(プロットが)壊れたそばから直していけ……!!
中庭は冬の顔をしていた。
空は高く、雲は薄く、冷気は地を這う。
飛び石の表面は乾き、土は硬い。
息を吐けば白く散り、吐くたびに肺が少し痛む。
その庭の中央に、私と小童が立っていた。
周囲には躯倶留隊の隊士たち。
そして、入隊を宣告された子供たちが、固まって見守っている。
この場に集った全員の視線が、一点に集まっていた。
それは私の優越を讃えるための視線であるべきだ。
そうでなければならない。
私は小童を見た。
塗り固めたような無表情。
目の奥に何があるのか分からない、薄気味悪い静けさ。
そして──源一郎の子。
私は決めていた。
嬲る。
甚振る。
親から受けた借りは、その子に精算させる。
それが禪院のやり方だ。
それこそが
信朗が手を上げ、声を張った。
「始めっ!」
その瞬間、小童が突進してきた。
直前まで全身に散らしていた呪力を、瞬時に足へ集中。
脚力を呪力で押し上げ、地面を蹴る。
大した呪力操作だ。
だが、その程度のことは私にも出来る。
速度はそれなり。
目を凝らす必要もない。
余裕を持って見切れる。
私はだらりと下げていた木刀へ、呪力を瞬時に集中させる。
小童が懐へ飛び込む瞬間に、カウンターを合わせる。
それだけで終わる。
──と思っていたが。
その瞬間、小童が間合いの寸前で急停止した。
攻撃を空振りさせる策。
子供なりに頭は回るらしい。
私は既に木刀を振り始めていた。
止められなくはないが、止めれば体勢が崩れる。
(──小賢しい真似を)
内心で吐き捨てる。
そして私は、一瞬で決断した。
木刀に集中させていた呪力を“伸ばす”。
刀身を象る。
だが刃ではない。
あえて鈍らにする。
一撃で終わらせては意味がない。
私は長く嬲りたいのだ。
伸びた呪力の刀身が、互いの距離を嘲笑うように空を走った。
「真面目にやれ」
鈍い音。
肉が潰れる感触が、木を通して手に伝わる。
小童は額から血を噴き出し、糸が切れたように倒れ伏した。
地面に頬を擦りつけ、身動きしない。
(──手加減はしたはずだが…)
子供は脆いな。
私は呪力で象った刀身を鈍く保ったまま、倒れた小童を見下ろした。
血が額から流れ、地面の土を赤黒く染めていく。
その赤が、私の心を温かくした。
源一郎から受けた屈辱を、その息子に返す。
私はそのために今、戦っているのだ。
ここで終わっては困る。
早く起きろ。
まだ足りんぞ。
視界の端で、信朗が口を開きかけたのを捉えた。
終わりだ、などと口にする気だろう。
まだ一撃だ。終わらせてやるわけがない。
私は信朗が何か言う前に言った。
「あと五秒以内に立ち上がらなければ斬る」
声は低く、確実に届くように。
すると小童がピクリと反応した。
ふらつきながら、起き上がろうとする。
膝が言うことを聞かないのか、途中で自分の足を殴りつけていた。
痛みで身体を繋ぎ留めている。
ようやく立ち上がる。
しかし、立っているだけだ。
目は虚ろ。
頭は揺れている。
意識が朦朧としているのだろう。
(素晴らしい…)
私は満足した。
私に嬲られるために、全力を尽くして立つ。
愚かで哀れだ。
源一郎の子らしい。
私は小童に現実を教えるため、木刀の刀身を象った呪力を見せつける。
「お前が先刻やっていた、瞬時の呪力操作だ」
小童が隊士相手に見せた技術。
呪力を一瞬で移動させ、攻撃や防御を強化する行為。
あの歳で出来るのは確かに珍しい。
だが──それだけだ。
「小童。お前の力など、皆手抜かりなく持っているのだ」
私は言い放った。
絶望に染まる顔が見たかった。
自分の特別が、特別ではないと知った瞬間の、崩れた表情。
それを望んだ。
だが。
小童は無表情のままだった。
目が虚ろで、反応が薄い。
意識が朦朧としているのか。
──つまらん。
興が削がれた。
私は苛立ちのまま、小童を見下ろし、吐き捨てた。
「やはり奴の子だな。出来そこないの子は、当然出来そこないだ」
言葉が落ちた瞬間。
小童の目が定まった。
それだけではない。
空気が変わる。
皮膚の上を走っていた冷気が、一瞬で押し返される。
代わりに、熱が広がった。
小童の身体から、途方もない呪力が溢れ出した。
ビリビリと空気が震える。
その震えが中庭全体に広がり、屋敷の梁がギシギシと軋む。
まるで建物が怯えているようだった。
「小童、お前……!!」
私は動揺した。
そして動揺した自分に気づいた瞬間、さらに動揺した。
(この私が…小童を相手に動揺している…!?)
小童が笑った。
「ははは……」
何を言われようと無表情だった顔が歪む。
その歪みは邪悪で、攻撃的で、悍ましかった。
「ブッ殺してやる」
生々しい殺意が、言葉に詰まっている。
圧が、皮膚を押す。
背筋の奥が冷える。
私は思わず、足を一歩引いた。
そして自分の声が上擦っているのを自覚する。
「小童、お前のその呪力はなんだ……! 何をした……!?」
──私が、怖気づいている?
この小童に?
その思考が浮かんだ瞬間、怒りが燃え上がった。
怖気づいた自分への怒り。
怖気づかせた小童への怒り。
「何をしたのかと聞いている……! 言わねば斬るぞ!」
小童は笑ったまま、返答をしない。
その態度が、さらに私を苛立たせる。
その瞬間、小童が突進してきた。
先刻のものとは速度が違う。
姿を置き去りにするような加速。
空気が引き裂かれる。
私は目を見開いた。
小童が木刀を振り下ろしてくる。
技術のない大振り。
それだけなら受けられる。
だが、受けようとした瞬間、本能が警鐘を鳴らした。
──まずいッ!
私はその警鐘に逆らわず、横に飛び込んで回避した。
ズッ──。
鈍い音が響く。
見れば、振り下ろされた木刀が、飛び石に入り込んでいた。
石が割れたのではない。
石の中に、木刀が
──もしあれを受けていたら…。
皮膚の内側が、ひやりとする。
恐怖の感覚。
小童は気にも留めず木刀を引き抜き、こちらに構え直す。
顔は張り付けたような笑顔。
目だけが氷のように冷たい。
私は額に汗を浮かべながら言った。
「小童……貴様、謀ったな……!」
思い起こすのは源一郎。
あの男も、私を謀った。
呪力を隠し、若き日の私を騙した。
それと同じことを、この小童もしていたのだ。
「貴様、呪力を隠していただろう……!! なんのつもりだ!! 私を侮っているのか!!」
私は怒鳴った。
だが小童は笑ったまま首を傾げる。
その仕草が、私の怒りをさらに煽る。
小童が再び突進してきた。
なんの芸もない、呪力まかせの突進。
「甘いわァ!」
叫ぶと同時に連撃を見舞う。
面。肋。鳩尾。
殺すための打ち込み。
木刀を覆う呪力は既に鋭くしている。
だが、小童は意に介さなかった。
まるで効いていない。
纏っている呪力が厚すぎて、攻撃が相殺されている。
そして連撃の途中、小童が突きを放ってきた。
私は呪力を集中させた木刀の腹で受けた。
受け切ることには成功した。
だが木刀へ呪力を集中させすぎた。
足元が疎かになる。
踏ん張るための強化が薄い。
身体が浮く。
そして、そのまま中庭の端まで飛ばされた。
なんとか着地した瞬間、怒りがさらに燃え上がった。
「小童ァ!!」
小童ごときに吹き飛ばされた。
その事実が、私の誇りを削った。
「来い、見せてやるッ!!」
私は即座に腰を落とし、木刀を腰だめに構え、片手を添える。
抜刀術の構え。
荒ぶっていた呪力を静め、広げる。
──【秘伝 落花の情】
纏った呪力をプログラミングし、触れたものを自動で迎撃する御三家の秘中の秘。
私はこれを居合に応用することを得意としている。
相手が間合いに入った瞬間、終わる。
小童がまたもや突進し、私の
その瞬間、私の身体が自動で動いた。
自らにも負担がかかる程の超速連撃。
木刀の当たる音が途切れず鳴り響く。
(小童、貴様の弱点は
私は見抜いていた。
無意識なのだろう。小童は攻撃を受けた後、必ず受けた部位へ呪力を集める。
そしてその分、他の部位の防御は甘くなる。
無論、集中した呪力は瞬時に戻る。だが私の連撃はそれ以上の速度だ。
何度も打ち込めば、通る。
顔、肩、腹、太腿、脇腹、鎖骨、首。
連撃が防御を上回りだす。
小童は攻撃しようにも動きを潰され、出来ない。
私は念のため、小童の木刀もバラバラに切り刻んだ。
これで万が一もない。
やがて小童が膝をついた。
とうとう限界が来たらしい。
当然だ。百を超えるほど打ち込んだのだ。
私は勝利を確信した。
いつもの真剣のように、木刀を血振りする。
勝者の所作。
私は小童を見下ろしながら吐き捨てた。
「小童が謀りおって……私と貴様とでは出来がちが──」
「黙れ」
私の言葉が遮られる。
目の前で膝をついていた小童が飛び上がった。
そして小童の拳が、私の頬を捉えた。
視界の端で、黒い光が瞬く。
──黒閃。
私がそれを認識した瞬間には、身体が宙を舞っていた。
§
目が覚めた。
私は部屋の中にいた。
古い和室。
障子が破れている。
天井が揺れて見える。
──ここはどこだ
──私は何をしていた
最初に浮かんだのは、その程度の疑問だった。
次に来たのは、猛烈な痛みだ。
「アッ、ガァアッッ!?!?」
声が思うように出ない。
いや、出せない。
顎が上手く動かない。
喋ろうにも喉が震えるだけで、言葉が出ない。
私は少しずつ思い出した。
中庭。
小童。
呪力の濁流。
黒い光。
(まさか…ありえん…!!)
私は視線を動かした。
部屋の隅に、古い鏡があった。
私はそれを見る。
そこに映っていたのは、歯の抜けた下顎をぶらつかせ、血と唾液を零している自分だった。
顎は砕かれ、口がまともに閉じない。
喋ろうとすると、ぶらぶらと肉が揺れる。
全てを思い出した。
私は──あの小童に、ここまで殴り飛ばされたのだ。
激情が、痛みを押し潰して噴き上がる。
理性が燃える。
誇りが燃える。
残ったのは、ただの殺意。
私は破れた障子を打ち壊し、飛び出すように部屋を出た。
「ごわっばァァァ!! 貴様ァ!! 嬲り殺してぐれるわァァッ!!」
歪な声。言葉を発するたび、激痛が走る。
だが関係ない。
叫ぶ他ない。
私は叫びながら、心の中では同じ言葉が繰り返されていた。
──油断した。
(油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断した油断したッッッ!!!)
勝利を確信した隙。
そこに黒閃を決められた。
不意を打たれた。
なんたる屈辱。
だが──違う。
私はまだ負けていない。
私は立っている。
まだ術式も使っていない。
まだ勝敗はついていない。
「ごわっばァァ!! 何処だァ!! 出てごォいッ!!」
私は怒りを制御できず叫び続けた。
周りの隊士たちや子供たち、そして信朗が固まってこちらを見ている。
その視線がさらに腹立たしい。
心配と驚愕と、少しの
(私を──その目で見るなッッッ!!)
その瞬間、私は見つけた。
中庭に、小童が倒れている。
呪力切れだろう。
身動き一つしない。
血が土に滲んでいる。
(勝ったッ!! 私の勝ちだッ!!)
私は立っている。
小童は倒れている。
これを勝ちと言わず何という。
だが、勝利だけでは満足できなかった。
「ごわっばァァ!! 殺すゥゥ!! 殺してやるゥッ!!」
私は荒々しく息を吐き、倒れ伏す小童へ一歩踏み出した。
──その時。
今、
「やめんか、愚弟が」
思わず、その場にいた全員が声の主を見る。
そこにいたのは──禪院家二十六代目当主にして、私が最も忌々しいと思う存在。
我が兄、禪院直毘人だった。
今回めっちゃ難産でした。