IS 進化のその先へ   作:小坂井

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後日談です。
この小説が少しでも皆様を楽しませることができたのならば幸いです。応援ありがとうございました。


エピローグ

9年後

 

 

空に広がる雲1つない快晴の日差しが陽気な休日を照らしていく。周囲のカラフルな花弁をした花が風にそよがれて揺れ、甘い花粉を周囲に散らす。その日差しで育てられたこの綺麗で可憐な花畑の中を眼鏡をかけたセミロングで水色の髪をした女性が歩いていた。

 

町から離れ、周囲には花畑と野原が広がっている静かな場所。しばらく歩いていると、1つの小さな家が見えてくる。そこで『彼女達』は暮らしていた。

 

「?」

 

すると、花畑の中で白くて丸い形状の物体がある。近づいてみると、それは日向ぼっこをしながら静かな寝息を立てている一匹の白猫であった。優しく頭や首筋を撫でると、気持ち良いのか喉を鳴らしながら猫耳がピクピクと動く。

 

「サイカ」

 

名前を呼ぶとビクッと体が震え、少しずつ目が開かれる。そのまま大きな欠伸をすると、自分の頭を撫でている女性の手をペロペロと舐める。

 

「久しぶりだね・・・」

 

甘えん坊な猫を抱っこして再び歩き始める。しばらくは女性に抱っこされて嬉しかったのか、ニャアと甘声を出していたが、女性が家に到着したころには暖かな日差しに当てられて再び眠気に襲われてしまったのか、腕の中で眠ってしまっていた。

 

「ふふっ・・・」

 

いつまでたっても変わらない呑気でマイペースな愛猫に小さく微笑むと家のインターホンを鳴らす。だが、いつまでたっても反応がない。

 

「・・・・・・」

 

繰り返し鳴らすがそれでも一向に反応がない。ドアに手を掛けてみると、鍵はかかっておらず簡単に開いた。つまり、家の主が留守ではないということだ。

 

「もう・・・・」

 

呆れたような声を漏らすと、『おじゃまします』と言って家の中に入る。玄関に入ると廊下の奥のリビングからカチャカチャと物音が聞こえてきた。

 

「いるんだったら、出てよ・・・・」

 

「ここは簪ちゃんの家でもあるんだからインターホンなんか鳴らす必要なんてないわよ」

 

「でも、いきなり家に入るのも無礼だし・・・・」

 

どこまでも真面目な妹の簪に料理中の刀奈()は笑いかける。だが、姉妹である2人は大きな違いがある。二十歳を超え、1人の大人らしい姿となった簪と違い、姉である刀奈はあどけない容姿の少女のままであった。おそらく、何も知らない人間に刀奈が姉といっても誰も信じないだろう。

 

それも仕方がないのかもしれない。彼女の体は9年前からーーー16歳の頃から外見は何も変わっていない。唯一変わっていることといえば、昔は短髪であったのに対し、今は髪を伸ばし背中を覆い隠すほどの長さになっていることだろう。だが、髪が伸びただけでも奇妙な魅力が刀奈にはあった。

 

「いいのかな・・・・私、そんなに家に帰れないんだよ・・・・?」

 

「私にとってもあの子(・・・)にとっても簪ちゃんは大切な家族よ」

 

「そういえば、衣音(いおん)は?やっぱり部屋にいるの?」

 

「ええ、ちょうど紅茶とお菓子ができたからあの子を呼んで来てくれる?」

 

「うん・・・」

 

腕の中に寝ているサイカを優しく日光の当たるフローリングに置き、階段を上がっていく。すると、鮮やかなピアノの音色が聞こえてきた。音源と思われる部屋のドアを開けると、電子ピアノの鍵盤に指を走らせている1人の小さな少年がいた。

 

年齢は7,8歳ほどだろうか。そんな幼い外見なのに対し、奏でられる音色には一切の間違いはない。その少年の名前は小倉衣音(いおん)。刀奈の子供にして、簪の(おい)だ。

 

「衣音」

 

「え・・・あっ、簪お姉ちゃん!!」

 

簪の姿を見た途端、嬉しそうな声を出して抱きついてくる。その喜びはまるで親に久しぶりに再会した子供の様だ。いや、姉弟や父親がいない衣音にとって簪も刀奈と同じ数少ない家族なのだ。だが、家族といっても衣音の顔は父親似であまり刀奈や簪と似ていない。唯一の似ているところと言えば、刀奈や簪と同じように綺麗な水色の髪の色というところだけだろう。

 

「帰ってたんだ!!お帰りなさい」

 

「ええ、ただいま衣音」

 

目をキラキラさせている衣音の頭を優しく撫でると、嬉しそうに笑い声をあげる。

 

「お母さんがお茶とお菓子を作っていてくれたから、下に行きましょ?」

 

「本当っ!?じゃあ急ごう!」

 

お菓子やおやつに簡単に釣られる年相応の反応をし、簪の手を引いてリビングへ降りていく。下では既にテーブルにはお茶とお菓子が並べられていた。

 

「ほらほら、座って」

 

椅子に座った簪の膝の上に衣音が座る。簪の膝の上が昔から衣音の特等席だ。簪も膝の上に衣音がいることが嬉しいらしく、腹部に腕を回してギュッと抱きしめる。まるで恋人のような行為だ。

 

「こーら、簪ちゃんが困っているじゃない」

 

「いいんだよ、僕は将来簪お姉ちゃんと結婚するんだから」

 

「無茶いわないの、簪ちゃんもまんざらでもない顔しないの」

 

「し、してない・・・よ?」

 

平穏で微笑ましい日常の風景。すると、家のインターホンが鳴り響く。

 

「僕が出るよ。簪お姉ちゃんとお母さんはここで待っていて。ほら、サイカいくよ!」

 

寝てばかりで動かないサイカの体を抱っこして、玄関の方へ歩いて行った。その光景を見届けると、刀奈は着用していたエプロンで手を拭き、簪と対面する形でテーブルに座る。

 

「衣音・・・いい子に育ったね・・・・」

 

「そうね・・・私としてはもう少し手のかかる子でも良かったんだけど、やっぱりあの人の子なのかしらね・・・・」

 

可愛らしい外見とプロ顔負けのピアノの伴奏。それは父親・・・・いや、正確に言えば精子提供者の遺伝子から引き継がれたものだ。

衣音は自然的な方法で生まれていない。あの子はとある男性ーーーいや、少年の精子とその義姉の少女の卵子、そしてその受精卵を刀奈の体内で人口着床手術されたことによって生み出された3人の遺伝子をもつ子だ。

 

本来は倫理や道徳などで問題となる行為だが、9年前刀奈はその手術を当時高校2年生であった16歳で体験し、翌年の17歳で出産し一児の母親となっている。なぜこうなったのかは刀奈自身も分からない。この実験を行った組織は消息不明となっており、今でも多くのことが謎になっている。

 

もちろん、まともに育てられる自信もなく、この命は人工的に作られたものだ。中絶しようとも考えたが、当時自分を救うために戦い、そして消えていった愛しき者の忘れ形見であるこの子を刀奈はどうしても殺すことが出来なかった。

 

悩んだ末に刀奈は衣音を出産、高校生にして母親となった。その決断は今でも間違っていないと思っている。事件直後、ショックと悲しみでまともに食事もとれなくなり、一日中泣き続け、体力の限界となっては力尽きるように眠り、起きてはまた泣くの繰り返しの日々。

 

栄養剤の点滴によって餓死はなかったが体中がやせ細り、心は弱っていく一方だった。そんな絶望の状態で生きていくためには希望が必要であった。それがたとえ歪なものだとしても。苦悩の末に出産したが、その苦悩はすぐに吹き飛ぶことになる。

 

産まれてきた子が彼にそっくりだったのだ。自分を救うために全てを擲ち、散っていった少年に。それを見た途端、全てがどうでもよくなってしまった。世間体も周囲の目もどうでもいい。この子がいてくれるだけで自分は幸せだ。それを実感するたびに絶望の時とは違う涙をよく流したものだ。

 

だが、高校生にして母親となった以上、刀奈は高校を中退しなくてはいけない身だ。当時、留年という処置から自主退学という処置変更を学園側に申請したのだが意外なことに、学園側の返答は『現在、国家による事件の取り調べによって手一杯のため受託できない。しばらく経ってから再申請しろ』とのことだった。

 

確かに事件後で騒がしいのはわかるが、そこまで切羽詰まっている状態だったのだろうか。ともあれ、それでは勝手に退学するわけにもいかず、ひとまず留年という処置を受け入れ、進級した簪をクラスメイトとした2回目の高校生2年生の生活がスタートした。

 

だが、やはり衣音がいることに対しての批判的な周囲の目は少なくなかった。だが、それと同時に簪をはじめとした同級生やサイカ、そして従者たちによる応援の声があったのも確かだ。おそらく、1人だったら何もかも投げ出してしまっていたほどの重い重荷、それとたくさんの人に支えられたからこそ自分は胸を張って暮らしていけたのだろう。

 

昼間の授業中の時は衣音を医療室に預け、休み時間や放課後はまっすぐ向かい、親子の触れ合いの日々。その幸せいっぱいで優しい日常は少しずつボロボロで傷だらけだった刀奈の心を癒していった。だが、暮らしていくうちにおそらく、学生ならば誰もが苦悩する問題に直面した。

 

学園を卒業した後の進路だ。成績優秀であった刀奈は進学を薦められたが、進学して大学に通うとなると、衣音の面倒は誰が見るのだろうか。いや、根本的な話、衣音は自分なんかといて幸せになれるのだろうか。こんな弱くて脆い自分がこの子と釣り合うとは思えない。

 

幸いなことに自分の代わりとなる人物はたくさんいた。『この子を必ず幸せにすると誓いますわ!!だからお願いします、この子をわたくしに下さい』と勢いよく頭を下げたイギリスのとある貴族の令嬢に、『こいつは将来立派な男になるだろう。それでどうだ?こいつをわがドイツ軍に預けてみないか?私が育て上げよう』となぜか自信満々の表情で提案してきた眼帯ドイツ軍人。

 

その選択肢に苦悩している時、とある事件があった。別に事件と言ってもそんな深刻な出来事というわけではなく、簪と一緒に衣音をお風呂に入れていると、衣音が簪の乳房を刀奈のもとの勘違いして吸い付いてしまったのだ。

 

未知の刺激に裏返った声を出してしまう簪と可笑しな出来事にふふっと笑ってしまう自分。それ以来、やはり衣音は自分が育てていくと強く決心した。もう人口着床や人工受精など関係ない。衣音は自分の腹から生まれてきた子だ。ならば、自分が育てていく。

 

大学への進学を急遽辞退し、衣音を跡取り息子として利用しようとしていた実家とも絶縁。小倉刀奈として、1人の少女としての静かな暮らしを手に入れた。幸いなことに夫が残した莫大な財産とこの別荘があり、生活が安定するのもそう難しくはなかった。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

 

「ん?何?」

 

「お姉ちゃんは・・・・その、再婚とかしないの?」

 

この家で住んでいるのは刀奈と衣音、そしていつも寝てばかりのサイカだけで、簪も仕事でたまにしか帰れていない。兄弟や父親がいない2人だけでは少々寂しいだろう、もちろん刀奈もそれは感じていたのだが、ここに引っ越してきて以来、交際や結婚はすべてお断り状態だ。

 

「私はずっとあの人の帰りを待っているの。だから、ほかの人と結ばれるつもりはないわ」

 

年不相応の美貌を持つ刀奈が町を歩いて入れば、声を掛けてくる男は少なからずいた。一回だけだが、求婚もされたこともある。だが、その男の目をみれば、自分の身体と財産を狙っていることは一目瞭然だった。それ以来、人との関わりを無意識に避けているのだ。

 

「いっそのこと、将来、大人になった衣音を簪ちゃんがもらってくれたら安心なんだけどね・・・・」

 

「お姉ちゃん、倫理」

 

心配症の末期症状のゆえか、奇想天外すぎる提案にツッコミをいれるが、まんざらでもない様子だ。すると、玄関にいっていた衣音がサイカを抱っこしながらリビングへ戻ってきた。

 

「衣音、どんな人が来てたの?」

 

「ええっと、何か変なお兄ちゃんだった」

 

「変なお兄ちゃん?」

 

「うん、髪が長くて片目が紅く輝いていて・・・・なんでか分からないけどその人にいつも寝てばかりのサイカが妙に懐いていたんだ。それで『小倉刀奈っていう女性はいるかい?』だって」

 

身に覚えのない来客にしばらく考え込む。だが、呼ばれた以上はいつまでも待たせるわけにはいかないだろう。衣音を簪に任せ、出迎えに行く。

 

「はい、私に何か用ですか・・・・っ!?」

 

そう言い玄関に出た時、声が止まる。刀奈を呼んだのは10代と思わしき1人の少年であった。顔は中性的で長い髪、左目には鮮やかで美しい紅い瞳。そして自分と同じ9年前から全く変わらない外見。

 

「っ・・・うぅぅ・・・ぐすっ・・・」

 

なつかしさを通り越して、安心感すらを感じさせる彼の姿を見た途端、目から涙があふれ出てしまう。彼の前で情けないと思ってはいるが、刀奈の気持ちとは反対に涙は止まらない。頬を伝う涙を拭くよりも早く歩みを進めると、少年に抱きつく。

 

「グスッ・・・おかえりなさい・・・・」

 

嗚咽や涙でまともに話せない様子の言葉に反応したように少年もゆっくりと刀奈の体を抱きしめる。それと同時に、外の花畑の中で静かに佇んでいた赤と白のカラーリングをした少年のものと思われる人型の機体が光の粒子となって消えていく。

それは少年が武器を捨てて生きていくことができた瞬間であった。

 

 

 

今まで数え切れないほどの困難があった。終わらない悲しみと苦しみ。だが、人の歴史が繰り返すように福音は告げられた幸福と祝福を繰り返させる。ひとまず、これでこの物語は終わりを迎える。しかし、それは新たな物語の始まりでもあった。

 

運命に定められた少年は父親から力を、母親からは優しさを受け継ぎ、守るべきもののために戦い続ける。だが、それはまた別の物語。

 

これまでのどんな苦悩や困難にも負けず、挫けず、諦めず、『それでも』といい立ち上がり続けた今までの自分に、そして学ばせてもらった全ての方々に感謝します。

 

END

 

 




また別の作品でお会いしましょう。
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