来事に戸惑いつつも、穏やかな声で男は言葉を続けた。

 

「今日は、外を少し歩いてみようと思っているんだが、どうだ?」

 

リオーモは小さく目を瞬かせ、膝に置いた布をそっと握った。

 

「……あるく、いっしょ?」

 

その声音は甘えではなく、確かめるように揺れていた。

 

「もちろんだ、一緒に行こう」

 

男の返事に、少女はわずかに肩を落として息を整える。

その仕草だけでも、来たばかりの頃よりずっと自然だった。

 

家の外に出ると、冷たい風が二人の頬を撫でた。

リオーモは足元に落ちる光と影を見つめ、それからしずかに歩き出した。

時折、男との距離を確かめるように立ち止まりつつ。

 

林は静かで、鳥の声と落ち葉を踏む音だけが響いた。

リオーモは、風の動きや葉の揺れに目を奪われるように歩いていた。

 

やがて、足元の土がわずかに崩れた。

落ち葉に隠れた小さな段差につま先を引っかけ、

リオーモの体が前に傾く。

 

ぱさ、と乾いた音とともに少女は膝から落ち、その音に気付いた男がすぐに駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だったか?」

 

少女は手をついたまままばたきし、

ゆっくりと自分の膝を見下ろした。

薄く皮が擦れ、その上に赤い線が浮かんでいる。

 

「……いま、いたかった」

 

「そうか、帰ったら手当てしないとな」

 

リオーモは少し考えるように目を伏せ、

そしてぽつりと呟いた。

 

「……また、なおす?」

 

「そうだ、ちゃんと治そう」

 

少女は小さく、しかし確かに頷いた。

 

家に戻ると、暖炉の火が淡く部屋を照らしていた。

リオーモはいつもの場所に座り、火に手をかざす。

指先の動きは、何かを思い出すようにゆっくりだった。

 

男は治療道具を持ってきて、そっと声をかけた。

 

「膝、見せてくれるか?」

 

リオーモは一瞬だけ視線を迷わせたが、

やがて静かに足を伸ばした。

 

男は傷をそっと拭い、薬を薄く塗る。

リオーモは息を止めるようにして見つめていたが、

やがて小さく呟いた。

 

「いっぱいなおすの、いたい」

 

言葉を探すようにしばらく止まり、

小さく息を吸って続けた。

 

「でも、ずっといたくない」

 

彼女は手当てされた箇所を両手で抑え、目線をゆっくりと彼の方へ向けた。

落ちた影は未だ深いものの、その瞳には相手をしっかりと捉えている。

 

「それは……よかったな」

 

リオーモは火の揺らぎを見つめながら、

胸の前で手をゆっくり重ねた。

 

「ねぇ」

 

「どうした?」

 

「おしえてくれて……ありがとう」

 

「何をだ?」

 

少女はしばらく言葉を探し、

それから、小さな決意のように口を開いた。

 

「“この場所”は……苦しいだけじゃ、なかった」

 

男はわずかに息を呑む。

リオーモは続けた。

 

「こわいときもある。……でも、それだけじゃないって。

 わたし、ちゃんと感じた。」

 

揺らぎではなく、確かな意志を宿した声だった。

彼女は過去と現在の狭間にいながら、

自分で受け取るものを選び始めていた。

 

男はそっとリオーモの頭に手を置き、髪に絡めていく。

怖がらせないように、ゆっくりと。

 

リオーモはふっと目を閉じる。

 

「……」

 

やさしい火の明かりの中で、

二人は静かにそこに寄り添っていた。

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