著:工藤 俊太郎
「工藤新一」と「工藤志保」。
この二人の名前を聞いて、現代の日本人が何を思い浮かべるだろうか。一人は数々の難事件を解決に導いた日本を代表する名探偵。もう一人は、医学の常識を塗り替え続ける天才科学者。
だが、私にとってその名は、単なる「父」と「母」という記号に過ぎない。
私は今、この両親と共に、米花町の工藤邸で暮らしている。
かつてこの家には、もっと多くの声が響いていた。私には弟と妹たちがいる。しかし、彼らは今、ここにはいない。それぞれが自らの意志で、あるいは宿命に従って、別々の場所で、別々の名を名乗り、活動を続けている。
かつて、父と母を死の淵まで追い詰め、その人生を狂わせた巨大な影——「黒の組織」。
世間では、あの禍々しい組織はすでに過去の遺物だと思われているかもしれない。だが、真実は違う。
組織は壊滅などしていなかった。
彼らは生き残るために、その皮を脱ぎ捨てたのだ。
「襲名制」への転向。
それが、彼らが選んだ生存戦略だった。「ジン」や「ウォッカ」、「ベルモット」といったコードネームは、個人の名ではなく、組織の役職としての「名跡(みょうせき)」へと変貌した。代が替わり、中身が入れ替わることで、過去の怨恨をリセットする。その歪な合理性によって、組織は社会の裏側に溶け込んだ。
それ以来、父と母は組織から狙われなくなった。
「先代」の不始末を追いかけないという、血塗られた不戦条約。それが、私たちが今享受している、薄氷の上の平和だ。
父は変わらず事件を追い、母は変わらず研究に没頭している。
しかし、時折、図書室で背中合わせに座る二人の間に、言葉にならない重たい沈黙が流れることがある。
狙われなくなったということは、許されたということではない。
ただ、見逃されているだけなのだ。組織という巨大な怪物が、新しい喉を潤すために、古い獲物に興味を失ったに過ぎない。
私は、父から譲り受けた明晰な頭脳と、母から受け継いだ冷徹な観察眼で、この奇妙な家庭環境を見つめている。
弟や妹たちが外で戦い続けている一方で、長男である私がこの家にとどまり、両親の傍にいる理由。
それは、いつかこの「不戦条約」が破られた時。
あるいは、組織の「襲名」という鎖が、再び我が家の玄関を叩いた時。
その最初の一歩を、私が食い止めるためだ。
工藤俊太郎。
私は、探偵の息子であり、科学者の息子だ。
そして、未だ終わらぬ物語の、最初の目撃者でもある。
西暦2053年。
かつて少年探偵団や阿笠博士と駆け回った米花町の街並みも、空飛ぶ車やホログラムの広告が踊る景色へと変貌を遂げた。
私は今年で42歳になる。
現在の私の肩書きは、警察庁警備局公安課の職員だ。皮肉なものだと思う。かつて法を無視して暴れ回った組織を追い詰めるために、父は探偵として、母は裏切り者として戦った。そしてその息子である私は、国家の盾として、この国の裏側に潜む闇を監視している。
私の任務の一つには、当然ながら「襲名制へと移行した組
織」の動向調査が含まれている。彼らが父や母に手出しをしないよう、私はこの場所から睨みを利かせ続けているのだ。
私には、頼もしくも複雑な背景を持つ弟と妹たちがいる。
次男の修二郎。2013年生まれの彼は、祖父母(優作と有希子)が遺したマンションを拠点に、海を渡ってFBIの捜査官となった。父・新一に最も似た鋭い直感を持つ彼は、アメリカから組織の「外側」を追っている。
三男の祐介。2015年生まれの彼は、母・志保の理知的な部分を強く受け継いだ。現在は杯戸町の薬品会社に勤めている。彼が扱う薬学の知識は、万が一の際、母がかつて作った毒薬の系譜を断ち切るための最後の砦となるだろう。
そして、嫁いでいった妹たち。
長女の涼花は、北の大地・函館の男性と結ばれた。
次女の友花は、西の要衝・広島の男性のもとへ。
三女の雫に至っては、母のルーツに近い場所を選んだのか、イギリスのMI6に所属し、現地の男性と家庭を築いている。
私たちは、かつて父たちが戦ったあの「黒い影」の再来を恐れ、あえて散り散りになった。一箇所に集まれば、一網打尽にされるリスクがあるからだ。
だが、私たちは繋がっている。
私が公安の端末を叩き、修二郎がFBIのネットワークで呼応し、雫がMI6の情報を流す。
組織が「襲名」を繰り返し、どれほど姿を変えようとも、工藤家の血脈は世界中に張り巡らされた網となって、彼らを逃さない。
現在、私は米花町の工藤邸で、老境に差し掛かった父と母と共に暮らしている。
「俊太郎、またそんな険しい顔をして。コーヒーでも飲みなさいよ」
母・志保が淹れてくれるコーヒーの香りが、張り詰めた私の神経をわずかに緩めてくれる。
これが、2053年における工藤家の、そして私の「戦い方」だ。
米花町の工藤邸には、今も心地よい風が吹き抜ける。
かつてここには、多くの笑い声と、時として張り詰めた推理の火花が散っていた。
私の父、新一と母、志保は、共に80代を迎えた。
二人の髪には白いものが混じり、足取りもかつてほど軽くはない。それでも、父の眼光は事件のニュースを追うたびに鋭さを取り戻し、母の指先は今もタブレットで最新の論文を精査することをやめない。
彼らが今も健在で、私の帰りを待っていてくれる。その事実に、私は公安警察官としての激務の中でも、深い安らぎを覚えるのだ。
しかし、この平穏に至るまでの道筋には、避けては通れない別れがあった。
私が生まれた2011年。
それは、我が家の最大の理解者であり、父にとっては「もう一人の父」でもあった阿笠博士が旅立った年だ。脳卒中と糖尿病の合併症……科学の力で数々の奇跡を起こした博士も、病という運命には抗えなかった。母は今でも、博士が作ってくれた発明品を大切に手入れしている。
続いて、2016年には祖父・優作が脳卒中で倒れ、静かに息を引き取った。
そして2018年、太陽のように明るかった祖母・有希子も、肺ガンという病に勝てず、祖父のあとを追うようにこの世を去った。
彼らの死は、工藤家という物語の「第一章」が終わりを告げた瞬間だったのかもしれない。
だが、物語は終わらない。
私には、この血脈を未来へと繋ぐ、愛すべき子供たちがいる。
長男の慎太、次男の智明、三男の宗次郎。
長女の瑛子、次女の真依子、三女の紗己子。
6人の子供たちは、2053年の現代を、それぞれの個性を持って駆け抜けている。
彼らが曾祖父母の名前を聞いて何を思うのか、あるいは「江戸川コナン」や「シェリー」という名がかつて持っていた重みを知る日が来るのか。それはまだわからない。
ただ、80代になった父と母が、孫たちに囲まれて穏やかに微笑んでいる姿を見る時、私は思う。
かつて組織が求めた「不老不死」や「時の流れを戻す」といった歪な願いよりも、こうして世代が重なり、命が引き継がれていくことこそが、最も美しく、そして強固な「真理」なのだと。
私は公安の人間として、この大家族を守り抜かなければならない。
博士が遺した慈愛、祖父母が遺した知性と華やかさ、そして父と母が命を削って勝ち取ったこの「普通の日常」を。
2053年、米花町。
工藤邸の門を叩くのは、もはや事件の依頼人でも、黒い装束の刺客でもない。
「おじいちゃん、おばあちゃん、遊びに来たよ!」という、孫たちの元気な声であってほしいと、切に願っている。
工藤邸の門をくぐると、右手に広大なガレージと駐車場が広がっている。
かつてそこには、黄色いワーゲン・ビートルが停まった風変わりな円形屋根の邸宅——阿笠邸があった。
博士が亡くなった翌年の2012年、あのビートルは老朽化に抗えず、ひっそりと廃車になったと後で聞いた。主を失った家もやがて取り壊され、今は我が家のガレージとして、二台のSUVが並んでいる。
父の黒塗りの三菱エクリプスクロスと、母の白塗りの三菱アウトランダーだ。
このモノトーンの二台が並ぶ静かな駐車場を見るたびに、私は「形あるものの移ろい」と、それでも変わらない両親の絆を感じずにはいられない。
世間から見れば、私の父、工藤新一は少し不思議な経歴の持ち主だろう。
かつて「高校生探偵」として鳴らした男が選んだ職業は、警察官でも探偵事務所の主でもなかった。
米花商事株式会社 営業部営業二課外事係。
それが父の定年までの肩書きだった。一見すると、どこにでもいる中間管理職の「係長」だ。しかし、その実態は、子会社の監査や複雑な取引先との交渉を一身に引き受ける、企業の「守護神」のような存在だった。
父は、探偵として磨いた観察眼と論理的思考を、ビジネスの不正を暴き、企業を守るために使ったのだ。
「俊太郎、真実を暴くことだけが正義じゃない。真実をどう扱うかが、大人としての責任なんだよ」
残業帰りの父が、ネクタイを緩めながら私に語った言葉を今でも覚えている。
公安という組織に身を置く今ならわかる。父は、あえて「普通の会社員」という仮面を被ることで、組織からの不戦条約を守りつつ、自らの愛する家族と平穏な日常を死守していたのだ。
派手な事件解決の報酬ではなく、毎月の給与で私たち6人の子供を育て上げた父の背中は、どんな名探偵の姿よりも大きく、誇らしかった。
一方、母は母で、その父を支えながら自らの研究を深めてきた。
80代になった今、二人はあの駐車場から車を出す機会も減ったが、時折、父の運転で母を助手席に乗せ、かつての思い出の地をドライブすることがある。
阿笠邸の跡地に立つ時、ふと、風に乗って博士の愉快な笑い声や、発明品の爆発音が聞こえてくるような気がすることがある。
それは、私が生まれる前の、遠い遠い物語の残響。
私は2053年の今、このガレージに自分の車を停め、家の中へと入る。
そこには、かつての戦いを生き抜き、穏やかな老後を勝ち取った、偉大なる「普通の両親」が待っている。
「ただいま、父さん。母さん」
工藤家の物語は、かつての悲劇を飲み込み、今もなお、新しい朝へと向かって進んでいる。