転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

18 / 25





第十二話:三人寄れば

 

 

 

 

 

 武彦が俺を見て、少しだけ口角を上げた。

 

「よう、ヒーロー。遅いお目覚めだな」

 

 その言い方が妙に様になっていて、俺は一瞬だけ返事を迷った。

 何を返すのが正解なんだ、これ。

 

 答える前に、芳樹が噛みつく。

 

「なにかっこつけてんだよ武彦」

 

 武彦は即座に眉を吊り上げた。

 

「うるせぇぞ芳樹! こういうのは最初が肝心なんだよ!」

 

「お前入隊試験でボコボコにされてたんだから最初も糞もないだろ!」

 

「黙れ! お前だって泣きそうだったじゃねぇか!」

 

「は、はぁ!? 泣いてねぇし!」

 

 二人の声が医務室に響く。

 部屋の端、閉じきったカーテンの向こうから誰かが寝返りを打つ気配がした。

 迷惑だろ……と思うが、止めるほどの気力もない。

 

 俺は黙ったまま、二人のやり取りを見ていた。

 

 ……こいつら、いつの間に仲良くなったんだ

 

 入隊試験の中庭では、全員が余裕なんてなかった。

 武彦は叩き伏せられて、芳樹は震えて、俺は頭の中で現実逃避してた。

 

 それが今は、二人で口喧嘩をするくらいには近い距離にいる。

 その輪の外に俺が立っているような気がして、胸の奥が少しだけ締め付けられる。

 

 たぶん、これが疎外感ってやつだ。

 我が家でもよく感じていた。

 

 俺が無言で気まずくなっていると、武彦がふいに俺へ顔を向けた。

 さっきまでのふざけた顔が、少しだけ真っ直ぐになる。

 

「そうだよ源之助お前コノヤロー!」

 

 いきなり距離が近い。

 俺の肩に、包帯越しの手が飛んでくる。

 

「そんな強えなら、俺がボコされる前に戦ってくれよ! そしたら俺も入隊試験免除されたかもしんねーのに!」

 

 不意打ちだった。

 俺の喉が一瞬詰まる。

 

 その通りだ。

 

 あの時、俺は出るタイミングを選んだ。

 心臓が潰れそうで、それでも前に出た。

 だが……武彦が殴られてるのを見てからだったのも事実だ。

 俺に最初に挑む度胸はなかった。

 

 俺は目を伏せ、小さく言う。

 

「……すまない」

 

 口から出たのは、それだけだった。

 謝って済むことじゃないのは分かってる。

 でも他に言いようもない。

 

 その言葉に、武彦の顔色が一瞬で変わった。

 慌てたみたいに両手をぶんぶん振る。

 

「お、おいおい冗談に決まってんだろ!? そんな凹むなよ! 別に恨んじゃいねぇって!」

 

 芳樹がすかさず、わざとらしく大げさな声を出す。

 

「うーわ、武彦マジか! みみっちー! 歳上とは思えねー!」

 

「なんだとテメェこの野郎!」

 

「だって今の言い方、普通に嫌味じゃん!」

 

「冗談だっつってんだろ!」

 

 またギャイギャイ言い争いが始まった。

 テンションが途切れない。

 

 (……こいつら、元気だな)

 

 ノリについていけん。

 もう歳かな…。

 

 俺が内心で遠い目をしていると、武彦が急に声のトーンを落とした。

 冗談の顔が消え、神妙になる。

 

「いや、マジで冗談だからな?」

 

 念押しみたいに言ってから、武彦は視線を逸らし、ぽつりと続けた。

 

「俺もあん時、意識はあったから見てたけどよ……」

 

 俺の胸が、少しだけ重くなる。

 意識はあった、という言葉が妙に生々しい。

 

「お前があの()()()()()()()()()()()()ぶっ飛ばした時は……そりゃもうスカッとしたぜ……!」

 

 その言葉が、言い方から嘘じゃないと分かる。

 武彦の目が、誇張じゃなく光って見えた。

 

 芳樹も身を乗り出してくる。

 

「マジですごかったぜ源之助! お前は俺たちのヒーローだよ!」

 

 ヒーロー、またそれか。

 

 言葉の響きがむず痒い。

 俺は反射で視線を落とし、掠れた声で返した。

 

「……ありがとう」

 

 自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。

 

 正直、俺は怖かった。

 あの場で暴れた俺を、他の子供たちが恐れているんじゃないか。

 近づいたら殺されると思われてるんじゃないか。

 

 そんな不安が、さっきまでずっと胸の底に沈んでいた。

 

 だから……こうして、仲間みたいに話しかけてくれるのが嬉しい。

 嬉しいのに、上手く顔に出せないのがもどかしい。

 

 俺が黙って感情の置き場を探していると、芳樹がじっと俺の顔を覗き込んだ。

 

「もしかして源之助……照れてんのか?」

 

 武彦が鼻で笑う。

 

「いや完全に無表情じゃねぇか。なんも分かんねぇだろ」

 

「いーや俺には分かる! 源之助は今照れている! 俺の術式が言っている!」

 

「お前術式持ってねぇだろ!」

 

 二人がまた言い合いになる。

 うるさいが、嫌ではなかった。

 

 その横で俺は思った。

 

 (……無表情すぎるのも、なんとかした方がいいか)

 

 感情を抑えるのは癖になっている。

 前世の記憶があることを悟られないように。

 余計な火種を作らないように。

 でも、その癖のせいで、こういう時にちゃんと笑えない。

 それは何か、嫌だった。

 

 その時だった。

 

 空気を切るような、薄い声が医務室に落ちた。

 

「なんや、カスが三人も集まってドブカス会議かいな」

 

 温い騒がしさが、冷たい刃で切られたみたいに止まる。

 芳樹の口が半開きのまま固まり、武彦の肩がわずかに強張った。

 

 三人で声の方を見る。

 

 医務室の入り口に立っていたのは、派手な着物を着た少年。

 

 ──禪院直哉だった。

 

 宗家の一員で、直毘人の息子。

 そして──今の俺が、禪院扇の次に会いたくなかった存在。

 

 直哉は口元に薄い笑みを浮かべ、俺たちを見下ろすように顎を上げた。

 目は笑ってない。

 笑いの形をしてるだけの、嫌な光。

 

「なぁ…源之助…やったっけ? 扇の叔父ちゃん倒した言うてるらしいな」

 

 笑っているのに、笑っていない顔。

 優しげな形だけを貼り付けたみたいな薄い笑み。

 

「それ嘘やろ? あの人、"炳"やで? カスが勝てるわけないやん」

 

 俺に向けて言っている。

 直哉の視線には俺以外映っていない。

 心なしか、目が血走っているようにも見える。

 

「カスがどんだけ背伸びしたらそうなるん? なぁ恥ずかしくないんか?」

 

 俺が何か言う前に、芳樹が反射で声を上げた。

 

「嘘じゃねぇよ! 俺ら見てたし!」

 

 直哉の目が、ほんの少し細くなる。

 初めて視界に俺以外を入れる。

 虫を見るみたいに。

 

「はぁ? カスが口開くなや。お前誰やねん」

 

 芳樹の肩がびくりと跳ねた。

 怯みが、はっきり見える。

 声の圧が違う。言葉が鋭い。

 

 だが武彦は怯まなかった。

 包帯だらけのくせに、ベッドの端に腰をずらし、直哉を真正面から睨む。

 

「お前こそ誰だよ。偉そうに」

 

 空気が一段と冷える。

 直哉の笑みが、ゆっくりと歪んだ。

 

「カスの罪は物を知らんことやな…」

 

 直哉は溜息をつき、武彦をハッキリと見据える。

 

「禪院直哉や。直毘人の息子で、次期当主。これでカスにも分かるか?」

 

 武彦はまるで何でもないかのように息を吐いた。

 

「へぇ…、だから何だよ。当主の息子なのがそんなに自慢か? 俺はそんなのより源之助の方がすげぇと思うけどな」

 

 直哉の目が、苛立ちで濁る。

 自分の権威が通じないことが、たぶん人生で初めてに近いのだろう。

 

「カスがカスを庇ってるん、ほんま滑稽やな」

 

 直哉の呪力が、わずかに立ち上る。

 その雰囲気に、肌が粟立つ。

 空気が重くなっていく。

 

 芳樹が一歩引きそうになる。

 その背を、武彦が視線だけで押しとどめる。

 

 芳樹はその様子を見て、歯を食いしばった。

 怖いのに、逃げない。

 さっきまでふざけてたのに、急に顔つきが変わる。

 

「……源之助は、カスじゃねぇ…! 俺たちのヒーローなんだ…!」

 

 芳樹の声が震えてる。

 でも、言った。

 武彦が満足そうに頷いている。

 

 直哉の顔が、露骨に不快そうに歪む。

 

「ほぉ……」

 

 直哉は一歩、前に出た。

 床板が鳴る。

 

「死にたいんか、お前ら」

 

 脅しじゃない。

 “確認”だ。

 直哉の立場であれば、たとえ本当に殺しても最悪扇のように()()程度で済むだろう。

 

 武彦の喉が動くのが見えた。

 芳樹の瞳が揺れる。

 二人とも、本気だと理解している。俺も同意見だ。

 直哉は本当にやる。

 

 その殺意が医務室に滲む。

 俺の中で、さっきまでの温さが一気に引いていく。

 

 (──まずいな…)

 

 俺がここで黙っていたら、二人が潰される。

 俺のせいで、巻き込まれる。

 それは嫌だ。

 

 俺は息を吸って、口を開こうとした。

 

 ──その瞬間。

 

 低い声が医務室の空気を割った。

 

「扇の顎を砕いたガキってのは、お前か?」

 

 声の主は直哉の後ろに立っていた。

 

 音もなく。

 気配もなく。

 一瞬前まで、影も形もなかった。

 

 直哉の肩が、びくりと跳ねる。

 武彦と芳樹が息を止める。

 俺の心臓が、嫌な跳ね方をした。

 

 その男からは、一切の呪力を感じない。

 なのに、圧がある。

 さっきまで直哉が作っていた空気の重さが、嘘みたいに掻き消える。

 直哉とは別格の“危険”が、そこに立っているだけで空間を塗り替える。

 

 瞬間移動かと見紛うほどの高速移動。

 それが可能な存在を俺は知っていた。

 原作の知識が、勝手に答えを出す。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッド。

 

 天与の暴君──禪院甚爾が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 






直哉くんはこれでも源之助のことなんて全然眼中にないフリをしています。不器用で可愛いですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。