転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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扇が出た途端感想がめちゃくちゃ増えました。
やはり、扇は五条や宿儺に並ぶ人気キャラですね。


第九話:入隊試験(参)

 

 

 

 中庭の空気が、一人の男の登場で一変する。

 子供たちの絶望感が満ちていた空気から、隊士たちの緊張が満ちる空気へ。

 

「その小童とは、私が立ち合おう」

 

 声が落ちた瞬間、空気が沈んだ。

 言葉がたんなる音ではなく、"重さ"をもって響く。

 

 そして男が、庭に降り立った。

 

 禪院扇。

 禪院宗家の一員にして、新当主の弟。

 禪院家の支配者階級の一人。

 

 ──見た目が、俺の記憶と違う。

 

 直毘人も若かった。けど、扇の若さはもっと顕著だった。

 肌の張り、髪の艶、動きの無駄のなさ。

 原作で見た、あの()()()()()()()()()()()じゃない。

 まだ老いを肌の内側に隠せる時期の顔だ。

 

 (……え、今コイツ「私が立ち合おう」って言った?)

 

 俺は内心、耳を疑う。

 

 そもそもこの場に扇が来る理由がない。

 入隊試験なんて、新当主のお披露目式に比べれば塵みたいな行事だ。

 炳でもない、雑兵候補の子供をいたぶる儀式に、何でコイツが出張ってくる。

 

 信朗が慌てたように一歩前へ出た。

 

「お、扇さん……!? 何故ここに……」

 

 声が上ずっている。

 さっきまで俺たちを玩具みたいに扱っていた男が、目の前の扇に対しては露骨にへりくだる。

 原作ではわりと舐めていたような描写だったが、今の時期はまだそうではないのだろうか。

 

 扇は信朗の前で止まりもしない。

 視線を横に滑らせ、短く言い捨てた。

 

「視察だ」

 

 それだけ。

 詳しい説明などする気はないという態度。

 この屋敷でそんな態度をとれるのは、そしてそんな態度が通るのは、限られたごく一部の存在だけだ。

 

 そのごく一部の存在はそのまま歩き、俺の前で止まる。

 顔は無表情に近い。

 目は一切笑っていない。瞳の奥に冷たい鉄がある。

 

「喜べ小童、この私が直々に稽古をつけてやる」

 

 突然の展開に困惑しながら、俺はとりあえず頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 内心では別の言葉が渦巻いていた。

 

 (稽古というより、憂さ晴らしだろ…)

 

 遠くからでは分からなかったが、雰囲気がちょっとキレてる。

 兄が当主になったのが気に食わないのだろう。

 その証拠に新当主のお披露目式に、扇の姿は見えなかった。

 

 自分が住む家で、兄の当主就任祝いが行われたのだ。扇が溜めているであろう鬱憤は想像に余りある。

 

 ──その鬱憤を俺にぶつける気なんだろう。

 

 (十歳の子供相手に、か。終わってるな)

 

 扇は何も言わず、落ちている木刀を拾った。

 そして距離を取る。

 構えはない。

 片手で木刀をだらりと持ち、腕を下げたまま立っている。

 

 一見、隙だらけ。

 でもそれが一番怖い。

 どこからでも打ち込んでこい、という意思表示だ。

 そして打ち込んだ瞬間に、全部潰すと宣言している立ち方。

 

 俺は息を吸って吐き、木刀を握り直す。

 

 (……むしろ良かったのでは?) 

 

 脳が勝手に理屈を捏ね始める。現実逃避の一種だ。

 

 前世で最後に見た映像──忘れもしない、呪術廻戦のアニメ三期第四話。

 そこで扇は、覚醒した真希に反応すら出来ず一撃でやられていた。

 一方で俺が戦うはずだった信朗は、覚醒真希を相手に数合打ち合っていた。

 

 ──つまり。

 

 (実力的には、扇より信朗の方が上なんじゃないか?)

 

 あくまでも原作時点での話であり、今の時期もそうかは分からない。

 

 だがもしそうなら、今この状況は僥倖と言え――るわけがないが、そうでも思わないとやってられない。

 

 俺が脳内で必死に希望を組み立てていると、信朗が溜息を吐いた。

 そして俺を見て言う。

 

「あー、源之助……だったか? 死なねぇように頑張れよ」

 

 そんなこと言われなくても当然だ。

 

 (死んでたまるか…)

 

 そう思った瞬間。

 

 扇がピクリと反応した。

 空気がほんの一瞬で張り詰める。

 

「……小童」

 

 ただでさえ低い扇の声が、さらに低くなる。

 

「お前の父親の名はなんだ」

 

 俺は困惑した。

 なんで今それを聞く。

 だが、黙るわけにもいかない。

 

「……禪院源一郎です」

 

 端的に答えた、その瞬間。

 

 扇の身体から呪力が迸った。

 ただの濁流ではない。

 刃のように研ぎ澄まされた呪力。

 鋭い圧が、空間を切り裂いて広がる。

 

「そうか……()の子か……!」

 

 扇の口元が、わずかに歪んだ。

 その歪みが笑みじゃないことだけは分かる。

 恨みか、憎しみか。どちらにしろマイナスの形だ。

 

 信朗が顔をしかめ、俺に向けて小さく言った。

 

「すまん、藪蛇だった」

 

 声は軽く、本気で謝っていないことが分かる。

 

「安心しろ、骨は拾ってやるから……」

 

 俺は天を仰ぎ、現実から逃避した。

 

 (……何やってんの父さんマジで)

 

 父さん聞いてますか? 父さんのせいで今俺は死にそうです。

 心の中で文句を並べても、状況は何も変わらない。

 ただ時間が経つだけだ。

 

 俺が脳内で父を殴っている間に、準備が整ったらしい。

 信朗が声を張り、手を上げた。

 

「始めっ!」

 

 その瞬間、俺はヤケクソになって飛び込んだ。

 足に呪力を集中し、間合いを一気に潰す。

 

 ヤケクソになりつつも、思考は動いていた。

 勝負を捨てるわけにはいかない。

 

 扇にはさっきの立ち合いが見られている可能性がある。

 同じ手は通用しないと考えたほうがいい。

 ならば今度は()()()()()だ。

 

 (間合いに入る寸前で止まって、相手の空振りを──「真面目にやれ」──ッッッ!?!?)

 

 視界が白くなる。

 

 次の瞬間。

 俺は地面に倒れ伏していた。

 

 土の感触が頬を撫でる。

 冷たいはずなのに、そこだけ妙に温い。

 

 ──血だ。

 

 額から、温かい血が流れて顔を汚す。

 鼻の奥に鉄の匂いが刺さる。

 

 (……何が……起きた?)

 

 思考が追いつかない。

 視界が揺れて、耳が鳴る。

 

 扇が淡々と言った。

 

「あと五秒以内に立ち上がらなければ斬る」

 

 辛うじて聞こえたその言葉には、本気だと思わせる"凄み"があった。

 脅しじゃない。宣告だ。

 “斬る”という動詞が、現実の刃として喉元に触れている。

 

 俺は慌てて立ち上がろうとする。

 だが視界が歪んで、手足が言うことを聞かない。

 額から伝った血が顎に溜まり、ぽたぽたと落ちる。

 おそらく立ち上がってもまともに戦えない。

 

 それでも、今すぐ斬られるよりはマシだ。

 

 俺は自分の足を殴りつけた。

 痛みで強制的に神経を繋ぐ。

 ふらつきながら、なんとか無理やり立ち上がる。

 

 ようやく視界が定まって、正面を見る。

 

 扇の手に握られている木刀が──()()()()()

 

 正確には、呪力で伸びた刀身を象っていた。

 木刀の先から、薄く尖った呪力の輪郭が延びている。

 刃の形。

 木刀を“武器”から“呪具”に変える、最低限の術。

 

 俺は理解する。

 

 (……これで殴られたんだ)

 

 さすがに刃物ではない。

 もしそうだったら、俺はもう死んでいる。

 

 扇の口が動いた。

 

「お前が先刻やっていた、瞬時の呪力操作だ」

 

 俺の脳が揺れているせいか、言葉が少し遅れて入ってくる。

 

 扇は続けた。

 

「小童。お前の力など、皆手抜かりなく持っているのだ」

 

 (……すげぇ、まんまじゃん)

 

 内心で、妙にぼんやりと考える。

 

 原作の台詞だ。

 あの男が、あの調子で真希に吐き捨てる言葉。

 それを、俺は今、生で浴びている。

 

 扇は俺を見下ろし、冷たく言った。

 

「やはり()の息子だな。出来そこないの子は、当然出来そこないだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 ──今、蘭太のことも馬鹿にしたか?

 

 扇は俺にだけ向けて言ったのだろう。

 でも、父とその息子を揶揄する言葉が、ぼやける頭の中で勝手に蘭太と重なった。

 

 (俺は出来そこないだ。それは認める。でも蘭太は、出来そこないじゃない)

 

 蘭太には術式がある。

 家の連中からしたら()()()だ。

 ()()()の俺とは生きる世界が違う。

 

 ──なのに、あいつは俺を見捨てなかった。

 俺を兄として扱い続けた。

 

 (蘭太は、誰よりも優しいやつなんだ)

 

 その蘭太までまとめて侮辱された気がして、腹の底が熱くなった。

 

 (思えば、今日は散々な一日だった…)

 

 母には無視され。

 直哉には踏まれ。

 蘭太とは引き離され。

 父からは捨てられた。

 

 そして今。

 禪院扇の“稽古”という名の八つ当たりを受けている。

 

 積もり積もったストレス。

 堪忍袋の緒は、既に限界だった。

 そこに投じられたさっきの一言。

 それが引き金になった。

 

 ──俺は、キレた。

 

 扇が何やら言っている。

 

「小童、お前…!!」

 

 自分でも驚くほど、呪力が溢れ出す。

 熱い。

 多すぎて制御ができない。

 制御する気なんて端からないが。

 

 大量の呪力が肌の外に漏れ、空気を震わせる。

 冬の寒さが遠のく。

 代わりに、体の奥が燃える。

 

 「ははは…」

 

 俺は笑顔を浮かべた。

 久しぶりに、自分の顔が歪んでいるのが分かる。

 冷淡な仮面が割れて、その下から本性が覗く。

 

「ブッ殺してやる」

 

 ──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点である。

 

 

 

 

 

 

 

 





どうしよう。さすがに扇には負けるようにしようと思ってたのに、なんか負けられない展開にしちゃったぞ。

主人公のお父さんのモデルはSEKIROの芦名弦一郎です。プロレスラーではありません。
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