意識がはっきりしているのかどうか、自分でもよくわからなかった。
ただ、冷たい空気が肌に触れるたびに、身体のどこかが必ず痛みで反応した。
石畳の上を引きずられる音が、耳の奥で鈍く響く。
腕を掴む手は強すぎて、痛いという感覚すら追いつかない。
「……はぁ、やっと見つけたと思ったらよ」
「前より反抗的じゃん。ムカつくわ」
三人の男たちの声が混ざり合い、嘲りとも怒りともつかない調子で落ちてくる。
リオーモはその手から逃れようと腕を引いた。ほんの少しだけ。それでも。
その瞬間、空気が変わった。
「……おい、お前。
誰が逃げていいって言った?」
掴まれていた腕が乱暴に振りほどかれ、次の瞬間、脇腹に衝撃が落ちる。
息が跳ねるほどの痛み。視界が一瞬だけ白くなる。
「なんだ、その顔。
気に入らねぇんだよ、そういうの。」
頬に拳が打ち付けられる。
右、左――動きには一貫性がなく、昔からこの三人は苛立つとこうだった。
殴る場所、強さ、タイミング。
そのどれもが気分次第で、理不尽で、掴みどころがない。
髪を掴まれ、首が不自然な角度に引き上げられる。
「大人しくしてりゃ、まだ優しくしてやったのによ」
華奢な彼女の身体は、人形の様に軽々しく床へ叩きつけられる。
石畳の表面に皮膚が擦れ、じんとした熱が走る。
呼吸のたび、胸の奥がずきずきと絡みつく。
「立てよ」
命令のような声とともに腕を引かれる。
立ち上がりきる前に、別の男が蹴りつけてくる。
「反抗すんなって言ってんだろうが!」
暴力は、常に一定のリズムを持たない。
三人が三人とも、それぞれの苛立ちだけを根拠に手を出してくる。
気に入らない、ただそれだけの理由で。
意識が揺れ、地面の模様が波打つように見える。
手をついた石畳に、じわりと赤が落ちる。
その赤は形を保てずに広がり、やがて歪な円を描き始めた。
「おい、また血出してんぞ」
「だから言ったのに、加減しろよ」
「うるせぇ、こいつが悪ぃんだよ」
誰も止めようとはしない。
止める言葉も、止める意志もない。
ただ、苛立ちをぶつける口実として、そこにリオーモがいるだけ。
腕を掴まれ、再び引きずられる。
石畳の段差が、背中に、腰に、足に、無数の痛みを刻んでいく。
「ほら、歩けよ。
逃げようなんて思うなよ?」
歩かされるというより、引きずられる方が近い。
膝が折れれば乱暴に引き起こされ、反射的に身体が強張る。
その小さな“抵抗”さえ、彼らの神経を逆撫でした。
「……チッ。
本当にムカつくわ。
なんでそんな目してんだよ」
指が皮膚に食い込み、無理やり顔を上に向けられる。
「お前はさ、
大人しくしてりゃいいんだよ。
それ以外、何もいらねぇんだよ」
その言葉。
何度も聞いた、支配の音。
耳の奥にこびりついて離れなかった言葉。
その言葉が聞こえた瞬間、視界がぐらりと揺れ、
リオーモの身体は再び石畳へ叩きつけられた。
衝撃で呼吸が止まりかける。
それでも胸の奥の荒い鼓動だけは、やけに大きく鳴っていた。
逃げなきゃ。
どこへでもいい。
逃げないと――。
だが足が動かない。
腕を掴まれ、また強く引かれる。
「反抗するなら、もっとやり方考えろよ」
「こっちはお前と遊んでやってんだぞ」
その“遊び”がどれほど残酷なものか、リオーモは知っている。
知っているからこそ、逃げたいのに、動けない。
歩かされるたび、滴る赤が地面に落ちる。
途切れながら、にじみながら、細い線となり――
誰にも気づかれないほど静かに後ろへ残っていった。
暗がりへ。
人気のない路地の奥へ。
灯りの届かない場所へ。
そこがどこなのか、リオーモには判断できない。
ただ、引かれるままに。
抗うたび痛みが募り、思考が鈍っていく。
夜の気配が深まる中――
彼女は静かに、三人の影の奥へと飲み込まれていった。