転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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思ってた展開と全然違う展開になっちゃった。


第十話:入隊試験(肆)

 

 

 

 

「ブッ殺してやる」

 

 もういつぶりかも思い出せないほど久しく笑いながら、口をついて出た暴言。

 その言葉が、俺自身の耳に刺さった。

 声の形をした衝動。

 あまりにも生々しくて、背筋の奥がぞくりと震える。

 

 (……こんなに人を殺したいと思ったのは、初めてだ)

 

 自分ごとなのに、遅れて驚く。

 自分の中に、こんな色の感情が眠っていたことに。

 

 周囲の空気が塗り替わる。

 中庭の中心が扇から俺になる。

 俺から濁流のごとく溢れ出す呪力が、ギシギシと屋敷の梁を軋ませた。

 

 音じゃない。

 振動だ。

 建物そのものが、俺の呪力に反応して震えている。

 

 隊士たちも子供たちも、固まっていた。

 だれかの唾を飲む音が聞こえる。

 寒さが引っ込んで、その代わりに熱が空気を満たす。

 まるで、中庭にだけ火の手が上がったみたいだった。

 

 扇が一歩引いた。

 目に見えて動揺している。

 あの禪院扇が。

 

「小童、お前のその呪力はなんだ……! 何をした……!?」

 

 声が上擦る。

 支配者の声のはずなのに、そこには怖気が混じっていた。

 

 禪院扇。

 禪院宗家の一員。直毘人の弟。

 禪院家の負の象徴。

 

 そして──真希と真依の父親。

 

 俺は知っている。

 この世界に来てから、既に逆算したことがある。

 真希真依姉妹は二〇一八年時点で高専の二年だった。

 

 つまり、真希の生まれた時期はどれだけ早くとも二〇〇一年の4月。

 まだ一年以上ある。

 

 俺は思ってしまった。

 

 (……()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 真希が生まれなければ、禪院家が皆殺しにされることもない。

 俺や蘭太が死ぬこともない。

 

 (……コイツを殺せば、俺たちは死なない)

 

 一瞬、そう思った。

 でもすぐに、脳の奥が訂正する。

 

 正確には違う。

 俺は死ぬ。

 

 宗家の人間を、それも当主の弟を、分家の子供が殺すのだ。

 確実に処刑される。

 家も潰されるだろう。

 父も母も、まとめて焼かれるかもしれない。

 

 だが──蘭太は違う。

 

 禪院家は術式至上主義だ。

 だが実力主義でもある。

 

 ただでさえ呪術師が少ない世界なのだ。

 少なくとも直毘人が当主のうちは、使える駒をドブに捨てたりはしないだろう。

 

 蘭太には強力な術式がある。

 俺みたいな雑兵じゃない。

 雑に投げ捨てるわけがない。

 

 (……蘭太、お前を死なせはしない)

 

 脳内で、蘭太の笑顔が咲いた。

 春の花みたいに、場違いなくらい鮮やかに。

 

 (……お兄ちゃんが、悪い奴を殺してやるからな)

 

 その思考が、妙に甘くて、危険だった。

 理屈が整っていない。錯乱している。

 でも今の俺には、その錯乱が“正義”に思えた。

 

 扇が苛立ちを隠さず吐き捨てる。

 

「何をしたのかと聞いている……! 言わねば斬るぞ!」

 

 その瞬間、俺は飛び込んだ。

 

 先ほどとは比べ物にならない加速。

 足に呪力を叩き込み、地面を蹴って置き去りにする。

 蹴られた地面が凹み、その周りが隆起した。

 

 扇が細い目を見開き、大きな黒目が露出する。

 その顔が、少しだけ滑稽に見えた。

 

 俺は呪力で強化した木刀を振り下ろす。

 扇は受けようとして──咄嗟にやめた。

 回避へ切り替える。

 

 俺の木刀が、さっきまで扇が立っていた飛び石に衝突した。

 

 ズッ、という不可解な音。

 木刀の先が、飛び石に隠れている。

 

 石に深々と切れ込みが入っていた。

 

 (……木刀で石が斬れるって、どういうことだよ)

 

 内心で一瞬冷める。

 でも、冷めたのはその一瞬だけ、扇への殺意が心を呑み込む。

 

 俺は木刀を飛び石から引っこ抜く。

 石粉が舞い、匂いが立つ。

 そしてまた扇へ向け、木刀を構え直す。

 

 扇は額に汗を浮かべながら言った。

 

「小童……貴様、謀ったな……!」

 

 俺は首をかしげた。

 本気で意味が分からない。

 

 扇の苛立ちは、呪力として空気に混ざる。

 

「貴様、呪力を隠していただろう……!! なんのつもりだ!! 私を侮っているのか!!」

 

 隠していたつもりはない。

 ないが──心当たりはある。

 

 俺はこの世界に来てから、いつも口数を減らし、感情を隠してきた。

 前世があると悟られないように。原作知識があるとバレないように。

 羂索という、歴史に暗躍する黒幕に目をつけられないように。

 

 そうやって生きているうちに、無表情の仮面は分厚くなっていった。

 被っているつもりが、いつの間にか皮膚になっていた。

 そして俺は、感情を出す方法を忘れていった。

 

 呪力とは、負の感情から生まれるエネルギー。

 感情を抑えることは、呪力を抑えることに等しい。

 

 俺は感情を抑え、類稀な呪力操作と引き換えに──膨大な呪力を()()()()いたのだ。

 

 そして今。

 その仮面は壊された。

 割れた仮面の隙間から、濁流みたいな呪力が噴き出している。

 

 俺は扇からの問いに答えず、もう一度飛び込んだ。

 技術なんてない。

 溢れる呪力まかせの突進。

 

 扇が叫ぶ。

 

「甘いわァ!」

 

 扇の手が閃き、木刀が瞬時に連打を打ち込んでくる。

 速い。

 重い。

 狙いが的確だ。面、肋、鳩尾。()()()()()ための打撃ではなく、倒すための打撃。

 

 だが──俺は意に介さなかった。

 

 木が肉を叩く音がする。

 衝撃が骨に響く。

 なのに、思考が平然としている。

 

 (……全く痛くない)

 

 そんなことを考える余裕すらあった。

 溢れ出る呪力が全身を覆っている。なんの変哲もない木刀による打突など、全く問題ではなかった。

 

 俺は扇の連撃の途中に、突きを放った。

 

 扇は即座に反応し、呪力を集中させた木刀の身幅で受ける。

 受けた瞬間、力の差で身体が浮いた。

 扇が吹き飛ばされる。

 

「小童ァ!!」

 

 中庭の端で着地した扇は、血管を浮き上がらせ怒りを吐き出した。子供相手に吹き飛ばされたのが、よっぽど腹に据えかねたのだろう。

 

「来い、見せてやるッ!!」

 

 即座に腰を落とし、木刀を腰だめに構える。

 抜刀術の構え。

 そして荒ぶっていた呪力が、ぴたりと凪いだ。

 

 扇の周囲に、呪力が薄く漂う。

 花びらみたいに、静かに。

 それが逆に危険だと本能が叫ぶ。

 

 ──【秘伝 落花の情】

 

 その名を俺は知っている。

 御三家のみに伝わる秘伝の領域対策。

 纏った呪力により、触れたものを自動で迎撃するという技。

 扇はそれを居合に応用しているのだ。

 

 だが分かっていても俺は止まらない。

 止まれない。

 殺意のままに飛び込む。

 

 扇の間合いへ入った瞬間、扇の身体がブレた。

 

 視界が追いつかない。

 凄まじい連撃。

 

 さっきの連打とは威力も速度も段違いだ。

 全身に呪力を纏った木刀が叩きつけられる。

 顔、肩、腹、太腿、脇腹、鎖骨、首。

 音が途切れない。

 

 同時に、俺の木刀がバラバラになった。

 握っていたはずの重さが消え、柄だけになる。

 

 身体から力が抜ける。

 膝が地面につく。

 視界が霞み、呼吸が浅くなる。

 

 扇は血振りするみたいに木刀を振り、吐き捨てた。

 

「小童が謀りおって……私と貴様とでは出来がちが──」

 

「黙れ」

 

 声が出た。

 自分でも驚くほど低い声。

 

 次の瞬間、俺は飛び上がっていた。

 呪力を拳に集める。

 油断した扇の頬を殴る。

 

 その瞬間──()()()()が走った。

 

 "それ"は、打撃との誤差〇.〇〇〇〇〇一秒以内に呪力が衝突した時にのみ起こる現象。

 空間は歪み、呪力は黒く光る。

 

 ──黒閃

 

 渾身の一撃を食らった扇は再び吹き飛ばされた。

 中庭から縁側を突っ切り、障子で区切られた部屋の中へ突入する。

 

 衝撃音。

 木が軋む音。

 障子の紙が裂ける音。

 

 信朗が慌てたように声を張った。

 

「そ、それまでっ!」

 

 そして隊士たちに怒鳴る。

 

「お前ら何突っ立ってんだ! 早く担架持ってこい!」

 

 だが俺は止まる気はなかった。

 

 扇を今ここで殺す。

 真希に蘭太は殺させない。

 この世界にも生まれさせない。

 

 脳内で未だ咲き誇る蘭太の笑顔を守るため、俺は扇が突っ込んでいった部屋へ乗り込もうと足を前に出す。

 

 ──だが。

 

 その足が地面を捉えることはなかった。

 

 (あ、れ……?)

 

 俺は倒れ伏す。

 今度は脳を揺らされたわけじゃない。

 なのに指一本動かせない。

 

 身体が鉛になったみたいに重い。

 呪力が、空っぽだ。

 

 (……呪力切れ、か)

 

 ぼやつく頭で、ようやく理解する。

 あれだけの量の呪力を垂れ流していたのだ、むしろよく今まで持ってくれた。

 

 その瞬間。

 

 部屋の中から、破れた障子を打ち壊して扇が現れた。

 

「ごわっばァァァ!! 貴様ァ!! 嬲り殺してぐれるわァァッ!!」

 

 声がおかしい。

 喋り方も、音も。

 

 見て分かった。

 扇の顎は砕かれていた。

 歯も何本か抜けている。

 喋るたびに下顎がぶらぶらと動き、血と唾が糸を引く。

 

 (……下顎を吹っ飛ばしたつもりなのに)

 

 内心で唇を噛む。

 頑丈なやつだ。さすが一級術師。

 

 扇の目が血走っている。

 殺意が形を持って溢れている。

 今の俺は動けない。呪力もない。木刀もない。

 

 ──終わりだな。

 

 俺は全力を尽くした。

 そして負けた。

 このあと殺される。

 

 (蘭太……。不甲斐ない兄ちゃんで、ごめん)

 

 視界内で喚き続ける扇の姿を最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 




オイオイオイ黒閃出しちゃったよオイ。

一応扇さんの名誉のために言っておくと、扇さんは全力ではありませんでした(術式を使うと木刀が燃えて消えてしまうため使えなかった)。 でも使わなかったわけじゃなくて、使えなかったわけだから負けみたいなもんやね。

プロットが砕け散ったので再構成のために更新頻度は落ちます。次は明日の7時に短めのオマケを出します。


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