「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
「者共! 出あえっ!」
「悪魔を生かして返すな!」
「殺さないで! お願い! この娘だけでも……っ!」
阿鼻叫喚、罵詈雑言、嘆願の悲鳴、人々は俺を見るなり槍や剣で囲い怯えながら怒っている状態、俺の方は至って普通……でもない、いつ殺されるか怖くて仕方ない、表に出さないだけで。
こんな真昼の街の中で刃傷沙汰なんて望んでないけど相手方は流血上等で覚悟決めて立ち向かってくる、俺はそんな事望んでないってば。
皆がテンパってるように俺もテンパってるんだよ、今は皆の方がテンパってるから冷静なだけで一人になったら俺たぶんワタワタして何もできないよ? その程度の存在なんだよ?
つまり俺は何処にでもいる人間なんだ、ビビられるような存在じゃない、分かってくれませんか?
よし、いっちょ訴えてみるか。
「信じてくれ! 俺は心は人間なんだ! 心は!」
「嘘をつくな悪魔っ! そんな角と肌をした人間がいるか!」
「それに人間に尻尾も翼もないんだぞ! もっとマシな嘘をつくんな!」
全否定か……取り付く島もないとはこの事、ううっ……辛いけど、街の外へ逃げるしかないか……。
「分かった! 手は出さない! 街の外へ行く! だから道を空けてくれ!」
「出てけ! さっさと出ていけー!」
「出てけー!」
石や皿が飛んでくる、両手で頭を守りながら俺は門をくぐり街の外へ飛び出した、だがまだ警戒されて追いかけて来ている、俺は街から遠く離れた森の中へ逃げるように入った、木々に囲まれた場所に丁度よい切り株を見つけて今はそこで腰を落ち着けている。
「酷い目にあった……これが本当に新しい人生ってやつか? 堪んねぇなおい、いつ殺されるか分かったもんじゃねぇ……」
今日で転生してから数え間違えてなければ1周年だ、そんな記念すべき日に街を追われるとは、ツイてない。
ツイてない理由は角が付いてるからでそういう意味では付いてるけど本当は付いてない方が良い、ツイててほしいけど。
そんなツイてない俺も運がいい時もある、それはこの懐にしまい込んだスクロールだ、詳しい周辺の地図と大まかな世界地図の2つ、これがあるかないかで旅の辛さは解消されるはずだ。
「まぁ、だけど……地図は買えたし……良しとするか、異世界で初めての地図だ、ラッキーだったな」
そう、地図があれば一つの街で追われても次の街は入れるかもしれない、そんな希望が見えてくる、人に聞けるような状態でない以上、これだけが頼りだ。
「……こんな苦労をする羽目になったのは、全部あの時の選択のせいだよな、やっぱり」
全ての始まりであるあの出来事はよく覚えている、毎夜後悔する羽目になったから当然覚えている、今でもあの時の自分を殴りたい、ついでに神様もな。
そうだ今も鮮明に思い出せる……アレは、いわゆる神様転生と言うやつだった。
俺はこの世界から見て異世界の人間の男だった、名前は前世に置いてきたらしく思い出せないが、その記憶がある。
前世で俺はこの世界よりも豊かで進んだ科学の中で暮らしていたんだがある日事故にあって死んだ。
即死だったみたいでその時の詳しい状況は理解してない、後に神様から聞いた話では電車の正面衝突らしいが。
ま、俺の死に方よりも大事なのは神様との出会い方だな。
神様と出会ったのは死んですぐだった、神様がいる場所はまさしく雲の上、雲海だ、もくもくとした雲の上に俺が呆然と立っていると向こうから神様がやって来た。
神様は綺麗な男性だったかもしれないし女性だったかもしれない、中性的な、ある意味で無性かもしれない完璧な美を持った人間のようだった。
そんな神様が俺に言った「転生と言う選択肢がある」と、そう言われた俺は飛びついたね、迷うことなんてないだろ、姿形が変わったとしても生き返れるんだから。
俺の返事を聞いた神様は「元の世界ではない何処かの世界て、お前の望まない姿になるだろう」と答えた、どういう事だろうって最初は思ってたよ、今は嫌ほど実感してる。
そういう経緯でこの世界に転生してきた俺は今、こうして人から追われる身になりましたとさ。辛い、姿形って大事だと痛感している。
俺がどんな姿してるかと言うと、大体察しが付くと思うが、頭に2つの牛のような角、体は細く筋肉質で身長は人と変わらないが腕は比較的長い、だけど背中には大きなコウモリのような一対の翼、尻には長いトカゲのような尻尾、手足の爪はカッターのような細く鋭い刃物だ。
極めつけは額の第三の目と夜闇のような黒い肌、こんな姿では間違いなく見られたら悪魔だと言われてしまう。
今ではぼろきれをまとってなんとか人に見えるように変装している、爪は切ればしばらく生えないし、尻尾は腰に巻きつければ目立たない、翼も限界まで畳めば小さいリュックを背負っている程度にしか見えない、肌は日焼けで言い訳できる、角と額の目はターバンで隠した。
まぁそれでもバレて追われた訳だ。
この見た目、この世界では恐れられているのは分かっているんだけども、なんというか別格である気がする、身も蓋もないが俺より恐ろしい姿をしたモンスターはこの世界で何度か見かけた、そのモンスターも俺から目を逸らして何処かに逃げていったが、だから、より辛いと言うか、どうやっても人間社会に馴染めないと言うか……もしかしたら野生生物ともコミュニティ作れない可能性がある。
それでも俺は人の交流を諦めたくない、見た目が悪魔だが心は人間だ、いつかきっと話を聞いてくれる人が現れるそんな時が来る、と思っている。
「ああ、日が沈むな……寝るか」
今日はもう遅い、暑さも寒さも感じないこの身体はキャンプ無しで野宿できる、水も食い物もほとんど必要としないのは、ちょっと心に良くないけど慣れた。
ベッドを森の中に探すのは無理なので今日はこの椅子にしていた切り株に寄りかかって眠ることにした。
夜更け、森に差し込む朝日が第三の目に当たり目が覚めた。
あくびが出るような暖かいだろう陽の光は俺を次第に照らし出す、前世の人間だった名残りなのかこういう朝日を見ると背伸びをしてあくびを自然とやっている。
「ふわぁ……よく寝た……」
「お目覚めですか」
幻聴だ、たまにあるんだよ、夢のなかで人と話す夢を見るとその夢の感覚が現実に残るんだ、この身体だからそうなのか、それとも心が人間だからなのか、その両方か、はっきり原因はわからねい。
幻聴に構うことはない、なんせ幻なんだから。
懐に抱えた地図の無事を確認してから、その地図の中に次の目的地を探す、今回は失敗したが次は変装をもっと上手くやればいい、だが昨日の街の近くの街は俺の噂が流れてるだろうから、避けないとな。
切り株に地図を広げ、切った爪をピン代わりにして固定する。あとは行き先を熟考するのみ。
「となると……今がここだから……次はここか、こっちだな、西か、東か、どっちも遠いな」
「確かにすぐに見つかることはないでしょうが、いっそ南の村へ行くのも手かと、地図には載っていない場所で、かつ人と関わらないエルフが住んでいます、貴方様と犬一匹くらいなら平気でしょう」
地図に記載されていない南の森に近い場所へふわふわの肉球がポンと置かれていた……犬?
確かにここから南の森なら大きな街もない、エルフなら人と関わらないから人の街の噂も流れないか、確かに理にかなっているな、あとは俺と犬一匹くらいなら平気って言葉を信じるだけだ……犬?
「犬ーっ!? しかもしゃべってるー!?」
「はい、名をフェンタル、始祖たるカイザーフェンリルの血を引く気高き戦狼の一派に属する者でございます」
流暢な言葉で話す犬がいた、幻聴でも幻覚でもなく現実にいた、いや信じられないというかいきなりすぎる、急展開だ、しかも出自まできっちりとしている血統書付きの犬と来た。
自認は犬らしいが見た目は完全にウルフ、狼だ、ほんのりと輝く流体のような毛並みに人が抱きつけるような体躯、口から見え隠れする牙が鋭利なナイフが並んでいるみたいだ。
だが、なんというかこの恐ろしくて気高い見た目とマッチするかのような言動と佇まい、ひと言で表すなら……そう執事、羊じゃないぞ。
「……執事みたいだな」
「羊ではなく犬です、ワンと語尾に付けたほうがよろしいですか?」
「いや、そんな事しなくていいよ……いつからそこに居たんだ?」
「昨夜からでございます、僭越ながら見張りを致しておりました、貴方様に立ち向かえる者など居ないでしょうが、むしろ私の存在が眠りを妨げるかと思っておりました、ですが貴方様の眠りが深くいらっしゃったので、私を受け入れてくれたと思い、嬉しくなってしまい眠れなかったのが本音でございます」
気が付かなかったとは、言い出せない。
あの健気で期待に満ちた目を見てしまうとダメだ、あの激しく揺れる尻尾を見たらダメだ、つぶらな瞳が訴えてくる「お前すごいやつやろ」オーラが、期待を裏切らせてくれなさそうだ。
確かに犬くんの言う通りガワは凄いんだろう、だけど肝心の中身は俺だから大した強さはないと思うんだ。
秘密にしておこう、犬くんの気持ちは大事にしてあげたい。
それはさておき、犬くんの提案は理にかなっている、俺としては今は人から距離を置くべきだろう、昨日の身バレが派手だったから今まで以上に警戒されている恐れがある、今は落ち着くまで近寄らないのは正解かもな。
と言うことで、どういう事だろう、まぁ、犬くんの提案を採用して目的地は南の森のエルフ村に決定します。
「フェンタル、君の言う通りにしよう」
「ありがたき幸せ、では、私の背にお乗りください、快適かつ素早い旅をお約束します」
「おお」
大きな犬、この場合狼の背中だが、それに乗って旅をするというのはかなりこう心がワクワクする、なんか久しぶりだな心がワクワクするの、異世界転生の初日以来だ。
地図をしまい懐に入れて切り株を足場にして犬くんの背に乗る、ふわふわですべすべで軽やかでしっとり、極上のお布団のような手触りと乗り心地。
犬くん! いや、フェンタル、君とはずっ友でいたいものだ! 主に旅のベッドとして! これは一度経験したら離れられん……まさか、これを狙って!? フェンタル! 恐ろしいやつだ……!
「では、参ります」
「……ハッ、あ、行ってくれ」
フェンタルが俺を乗せて軽やかな足取りで森を疾走する、風を切る音が耳に入る、緑の匂いを運ぶ風が過ぎ去っていく、森から飛び出して平原を疾走する頃には俺はフェンタルと風になっていた。
「次の目的地、エルフの村は一体どんな所だろうな、俺を受け入れてくれるといいな」
「受け入れるでしょう、なんせ貴方様は存在感のあるお方ですから」
存在感か……別に要らないな、それ。
存在感より親しみやすさとか気安さみたいな特性が欲しい、いっそピエロみたいな服でも着て笑ってくれるならそれでもいい。
だってな、俺が人の中にいたい理由は、さみしいからなんだよ……って言ったらフェンタル悲しむかな……。
フェンタル……そういやなんで俺なんかに従うんだ? 皆見たら逃げていく俺にわざわざすり寄ってくるなんて、カイザーフェンリルの血はかなり変わり者じゃあないか?
「そうだフェンタル、なんで俺に従うんだ?」
そう問いかけた瞬間、フェンタルは急ブレーキをかけて止まり俺は前へすっ飛んだ。
「むぎゃ!」
「よくぞ聞いてくださいました! それは貴方様の生き方に惚れ込んだからです、目を付けたのは丁度一年前、貴方様は人の街に堂々と入り込み、人を恐れさせて悠々と帰ってきた、それを何度も繰り返した貴方様はまさに人の天敵です、いついかなる時も貴方様の恐怖を植え付ける姿勢に感銘を受けたのです、付け上がる人間を恐れさせ、自由気ままに旅する様子はまさに我らの始祖たるカイザーフェンリルの生き方、恐れの体現者……私は涎が止まりません……あ、失敬、ともあれ、私たちカイザーフェンリルの末裔はうんぬんかんぬん__」
「よし! わかった! 止まれ! ステイ!」
「ワンッ!」
ようやく止まったか……しかし話しだしたら止まらないなコイツ、執事みたいに冷静かと思ったら尻尾振って早口言葉……まぁ、犬か。
ひとまず分かったことがある、俺はどうにも人間界に居られるギリギリに立っているらしい、評判が……評判が悪すぎる。
人の評判を上げないと……何処かで……俺が無害で可愛らしい存在だとアピールしないと……出なけりゃ勇者でも派遣されそうな勢いだ、勇者居るのか知らないけど。
兎にも角にもエルフの村が拠点となってくれるなら、評判上げるために動けるんだが。
フェンタルの背に乗り直して、俺たちはエルフの村へ再び走り出す、俺が居られるような場所であるように祈りながら。