心の在処   作:ミィーシャル

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第六話 まだ小さな変化でも

朝の光が薄く差し込み、家の中に静けさがゆっくり満ちていく。

台所には湯の沸きはじめる柔らかい音が漂い、室内の空気は温かく呼吸を広げていた。

 

男が鍋の蓋を少し持ち上げた時、背後で床板が軽く鳴る。

遠慮がちな、けれど確かに向かってくる気配だった。

 

振り返ると、リオーモが扉の影から顔を半分だけのぞかせていた。

視線が合うと、小さく息を吸い、言葉を置く。

 

「これ、使う?」

 

リオーモは近くの皿に両手を添え、慎重に持ち上げる。

歩幅は短いが、その動きにはどこか落ち着いた調子があった。

 

「手伝ってくれるのか?」

 

男が声をかけると、リオーモはゆっくり頷いた。

皿をテーブルに置き、静かに男を見上げる。

 

「ありがとう。助かるよ。」

 

その言葉に、リオーモの肩が少しだけ緩んだ。

 

***

 

家の外に出ると、空気にはまだ朝の冷たさが残っていた。

男が薪を割る準備をしていると、家の戸がそっと揺れ、リオーモが姿を見せた。

 

彼女は足元に転がっていた細い薪をひとつ拾い、胸元でそっと抱えたまま立ち止まる。

何をすればいいのか判断がつかないらしく、視線だけが男の手元へ寄ってくる。

 

男は斧を地面に立てかけ、穏やかな声で言った。

 

「ここに積んでいくんだ。ほら、こうやって。」

 

積んだ薪を指し示し、男が一つを上へ乗せてみせる。

リオーモはじっとそれを見つめ、しばらくしてから自分の腕の中の薪をそっと置いた。

ぐらつかないよう角度を整えようと、身体の向きを少し変えて確かめる。

 

「出来た」

 

男は微笑み、薪をもうひとつ渡す。

リオーモは受け取り、慎重な動きで積み上げてみせた。

初めはぎこちなかったが、二度目は迷いが薄い。

その様子に男は声を荒げることも褒めすぎることもせず、静かに寄り添うだけだった。

 

日が傾く頃には、二人の前には小さな薪の山ができていた。

 

***

 

夕方の光が廊下を淡く染める頃。

家の奥にある小さな部屋の扉が、わずかに開いていた。

 

男がそっと覗くと、布団の上でリオーモが身体を丸め、目を閉じていた。

呼吸はゆっくりで、落ち着いた眠りのすぐ手前にいるようだった。

 

声をかけずに離れようとしたその時、彼女のまぶたが揺れ、ゆっくり開いた。

 

リオーモは姿勢を起こし、布団に触れながら言った。

 

「ここ、使っていい?」

 

男は扉の近くに腰を下ろし、静かに答える。

 

「もちろん、きみの部屋なんだから」

 

その言葉に、彼女は小さく目を細めた。

安堵にも似た、その微かな表情の揺れだけで十分だった。

 

布団に身を預け直すと、リオーモは小さく息を整えながら言葉を添える。

 

「……あったかい。」

 

やがて彼女は再び目を閉じ、身体を静かに丸めた。

部屋の空気が柔らかく沈み、眠りへ移ろうとしているのが伝わってくる。

 

男は音を立てないよう扉を閉め、廊下へ戻る。

 

“もう大丈夫だ”とは言えない。

“完全に戻った”とも言えない。

 

けれど――

今日のリオーモは、以前より確かに自分の意思で世界に触れていた。

 

その小さな一歩が、男の胸の奥を静かに温めていた。

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