時系列的には、最終編直後くらいのお話となります。
「それではこれより、連邦捜査部『シャーレ』として、最初の公式任務を始めましょう!」
手元のタブレットから響く、アロナの声を聞きながら、たった今自分に与えられた部室を見渡す。
おそらく建設されてから、誰も入っていなかったのだろう。その中は清潔で、空っぽだった。
先程までこの施設を丁寧に説明してくれていたリンちゃんは、既に連邦生徒会へと戻った。このビルにいるのは私とアロナだけだ。
いつか、ここが生徒でいっぱいになる日が、来るだろうか。
学園都市、キヴォトス。生徒皆が銃器を持つこの街での教師としての仕事は、きっと大変なものになるだろう。しかし、私は大人として、彼女達、一人一人、その全てに寄り添っていくのだ。
そう決意し、シャーレへと一歩踏み入れようとしたところで───
「ではまず、青輝石を使って生徒さんを募集しましょう!」
アロナのその言葉に、私は盛大に躓いた。
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椅子を引いてどかし、机に向かってしゃがむ。机の下のパソコンの電源を入れて、立ち上がって椅子へと腰を下ろした。モニター横のペン立てから筆記具を取り出し、並べていく。
パソコンが完全に起動したところで、今日の当番の生徒がコーヒーを淹れてくれた。一言感謝を述べ、口をつける。
苦味とカフェインが体を巡り、全身が急速に目覚めていくのを感じた。
これで、仕事の準備は完了。さて取り掛かるかと思ったところで、仕事場の扉が開いた。その向こうには見知った顔。
「おはよう、ユウカ。今日は当番じゃなかったと思うけど、何か用事かな?」
「おはようございます、先生。その、お時間を頂いてもいいですか?ちょっと、お話ししたいことがあって...」
その表情は真剣で、思い詰めているというほどではなくとも、これから話すことの重大さを感じさせるものだった。
ユウカとは、キヴォトスに来てから、短くない時間を過ごしてきた。仕事の前に、大切な生徒の話を聞くくらいなら、リンちゃんも許してくれるだろう。
「今日は急ぎの仕事もないし、大丈夫だよ。」
当番の生徒に断って、ユウカと共に仕事場を出る。他の生徒がいるところでは話しづらいだろうと思って、シャーレの中の談話室まで向かった。
談話室のソファに腰を下ろすと、テーブルを挟んで、向かいにユウカが座る。
仕事場から持ってきたコーヒーを一口飲んで、話しかけた。
「それで、話って、何かな。」
ユウカは少しの間逡巡したのち、口をきゅっと結んで、意を決したかのように、言った。
「いつになったら、ノアをシャーレに入れてくれるんですか。」
なるほど、なるほど...
これは、難しい。どうにか、ユウカをこれ以上刺激せず、宥めなければ。
「あのね、ユウカ。ユウカの気持ちは、よくわかる。私だって、できれば当番では、同じ学校の子を入れたいと思っているけど───」
「先生は、何にもわかっていません。私は、そういうことを言ってるわけではありません!
もちろん、ノアと一緒に当番ができたら良いとは思いますが、これは、ノアと先生の問題です。ノアが、どれだけシャーレに入りたいと思っているか、先生のそばで仕事をしたいと思っているか、知っていますか!」
「それは、うん。申し訳ないとは、思っているよ。ただ、私の意思だけでは、どうにも...」
ユウカは、私の言葉に、少し勢いを失った様子だ。
「それは、わかっています。本当は、先生が悪くないことも...
シャーレに入るためには、特別な力で、先生と縁を結ばないといけない、んですよね?」
そう。それが、この超法規的組織、連邦捜査部シャーレが持つ、最大の欠点だった。
"青輝石"。アロナ曰く、「先生と生徒の絆の力の結晶」。私は、その石を使うことでしか、生徒をシャーレに所属させることができない。
しかも、その石を使ったとしても、どの生徒を呼ぶことができるかは基本的にランダムで、一部の生徒は、縁を結べる確率が、極めて低い。
一応、入れ替わりのような形で、特定の生徒を呼び出せる確率が高まる措置もあるのだが、その確率も決して高くはない。
おまけに、その青輝石は大量に手に入るものでもない。
これが、ノアが未だシャーレに所属していない理由だった。
「私だって、ノアがシャーレに来てくれるよう頑張ってはいるんだ。
いろんな生徒と出かけたり、連邦生徒会でアユムと話したり。」
「それのどこが頑張ってるんですか!女の子と仲良くしてるだけじゃないですか!
それに、それなら、私を誘ってくれても...」
「いや、ユウカとはもう出かけきっちゃったからね。絆も深まったし。」
「出かけきった、ってなんですか!確かに、先生には、愛用品である電卓をたまにお貸しするくらい、仲良くはなりましたが...」
一定程度まで仲が深まった生徒との交流では、青輝石は発生しない。それは、生徒募集のルールの一つだ。
もちろん、私としてはユウカとも、もっと交流したいと思っているが、それだけではあの石は増えない。
「あとは、晄輪大祭に参加したりとか。」
「あの時もです!先生、ノアの体操服姿をすっごい褒めるし、仕事も手伝ってたじゃないですか。」
「何か、よくなかったかな?」
「悪くはないです!でも、ノアは、先生に優しくされるたびに、"じゃあ、なんで私はシャーレに呼ばれないんだろう"って考えなきゃいけないんですよ!」
「いや、そんなまさか。」
「まさかじゃありません!先生と喋ることが嬉しいのか悲しいのかわからなくなったノアを宥めるの、大変だったんですからね!実行委員の仕事もあるのに!」
「ご、ごめん。」
まさか、ノアがそんな状態になっているとは。
「でも、だからと言ってノアに話しかけないというのも...」
「それは絶対ダメです!ノア、"先生がシャーレに呼んでくれないのなら、こちらから..."とか言って、最近モモトークを送る頻度を増やしてるんですから!」
「それは、本当に言って良いことなの!?」
確かに、最近ノアからのメッセージが多いな、とは思っていたが。
「後、先生、最近カフェにいる生徒に、水着や着物に着替えるようお願いしてる、と聞きましたが、本当ですか?」
「それも、ノアのためなんだ...」
「そんなわけないでしょう!どうして、カフェにバニーガールがいたら、ノアがシャーレに入れるようになるんですか!」
まさか、生徒の衣装が変われば、貰える青輝石の量もリセットされるんだ、と言っても、ユウカは信じてくれないだろう。
しかし、これもまた、生徒募集のルールの一つなのだ。
「まあ、私も、シャーレに生徒が所属する仕組みに、詳しいわけではありません。先生にしかわからない苦労があるだろうということは、承知しているつもりです。
でも───」
その時、談話室の自動ドアが、唐突に開いた。ドアの向こうに立っているのは、仕事場に残してきてしまった、今日の当番の生徒。
「先生?話がだいぶ盛り上がっているようだけれど、大丈夫かしら。
今日の仕事量を定時に終わらせるには、10時30分から始めるのが、最も合理的よ。」
「失踪中のリオ会長がいるのは、どういうことですか!!」
ユウカの声に、まさか自分の名前が出されるとは思っていなかったリオが、ぴくりと体を震わせる。
「いや、その。それは、ピックアップ中だったから、仕方なくて...」
「ピックアップって何なんですか!?私、初めてカフェでリオ会長を見かけた時、びっくりしたんですからね!
大体、リオ会長もリオ会長です!シャーレに入るんだったら、セミナーに一声かけてくれても良いじゃないですか!」
「そ、それは、申し訳なかったと思っているわ。でも、ね。」
「まあ、確かに、ノアがこのことを知ったら、いよいよどうなってしまうのか、私もわかりません。
すみません。リオ会長。頭に血が昇っていました。」
「いや、い、良いのよ。では、先生、仕事を先に進めておくわ。」
リオは少し気圧された様子で、談話室を離れていった。
部屋の中には、私とユウカだけが残される。
「とにかく、どうにかノアをシャーレに呼んであげて欲しいんです。
最近のノアは、本当に見ていられないほど辛そうで。
先生、ノアが今、先生について、つけている記録をご存知ですか?」
何だろう?確かに、ノアには、目の前で起こったことを記録し、大事に保存しておく癖があるけれど。
「一緒に出かけた回数とか、一緒に仕事をした回数、とかかな。」
「正解は、先生と出会ってからシャーレに所属できるまでの日数と、ノアより後に先生と知り合ったのに、ノアより先にシャーレに所属した生徒の数、です。」
「そ、そうなんだ。」
それは、確かに変だ。
まあ、それなりに仲良くなったと思った大人が、自分以外の生徒を集めて組織を作っているとなったら、多少は寂しく思ったりもするのかもしれない。
「よし、ユウカの気持ちは、確かにわかった。先生として、ここまで真摯に訴えてきた生徒の願いを、無碍にするわけにはいかないからね。」
「本当ですか!?」
ユウカが、驚きながらも、嬉しそうに笑みを浮かべる。やはり、一緒に2人で仕事ができることが嬉しいのだろう。
「実は、ノアがシャーレに所属する方法は、ないわけではないんだ。
それどころか、実は、ノアはもうシャーレに入っているとも言える。」
「はい?それは、どういうことですか?」
本当は、この手は、使いたくなかったのだが。ノアがそこまでシャーレに入りたいというのなら、仕方がないだろう。
「今から、パジャマの生塩ノアを、シャーレに呼ぼう!」
「何でそうなるんですか!!」
やきもちノアが書きたくて、気づいたらノアが出てこなくなっていました。