北陽学園。
その名前を、千堂扉間は何度も資料で読み返していた。
――パーフェクトサッカー。
そう呼ばれるプレースタイルを掲げる学校。 感情論でも、才能任せでもない。 全てを数値化し、再現性を求め、勝利を「設計」するサッカー。
扉間は、その思想に一つだけ安心していた。
(……天才のひらめきじゃない)
積み上げた者が勝つ。 理解した者が支配する。
ならば。 努力で殴り倒せる。校門をくぐりながら、扉間は思う。才能に負けたのではない。 努力量で負けたのでもない。
――覚悟で負けたのだ。
だから今回は、最初から間違えない。使えるものは全部使う。 自分すら、使い潰す。
◆
「次、入部試験の実技を行う」
グラウンドは静かだった。 無駄な声出しもなければ、意味のない円陣もない。全員が、淡々と準備している。まるで実験場だ、と扉間は思った。
(いいな)
感情が介入しない場所は、好きだ。
「課題はシンプルだ」
指導役の教師が言う。
「指定コースへシュートを決めろ。 再現性を見る。一度きりの奇跡はいらない」
その言葉に、扉間の口元がわずかに歪む。
(奇跡なんて、最初から期待してない)
◆
ボールを足元に置く。
芝の感触。 風向き。 ゴールまでの距離。 キーパーの重心位置。全部、事前に叩き込んだ通り。ここに立つ未来を想定して、 何百回も庭で再現してきた。 才能がないなら、 未来を先に練習すればいい。
(ズレは……3センチ以内)
助走は短く。 無駄な力は使わない。爆発力ではなく、精度狙うのは、最も「成功率が高い」一点。――振り抜く。
乾いた音が鳴った。ボールは一直線に走り、 指定された枠へ吸い込まれる。
◆
「……合格だ」
評価は、それだけだった。歓声もない。 称賛もない。ただ、結果だけが置かれる。扉間は、それを聞いても表情を変えなかった。
(当然だ)
喜ぶ理由がない。 これは通過点ですらない。天才たちは、こんな場所で止まらない。なら、自分も止まらない。
◆
グラウンドを後にしながら、扉間は静かに考える。この学校は合理的だ。 だからこそ――潰しがいがある。
(待ってろよ、天才ども)
追いつくんじゃない。引きずり下ろす。そのために、 自分が壊れることすら計算に入れている。
◆
入部手続きを終えた直後、扉間はその足で二年の部員たちのところへ向かった。
練習準備をしていた先輩たちが、不思議そうにこちらを見る。
「あの、少し時間をください」
「……一年?」
視線が集まる。 普通なら萎縮する場面だったが、扉間は一切気にしなかった。
「必殺技と、タクティクス。 知っていることを、全て教えてください」
「…………は?」
一瞬、空気が止まった。
「いやいや、全部って何だよ」「まだ入ったばっかだろ?」「段階ってもんがあるからな?」
当然の反応だった。 北陽学園のサッカーは“積み上げ”が絶対だ。 基礎の理解、身体の適応、理論の習得。 順序を飛ばすこと自体が非合理とされている。
だが扉間にとっては、その順序こそが最大の敵だった。
「時間がないんです」
短く、それだけ言う。
「……悪いが、それは無理だ」
きっぱり断られた。
「必殺技は知識だけでできるもんじゃない。 体が出来てなきゃ壊れるぞ」
「そうですか」
扉間はあっさり頷いた。
そして、
「なら、自分でやります」
「……は?」
◆
放課後。
誰もいないグラウンドの隅で、 扉間は一人ボールを蹴り続けていた。
フォームを試す。 重心を変える。 助走角度を調整する。
失敗。
もう一度。
失敗。
それでも止めない。
(知識はある)
理論も。 身体の使い方も。 成功する動きも。足りないのは、 それを実現できるだけの肉体だけだった。
「……もう一回だ」
才能がないなら、 再現回数で上回ればいい。出来ないなら、 出来るまで回数を重ねればいい。それが、凡人の唯一の戦い方だ。
◆
「……何してるの?」
不意に声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのは自主練をしていた選手――空宮征だった。
「同じ一年、だよね? さっきから見てたけど……その動き、無茶だよ」
扉間の練習は明らかに負荷過多だった。 普通なら止められるレベルの反復。
「無茶をしすぎてる」
冷静な指摘。だが扉間はボールを拾い上げながら答える。
「強くならなければならないんです」
息は荒い。 足も震えている。それでも、止める理由にはならなかった。
「俺は―― 誰よりも最強にならないといけない」
◆
空宮は、言葉を失った。夢を語っているわけじゃない。 情熱を燃やしているわけでもない。まるで義務のように、 自分を追い込んでいる。
(……え、何この人)
正直、少し引いた。
「いや……最強って……」
返す言葉が見つからない。好きだからやっている顔じゃない。 勝ちたいからでもない。
ただ、 何かに追われている人間の顔だった。
◆
北陽学園の合理的な環境の中で、千堂扉間という、 最も非合理な努力をする一年生が現れた。理論でも、才能でもない。
執念だけで、 天才を倒そうとする選手が。
これはこれは一番難しい。AI だととても難しい