思ってた展開と全然違う展開になっちゃった。
「ブッ殺してやる」
もういつぶりかも思い出せないほど久しく笑いながら、口をついて出た暴言。
その言葉が、俺自身の耳に刺さった。
声の形をした衝動。
あまりにも生々しくて、背筋の奥がぞくりと震える。
(……こんなに人を殺したいと思ったのは、初めてだ)
自分ごとなのに、遅れて驚く。
自分の中に、こんな色の感情が眠っていたことに。
周囲の空気が塗り替わる。
中庭の中心が扇から俺になる。
俺から濁流のごとく溢れ出す呪力が、ギシギシと屋敷の梁を軋ませた。
音じゃない。
振動だ。
建物そのものが、俺の呪力に反応して震えている。
隊士たちも子供たちも、固まっていた。
だれかの唾を飲む音が聞こえる。
寒さが引っ込んで、その代わりに熱が空気を満たす。
まるで、中庭にだけ火の手が上がったみたいだった。
扇が一歩引いた。
目に見えて動揺している。
あの禪院扇が。
「小童、お前のその呪力はなんだ……! 何をした……!?」
声が上擦る。
支配者の声のはずなのに、そこには怖気が混じっていた。
禪院扇。
禪院宗家の一員。直毘人の弟。
禪院家の負の象徴。
そして──真希と真依の父親。
俺は知っている。
この世界に来てから、既に逆算したことがある。
真希真依姉妹は二〇一八年時点で高専の二年だった。
つまり、真希の生まれた時期はどれだけ早くとも二〇〇一年の4月。
まだ一年以上ある。
俺は思ってしまった。
(……
真希が生まれなければ、禪院家が皆殺しにされることもない。
俺や蘭太が死ぬこともない。
(……コイツを殺せば、俺たちは死なない)
一瞬、そう思った。
でもすぐに、脳の奥が訂正する。
正確には違う。
俺は死ぬ。
宗家の人間を、それも当主の弟を、分家の子供が殺すのだ。
確実に処刑される。
家も潰されるだろう。
父も母も、まとめて焼かれるかもしれない。
だが──蘭太は違う。
禪院家は術式至上主義だ。
だが実力主義でもある。
ただでさえ呪術師が少ない世界なのだ。
少なくとも直毘人が当主のうちは、使える駒をドブに捨てたりはしないだろう。
蘭太には強力な術式がある。
俺みたいな雑兵じゃない。
雑に投げ捨てるわけがない。
(……蘭太、お前を死なせはしない)
脳内で、蘭太の笑顔が咲いた。
春の花みたいに、場違いなくらい鮮やかに。
(……お兄ちゃんが、悪い奴を殺してやるからな)
その思考が、妙に甘くて、危険だった。
理屈が整っていない。錯乱している。
でも今の俺には、その錯乱が“正義”に思えた。
扇が苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「何をしたのかと聞いている……! 言わねば斬るぞ!」
その瞬間、俺は飛び込んだ。
先ほどとは比べ物にならない加速。
足に呪力を叩き込み、地面を蹴って置き去りにする。
蹴られた地面が凹み、その周りが隆起した。
扇が細い目を見開き、大きな黒目が露出する。
その顔が、少しだけ滑稽に見えた。
俺は呪力で強化した木刀を振り下ろす。
扇は受けようとして──咄嗟にやめた。
回避へ切り替える。
俺の木刀が、さっきまで扇が立っていた飛び石に衝突した。
ズッ、という不可解な音。
木刀の先が、飛び石に隠れている。
石に深々と切れ込みが入っていた。
(……木刀で石が斬れるって、どういうことだよ)
内心で一瞬冷める。
でも、冷めたのはその一瞬だけ、扇への殺意が心を呑み込む。
俺は木刀を飛び石から引っこ抜く。
石粉が舞い、匂いが立つ。
そしてまた扇へ向け、木刀を構え直す。
扇は額に汗を浮かべながら言った。
「小童……貴様、謀ったな……!」
俺は首をかしげた。
本気で意味が分からない。
扇の苛立ちは、呪力として空気に混ざる。
「貴様、呪力を隠していただろう……!! なんのつもりだ!! 私を侮っているのか!!」
隠していたつもりはない。
ないが──心当たりはある。
俺はこの世界に来てから、いつも口数を減らし、感情を隠してきた。
前世があると悟られないように。原作知識があるとバレないように。
羂索という、歴史に暗躍する黒幕に目をつけられないように。
そうやって生きているうちに、無表情の仮面は分厚くなっていった。
被っているつもりが、いつの間にか皮膚になっていた。
そして俺は、感情を出す方法を忘れていった。
呪力とは、負の感情から生まれるエネルギー。
感情を抑えることは、呪力を抑えることに等しい。
俺は感情を抑え、類稀な呪力操作と引き換えに──膨大な呪力を
そして今。
その仮面は壊された。
割れた仮面の隙間から、濁流みたいな呪力が噴き出している。
俺は扇からの問いに答えず、もう一度飛び込んだ。
技術なんてない。
溢れる呪力まかせの突進。
扇が叫ぶ。
「甘いわァ!」
扇の手が閃き、木刀が瞬時に連打を打ち込んでくる。
速い。
重い。
狙いが的確だ。面、肋、鳩尾。
だが──俺は意に介さなかった。
木が肉を叩く音がする。
衝撃が骨に響く。
なのに、思考が平然としている。
(……全く痛くない)
そんなことを考える余裕すらあった。
溢れ出る呪力が全身を覆っている。なんの変哲もない木刀による打突など、全く問題ではなかった。
俺は扇の連撃の途中に、突きを放った。
扇は即座に反応し、呪力を集中させた木刀の身幅で受ける。
受けた瞬間、力の差で身体が浮いた。
扇が吹き飛ばされる。
「小童ァ!!」
中庭の端で着地した扇は、血管を浮き上がらせ怒りを吐き出した。子供相手に吹き飛ばされたのが、よっぽど腹に据えかねたのだろう。
「来い、見せてやるッ!!」
即座に腰を落とし、木刀を腰だめに構える。
抜刀術の構え。
そして荒ぶっていた呪力が、ぴたりと凪いだ。
扇の周囲に、呪力が薄く漂う。
花びらみたいに、静かに。
それが逆に危険だと本能が叫ぶ。
──【秘伝 落花の情】
その名を俺は知っている。
御三家のみに伝わる秘伝の領域対策。
纏った呪力により、触れたものを自動で迎撃するという技。
扇はそれを居合に応用しているのだ。
だが分かっていても俺は止まらない。
止まれない。
殺意のままに飛び込む。
扇の間合いへ入った瞬間、扇の身体がブレた。
視界が追いつかない。
凄まじい連撃。
さっきの連打とは威力も速度も段違いだ。
全身に呪力を纏った木刀が叩きつけられる。
顔、肩、腹、太腿、脇腹、鎖骨、首。
音が途切れない。
同時に、俺の木刀がバラバラになった。
握っていたはずの重さが消え、柄だけになる。
身体から力が抜ける。
膝が地面につく。
視界が霞み、呼吸が浅くなる。
扇は血振りするみたいに木刀を振り、吐き捨てた。
「小童が謀りおって……私と貴様とでは出来がちが──」
「黙れ」
声が出た。
自分でも驚くほど低い声。
次の瞬間、俺は飛び上がっていた。
呪力を拳に集める。
油断した扇の頬を殴る。
その瞬間──
"それ"は、打撃との誤差〇.〇〇〇〇〇一秒以内に呪力が衝突した時にのみ起こる現象。
空間は歪み、呪力は黒く光る。
──黒閃。
渾身の一撃を食らった扇は再び吹き飛ばされた。
中庭から縁側を突っ切り、障子で区切られた部屋の中へ突入する。
衝撃音。
木が軋む音。
障子の紙が裂ける音。
信朗が慌てたように声を張った。
「そ、それまでっ!」
そして隊士たちに怒鳴る。
「お前ら何突っ立ってんだ! 早く担架持ってこい!」
だが俺は止まる気はなかった。
扇を今ここで殺す。
真希に蘭太は殺させない。
この世界にも生まれさせない。
脳内で未だ咲き誇る蘭太の笑顔を守るため、俺は扇が突っ込んでいった部屋へ乗り込もうと足を前に出す。
──だが。
その足が地面を捉えることはなかった。
(あ、れ……?)
俺は倒れ伏す。
今度は脳を揺らされたわけじゃない。
なのに指一本動かせない。
身体が鉛になったみたいに重い。
呪力が、空っぽだ。
(……呪力切れ、か)
ぼやつく頭で、ようやく理解する。
あれだけの量の呪力を垂れ流していたのだ、むしろよく今まで持ってくれた。
その瞬間。
部屋の中から、破れた障子を打ち壊して扇が現れた。
「ごわっばァァァ!! 貴様ァ!! 嬲り殺してぐれるわァァッ!!」
声がおかしい。
喋り方も、音も。
見て分かった。
扇の顎は砕かれていた。
歯も何本か抜けている。
喋るたびに下顎がぶらぶらと動き、血と唾が糸を引く。
(……下顎を吹っ飛ばしたつもりなのに)
内心で唇を噛む。
頑丈なやつだ。さすが一級術師。
扇の目が血走っている。
殺意が形を持って溢れている。
今の俺は動けない。呪力もない。木刀もない。
──終わりだな。
俺は全力を尽くした。
そして負けた。
このあと殺される。
(蘭太……。不甲斐ない兄ちゃんで、ごめん)
視界内で喚き続ける扇の姿を最後に、俺の意識は途切れた。
オイオイオイ黒閃出しちゃったよオイ。
一応扇さんの名誉のために言っておくと、扇さんは全力ではありませんでした(術式を使うと木刀が燃えて消えてしまうため使えなかった)。 でも使わなかったわけじゃなくて、使えなかったわけだから負けみたいなもんやね。
プロットが砕け散ったので再構成のために更新頻度は落ちます。次は明日の7時に短めのオマケを出します。