このスケート漫画の世界で私は漫画を描く   作:クソ眼鏡3号

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雨のち晴れ

 

 

時が流れるのも速いものだ。

司君と電話してから2年の時が流れた。

私はというと何度か週刊誌に漫画を持ち込んで3度目くらいになんとか連載を勝ち取ったはいいものの二年目にして死刑宣告(打ち切り)を宣告された。

 

最終話の原稿が完成したので、私は息抜きに名古屋のスケートリンクに来ていた。

 

なぜ私がわざわざ名古屋に来ているのかというと、普通に打ち切りで心に限界が来たのでその傷を癒す為の旅行だ。あとできればネタを求めての旅行でもある。

 

それに私は少し前までアルバイトをしながら漫画を描いていたのでそれなりの貯蓄はある。

わざわざ名古屋まで来てなぜスケートリンクに来ているのかと言うと、ただ単に私が久しぶりに滑りたくなっただけだ。

 

学生の頃は趣味として司君と一緒に滑ってはいたが、漫画家として本格的に活動するようになってからめっきり滑る事が無くなっていた。

 

スケート靴を履いてリンクに入り、体の重心を意識しながら氷の上を刃が滑る。

 

大体10年ぶりに滑るが、転ばすに滑る事は出来た。

学生の頃は何回も転んだが、多少経験した今となってはジャンプやスピンみたいな技さえしなければ転ばない。

他の客とは接触しないようにひたすら滑る。滑る。滑る。

氷の上を滑っていると唐突にネタが降りてきた。

 

次はフィギィアスケートを題材にした漫画を描いてみるか…

 

いつか描こうとは思っていたが、その度にずっと先延ばしにしていたので今まで描いた事は無かった。

基本的に私は一番好きなジャンルであるバトル物を扱っているのでスポーツを題材とするのは初めてだ。

だが、たまには挑戦するのも悪くない。

幸い、学生時代に司君から散々教えてもらったスケートの知識もある。

やってみる価値はある筈だ。

 

それに司君との約束もあるしな。

 

「ふぅ……」

 

これからやるべき事を頭の中で整理しながらしばらく滑って一休み。

 

やはりこう滑っていると司君の事をどうしても思い浮かべてしまう。

あの電話の後、彼はどうしているだろうか?というかもう長い事直接会ってない…

 

「司君…元気にやってるかな?」

 

ふと小さくそんな独り言を呟いてしまう。

 

感傷に浸るなんて私らしくもない…と我が事ながら笑ってしまう。

 

「5歳5歳って…その歳からバリバリ練習できる子なんてそういないんですよ!」

 

ふと聞いた事のある声が聞こえた。それも声量もデカい声だ。

声のした方向を見るとそこには司君がいた。

 

「司君……?」

 

ああ…久しぶりに会えた。私には気づいていないようだが別にいい。偶然とはいえ今は会えた事実を噛み締めよう。

司君の近くには成人女性が二人。そして小学生くらいの少女がいた。

この光景には見覚えがある。

殆ど忘れているに等しく薄っすらと残っていた記憶が刺激されて、かつてないほど前世の記憶が鮮明に思い出した。

 

……ああ……この光景は……

 

「俺がこの子のコーチになります!!」

 

「コーチとしてスケートを教えます!!」

 

司君の大きな声が響く。

そうだ。あの少女は結束いのりだ。

私が前世で見たアニメでは司君が彼女のコーチになっていたんだ。

 

「この子はここまで1人で覚えてきたんですよ⁉︎今からでも追いつける!」

 

「この子は上達する才能がかなりある!痛みを怖がらない、体幹がいい、人の話が聞ける、意欲がある!」

 

「お母さんが練習にさえ連れてきて下されば絶対に才能を開花出来ると思う!」

 

必死になって結束いのりの保護者に食い下がっている。

その様を私の魂が覚えている。

 

「いや、思うじゃない!」

 

そうだ、私は前世でこれを見たんだ。

 

「俺が!全日本選手権に出場できる選手にしてみせます!!」

 

目から涙が出てきた。

そうだ、前世の時も私はこの場面を見て涙を流していた。

 

たった一話しか見てないけど確かに感動して泣いていたんだ。

 

今になってだが、漸く私は転生したという実感を得た

 

 

 

どうしよう…司君に話しかけたいのに今は()()()()()()()()()()()()()()

 

作家というのは奇妙な体験したらその体験をどうにか形にしたい生き物だ。

転生という奇怪な体験をしている筈なのに、ずっと記憶が朧げでそんな実感が無かったんだ。

前世に見た記憶も正直ずっと半信半疑だったし、司君と接触していてもいまいち信じ切れなかった。

だって司君は私にとって普通の人間そのものだったから。

 

漫画の描きたい欲を我慢出来なかった私はいつの間にか自宅に帰っていた。

 

そして椅子に座り作業机に向かってペンを走らせる。

 

 

キャラクターからシナリオ、そしてコマ割りまで構想は既に頭の中に出来ている。

後は実体化させるだけだ。

 

主人公はフィギィアスケート選手に憧れる少年。

そしてもう1人の主人公はそのコーチとなる成人女性。

 

主人公のモデルは勿論司君だ。スケートを題材とするなら主役は彼しかいない。

そしてコーチの方は…私自身をモデルにしよう。

子供の頃はスケート選手として活躍したが、身体の成長に伴いジャンプが飛べなくなり挫折したスケート選手という事にしよう。

 

前世でアニメの第一話を見ただけの私にはあの後の展開は分からない。

でも、それでいい。

そんな事が描くのを止める理由にはならない。

むしろ燃えてくる。

ここは私の漫画家としての腕の見せ所だ。

 

今まで培ってきた技術の全てをこの漫画にぶつけよう。

 

「おっと、タイトルと主人公の名前を考えないと…」

 

何にしようか…?

やはりここは司君から取っていこう。

そういえば司君の名字はやけに読みにくかったな…

"明浦路 司 “

ここから取るとなると…

 

「よし、決めた」

 

急に降りてきた。

少々気恥ずかしいが、私にとって司君は“そういう"存在だ。

だって私から見た司君はいつも輝いていたから。

 

主人公の名前は司度(つかさど) 太陽(たいよう)

 

そして漫画タイトルは

 

「アポロン」

 

どうかこの漫画を通して誰もが彼の眩しさに気づくように

 

この漫画を通して彼の輝きが伝わるように

 

そう祈りを込めて、私はペンを走らせる。

 

 

 

 

 

 

それから、更に二年の時が流れた。




ちなみに主人公の描いた漫画アポロンの内容は大体コーチと選手の立場が逆転したメダリストです。
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