何年も毎日投稿してる人ってマジで偉大だわ。
目を開く。
視界いっぱいに、真っ白な天井が張りついていた。
──どこだ、ここ
呼吸をすると、消毒液みたいな匂いが鼻の奥に残る。
木製の梁の匂いでもなければ、畳のい草でもない。
禪院宗家の空気とは別の、薄く冷たい清潔さ。
俺はしばらく瞬きもせず天井を眺めた。
そのうち、頭の奥に沈んでいた記憶が浮いてくる。
俺は……扇を殴って……
黒い光が走って……
それで、呪力が切れて──
最後に見たのは、喚き散らす扇の顔。
俺は負けたはずだ。
そして普通に考えるなら、その後は殺される。
(……てことは、ここは天国か)
それともまた転生したか。
くだらないことを考えながら、上体を起こした。
瞬間、全身の節々に痛みが走る。
肩、太腿、肋、腕。
殴られた打ち身の痛みと、深いところで鈍く響く衝撃の余韻。
(いってぇ……)
痛みを感じるってことは、少なくとも死後じゃない。
天国に消毒液の匂いがするとも思えない。
下に視線を動かすと、俺は白いベッドに寝かされていた。
部屋は広い。
同じ形のベッドが規則的に並び、白いカーテンがいくつも吊られている。
(──医務室…か?)
隣のベッドには、誰かが寝ている。
向こう側を向いていて顔は見えないが、包帯だらけの身体が規則的に浮き沈みしている。
その時、反対側の隣から声がした。
「お、起きたか」
顔を向ける。
ベッド脇のパイプ椅子に座っていたのは、躯倶留隊隊長──禪院信朗だった。
片足を投げ出し、やたらと気楽そうな姿勢。
だが目だけは妙に冴えている。
「よしよし、結構元気そうだな」
俺は反射で思った。
(……こーゆー時って、もっと可愛い子が見守ってるもんじゃないのか)
口にも顔にも出さなかったが、目線で悟られたらしい。
信朗が鼻で笑う。
「むさい男で悪かったな。これでも朝からずっといたんだぜ?」
朝から
へぇ
その言葉に、ちょっとだけ胸の奥が温くなる。
だが俺は視線をずらして気づいた。
信朗の横に置かれた小さな台。
そこに読みかけの雑誌が開きっぱなしで置いてある。
ページが少し折れてる。
……絶対これ読んでただろ
俺がじとっと見つめると、信朗は悪びれもせず肩をすくめた。
「別にいいだろが。訓練なんかしたくねぇんだよ」
言い方が軽い。
だけど、軽さの裏に、妙に現実を直視してる匂いがする。
この男は多分、この家での立ち回りが上手い。
信朗はなにやら懐を探り、取り出した。
金属の鍵。
「お前も見たところおかしくはなってねぇみてぇだし、これはもういらねぇな」
そう言って、俺の腕へ手を伸ばす。
その時、初めて気づいた。
俺の左腕に、黒い金属の腕輪が嵌められている。
無機質で、やけに重い。
皮膚に食い込む感触が、いまさら痛い。
信朗は鍵を腕輪の穴へ差し込み、軽く捻った。
──カチャ。
軽い音とともに、腕輪が外れた。
次の瞬間だった。
俺の周囲から、呪力が噴き出した。
呼吸と一緒に、皮膚の外側へ滲むように。
さっきまで塞がれていた穴から、黒い水が一気に流れ出すみたいに。
(……抑えられてたのか)
遅れて理解が追いつく。
当然だ。
俺は宗家の一員を殺そうとした。
しかも当主の弟。
そのまま放っておくほど、この家は甘くない。
俺は自分の掌を見る。
指を握って、開いて。
呪力の巡りを確かめる。
……少ない。
いや、正確には──戻っている。
俺が普段、感情を押し殺している時の呪力量に。
あの時の濁流みたいな量が、ない。
("縛り"……みたいなもんか)
あの力は、本気で感情を爆発させないと引き出せない。
そういう“条件”が身体の内側に刻み込まれてる感覚がある。
並大抵のことじゃ、あの状態にはなれないだろう。
なれたら縛りにならない。
だが、悪いことばかりじゃない。
呪力の流れは、明らかに良くなっている。
以前より滑らかで、動きが速い。
意識して
──黒閃の影響だろう。
身体強化も、呪力操作も、段違いに向上している筈だ。
嫌な経験の報酬としては、かなり良いほうだ。
俺が能力を確かめていると、信朗が咳払いをした。
「あー、集中してるとこ悪いが、ことの顛末について説明するぞ?」
俺は無言で頷いた。
「まず単刀直入に言うと、お前さんが罰せられることはない」
(──え?)
その言葉が、理解より先に胸に刺さった。
俺はてっきり処刑だと思っていた。
扇が怒鳴り散らしながら、今ここに俺を殺しに来る光景まで想像してた。
信朗は続ける。
「まぁ理由はいろいろあるが、端的に言えば“直毘人
直毘人“様”。
この男ですら、当主には敬語を使う。
軽薄そうに見えて線引きが明確だ。
「お前が倒れた後、直毘人様が来てな。扇さんからお前を守ってくれたんだよ。“この子供は逸材だ”ってな」
……なるほど。
実力主義な直毘人らしい。
扇がどう叫ぼうが、価値があるなら守る。
禪院家の腐った伝統の中で、そこだけは妙に合理的だ。
信朗は軽い口調で、さらに衝撃的なことを言う。
「逆に扇さんは大目玉を食らっちまった。どうやら、お前さん相手に"秘伝"を使ってたらしくてな。それが直毘人様に知られて……屋敷の離れに
軟禁。
言葉の響きが軽いのに、意味は重い。
療養という皮を被せて、実質的に拘束。
宗家の一員相手にそういう処理をするってことは、直毘人は本気でキレている。
俺が啞然としていると、信朗は声を落とした。
「まぁ周囲には呪霊相手にやられた傷を癒すためってことになってるが……。あんときの直毘人様はマジでおっかなかったぜ……」
少しだけ顔色が悪い。
誇張じゃない。
あの直毘人の
信朗は気を取り直したように息を吐き、言った。
「まぁ何はともあれ、お前さんは無罪だ。入隊おめでとう、源之助」
(……最悪の祝辞だな)
俺は微妙な気分になった。
無罪と言われても、自由になったわけじゃない。
むしろ鎖が正式に繋がっただけだ。
信朗は話し終わったのか、椅子から立ち上がる。
出口へ向かい、部屋を出る寸前で止まった。
振り返って、言う。
「それと、他の子供たちはお前さんに感謝してたぜ。お前さんのおかげで入隊試験は中止になったからな」
(……ああ、そりゃそうか)
俺が暴れたせいで、儀式そのものが潰れた。
結果的に、誰かが殴られ続ける光景は終わったのだ。
信朗は疲れたように続ける。
「直毘人様が“こんなこと非効率的だからやめろ”ってよ。やれやれ、先代とは似ても似つかない人だぜ」
それだけ言って、信朗は溜息をつき、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
医務室に、静けさが戻った。
§
静かになった広い部屋で、俺は天井じゃなく自分の掌を見つめた。
……俺、やばかったな
入隊試験の時の自分を思い出して、少し引く。
蘭太のことしか考えられなくなっていた。
さすがにお兄ちゃんすぎるだろ。
もう脹相のこと笑えないぞ。
俺は錯乱して、自分が死んでも蘭太が生き残ればいいと扇を殺そうとした。
でも俺は別に、死にたいわけじゃない。
この世界に転生してきたからといって、次も転生できる確証なんて、どこにもない。
今度こそ、死んだら終わりかもしれない。
それを、あの瞬間の俺は平然と無視していた。
それに──。
(……父さんも母さんも、別に死んでほしくはない)
もし扇を殺していたら、両親は確実に処刑されていただろう。
扱いが良かったわけじゃない。
術式がないと分かった瞬間、目の色がひっくり返った。
あの落差を思い出すだけで胃が重い。
(……術式目当てなのが透けててキツいけど)
それでも、育ててくれた恩はある。
術式がないと判明するまでは、確かに愛もあった。
薄汚い事情が混ざっていても、全部が嘘じゃなかったと信じたい。
それに大前提として、
俺がどれだけ冷めた顔をしても、そこだけは誤魔化せない。
その知ってる人には──真希真依も含まれる。
冷静になって考えると、真希真依にも消えてほしくはない。
生まれない方がマシ、なんて言うのは簡単だ。
でも俺は、原作を見てきた。
苦しみも、怒りも、決意も、彼女らの感情は本物だった。
それに真依はともかく、真希は重要人物だ。
真希がいなければ、乙骨がどうなるか分からない。
原作は不幸だらけだが、最終的にはハッピーエンドらしくはあった。
なら──。
できるだけ原作は弄らない方がいい。
禪院家だけ、滅亡させないようにすればいい。
(……でもめっちゃムズそう。禪院家マジでゴミだし…。てゆーかもし真依が死ななかったら宿儺戦どうすんの? 俺が覚醒真希の代わりやんの? マジで?)
俺が頭を悩ませていると、部屋の入り口から声が響いた。
「あっ!! 本当に起きてる!!」
勢いがある声。
うるさいとも言う。
顔を向けると、そこには芳樹が立っていた。
入隊試験の時と違って顔色がいい。
傷跡もない。
入隊試験が中止というのは本当のようだ。
芳樹は俺の方へ走ってきて、叫ぶ。
「良かったよおお!! 源之助ええ!! 死んじまったかと思ったんだぞおお!!」
……声が大きい。
ここ医務室だぞ。
隣に寝てる奴もいる。
そう思った瞬間、隣のベッドで毛布がずれた。
包帯だらけの男が、ゆっくり起き上がる。
「なんだよ……うるせぇな。せっかく気持ちよく寝てたのによ……」
不機嫌そうな顔。
全身に巻かれた包帯。
痛々しいのに、目だけは鋭い。
芳樹が勢いのまま言う。
「武彦!! 源之助が起きたんだよ!!」
武彦。
(──ああ、アイツか)
俺の前に試験でボコボコにされたやつか。
最年長っぽかった、身体が出来てた男。
俺は武彦と目を合わせる。
武彦は少しだけ口角を上げ、気だるげに言った。
「よう、ヒーロー。遅いお目覚めだな」
とゆーわけで源之助くんは怒ったら超サイヤ人になれるようになりました。さすがに常時呪力お化けは物語終わっちゃう。
ちなみに信朗は過去の入隊試験で隊士に勝ってますが、その後当時の隊長にやられています。