転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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今回ちょい短め。


第十四話:関門

 

 

 

 

 

 

 禪院宗家の屋敷の通路を、俺は一人で歩いていた。

 

 昨日、医務室で甚爾に呼ばれてから、丸一日。

 「明日の昼、西の離れに来い」──その一言が、睡眠の隙間にも入り込んでくる。

 目を閉じれば、あの男の存在感が喉を締めつけ、開けば直哉の「明日の昼、覚悟しとけや」という言葉が耳の奥で反響する。

 

 行くか、それとも行かないか。

 

 (行くしかねぇよな…)

 

 行かないなんていう選択肢がないのは、最初から分かりきっていた。

 

 芳樹と武彦は、かなり強めに止めてきた。

 声を荒げる芳樹の目が赤くて、武彦は包帯だらけのくせに俺の肩を掴む手だけはやたら力があった。

 

「やめとけって源之助! 殺されるぞ!?」

 

「俺でも分かる。アイツは、あの()()()()()()()()とは次元が違ぇ…。行かねぇ方がいい……」

 

 その言葉が嬉しかった。

 自分を心配して止めてくれるその気持ちが、ありがたかった。

 でも、俺は首を振るしかなかった。

 

 俺は原作を知っているため、禪院甚爾の人となりが少しだけ分かる。

 禪院甚爾は、()()ではない。

 もし甚爾からの誘いをすっぽかしたら、どうなるか分からない。

 それに──どうせ行かなかったとしても、直哉には狙われているのだ。

 直哉は昨日、殺気立った目で俺を見た。

 あれは脅しじやない、確実にやる気だ。

 

 俺は、行くことを選んだ。

 正確には、行かされることを受け入れ、覚悟を決めた。

 

 直哉と出くわさないように、念のため少し早い十一時に離れへ向かっている。

 

 屋敷は広い。

 さらに広いだけでなく、意地が悪い。

 通路は微妙に曲がり、同じような襖と同じような廊下が繰り返される。

 場所感覚を狂わせるために作られているんじゃないかと思うほど、ひたすら迷わせる。

 

 禪院宗家の屋敷には東西南北それぞれに離れがあるらしい。

 離れが四つもあることにさすが宗家だなと思う反面、正直そんなにいらないだろとも思う。

 

 何はともあれ、西の離れだ。

 そこに甚爾がいる。

 

 そして聞いたところによると、東の離れには禪院扇が療養という名の軟禁をされているらしい。

 まあ、当然だろう。

 禪院家の負の集大成みたいな扇と、禪院家に虐げられてきた甚爾を近づけたら、何が起こるかなんて想像するまでもない。

 

 (原作で男の名前覚えるの苦手って言ってた甚爾が、扇のこと覚えてたってことは、()()()()()()だよな)

 

 嫌な確信が、背骨に沿って這い上がってくる。

 

 甚爾と扇。

 関係が良いわけがない。

 むしろ最悪の部類だろう。

 それこそ、扇のアゴを砕いて「気持ちよかった」などと言い放った俺を甚爾が気に入ったことが証拠だろう。

 

 (……やべーよマジで)

 

 喉の奥が乾く。

 唾を飲み込むのに、意識する必要がある。

 

 (俺、当主の弟の扇のアゴ砕いて、当主の息子の直哉に嫌われて、呪力のない甚爾と仲良くなろうとしてるんだけど…。これ我が家にバレたらどうなっちまうんだ……)

 

 脳裏に父の姿が浮かぶ。

 あの、筆を置く時の妙に丁寧な所作。

 感情が表に出ないのに、言葉だけが刺さる声。

 そして禪院家の中で生き延びるために、必要ないものを切り捨てる眼。

 

 想像しただけで背筋が冷える。

 考えることをやめて歩くことに集中する。

 

 そうして歩き続けて、ようやく本館から西の離れへ続く渡り廊下に辿り着いた。

 

 雅な日本庭園を横切る長い廊下。

 柱は艶のある黒檀が磨かれ、床板は踏めば小さく鳴る。

 庭は手入れが行き届きすぎていて、落ち葉一枚ない。

 池の水面は薄い光を返し、石灯籠の影がゆるく揺れている。

 

 綺麗だ。

 綺麗すぎる。

 綺麗すぎて、気味が悪い。

 これだけ庭を整えるのに、どれだけの人間を使ったのだろうか。

 

 ここは新当主のお披露目式で、直哉の後をつけた時にも通った場所だ。

 あの時の嫌な記憶が、板の冷たさと一緒に蘇る。

 

 (無駄に長いんだよな……この渡り廊下)

 

 心の中で愚痴を吐きながら、俺は歩く。

 足の裏に木の感触が伝わる。

 怪我はまだ治りきっていない。

 肋のあたりが息を吸うたびに鈍く痛む。

 

 そうして半分ほど進んだ時だった。

 

 渡り廊下の先──西の離れ側から、声が響いた。

 

「遅いんじゃカスが……。甚爾くんが昼に来い言うたんやから九時には来いやボケ…!」

 

 身体がビクリと跳ねる。

 直哉の声だ。

 

 渡り廊下の向こう側から、直哉が歩いてくる。

 普通に歩いているのに、態とらしい。

 板を踏むたびにドスドス音を立てる。

 怒りを足音に変換してるみたいな歩き方。

 

 (やっべぇ……直哉めっちゃキレてる……)

 

 そして、ふと思う。

 

 (つーか、その口ぶりだと……こいつ、九時以前に待ってたってこと!?)

 

 腹の底が冷える。

 待ってた。

 俺を狙うために。

 それも少なくとも九時以前から、今までずっと。

 

 俺は表情を変えずに、口を開いた。

 仮面は慣れている。

 慣れすぎて、自分の意思では外せないほどに。

 

「……直哉"様"、一体何用でしょうか」

 

 その瞬間だった。

 

 直哉の姿が、ブレた。

 

 次の瞬間、俺の顔面が跳ね上がっていた。

 

 ──視界が白く弾ける。

 

 鼻の奥が焼ける。

 衝撃が頭蓋の中で転がり、遅れて痛みが追いつく。

 

 (──投射呪法!?)

 

 理解した時には、直哉はもう俺の後ろ側──俺が来た方向に立っていた。

 渡り廊下を突進し、一閃するみたいに俺を殴って通り抜けた。

 その動きが速すぎて、目で追うことすら出来ない。

 

 鼻から温かいものが垂れる。

 指で触れた瞬間、赤く染まる。

 

 血だ。

 

 直哉は、馬鹿にしたように笑った。

 

「──なんや全然反応できてへんやんけ。やっぱ扇の叔父ちゃん倒した言うんは嘘やな…」

 

 俺は、鼻を押さえながら息を整えた。

 呼吸のたびに血の匂いが濃くなる。

 喉の奥にも鉄の味が滲む。

 

「直哉様、一体何故……このようなことを──」

 

「黙れやカス」

 

 言い終える前に、直哉が言葉を叩き潰す。

 

 直哉の額に血管が浮かぶ。

 怒りが、皮膚の下で蠢いているのが見える。

 

「その直哉様って言うのやめろや、敬意が籠ってないねん……!」

 

 (だって敬意なんてないし……当主の息子だから付けてるだけだわ)

 

 内心でそう思うが、それを口に出すわけにもいかない。

 俺は膝をつき、頭を下げた。

 土下座に近い角度。

 禪院家で生き残るための姿勢。

 

 今この場には誰もいない。扇のように直哉を返り討ちにしても、正当防衛だと証言してくれる存在はいないのだ。

 頭を下げるしかない。

 

「……申し訳ありません。これからは態度を改め、直哉様により一層の敬意を持って──ンブッ!!」

 

 言葉の途中、衝撃。

 直哉の膝が、俺の顔面に突き刺さった。

 

 鼻が潰れる感触。

 骨が鳴った気がする。

 視界が揺れ、鼻の奥に血が逆流する。

 俺は後ろに仰け反り、そのまま板に背中を叩きつけた。

 

 鼻から血が吹き出す。

 止めようとしても止まらない。

 指の隙間から、ぬるい赤が溢れる。

 

 直哉は、軽い口調で言った。

 

「あかんわ。ホントは二、三発殴ってから甚爾くんの前でボコボコにするつもりやったけど……我慢でけへんわ」

 

 (……甚爾の前で?)

 

 胸の奥が嫌な形で縮む。

 

 こいつ、甚爾に認めさせたいんだ。

 俺を潰すことで、自分の価値を見せつけたい。

 昨日のあの屈辱。

 それと、お披露目式の時の出来事も関係しているだろう。

 それを、俺で埋めようとしてる。

 

 直哉が笑う。

 昨日の怒りの顔とは正反対の、満面の笑み。

 歯が見える。

 唇が上がり、目尻が歪む。

 

 だけど、その笑顔に温かさは一切ない。

 優しさの欠片もない。

 分かりやすい怒り顔よりもずっと怖い。

 

 俺には直哉の笑顔が、牙を剥いた獣に見えた。

 

「…おいカス。今からお前を()()()にするわ。その後で甚爾くんの前で全殺しにする予定やから、それまで死んだらアカンで?」

 

 ──笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く行為が原点である。

 

 

 

 

 

 

 






直哉くんって攻撃力低そうですよね…。ていうか投射呪法自体が攻撃力そんなないのかな?

次は土曜日の19時くらいに投稿します。
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