転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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躯倶留隊の隊士って全員最低でも準二級くらいはありそうですよね(何年も日夜武芸に励んでいるんだし)。


第八話:入隊試験(弐)

 

 

 

 絶望の空気が、中庭の隅々まで染み込んでいた。

 霜の匂い、土の匂い、汗の匂い。

 それらが混ざって、鼻の奥に残る。

 

 武彦は地面に丸まって動けない。

 白い隊服の下で肩が小さく上下している。

 息を吸うたびに痛みが走るのか、断続的に喉の奥から擦れた呻きが漏れていた。

 

 俺たちの中の誰も声を出せなかった。

 つい数分前まで喚いていた子供たちも、今は唇を噛んで沈黙している。俺も同じだ。

 

 (ヤバい…めちゃくちゃ怖くなってきた…)

 

 呼吸が浅くなる。拳が震えそうになるのを堪える。

 怖いのは直接的な痛みだけじゃない。

 戦う意思のない子供相手に平然と滅多打ちにできる、相手の精神性が何よりも恐怖だった。

 

 信朗が欠伸まじりに言った。

 

「次だ。誰でもいいから出てこい」

 

 軽い言い方。

 軽いのに、容赦がない。

 声が届いた瞬間、子どもたちの肩が一斉に跳ねた。

 

 ……出ていけるわけがない。

 

 武彦が滅多打ちにされるのを見た直後だ。

 あれが、負けたら見る痛(・)い(・)目(・)だと理解したばかりの子どもが、前に出るわけがない。

 

 数秒間、誰も動かない。誰も喋らない。

 時間がやけに長く感じる。

 寒さが足元から上がってきて、足が固まる。

 

 信朗が溜息をついた。

 

「じゃあこっちで決めるぞ。次は……」

 

 その言葉の途中で、俺は無理やり身体を動かして前に出た。

 そして地面に転がっていた木刀を拾う。

 

 「げ、源之助…」

 

 後ろから心配そうな芳樹の声が聞こえる。

 だが、それどころじゃない。

 

 (あぁ…やっちまった…。出てきちゃった…)

 

 内心では心臓バクバクだった。

 鼓動が耳にまで響いてうるさい。

 それでも、ここで出るしかない。

 

 ──やるなら初めの方がいい。

 

 そう判断した。

 もし自分の番が遅れたら、恐怖で心が折れる。

 これは実質的な"処刑"みたいなものだ。

 順番を待つ時間が一番きつい。仮に最後まで残ったりしたら、俺は想像だけで死ねる。

 

 信朗が俺を見て、少しだけ口角を上げた。

 

「ほぉ……」

 

 感心というより、面白い玩具を見つけた顔だ。

 

「名前は?」

 

 俺は感情を見透かされないように答えた。

 

「禪院源之助、です…」

 

 木刀を構える。

 正眼。

 何度も庭で振ってきた型。

 だけど、今の俺の腕は固い。肩に力が入りすぎている。自分でも分かる。

 

 信朗が顎を動かす。

 それに応じて隊士の列から一人が出てきた。

 木刀を拾い、同じく正眼に構える。

 

 奇しくも同じ構えで向かい合う。

 

 だが、構えの完成度が違う。

 こっちは型(・)を(・)知(・)っ(・)て(・)る(・)だけ。

 相手は型(・)を(・)理(・)解(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 経験差がありすぎる。

 純粋な剣術では、勝ち目はない。

 

 なら──。

 

 俺は相手から視線を外さず、体内の呪力の流れを整えた。

 全身に散らして、ピタリと止める。

 意識して肩の余計な力を抜く。

 一度深く息を吸って、吐く。

 

 信朗が言った。

 

「始め」

 

 瞬間、俺は呪力を足に集中させた。

 踵から床を蹴る。

 冷たい土を削って、一気に距離を詰める。

 

 あえて最初は全身に呪力を散らすことで、速攻は仕掛けてこないというブラフをかけた。

 

 おそらく俺を舐めていたのだろう。

 まんまとブラフに引っ掛かった相手が目を見開く。

 

 (よし…!)

 

 俺はこちらの技が通じたことに、思わず喜ぶ。

 こちとら生まれてからずっと呪力操作の練習ばかりしてきたんだ。通じてくれなきゃ困る。

 これが通じなかったら、俺の十年は何だったんだという話だ。

 

 俺は相手の不意をつくように斬りかかるが、やはり相手も大したもの。即座に体勢を整え、受ける姿勢になる。

 

 木刀がぶつかった。

 乾いた衝撃。

 硬い木と硬い木が噛み合う。

 

 鍔迫り合い。

 距離がゼロになる。

 相手の呼吸の匂いが分かるほど近い。

 

 ここまでは想定通り。

 問題は、ここからだ。

 

 鍔迫り合いはただの力勝負じゃない。

 角度、重心、体格、足の位置、肩の柔らかさ。

 様々な要因が積み重なって、勝敗が決まる。

 

 俺は力自体は出せる。呪力で補うことができる。

 何だったら相手を上回っているだろう。

 

 だが、身長差が致命的だった。

 

 相手が体重をかけてくる。

 重力が相手の味方だ。

 じわり、じわりと押されていく。

 こちらの腕は耐えているのに、身体の位置が下がっていく。

 

 膝が地面に近づく。

 俺は歯を食いしばった。

 

 (クソが…!)

 

 力では勝っている。だけど土台が低い。

 大人と子供の体重差は、それだけで武器になる。

 

 膝が地面につきそうになった瞬間、俺は木刀を横滑りさせた。

 鍔迫り合いで分が悪いときに使う引き技。

 相手の力を受け流し、体勢を崩す柔法。

 

 だが、所詮は付け焼き刃。

 熟練の相手に通用するはずがない。

 

 案の定、隊士は瞬時に腰を落とし、崩れるのを防いだ。

 そしてすぐに木刀を横薙ぎに振る。狙いは俺の顔面。

 

 俺の防御は間に合わない。

 木刀が顔面を叩けば、脳が揺らされて武彦みたいに膝から落ちる。

 その後は滅多打ちだ、痛い目どころじゃない。

 

 ──だが。

 

 木刀は、俺に当たらなかった。

 

 振られた木刀は、半ばから先が消えていた。

 次の瞬間、カランッ、と音が鳴る。

 やけに軽い音。

 それは、切断された木刀の先端が地面に転がる音だった。

 

 木刀の断面は滑らかだ。

 まるで真剣で切られたみたいに、木の繊維が整っている。

 

 隊士が動揺した。

 

「なっ──!?」

 

 その隙を、俺は逃さなかった。

 

 俺は木刀を下から振り上げる。

 呪力を一瞬で腕に集中させ、速度を増す。

 

 ガチンッ、と今度は鈍い音がした。

 隊士の下顎がかち上がる音。

 

 黒いマスクの内から白い歯が飛んだ。

 隊士は白目を剥き、体が後ろに折れる。

 そしてそのまま膝が崩れ、隊士は地面に倒れた。

 

 中庭の空気が、再び止まる。

 誰かの息を呑む音が響く。

 

 信朗が言った。

 

「勝負あり」

 

 その声だけが、妙に軽い。

 信朗は俺を見て、口元を歪めた。

 

「どうする? そいつがムカつくなら、滅多打ちにしてもいいぜ」

 

 俺は悪い意味で驚く。

 

 (コイツ、本当に隊長かよ…。仲間をなんだと思ってやがる)

 

 心が冷える。

 だが同時に理解する。

 躯倶留隊では、これが通常運転なのだ。

 さっき武彦を滅多打ちにしたのも、ただの見せしめじゃない。

 

 術式をもたない落ちこぼれが集まる部隊なのだから、歪むのも当然と言えば当然だろう。

 むしろこちら側もやっていいのだから、ある意味フェアと言えるかもしれない。

 

 (まぁ、俺はやらないけどな…。真希に殺されたくないし)

 

 俺は首を横に振る。

 信朗はどうでも良さそうに「そうか」とだけ言った。

 

 「つーか問題はコイツだよ。現役隊士のくせして、入隊前の子供に負けるなんざ恥晒しもいいとこだ。コイツは3日間飯抜きだな」

 

 信朗が倒れた隊士になにやら小言を言っている。

 俺はそれを尻目に、乱れた息を必死に抑える。

 紙一重の勝負だった。

 まだ勝った実感が湧いてこない。

 

 こちらを向いた信朗が今度は明確に感心した声で言った。

 

「お前はガキのくせにやるじゃねぇか。大した呪力操作だな」

 

 (見えていたのか……)

 

 鍔迫り合いの時、俺は呪力を全身にバランスよく散らしていた。鍔迫り合いは全身運動、どこか欠けたら一気に持っていかれる。

 だが俺は横滑りさせた瞬間に、それを木刀に集中させた。

 

 呪力を刃にする。

 木刀の表面を鋭く硬化させ、相手の木刀の呪力防御を突破して“切る”。

 

 木刀に呪力を纏わせること自体は、何度もやったことがある。だがそれを一瞬でやるのは初めてだ。

 つまり出来るかどうかは賭けだった。

 だが、成功した。

 俺は土壇場で自らの殻を破ってみせたのだ。

 

 俺は安堵の息を吐いた。

 肺の奥が痛い。

 冷気が深く刺さる。

 試練をクリアしたという実感がやってくる。

 

 (……なんとか、生き残った)

 

 そう思った瞬間だった。

 

 信朗が哀れむように言った。

 

「だがすまねぇなぁ……」

 

 嫌な予感が、背骨を這った。

 心臓がまた早鐘を打つ。

 

「うちの慣習として、まず最初はボコすって決まってんだ。だから──」

 

 俺の頭が真っ白になる。

 絶望が這い寄ってくる。

 

 そして──決定的な言葉が吐かれた。

 

「──負けるまでやってもらうぜ」

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 (……ははは)

 

 愕然とした。

 もはや笑うしかない。

 

 いくら折られるための儀式だとしても、そこまでするのか。

 勝っても意味がない。

 勝ったら終わりじゃない。

 勝ったら次が来る。

 

 最悪のわんこそば方式。

 

 (畜生が…。クリアなんて、はなから存在しねぇのかよ)

 

 俺は呪詛を吐き捨てる。

 儚い希望の最後の最後、相(・)手(・)に(・)勝(・)つ(・)という糸みたいに細い希望すら、向こうの一存であっさりと千切られた。

 

 後ろの子供たちも呆然としていた。

 子供たちの中の一人が嘔吐する。

 芳樹が唇を震わせ、目から涙を溢す。

 

 そりゃそうだ。

 俺が相手に勝ったことで、ほんの少し希望が生まれてしまったのだろう。自(・)分(・)も(・)や(・)れ(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)、と。

 その希望が、今ここで踏み潰された。

 

 相手に勝とうが勝つまいが関係ない。

 

 最初から俺たちには、滅多打ちにされる以外の道は用意されていなかった。

 たとえ勝っても、負けるまで続けさせられる。

 そして負けたらボコされる。

 つまり──全員、等しく折られる。

 

 信朗がだるそうに身体を伸ばした。

 首を回し、肩を鳴らす。

 軽い準備運動みたいな動きが、逆に恐ろしい。

 

「だがお前相手だと、平隊士じゃ厳しそうだな……」

 

 信朗は顎に手を当てる。

 

「しょうがねぇ。次は俺が──」

 

 その瞬間。

 

「待て」

 

 声が響いた。

 

 重い。

 力を感じさせる。

 命令じゃないのに、命令になる声。

 

 信朗も、隊士たちも、子供たちも、同じ方向を見た。

 

 そこにいたのは、長い髪を後ろで束ねた壮年の男だった。

 ポニーテールのようにまとめられた髪が、風でわずかに揺れる。

 顔には薄い皺。目は細く、冷たい。

 

 俺は今日何度目になるか分からない驚きを飲み込んだ。

 

 (……マジかよ)

 

 禪院扇。

 

 直毘人の弟。

 真希と真依の父。

 禪院家の負の面を煮詰めたような男。

 覚醒した真希に最初に殺される存在。

 

 その扇が、何でもないかのように言った。

 

 

 

 

 

「その小童とは、私が立ち合おう」

 

 

 

 

 

 

 




もしかして扇さんが助けてくれると思った〜!?
ここは禪院家だぞ。

さす禪からのさす扇。
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