「はっ!」
笛吹は、机から顔を上げた。
額に手を当て、頭を振る。
どうやら突っ伏すようにして眠り込んでいたらしい。
連日の疲労も手伝ったのだろう。
「さっきの……電子ドラッグのせいか?」
迂闊さへの悔しさと、恥ずかしさと、無念さが一気にこみ上げる。
奥歯をかみしめながら壁の時計を見ると、
拍子抜けするほど時間は経っていなかった。
数分――長く見積もっても十数分といったところか。
パソコン画面は、何事もなかったかのように通常のデスクトップに戻っている。
夢か、と一瞬思う。
だが、机の上には、印刷されたばかりの
警視庁内部の配置図と、赤い印のついた書類が積まれていた。
“さっきまでの出来事は現実だ”と、
それらが無言で主張している。
ふと画面に目をやると、
起動した覚えのないテキストエディタが開いており、
そこには一行だけ、メッセージが残されていた。
『健闘を祈るよ。』
「……皮肉を言う立場か、電人が」
笛吹は、思わず苦笑した。
頭は驚くほど冴えていた。
さっきまで感じていた倦怠感は消え、
思考はいつも以上の速度で回転している。
他人に自分の脳を弄られた不快感はある。
だが今は、それ以上に――。
「風は、完全に追い風だな」
だが、それでも文句の一つも言おうとして
もう一度電話をかけようかと電話機に手を伸ばす。
しかし、なんとなく・・・そう、本当になんとなくではあるが、
何故か、『もう二度とHALには電話は繋がらないだろう』という
半ば確信じみた予感がした。
これも電子ドラッグによるものなのか。
脳科学とコンピュータサイエンス。それらを極めた存在。
『電脳世界の神』でも気取っているつもりか。
机の上には、クリップでまとめた二束の書類。
警視総監への直訴用資料が2つ。
飴とムチ。
完璧な仕上がりではない。
だが、今必要なのは“完璧さ”ではなく、“速度”だ。
一刻も早く、警視総監に「決断させる」事と、
我々が動く事が重要なのだ。
笛吹は左手で書類を掴み取り、右手で内線を叩く。
「警視総監に面会のアポを取れ! 緊急だ、今すぐ!!」
相手の返事を待たずに切る。
今の自分には、二人分――いや、それ以上の覚悟がある。
大局のためなら、正義のためなら、
素性の知れない探偵であろうと、
電人だろうと、
悪魔だろうと、
利用できるものはすべて利用してやる。
笛吹直大は、ネクタイをぎゅっと締め直した。
「首を洗って待っていろ……シックス!」
その背中を、誰も見ていない。
ただ、遠く離れた電脳空間の片隅で、
一人の電人が静かにその姿を見つめていた。
「さあ、笛吹警視」
HALは、誰にも聞こえない声で呟く。
「君たち人間のやり方で、どこまで“悪意”に抗えるか――
この目で見届けさせてもらおう」
そして、心の底の誰にも触れさせない領域で、
たった一つの名前をそっと呼ぶ。
――刹那。
大切な人と再会したい。
ただそれだけの、ささやかな願いから生まれた電人は、
今、世界最大級の“悪意”へと牙を向けていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
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「笛吹の解釈ここ好き」
「HALのこの言い回しツボった」みたいな一言、
もらえたらめちゃ嬉しいです。