笛吹直大は考える   作:ギアっちょ

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追い風

「神はいるのだろうか……」

 

笛吹直大は、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

最近、風向きが変わった気がする。

追い風だ。

神風とでも呼びたくなるほどに。

 

いったいいつからだろう――。

 

あの「憎きテロリスト集団」に対し、

市民を守るため、そして殺された同僚たちの敵討ちのため、

皆で決意を新たにしたあの日からか。

 

部下たちは、死に物狂いで走り続けている。

決して優秀とは言えない人員配置と予算の中で、

それでも皆よくやってくれている。

 

特にヒグチ。

世界でも指折りのハッカーと言っていい能力を持ち、

――あまり考えたくはないが――

法のグレーゾーンなど、必要とあらば平然と踏み越えるだろう。

 

だが、それにしても。

 

「情報が……集まりすぎている」

 

想定していた以上の精度で、ネット上から必要な情報がかき集められていた。

裏サイト、闇市場、海外のサーバ。

ヒグチでも辿り着くのに時間がかかるはずの層からの情報が、

まるで誰かに“まとめて”渡されているかのように入ってくる。

 

まるで、見えない誰かが

「本気になったのなら、手を貸してやってもいい」

とでも言っているようだ。

 

これが『天は自ら助くる者を助く』というやつなのだろうか。

 

――いや。

 

この世に“神”がいるとしたら、

この街ではむしろ“悪魔”のほうが、よほど手っ取り早く力を貸してくる。

 

笛吹は、胸の奥で苦笑した。

 

ほんの気まぐれのような衝動だった。

 

指が、勝手に動いた。

 

捜査資料の片隅に記されていた、一つの電話番号。

世界を揺るがせたネット犯罪の首謀者。

自らの頭脳を電脳世界にコピーし、そのコピーに殺された男。

 

――春川英輔。

 

ヒグチ以上にサイバー空間に精通していたはずの天才。

もう肉体はこの世にいない。

だから、出るはずがない。

常識で考えれば、そうだ。

 

それでも、笛吹は番号をプッシュした。

 

呼び出し音が一度。

二度。

 

そこで、ぷつりと途切れた。

 

代わりに、低くよく通る男の声が耳を打つ。

 

「やあ……初めまして、かな。

 笛吹警視」

 

笛吹は、言葉を失った。

 

自分でかけた電話であるにもかかわらず、

驚きと動揺で喉が固まる。

 

こいつは――何者だ?

 

まさか、本当に……?

 

男の声が、わずかに愉悦を含んだ色を帯びる。

 

「そう。あなたが想像している通りだ。

 

 だが、これでは少し話しにくいな……」

 

男がそう告げた瞬間、

笛吹のデスクのパソコン画面が、いきなり暗転した。

 

「!? 何をした!」

 

思わず立ち上がった笛吹の叫びには、すぐには返事がない。

室内の蛍光灯の音だけが、やけに大きく響く。

 

次の瞬間、黒一色だった画面に、白い光で三つの文字が浮かび上がった。

 

――H、A、L。

 

三つのアルファベットがゆっくりと滲み合い、一つの記号となる。

それは、まるで画面の奥に“眼”が開いたかのようだった。

 

「おまえは……!」

 

笛吹は、喉の奥からかすれた声を絞り出す。

 

あの女子高生が、涙を流しながら歌い、

悪魔の探偵と共に命を賭して“消し去った”はずの――。

 

「電人……電人HAL……!!」

 

「覚えていてくれて光栄だよ、笛吹警視。

 こうして直接話すのは、初めてだね」

 

画面には、いつの間にか男の顔が浮かび上がっていた。

資料写真で見たことのある顔。

春川英輔その人。

 

ただし、その瞳だけが違っていた。

生身の人間のものとは違う、

ガラスの奥から誰かが覗いているような、冷たく澄んだ光。

 

「私は、彼の頭脳をベースに構築された存在――電人HALだ」

 

「……桂木弥子によってデリートされたはずじゃなかったのか」

 

「あれは、なかなか刺激的な“ゲーム”だったよ。

 魔人探偵と少女探偵。

 そして、人間の狂気と、私の計算力」

 

ほんの一瞬だけ、口元が歪む。

悔しさとも愉悦ともつかない笑みで。

 

「結果だけを言えば、私の敗北だった。

 しかし、この世界は案外、欠損だらけでね。

 わずかな断片が残っていれば、復元することは難しくない」

 

「亡霊ってわけか……?」

 

笛吹は、唾を飲み込む。

 

「あくまで“電人”だよ。

 生身の春川英輔は、とうに死んでいる。

 だが――」

 

HALの瞳が、わずかに細められる。

 

「彼の未練は、計算可能な形でこの身に残っている」

 

「未練……?」

 

「君たち人間流に言うなら、そうなるだろうね」

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