転生したら躯倶留隊だった件   作:トックー0322

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評価と感想お待ちしてます。


第五話:天与の暴君

 

 

 直哉は、にこやかだった。

 さっきまでの値踏みする目のまま、口元だけを柔らかくしている。

 

「君、すごく呪力の流れが綺麗やね。思わず声かけてもうたわ」

 

 (……は?)

 

 内心で固まる。俺の呪力の“流れ”が綺麗?

 それだけの理由で話しかけてきたのか?

 俺は混乱し、裏の意図を読み解こうとする。

 が、すぐに思い直す。

 

 (いや、こいつは禪院直哉だ。そういうこともあり得る)

 

 俺は頭を下げた。

 

「恐縮です」

 

 言葉を増やさない。

 こいつに言葉を与えると、ドンドン踏み込まれる気がした。

 

 芳樹が横から、少しだけ身を乗り出す。

 

「でしょ!? 俺も思ってました! 源之助の呪力、全然ムダがなくて──「黙れや」」

 

 直哉は、顔だけ芳樹に向けた。

 目の温度が一気に落ちる。

 さっきの柔らかさが嘘みたいに冷えた視線。

 

「カスが話しかけてくんなや。いま僕は源之助君と話してんねん」

 

 言い方が、あまりにも自然だった。

 冗談のトーンではない。

 ただ、事実を告げるみたいな気楽さで、人をゴミ箱に捨てる。

 

 「え、あ……」

 

 芳樹の顔から血の気が引く。

 肩が縮む。声が喉で止まる。

 それでも席を立てない。立ったら余計に目立つ。そういう判断が一瞬で走ったのだろう、芳樹は黙り、動かなくなった。

 

 (……直哉らしいな)

 

 乾いた笑いが出そうになる。

 原作で知ってる性格、そのまんまだ。遠慮も仮面もない。小さな王様。

 

 でも、疑問が湧く。

 なんで俺に、こんなに食いつく?

 術式無しの俺は禪院家じゃ価値が低い。ましてや宗家の坊ちゃんがわざわざ寄ってくる意味がない。

 

 直哉は芳樹から視線を外し、元の優しい目で俺を見る。

 

「ごめんなぁ。ちょっとカスの声がうるさくてな」

 

 謝ってるのは言葉だけだ。

 謝罪の形を借りて、もう一回芳樹の心を踏みつけた。

 その上で俺に“味方の顔”を向けてくる。

 

 直哉は芳樹を押しのけるようにして座布団に座った。

 押された芳樹が座布団から落ちるが、何も言わない。

 禪院家の縮図を見ている気分になる。

 

「で、源之助君。どうやってその呪力操作、身につけたん?」

 

 俺は視線を逸らさず、淡々と答える

 

「毎日訓練しています」

 

「訓練って、どんな?」

 

「呼吸に合わせて呪力を練ります。何時間も」

 

 直哉は目を細めた。面白いものを見るように。

 

「へぇ。鍛錬は?」

 

「剣術と体術を、毎日」

 

「誰に教わってるん?」

 

「独学です」

 

 嘘は言ってない。

 鍛錬の内容は前世の記憶を参考にして、後は観察だ。

 我が家の連中は術式持ちの弟にしか時間を割かない。俺の基礎づくりは全部独学だ。

 

 直哉は、妙に嬉しそうだった。

 

「君、ほんまにおもろいなぁ」

 

 内心で警戒が増す。

 "おもろい"という言葉の裏に、こいつの場合“玩具にしたい”が混ざってる可能性がある。

 

 いくつか質問が続いた。

 呪力の練り方の癖。

 力を出すときの意識。

 木刀の素振りの回数。

 俺は機嫌を損ねない程度に、最低限の言葉で返した。

 

 直哉がふと、首を傾げる。

 

「源之助君は僕の父ちゃんと会わなくてええの?」

 

 新当主に顔見せしないのか、って意味だろう。

 

「弟が行っているので、大丈夫です」

 

 直哉が笑う。

 

「なんでや。源之助君がお兄ちゃんなんやろ?」

 

 ……来たな。

 こいつ、俺の“理由”を聞きたいんじゃない。

 俺がどの階層の人間か、確定したいだけだ。

 

 俺は淡々と言った。

 

「自分は術式を持っていないので」

 

 直哉の表情が、変わった。

 ほんの一瞬で。

 友を見る目から、ゴミを見る目へ。

 

 舌打ちが、畳に落ちた。

 

「なんやねん。お前もカスやったんかい」

 

 内心で、思わず笑う。

 あまりにも“らしい”。期待を裏切らない。

 でも顔には出さない。出したら死ぬ。比喩じゃなく。

 

「……申し訳ありません」

 

 謝る理由はないが、ここでは必要な動作だ。

 

 直哉は俺の謝罪を無視して、立ち上がった。

 そしてわざと聞こえるように言う。

 

「カス相手に長々と喋って損したわ。口ゆすいでこよ」

 

 そのまま、直哉は去っていった。

 背中の着物が揺れて、周囲の空気が一瞬で直哉の形に整列する。

 誰も止めない。止められない。

 

 直哉がいなくなると、芳樹がようやく息を吐いた。

 奪われていた座布団を取り返し、俺に顔を寄せる。

 

「……アイツ、多分宗家のやつだよな」

 

 声が震えている。怒りと恐怖が混ざってる。

 

「性格終わってね?」

 

「終わってるな」

 

 周囲には聞こえないように言う。

 内心では「終わってるどころじゃないぞ、ドブカスだぞ」と付け足した。

 

 芳樹が顔をしかめる。

 

「誰なんだよ、あいつ」

 

「禪院直哉、禪院直毘人の息子」

 

 芳樹の目が丸くなる。

 

「……直毘人様の、息子?」

 

「そう」

 

 芳樹は顔を引きつらせた。

 

「あんな奴が将来、当主になるかもしんねぇのかよ……」

 

 俺は何も言わなかった。

 内心では「ならないぞ」と答えていた。

 

 そう、直哉は当主にならない

 代わりに俺たち全員死ぬけどな

 

 そんな“未来”を口にできるわけがない。

 だから俺は、黙って料理に視線を戻した。

 

 その時。

 

 床に何かが落ちているのに気づいた。

 黒い艶のある扇子。

 金の装飾が細かく入っていて、見るからに高い。

 

 俺はそれを拾い上げた。

 

 芳樹が覗き込む。

 

「それ……直哉のじゃね?」

 

「たぶん」

 

「見なかったフリしようぜ。アイツ嫌な奴だし」

 

 魅力的な提案だ。

 俺も内心では同意したい。

 だが、別の計算が先に立つ。

 

 直哉の機嫌を損ねたことが、父にバレたらどうなるか分からない。

 父だけじゃない。宗家の誰かが「分家のガキが直哉様に失礼を」と言い出せば、かなりまずい。

 俺だけが処罰を受けるならまだしも、蘭太まで巻き込まれる可能性がある。

 

 (……なんとかして、覚えを良くするしかない)

 

 内心で苦味が広がる。

 直哉の扇子を届ける。たったそれだけでも、やる価値はある。

 

「俺が届けてくる」

 

 芳樹が目を開いた。

 

「マジかよ……」

 

 尊敬なのか、呆れているのか分からない視線。

 たぶん両方だ。

 俺はそれを気にせず、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

   §

 

 

 

 

 

 

 大広間を抜けると、喧騒の音が一段落ちた。

 代わりに、屋敷の“雰囲気”が濃くなる。

 

 廊下は広く、磨かれている。

 障子越しに光が柔らかく入って、床に薄い影が揺れる。

 遠くから料理の匂いが流れてくるのに、近くには香の匂いが居座っている。

 鼻の奥が、少し痺れる。

 

 女中たちが忙しなく行き来している。

 足音は小さい。衣擦れも小さい。

 目線だけが鋭い。

 誰がどこへ向かっているのか、瞬時に把握している目だ。

 

 俺は視線を避けるように、自然に歩いた。

 背筋を伸ばして、堂々としすぎない。卑屈にもならない。

 この屋敷では、“ちょうどいい存在感”が一番難しい。

 

 直哉の呪力は覚えている。

 さっき、至近距離で散々浴びた。嫌でも記憶に残る。

 追うのは容易だった。

 

 呪力の痕跡は、薄い香りみたいに廊下に残っている。

 曲がり角を曲がるたびに、その濃さが変わる。

 俺はそれを辿った。

 

 気づけば、屋敷の離れの方へ来ていた。

 人の気配が減る。

 光が少し暗くなる。

 庭の方から風が入って、寒さがじわりと袖を通る。

 

 (……おいおい)

 

 内心でぼやく。

 直哉のやつ、こんなとこまで何しに来たんだ。口ゆすぎにって、どこまで行くつもりだよ。

 

 でも、ここまで来たら引けない。

 引き返したところで扇子は手元に残る。

 それはそれで面倒の種になる。

 

 俺は扇子を握り直して、足を進めた。

 

 そして。

 

 離れの手前の廊下で、直哉の後ろ姿を見つけた。

 あの着物の艶。

 あの歩き方。

 背中からでも分かる、ふてぶてしい態度。

 

 俺は静かに距離を詰めた。

 

 名前を呼ぶつもりはなかった。

 呼んだ瞬間に怒りそうで嫌だったから。

 だから内心でだけ名前を呟いて、扇子を渡す手順を組み立てる。

 

 その時、直哉が急に立ち止まった。

 

 俺も反射的に止まる。

 距離は数歩。

 直哉の肩がわずかに揺れた。

 

 次の瞬間。

 

 直哉の目の前に、一人の男が現れた。

 

 ──現れた、という言い方が正しい。

 廊下の空気が一瞬で裂けて、そこから出てきたみたいだった。

 

 男からは、一切の呪力を感じない。

 ゼロ。空っぽ。

 なのに。

 

 直毘人が子猫に思えるほどの覇気が、空間を圧した。

 

 心臓が跳ねる。

 胃が冷える。

 背骨が勝手に硬直する。

 

 (マジかよ……)

 

 内心で理解が追いつく前に、体が理解していた。

 捕食者の気配だ。

 人間の形をしてるのに、人間の枠に収まってない。

 

 禪院甚爾

 

 俺は一目で分かった。

 そして同時に、思い出した。

 

 原作の、あの一コマ。

 直哉の精神性を決定づけた瞬間。

 “アッチ側”を見せつけられて、鼻がへし折れた瞬間。

 

 やばい。

 頭が、思考を拒否する。

 圧が強すぎて、言葉が喉の奥に沈む。

 

 その時、原作とは異なる事が起きる。

 甚爾が立ち止まったのだ。

 そして、こちらを向いた。

 

 視線が俺を捉えた瞬間、圧が“指向性”を持った。

 俺だけに降り注ぐ。

 逃げ道が消える。

 

「なんだ、お前」

 

 声は低い。淡々としている。

 それが余計に怖い。怒ってるわけでもないのに、いつ殺されてもおかしくないと感じる。

 

 俺は何も言えなかった。

 冷淡な口調も、鉄面皮の無表情も、全部圧で押し潰される。

 体が固まって、呼吸すら出来ない。

 

 瞬間、直哉が焦ったように声を上げた。

 

「ぼ、僕は禪院直毘人の息子の禪院──「違ぇよ」」

 

 必死の名乗り。

 声は上ずっている。

 自分の価値札を突きつけるみたいな台詞。

 

 だが、甚爾はそれを遮った。

 

「お前じゃねぇ」

 

 直哉の声が、途中で止まった。

 息を呑む音が聞こえた気がした。

 

 甚爾の視線は俺に固定されたままだ。

 

「お前に聞いてるんだ」

 

 俺の喉が、かすれた。

 声を出すより先に、体が動いた。

 

 反射的に膝をついて、頭を下げる。

 

 床が冷たい。

 鼻が、木の匂いを拾う。

 心臓の音が耳の裏で鳴る。

 

「…禪院源一郎の息子、禪院源之助です」

 

 言えた。

 言えたけど、声が自分のものに聞こえない。

 震えていたかもしれない。分からない。

 

 甚爾が鼻で笑ったような気配がした。

 

「呪力のねぇ猿に対して頭を下げるか……おかしなガキだ」

 

 そう言い残して、甚爾は歩き去っていった。

 足音が遠ざかるたび、空気が少しずつ戻る。

 へばりついた圧の残り香が、ゆっくりと消える。

 

 俺はようやく息を吐いた。

 肺が痛い。さっきまで空気を入れないまま耐えていたらしい。

 

 (た、助かった…。俺、生きてる…!)

 

 心臓の音はなかなか止まない。

 俺は顔を上げる。

 

 そこにいたのは、こちらを見る直哉だった。

 

 凄まじい形相で、俺を睨みつけている。

 目が、さっきの“ゴミを見る目”とは違う。

 憎悪と屈辱が混ざった、今にも殺してきそうな濁った目だ。

 

 (……あ、終わったわ)

 

 内心で、やけに冷静に思う。

 

 俺は汗だくなまま、直哉を見返す。

 握っている手は震えていた。

 

 ごめん父さん。ごめん蘭太。

 我が家は潰れそうです。

 

 

 

 

 

 





この直哉くんはコンプレックスヤバそう。
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