転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

1 / 25

アニメ見て書きました。躯倶留隊の人たちって実力的にはどんなもんなんでしょう?


第一話:転生

 

 

 テレビの音が、部屋の空気を薄く震わせていた。

 深夜のワンルーム。机の上には飲みかけの水と、読みかけの漫画。カーテンの隙間は真っ黒で、外の世界はもう眠っている。

 

 薄暗い空間の中、光源はテレビのみ。

 そのテレビの画面の中で、禪院真希が暴れていた。

 

 刃物でもない。呪力でもない。

 ただの肉体。極限まで研ぎ澄まされた暴力。

 向かってくる相手の腕が捻じ切れ、胴が裂け、床に落ちた血が赤く滲む。アニメのはずなのに、音が妙に生々しい。骨の軋み、肉が離れる瞬間の湿った破裂音。あれを音響で作ってる人間がいると思うと、別の意味で怖い。

 

 俺は息を止めて見ていた。

 興奮は確かにある。原作でも十分えげつないのに、動いて声が付くと、残虐さがさらに跳ね上がる。真希が強い。強すぎる。相手の理屈の外側で勝っている。

 

 だけど──画面の端で、紙くずみたいに吹っ飛ばされる奴らに、ほんの少しだけ同情も湧いた。

 俺は聖人じゃない。善人でもない。

 ただ、敵として立った瞬間に「もう戻れない」って決められて、何もできないまま散っていくのは、見てて少し胃が冷える。

 

 躯倶留隊(くくるたい)

 禪院家の雑兵。規律の鎧を着た捨て駒。

 名も顔も、画面の中では「まとまり」として一緒くたに処理される側。

 

 真希の一撃が、隊列を崩壊させる。

 見ている俺の指先が、知らないうちに汗ばんでいた。まるで俺がその場にいるみたいに、呼吸が浅くなる。

 

 ──こんなの、少年誌って枠に収まる映像じゃない。

 そう思いながらも、目が離せない。

 

 エピソードが終わって、エンディングが流れる。

 音楽がやけに優しくて、さっきまでの血の匂いを上書きしようとしてくる。

 

 時計を見る。

 完全に次の日に両足を突っ込んでいる時間だった。

 

 俺はリモコンでテレビを消した。

 部屋が一気に静かになる。耳鳴りみたいに、さっきの破裂音が頭の奥に残っている。

 

 布団に潜り込むと、冷えたシーツが体温を奪って、現実へ引き戻された。

 

 目を閉じる。

 暗闇の中で、真希の動きが残像みたいに踊る。

 

 (躯倶留隊になってみたいな…)

 

 そんなことを、半分冗談で考えた。

 

 正確に言うと、なりたいのは“躯倶留隊”そのものじゃない。

 ああいう、物語の本筋の外側で使い捨てられる存在を、もう少し近くで見てみたい──そんな歪んだ好奇心から生まれた願望。

 

 どうせアニメだ。

 フィクションの中なら、痛みも怖さも、どこか他人事のままでいられる。

 

 そのまま、瞼が重く落ちていった。

 意識は、じわじわと沈んでいく。

 最後に聞こえたのは、自分の呼吸の音だった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 温かい。

 最初に感じたのは、それだけだった。

 

 湯船に浸かっているような、体の輪郭が溶ける感覚。

 浮いているのか沈んでいるのか、区別がつかない。

 何か柔らかい膜に包まれて、外の刺激から隔離されている。安心。鈍い幸福。

 

 ──俺、風呂入ってたっけ。

 そう思った瞬間、考えがそこで止まった。

 

 思考を伸ばそうとすると、頭が重い。

 脳みそに鉛が詰まっているみたいに、言葉が奥へ沈んでいく。

 体も動かない。腕を上げようとしても、上げ方が分からない。動かすという概念が、曖昧だ。

 

 それなのに、不思議と焦りはなかった。

 動けなくてもいい。考えなくてもいい。

 何もしなくても、生きていける。

 

 その感覚が、とても甘い。

 甘いというか、怠惰で、優しい。

 俺が普段、意識して抑え込んでいる“曖昧な未来への恐怖”を、丸ごと溶かして消してくる。

 

 起きているのか、寝ているのか。

 境界がなくなる。

 時間も、伸びたり縮んだりする。

 

 どれくらい経った。

 一週間か。

 一カ月か。

 それとも、もっとか。

 

 一瞬みたいにも感じるし、永遠にも感じる。

 ただ、温かさだけが続く。

 

 ──そして、世界が揺れた。

 

 温かい空間が狭まる。

 四方から圧がかかって、俺の居場所が押し潰される。

 さっきまで“守られていた”はずの膜が、今度は“追い出す壁”に変わる。

 

 嫌だ、と思った。

 今さら外へ出るのは嫌だ。

 何もしないで生きていける場所を奪うな。

 

 でも、抵抗ができない。

 体が言うことを聞かない以前に、抵抗という発想すら薄い。

 ただ、圧に押され、流され、出口へ向けて運ばれる。

 

 出口。

 いつの間にか空いていた穴。

 そこに、頭から突っ込む。

 

 ひどく狭い。

 壁が粘ついて、全身が擦りつぶされる。

 息が──息というより、空気が必要だという感覚が、急に襲ってくる。

 

 胸が苦しい。焦燥が熱に変わる。

 

 俺は押し出される。

 狭い道を、無理やりくぐり抜ける。

 

 そして──光。

 

 光が、目に刺さった。

 容赦なく。

 まぶしさが痛みになるほどの光が、目玉の奥を焼く。

 

 刺激を感じた瞬間、俺は声を上げた。

 泣き声。

 叫びに近い、喚くような泣き声。

 

 止めようとしても止まらない。

 俺の意志とは無関係に喉が勝手に震えて、肺が勝手に空気を吐き出し、体が勝手に泣き喚く。

 

 情けない。

 もっと平然としていたいのに、肉体はそれを許さない。

 

 しばらく泣いていると、何か大きな存在が俺を持ち上げた。

 重力の向きが変わる。

 

 揺れる。

 

 抱え上げられて、宙に浮く。

 

 大きな影が落ちて、光が遮られた。

 まぶしさが和らぐ。

 ようやく目を開けられる。

 

 そして視界に飛び込んできたのは──巨大な男の顔だった。

 

 目が近い。

 鼻がでかい。

 肌に刻まれた傷が、顔に何本も走っている。

 その傷が、古いものと新しいものとで混ざっていて、こいつが“日常的に危険と隣り合わせの場所”で生きてきたことを無言で示している。

 

 俺は内心で「巨人か!?」と思った。

 だがすぐに気づく。

 

 違う。

 世界が大きいんじゃない。

 俺が小さい。

 

 視線を下げる。

 自分の手が見えた。

 

 短い。驚くほど短い指。ふにゃふにゃの掌。

 爪も薄い。皮膚も柔らかい。握ろうとしても、うまく握る力がない。

 

 ──赤ん坊だ。

 俺は、赤ん坊になっている。

 

 巨大な男は俺の顔を覗き込みながら、さらに口を開いた。

 声がでかい。空気が震える。

 

 「男だ! 男だぞ!」

 

 それがどうした。

 俺は男だ。

 内心でそう返したが、口から出たのはまた泣き声だった。

 

 男は興奮している。

 手が震えているのが分かる。

 こっちは揺らされるだけで酔いそうだ。

 

 (夢、だよな…?)

 

 俺は状況を整理しようとする。

 

 ここまでリアルな夢はそうそうない。

 感触がある。温度がある。匂いまで薄く漂ってくる。血の匂いだけじゃない、乳と汗の匂い、湿った布の匂い。生活の匂い。

 

 明晰夢ってやつかと当たりをつける。

 夢だと自覚しながら見る夢。

 そう考えれば筋は通る。俺はアニメ見た直後に寝たし、脳が勝手にそれに近いものを作ってるだけ──

 

 そう思ったところで、巨大な男が爆弾を落とした。

 

 「女だったら躯倶留隊の玩具にでもするしかなかったが…、──男なら家督を継げる!」

 

 (……は?)

 

 耳が一瞬、理解を拒否した。

 言葉の意味は分かる。だが、分かりたくない。

 

 男はさらに続ける。興奮したまま、俺を掲げるようにして。

 

 「もし術式を持っていれば、"(へい)"に連なることも夢ではないぞ!」

 

 躯倶留隊。

 術式。

 炳。

 

 単語が、脳の奥の“呪術廻戦フォルダ”を正確に叩いてくる。

 夢のはずなのに、言葉の重さが現実みたいに刺さる。

 

 男は視線を俺から外して、別の方向へ顔を向けた。

 そこにいる誰かに向けて、豪快に笑う。

 

 「よくやった! よく産んだ!」

 

 返事は聞こえない。

 だが、すすり泣きの音がした。

 女の気配。

 嬉しそうに泣いている。喜びで涙が出るタイプの泣き方だ。

 

 俺は泣くどころじゃなかった。

 背筋が冷える。

 

 男尊女卑?

 まあ、今の発言だけで胸糞悪いが、そこは二の次だ。

 

 問題は別。

 躯倶留隊、術式、炳──

 

 ここ、呪術廻戦の世界かよ。

 しかも禪院家。

 

 口に出せない。

 赤ん坊の口から出るのは意味のない音だけだ。

 だから心の中でだけ、淡々と呟く。

 

 (……最悪だ)

 

 俺はテレビの前で、冗談半分に「躯倶留隊になってみたい」なんて考えた。

 考えたけど、あれは“画面越しの安全圏”で言ったことだ。

 

 現地では違う。

 禪院家は、あの世界の中でも一際ヤバい部類の地獄だ。

 しかも、男として生まれたことが「良かった」扱いされている。

 つまり、この家の価値観は俺が知ってる通り、腐ってる可能性が高い。

 

 男はまだ女──おそらく俺の母親に褒め言葉を投げ続けている。

 俺はその腕の中で、遠い目をした。

 

 夢なら、早く覚めてくれ。

 ただそれだけを、祈った。

 

 だけど──

 この腕の温度は、夢にしては妙に現実的だった。

 傷だらけの頬が近づくたび、皮膚のざらつきまで見える。

 泣いた喉の痛みも残っている。

 

 嫌な予感だけが、静かに確信へ変わっていく。

 

 俺は、赤ん坊の体で、心の中だけは冷静に言う。

 

 (落ち着け。まず状況を見ろ)

 

 夢でも現実でも、まずは情報だ。

 この家がどこで、俺が誰で、いつの時代か。

 禪院家の内部か、分家か。

 

 女が躯倶留隊の“玩具”なんて言われる程の文化があるなら、相当根が深い。

 

 巨大な男が、ふっと俺を抱え直した。

 視界が揺れて、部屋の様子が少しだけ見える。

 

 畳。

 古い柱。

 障子の紙の薄さ。

 どこか広い屋敷の一室。湿った木の匂い。

 金持ちの清潔さだけじゃない。歴史の埃っぽさがある。

 

 笑えないほど、禪院家っぽい。

 

 俺はもう一度、祈りを更新した。

 夢なら覚めてくれ。

 覚めないなら──せめて術式をくれ、俺を躯倶留隊にしないでくれ。

 

 そんな願いごとをするくらいしか、今の俺には出来ることはなかった。

 

 

 

 

 





ネタバレ:主人公は躯倶留隊になります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。