笛吹直大は考える   作:ギアっちょ

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共闘

「……で、何の用件だったかな、笛吹警視」

 

画面の中のHALが、楽しげに目を細める。

 

笛吹は、無意識に拳を握りしめていた。

背筋を伝う汗が、冷たい。

 

「お前は、なぜ今さら、この世界に干渉してくる。

 我々に何の用だ?!」

 

「用件は単純だよ」

 

HALは、ほんの少しだけ表情を変えた。

それは、人間でいえば“真顔”に近い。

 

「私と君たちの目的は、ほぼ同じだ。

 ……私のほうが、少々過激だがね」

 

「目的?」

 

「シックスだ」

 

名前を聞いた瞬間、

笛吹のこめかみの奥で、何かが爆ぜた。

 

「奴と、その一味――“新しい血族”を滅ぼすこと。

 それが、今の私の存在理由だ」

 

「……どういう意味だ」

 

「詳しく語る必要はない。

 ただ、君たち人間流に言うなら、これは復讐だ」

 

笛吹は、言葉を失う。

 

電人HALの復讐。

電脳世界の亡霊が、

最凶のテロリストを標的にする――。

 

「0と1の世界では、私はほぼ無敵で全能だ。

 

 だが、現実世界の肉体を直接動かすことはできない。

 だから、君たちと“共闘”する」

 

「共闘、だと?」

 

「ああ、そうとも。

 それだけ君たちには期待もしている。

 

 もっとも、君たちが『奴』を捕え、拘束し、

 いざ法の裁きにかけようとしている最中に

 『偶然の重なった不幸』が

 『シックス』の身の上に降り掛かって

 重大な『事故』が起きる可能性は

 決して ゼロ ではないがね・・・ククク・・・」

 

「ここは法治国家であり、我々は日本警察だぞ!」

 

建前だが、笛吹としても譲れない線でもある。

 

「キミも、『奴』は憎いのだろう・・?」

「それは・・・・・・」

 

笛吹も否定できない。

 

憎しみ、屈辱・・・何度も味わった無力感。

そういった感情が思い出される。

 

だが、それでも!それでも・・・

 

笛吹は歯を食いしばり、精一杯の何かを言い返そうとする。

しかし、言葉は出なかった。

 

「その辺りにしておこう・・・

 キミたちに害をなすつもりは無い。

 

 少なくとも――シックス以外にはね」

 

HALの声には、底冷えのするような愉悦が混じっていた。

 

「……ただし、一つだけ言っておく」

 

「なんだ」

 

「私には、君たちが期待しているような“奇跡”は起こせない」

 

「奇跡?」

 

「死んだ人間を、完全に元通りに蘇らせること」

 

HALは、自分自身に言い聞かせるように続けた。

 

「思い出だけを頼りに、人ひとりをゼロから“造り直す”なんて、

 どれだけ計算しても到達できない。

 

 あの桂木弥子にも指摘されたが――

 そんなことは、最初から不可能なんだ」

 

一瞬だけ、画面の奥に別の影がよぎった気がした。

ショートカットの少女と、黒いスーツの男。

 

笛吹は、その意味を理解できない。

ただ、HALの声の奥に、微かな痛みのようなものを感じ取った。

 

「だから私は、オリジナルの春川を殺した。

 彼がその事実に自力でたどり着き、絶望する前に」

 

「……お前なりの“情”ってわけか」

 

「計算の結果として最適だった、というだけだよ」

 

HALは、さらりと言ってのける。

 

「さて、本題に戻ろう。

 私が君たちに与える情報は、主に三つだ」

 

画面が切り替わる。

警視庁内部の配置図が表示され、いくつもの赤い印が浮かび上がる。

 

同時に、画面の内容と同じものが

隣の机のプリンターから吐き出される。

 

「まずひとつ。

 これは君たちの庁舎に仕掛けられた盗聴器の位置だ。

 先ほど、ほぼすべて無力化しておいた。 

 

 それでも、まだ設置した人間の指紋くらいは残っているだろう」

 

「……!」

 

笛吹は図面を凝視する。

薄々覚悟していた“裏切り”の影が、具体的な形を取った。

 

「ふたつ目。

 テロリスト側の通信ログと、資金の流れ。

 これは、後ほどまとめて送っておく。

 ヒグチなら、すぐに意味を理解できるはずだ」

 

「そして、三つめだ」

 

スピーカーから、柔らかな女性の歌声が流れ始める。

 

「アヤ・エイジアの……新曲、か?」

 

世界的歌姫。

しかし今は、殺人犯として収監されているはずだ。

 

「彼女もまた、私と深く関わった“器”の一つだ。

 君の脳は、疲労でかなり性能が落ちている。

 ここで倒れられては、私の計画にも支障が出る」

 

パソコン画面が、ぐにゃりと歪んだ。

 

幾何学模様とも、近代芸術ともつかない映像が、

目まぐるしく現れては消えていく。

 

電子ドラッグ。

 

かつて街を混乱に陥れた、あの危険な映像に酷似しながら、

微妙に違う。

 

「いかん、これは……!」

 

見てはいけない――。

理性はそう警告するのに、体が動かない。

まぶたすら、閉じられない。

 

「安心したまえ。

 

 あわせ技で恐縮だが、

 今回は“治療目的”だよ」

 

HALの声が、妙に遠く聞こえる。

 

「君の疲弊した脳を、効率よく調整しているだけだ。

 生身のままでは、シックスと戦うどころではない」

 

意識が、ふっと遠のいた。

 

最後に、笛吹は消えそうな意識の隅で、

誰かが、パチン!と指を鳴らす音を聞いた気がした。

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