転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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第十八話:付き人

 

 

 

 

 

 

 楓に包帯を巻かれた身体は、痛みの輪郭がはっきりしたぶん、少し楽になっていた。

 範囲の定まらない痛みが、固定された痛みに変わる。それだけで少し呼吸が楽になる。

 

 俺は楓の後に続いて甚爾の部屋へ戻った。

 

 先程から感じていたが、ここは空気が違う。

 本館の空気は伝統を押し付けてくる重さがあるが、ここは妙に軽い。何の期待もされていないが故の軽さ。

 

 そんな軽い西の離れの中、唯一圧を感じる部屋で甚爾は──寝転がりながら雑誌を読んでいた。

 畳の上で、肘を立てて紙面をめくる。着物が乱れているが、本人は一切気にしていない。目線も上げない。

 行儀なんてあったもんじゃない。

 

 楓が一歩進み、落ち着いた声音で告げる。

 

「お待たせいたしました。甚爾様」

 

 甚爾は雑誌をパタンと閉じ、起き上がって座布団に座り直した。

 動きはだるそうなのに、無駄がない。体が勝手に最短距離を選んでいるような身のこなし。

 

「おう…待ちくたびれたぜ」

 

 (アンタさっきまでめっちゃくつろいでたじゃねーか……)

 

 俺は鼻に貼られたガーゼの感触を確かめながら、黙って室内を見渡した。

 座卓、茶、転がる本。やはり物が少なく、生活というより停滞の雰囲気がする。

 

 楓は「申し訳ありません」と頭を下げると、いつの間に用意していたのか俺の前に座布団を敷いた。

 その所作が丁寧すぎて、逆に居心地が悪い。

 我が家でも術式がないと分かってからは座布団なんて敷かれなかった。

 

 楓が退出しようと襖に手をかけたとき、甚爾が少し語気を強める。

 

「あとお前、あんまり余計なこと言うんじゃねぇ」

 

 その一言に、部屋の空気が一気に硬くなる。

 俺の背筋が勝手に反応して、指先が微かに震えた。

 その圧は原始的で、逃げるべきだと本能に訴えてくる類のもの。

 

 だが、楓はどこ吹く風だった。

 微笑して、「申し訳ありません」ともう一度頭を下げる。

 まるで、虎の世話をする飼育員みたいに。

 

 楓は襖を開け、静かに退出していった。

 

 襖が閉まると同時に、甚爾の放っていた圧が嘘みたいに消える。

 甚爾は諦めたように溜息をつき、頭を掻いた。

 

 (……恥ずかしがりってのは、嘘じゃないみたいだな)

 

 原作で見た甚爾は、もっと擦れていて、世の中になんの期待もしていないような雰囲気だった。

 今の甚爾には、妙に人間味が残っている。残っているというより、楓の存在が無理やり残してる気がする。

 

 甚爾は咳払いをして、俺を指差した。

 

「おいガキ。昨日言ったように、扇のアゴ砕いた時のこと、詳しく聞かせろ」

 

 粗野な口調。

 なのに、声音に期待が混じっている。子供が面白い話を催促するみたいな期待。

 

 (なんかめっちゃ期待してるんですけど……そんな面白くできる自信ないぞ)

 

 俺は座布団に正座して、息を整えた。鼻は固定されているが、まだ息をすると痛む。

 

 俺はもうどうにでもなれ、という精神で口を開いた。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

「──ブハハハハハッッ!!!」

 

 甚爾の笑いが爆発した。

 座布団から転げ落ち、畳の上で腹を抱えて仰向けになる。足をばたつかせ、畳をバシバシ叩く。

 

 (なんかめっちゃウケた……)

 

 俺は引いた。正直ドン引いた。

 俺の中の甚爾像が、目の前で勢いよく崩れていく。崩れ方が豪快すぎて、直視するとおかしくなりそうだ。

 

「おっ、おいそれマジかッ!? あの野郎そんなイキってて負けたのかよ!!」

 

 甚爾は息ができてない。足が痙攣している。

 笑いながら喋るから言葉がぶつ切りで、余計に汚い。

 

「だ、ダメだ我慢できねぇ!! ガキ相手に『稽古つけてやる(キリッ)』って勝負挑んだ上で、秘伝まで使って負けるとかアイツ天才かよッ!?」

 

 (気持ちは分かるけど、笑いすぎじゃない……?)

 

 俺は喋って乾いた口を茶で潤しながら思った。

 扇は一体どれだけ恨みを買ってきたんだ。

 ……いや、めっちゃ買うか。あの性格なら。

 

 甚爾の笑いは止まらない。

 俺が「扇様のアゴが砕かれた時、喋るたびにアゴがぶらぶらしてました」と補足すると、甚爾は畳の上で一回転しそうな勢いで笑った。

 

「やっべぇ……最高だろ……ブハッ!!」

 

 口ぶりから声音まで禪院家への悪意満載だ。

 気持ちよくてたまらないのだろう。禪院家が転ぶのが。

 

 俺が「大丈夫ですか」と聞くと、甚爾はようやく笑いの波から浮上して起き上がった。

 だが、冷静を装っているわりに着物がぐちゃぐちゃで、全然様になっていない。

 

「おう……もう大丈夫だ……」

 

 まだ頬がピクピクしてる。全然大丈夫じゃなさそうだ。

 

 甚爾は茶の入った湯呑を掴み、ひと口飲もうとして──吹きそうになって耐えた。思い出し笑いだろう。笑ってる時に何か飲もうとすると咳き込むよね…。

 

 甚爾の目尻には涙が残っている。

 甚爾の泣くところをこんな感じでみたくなかった。

 

「お前、マジで面白いな……」

 

 しみじみ言うな。

 俺の話術が面白いんじゃない。

 アンタにとって禪院家の失態がツボすぎるだけだろ。

 

「……ありがとうございます」

 

 だが内心を吐露する訳にもいかないので、適当に返す。

 

 甚爾は湯呑を置き、何でもない口調で言った。

 

「本気で気に入ったぜ…。お前、明日も来い。稽古くらいならつけてやる」

 

 (──マジか……!?)

 

 喉がひゅっと鳴った。

 

 原作知識のある俺は理解している。

 禪院甚爾は間違いなくこの家で最強だ。

 そんな最強の存在が、俺に稽古をつける。そんなこと普通は起きない。かなりの僥倖と言っていいだろう。

 

 理由が「話が面白かったから」なのが気分的に微妙なところだが、機会としては破格だ。

 

 俺は頭を下げた。

 

「分かりました。しかし怪我の影響もあるので、行くのはもう少し後に……」

 

 甚爾は気にも留めずに頷く。

 

「おう。来る時は楓に伝えろ。アイツが色々調整する」

 

 あの甚爾が、楓の名前を当たり前みたいに口にする。

 それだけで、楓がここで重要な存在だと分かる。

 

 俺は立ち上がった。

 全身の痛みが限界に近い。そろそろ医務室に行かないと、本当に倒れる。

 

「……失礼します」

 

 部屋の中を歩いて襖を開けようとした時、甚爾が声をかけてきた。

 

「おいガキ、お前の名前は?」

 

 ──男の名前を聞く。

 あの甚爾が。

 初めて会った時とは違う、明確に名を聞いてきた。

 

 俺は振り返った。

 

 甚爾の目は、さっきまでの笑いの余韻を残しつつも、妙に真剣だった。

 "玩具の名前を聞く"みたいな軽さじゃない。いや、軽いのは軽いのだが……どこか、見定めるような目。

 

 俺はハッキリと答えた。

 今度こそ覚えてもらえるように。

 

「禪院源之助です」

 

 甚爾は「ほぉ」とだけ言い、口の端を少し上げた。

 

「──源之助、か。……覚えとくぜ」

 

 その言葉が、妙に胸に残った。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 部屋を出て、離れの廊下を歩く。

 静けさが戻ってくる。さっきの笑い声が嘘みたいに、風の音だけが聞こえる。

 

 本館へ続く渡り廊下へ向かう途中に、楓が立っていた。

 その落ち着いた雰囲気と同様、立ち姿も整っている。

 

 楓は少し驚いたような声音で言った。

 

「甚爾様が、あれほど笑っている姿は初めて見ました」

 

 (そりゃそうだろうな。俺も原作のイメージ壊れたし……)

 

 楓は口の端を緩め、続ける。

 

「それと、甚爾様から誰かの名前を聞く姿も初めて見ました。とても気に入られたようですね、源之助()

 

 "源之助様"。

 その呼び方がむず痒い。俺はそんな大層な存在じゃない。

 

 楓は頭を下げた。

 

「どうか、これからも甚爾様との関係を続けていただきますよう、お願いします」

 

 (保護者かよ……)

 

 俺は内心で苦笑いする。

 禪院家とは思えないほどの保護者意識だ。問題はその対象が筋骨隆々の男性であることだが。

 

「……はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 それから、俺は一拍置いて言った。

 

「それと──傷の手当て、ありがとうございました」

 

 俺は楓より深く頭を下げた。

 禪院で、女相手に頭を下げる男なんてまずいない。ましてや、その女より深い礼など異常である。

 だが、そうだとするならば俺は異常でいい。

 

 楓が目を見開く。

 驚きと、それから少しだけ困ったような気配が浮かんだ。

 

 俺は顔を上げ、ほんの少しだけ笑みを溢した。

 

 そして渡り廊下へ向かって歩き出す。

 

 (あー……医務室行く前に、死ぬほど寝たい)

 

 痛みは続いている。血の匂いも消えない。

 それでも、心のどこかが少し軽かった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 禪院家屋敷の奥。

 屋敷の中でも特に広く、丁寧に装飾された和室で、二人の男が向かい合っていた。

 

 片や、筋骨隆々の巨体。額に大きな傷跡を持つ男──禪院甚壱。

 片や、酒瓶を片手に持ち、胡座をかく初老の男──禪院直毘人。

 

「甚壱、それは本当か?」

 

 直毘人が問う。声音は軽いが、目は笑っていない。

 

「はい、実際にこの目で確認しました」

 

 甚壱は即答した。

 言葉に淀みがない。あれが稽古ではないことも、直哉が無傷で制圧されていたことも、全て事実だ。

 

 直毘人は「うぅむ」と唸り、酒瓶を傾ける。

 喉が鳴る音が、静かな部屋に小さく響いた。

 

「実は今しがた、その直哉から頼まれてな……」

 

「直哉から……?」

 

 甚壱が眉をひそめる。

 

「ああ。"自分も躯倶留隊新隊士の初任務に同行したい"という頼みだった。直哉にも次期当主としての自覚が生まれたかと感心したが……」

 

 直毘人は酒瓶を膝に置き、指で顎を撫でる。

 

「おそらく、原因はその源之助だな」

 

「確実にそうでしょうな……」

 

 甚壱は短く頷いた。

 あの場で直哉が見せた焦りと執着。あれは単なる喧嘩ではない。

 あれは()()()()()()()()()()()()()者の反応だ。

 甚壱自身にも覚えがある。

 

 直毘人は天を仰ぎ、ひとりごとのように呟く。

 

「……どうしたものか」

 

 そして、決断したように酒瓶の底を畳に叩きつけた。乾いた音が鳴る。

 

「──よし、直哉を同行させよう」

 

「直毘人様……!?」

 

 甚壱が驚き、直毘人を見る。

 だが直毘人の顔は、もう決めた顔だった。

 

「何、ただでは同行させん……付き人をつける」

 

「付き人、ですか……しかし一体誰を……? 炳の中の誰かですか?」

 

 甚壱の問いに、直毘人は首を横に振る。

 

「いや、炳からは選ばん。直哉はまだ未熟で、炳以外の存在を舐めきっている」

 

 直毘人は、口角をわずかに上げる。

 からかいと、教育の匂いが混じった笑み。

 

「そんなアイツの鼻をへし折るのに、うってつけの存在がいるだろう?」

 

 甚壱は思考を巡らせる。

 だが、炳以外で直哉の鼻をへし折れる人間など、すぐには浮かばない。

 

「……すみません、自分には思い浮かびません」

 

 甚壱の低い声音に、直毘人は肩をすくめた。

 

「まぁ仕方ない。奴は扇からの妨害工作もあって、炳にはなれんかったからな」

 

「扇から……? それは、一体誰なんです?」

 

 甚壱の訝しげな問いに、直毘人はニヤリと口の端を歪めた。

 

禪院源一郎──かつて()()()()()()と呼ばれた男よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 





源一郎さんやっと出せそう。でも展開何も考えてない。
次は木曜日の7時くらいに短めのオマケを投稿します。
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