入学から、しばらく経った。
結果だけを言えば―― 千堂扉間は、二軍にすら入れていなかった。
◆
北陽学園の練習は徹底していた。数値。 連動。 判断速度。 ポジショニングの最適化。扉間は理論試験では上位にいた。 動きの理解度も悪くない。
だが。
「再現性が足りないな」「動きが単独だ。全体設計に噛み合ってない」
評価は、どこまでも冷静だった。必殺技の習得数も、 自主練の量も、 誰より多いはずなのに。試合形式になると、評価は落ちる。
(……分かってたことだ)
自分は天才じゃない。 最初から、同じ土俵に立てていない。
分かっていた。 理解していた。
それでも――
悔しさだけは、どうしても消えなかった。
◆
ある日の放課後。扉間は、これまで無茶に付き合わせたことへの整理をつけるため、 グラウンドにいた空宮征のところへ向かった。
「……少し、いいですか」
「ん? ああ」
以前のような張り詰めた空気ではなかった。 だが、どこか気まずい。
「今までの無茶、すみませんでした」
扉間は頭を下げた。
「え、急にどうしたの」
「焦っていました。 自分だけで何とかしようとしていた」
空宮はしばらく黙ってから、小さく息を吐いた。
「……まあ、危なっかしかったのは事実だけどさ」
それ以上は責めなかった。
◆
その帰り道。扉間の頭の中では、別の思考が回り続けていた。
(このままじゃ、届かない)
北陽学園の完成度は高い。 合理的で、隙がない。
だが――
(王者雷門には、届かない)
理想的であることと、 勝てることは、同義じゃない。扉間の脳裏に浮かんでいたのは、 かつて別の舞台で使われた戦術だった。
名前は出さない。 まだ、ここで語るべきものではない。ただ一つ言えるのは。
(“秩序を崩すタクティクス”が必要だ)
◆
翌日。扉間は数人の部員に声をかけていた。
「少し、付き合ってほしい練習があります」
「自主練? 何やるんだ?」
扉間はスマートフォンを取り出し、 一つの動画を見せた。
そこに映っていたのは―― フィールド全体を巻き込む巨大な竜巻。
選手が吹き飛ばされ、 守備陣形が完全に崩壊していく映像。
「……何これ」
「いや、これサッカーか?」
「キーパーまで動かされてるんだけど」
当然の反応だった。
「グリッドオメガ、という戦術です」
静かに、扉間は言った。
「フィールド支配型のタクティクスです」
「支配っていうか、これ無法だろ……」
「さすがに公式戦じゃ無理じゃないか?」
全員が困惑していた。北陽の理念は“再現性”と“合理性”。 こんな破壊的な戦術は真逆に位置している。受け入れられるはずがない。
それでも扉間は、 一人ずつ、言葉を選びながら話した。
「完成されたサッカーだけでは、 完成された相手には勝てないかもしれません」
押し付けない。 否定もしない。ただ、問いかける。
「王者雷門に勝つために、 想定外を一つも用意しないままでいいんですか」
◆
その言葉に、 誰もすぐには答えられなかった。合理を貫いてきた北陽にとって、 “例外”を認めるというのは簡単な話ではない。
だが同時に。
その提案が、 完全な間違いとも言い切れなかった。
◆
こうして。
北陽学園の片隅で、 極めて異質な特訓の準備が始まろうとしていた。
理論のチームに、 嵐を持ち込もうとする一年生の手で。
やばいってばよ 使ってしまえば、それが最後やばすぎるものが誕生した