転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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とりあえず別の視点を書いてお茶を濁すスタイル。


間話:油断《前編》【禪院扇視点】

 

 

 

 

 

 古めかしい和室は、冬の冷気を抱き込んだまま沈黙していた。

 畳は乾き、障子の紙は薄く、わずかな風で息をする。

 香の残り香と、古木の匂い。

 それらが混ざり合い、室内の空気はどこか澱んでいる。

 

 私はその部屋で、一人、湯呑を手にしていた。

 

 茶の湯気は細く、短い。

 この屋敷のどこかで人が大勢動いているというのに、私の周囲だけは、張り詰めた静けさが保たれている。

 

 静けさというのは、慰めにならない。

 むしろ苛立ちを増幅するだけだ。

 静かな水面は、底の泥をよく映す。

 

 今日、この屋敷では会合が開かれている。

 憎き兄──直毘人が、禪院家の新当主として分家たちにその姿を披露する会合だ。

 

 無論、私は参加していない。

 認めていないのだから当然だ。

 当主とは、家の血と力と歴史を背負う者である。

 軽薄な笑いと酒の臭いでそれを汚す存在に、座れる場所ではない。

 

 だが、屋敷の者は皆、兄を当主として扱っていた。

 女中たちは走り回り、荷を運び、分家から来た客のために頭を下げる。

 警備の者は数多く配置され、炊事場は火が絶えず、大広間には香が焚かれている。

 

 それらはすべて、兄のために行われている。

 

 (忌々しい…)

 

 私は湯呑を傾け、茶を口に含んだ。

 安い茶だ。

 渋みが舌に残る。

 その渋みすら、今日の空気の不快さに比べたら遥かにマシに思えた。

 

 襖の向こうから、女中たちの足音が聞こえる。

 忙しなく、軽く、絶え間なく。

 床板を踏む音が、まるで小さな雨のように降り続く。

 

 やがてそこに話し声が混じった。

 

「直毘人様が新当主になってくれたのはいいのだけれど、まさかお披露目式のために全ての分家に声をかけるだなんてねぇ」

 

「そうそう、名のある分家だけでいいのに…」

 

「器が大きいと言えば聞こえはいいけど、料理や荷運びをするこっちの身にもなってほしいわぁ」

 

 愚痴。

 悪口とも取られかねない言葉が、襖越しに漏れてくる。

 本来なら、宗家の一族に聞かれて良い言葉ではない。

 

 だが私は何も言わず、湯呑を持ったまま目を閉じた。

 耳を塞ぐ気はなかった。塞ごうにも湯呑を持っていては塞げない。不可抗力だ。

 聞こえてしまうものは、聞こえる。

 ならばそれを理由に、兄を裁く材料にすれば良い。

 

 (──愚兄め)

 

 内心で罵倒する。

 

 自らの誇示のために家の者に負担を強いるとは。

 なんたる暴虐。当主失格だ。

 やはりお前は相応しくない。

 

 だが、次の声が私の思考を止めた。

 

「貴女たち声が大きいわよ。それに他の人が当主になるよりずっとマシでしょ?」

 

 別の女中の声。

 少し年上の者だろう。

 制止と、現実の肯定が混じっている。

 

 それに返す声は、先ほどより小さかった。

 小さいが、耳をそばだてていた私には、はっきり届いてしまう。

 

「まぁ確かに……。当主の資格があるのは直毘人様くらいだものね」

 

「扇様は子供もいないし……」

 

「先代にも勝てたかどうか……」

 

 その瞬間、持っていた湯呑にヒビが入った。

 

 乾いた、嫌な音がしたわけではない。

 ただ確かに、掌の中で陶器が僅かに軋み、微細な割れが走った。

 

 私は視線を落とし、湯呑の表面を見た。

 白い釉薬の上に、細い線が伸びている。

 その線はまるで、こちらを嘲笑しているように見えた。

 

 (──宗家の一族を相手になんという言い草だ)

 

 内心で、熱が噴き上がる。

 顔を確認するか。

 誰がそんな戯言を吐いたかを見て、誰に言ったか身体に覚えさせるか。

 

 (……いや、いい)

 

 所詮女の戯言。

 次期当主たる私の心には響かない。

 

 そう自分に言い聞かせ、私はヒビの入った湯呑で茶を啜った。

 唇に冷たい陶器の感触が触れる。

 割れた器の方が、むしろ手に馴染むのは何故だろう。

 割れたのは不快だ。

 不快だが、捨てるのは惜しい。

 この屋敷の者たちのようだ、とふと思った。

 

 私は一息つき、今後の計画へと思考を移した。

 

 計画は明確だ。

 現当主である直毘人を殺し、次期当主となる。

 

 禪院家の当主のなり方は二種類ある。

 前当主が死んだ後に遺言で指名される方法。

 そして──当主を殺して成り代わる方法。

 

 兄は後者を選んだ。

 

 私も後者を選ぶ。

 

 もちろん簡単ではない。

 指名されるのとは違い、成り代わりは()()()()()が必要だ。誰も認めない当主など当主ではない。

 

 そのためには当主と一対一で戦い勝つことは前提。

 その上で、多大な功績と、優秀な子が不可欠となる。

 

 功績については問題ないだろう。

 私は炳として二十年以上、呪霊を狩り続けてきた。

 呪詛師や脱走者も数知れぬほど斬ってきた。

 禪院の名に泥を塗る者を、私は許さなかった。

 次期当主に恥じないほどの活躍だ。

 

 問題は、"子"だ。

 

 私は子を持たない。

 

 任務に専念するあまり婚姻が遅れた、と言えば聞こえは良い。

 だが現実は単純だ。

 直毘人には既に複数の子がいる。

 しかもそのうち一人は相伝持ちだ。

 術式の血筋を繋げるという点で、私は兄に明確に劣っている。

 

 無意識に歯を噛みしめた。

 歯の根が軋む感覚が、頭の奥に響く。

 

 (──だが逆に言えば、それ以外の欠点は存在しない)

 

 私は自分に言い聞かせる。

 功績も実力も、兄を上回っている。

 あとは優秀な子さえ出来れば、いつでも決闘を申し込める。

 

 それまで、せいぜい当主気分を味わっていろ。

 私は忌々しい兄の顔を思い浮かべ、茶の苦味を噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 そろそろ兄の無駄な会合も終わった頃だろう。

 そう考えて、私は部屋を出た。

 

 廊下は広い。

 柱は太く、床板は磨かれている。

 だが、そこを走り回る女中たちの足音が、格式を踏み荒らしているように聞こえた。

 

 女中たちは相変わらず慌ただしく行き来している。

 会合の後片付け。

 客の見送り。

 膳の回収。

 その全てが、直毘人のためだ。

 

 私は苛立ちを覚えた。

 

 (──お前たちに禪院家の誇りはないのか)

 

 あのような伝統を壊す存在のために働きおって。

 直毘人の新しい()()()に、いとも簡単に従う。

 それがどれほど禪院を薄めるかも知らずに。

 

 私は兄のために動く者を視界に入れぬよう、大広間の反対方向へ歩いた。

 歩幅は自然と大きくなる。

 怒りが無意識に足を早める。

 

 その時、空気が変わった。

 

 遠くから、木がぶつかる音が聞こえる。

 乾いた音。

 剣術の音だ。

 それも、訓練の音。

 

 視線を向けると、中庭の方で躯倶留隊と子供が戦っているのが見えた。

 白い道着に黒い小袴の隊士。

 その前に小童が立って、木刀で押し合っている。

 

 鍔迫り合い。

 当然、隊士が優勢だ。

 

 (躯倶留隊の入隊の儀式か…)

 

 伝統だ。

 美しい。

 禪院家が禪院家であるための、必要な儀式。

 

 あの冷たさ。

 あの理不尽さ。

 それこそが、古き良き禪院の形だ。

 兄はそれを「古い価値観」だと切り捨てようとしている。

 

 ──何が古い価値観だ。

 

 歴史の浅い術式であることがコンプレックスならば、素直にそう言え。

 私は内心で兄を糾弾しながら、戦いを見ていた。

 

 すると。

 

 押されていた小童が身を捻り、相手の木刀を横滑りさせた。動きは雑だが、身のこなしが素早い。

 そして次の瞬間、隊士の木刀が切断されていた。

 

 私は目を細める。

 

 (──ほう…)

 

 呪力操作か。

 あの歳で、かなりの練度だな。

 

 小童は隊士の下顎を木刀でかち上げ、勝利した。

 勝ったにも拘わらず、表情は動かない。

 無表情のまま、息を整えている。

 

 ──有望だ。

 だが惜しい。

 躯倶留隊か。

 

 その価値を、雑兵として消耗させるのは勿体ない。

 私はそう考えた。

 

 その時、儀式を統括していた躯倶留隊隊長──禪院信朗が言った。

 

「──負けるまでやってもらうぜ」

 

 私はその言葉を聞いて、ふと考えた。

 隊士に勝つ子供など、いつ以来だろうか。

 

 稀に見る逸材。

 ならば私が直接稽古をつけてやろう。

 

 そこに、誰かに兄への苛立ちをぶつけたいという思いがなかったとは言い切れない。

 だが次期当主たる私に稽古をつけてもらえるのだ。

 あの小童も喜ぶだろう。

 

 私は中庭へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

「しょうがねぇ。次は俺が──」

 

 信朗の言葉を、私は遮った。

 

「待て」

 

 声は低く、短く。そして重く。

 それだけで場の空気が固まるのが分かった。

 全員が私を見る。

 子供も、隊士も、信朗も。

 

 私は意に介さず続けた。

 

「その小童とは、私が立ち合おう」

 

 言いながら中庭へ降り立つ。

 土の匂いが鼻をくすぐる。

 冷えた空気が頬を撫でる。

 

 中庭ではまだ、子供たちと隊士たちが固まってこちらを見ている。

 信朗が慌てたように前に出た。

 

「お、扇さん……!? 何故ここに……」

 

 私は信朗と相対せず、短く言い捨てた。

 

「視察だ」

 

 信朗は実力はある。

 だがそれを発揮しようとしない。

 今の己の地位に満足し、それ以上を望まない。

 そういう怠惰な小物を、私は軽蔑している。

 

 ゆえに、信朗への対応は適当で良い。

 

 私は未だ無表情を貫く小童の前に立った。

 

「喜べ小童、この私が直々に稽古をつけてやる」

 

 次期当主として最大の褒美を与えたつもりだった。

 だが小童は塗り固めたような無表情のまま、頭を下げただけだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 愛想のない子供だ。

 まるで──"奴"のようだ。

 そこで私は思考を止め、落ちていた木刀を拾って距離を取った。

 

 構えは取らない。好きに打たせてやる。

 入隊前の子供相手に大人気ないことはしない。

 私はそういう"格"を持っている。

 

 開始の合図を待つ。

 

 その時、信朗が子どもの方を向きながら、聞き捨てならないことを言った。

 

「あー、()()()……だったか? 死なねぇように頑張れよ」

 

 (──源之助?)

 

 ピクリと身体が反応する。

 その名に既視感を覚えた。

 響きが、()()()()()()の名と似ている。

 つい先刻、思い出したばかりの名。

 

 確か、()の息子がそのような名前だった記憶がある。

 

 私の中で、疑念が膨らんでいく。

 周囲の空気が張り詰める。

 違うならそれで良い。

 だが、もし()の息子だったら──。

 

 私は意識せず低い声で問うた。

 

「……小童。お前の父親の名はなんだ」

 

 目前の子どもは、端的に答えた。

 

「……禪院源一郎です」

 

 その瞬間、私の呪力が迸った。

 自分でも驚くほど鋭い圧。

 

「そうか……()の子か……!」

 

 激情が胸を突き上げる。

 恨み。憎しみ。怒り。

 あらゆる負の感情が混ざり、口元が意図せず歪む。

 

 ──奴の子ならば、容赦はせん。

 

 五体満足では帰さん。

 

 私は心の内で決めた。

 目の前の小童を、激情のままに()()()()()と。

 

 

 

 

 

 






全然いいストーリー思いつかない。
更新が止まったらお察しください。
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