カスミに踏まれたい先生「じゃあなサンダル。俺より日常的に踏まれているだけの凡夫」
先生の性別については決めていません。自由に受け取ってください。

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水着カスミと仮眠室で英気を養う話

「許してくれ」

 

 か細いとは形容しがたい懇願の音が、私の喉から鳴った。これは形式的な祈りに近い。恥ずべき事を、余人(よじん)がいないからと、いつものことだからと、堂々とやっている。何人(なんぴと)よりも大事に思っている人に対して。

 

「許してほしいなんて欠片も思ってもいないだろうに」

 

 うん。頷きはしない。この人(カスミ)は分かっているから。

 

「そもそも悪いことをしたとも思っていないんじゃあないか?」

 

 そうかもね。何が悪いか、正直分からないんだ。でも、謝らないといけない、許しを乞わないといけない気がしていて、それが止まらないんだ。全部ひっくるめて許してほしいんだ。

 

「分かっているなら何も言うまい」

 

 少女の細い指が私の髪を梳く。目の裏、首の下あたりに込み上げる愛おしさに、くすぐったく身動(みじろ)ぎした。

 

 私は少女の細い膝と膝の間に顔を埋めて縋りついている。涙は出ない。触れているこの肌を汚したくないから。肌。私が頬と手で触れているこの足の表面は、ひんやりと湿っていた。皮の向こう、内側からはじんわりとした熱が感じられる。足が生きている。肌は液体のように周囲の冷気を捉えて含み、肉は心の臓から巡る血潮で温かい。ふくらはぎを指でなぞる。骨の硬さを感じる。血の暖かさ、薄い肉の柔らかさを感じる。とても、とても()い足だ。

 

「一人で考えた先に救いなんて無い。悩まず、選択せず、ただ(おそ)れて、悲しい絵ばかり思い描いて、そんな人が独りで楽になれる未来なんて絶対に無い」

 

 私の声ではない。彼女の声だ。でも私の声でもある。この人による、私の心の想像。人は関係性の中に存在する。独りの人も、過去の自分と、一瞬先の自分との関係性の中に位置する。先を歩く自分と連結した人間は極めて強靭だ。意志とはそれを指すのだと思う。私は弱い。心底自分を頼りたくないし、人と、好ましい多くの人々と一緒にいるのも、怖い。身を引きたい。それが、無性に嫌なのだ。小さく可憐な足の裏が私の背中の上をぺたぺたと歩く。最高の気分だ。

 

「だからこのようなことが必要なのだ。全部だ。至上に好ましいもの以外は。全部望んで拒みたい。この人に受け入れられるなら、この時間は、それだけでいい。こんな感じか?」

 

 心地良い声。言葉の向こう、果てまで埋め尽くすように滲む理解。溢れそうになった唾液をひっこめる。多幸感が胸に沁みてあばらの奥が震える。つい、熱い吐息が出る。この人の太ももに当たって、息が返ってくる。噛みしめるように身体の震えを押し殺す。口の端が裂けそうだ。

 

 ふくらはぎを指でなぞる。私の顔は少女の膝の間にあるから、ふくらはぎは見えない。おぼろげに、白い太ももは見える。ふくらはぎもきっと白い。この人の肌は真冬の雪のような色をしている。日中長いこと外にいると、この人の日焼け止めのにおいは強くなる。かかとの上の腱からすねの裏へ、川を溯るように指を這わせると、冷えた果実のようなそれが、ぴくりと震えた。筋肉の緊張と、関節を中心とした震え。私の頭を撫でる細い手と腕。仰ぎ見れば視界の中心を覆うであろう薄い、細い身体とつながった腰と、脚の根本と、膝と、足首まで。それらが連動している。私の指の動きに応じて、僅かに、しかし確実に、彼女の身体が動いている。上から下まで一四八センチ。美しい。なんと感動的なのだろうか。信じられない。今すぐ沈みたい。溺れたい。既に溺れている。溺れて、水底がここなのだ。私は、仄かに温かい白砂に埋まろうとしている。

 

 仮眠室のベッドに彼女は腰かけている。跪く私に足を差し出している。脚を私の頭一つ分開いて、爪先は床から浮いている。脱がれたサンダルは私の横に大事そうに置かれて、彼女に踏まれるのを待っている。このサンダル、まるで私みたいだ。この人は、足首から先を触られるのを好まない。舐められるのも、好まない。いつも無防備に見せびらかしているのに。

 

「心外だな。先生。嫌ではないが、年頃の乙女としてのアレコレもあって、私も我慢しているのだぞ? 先生のために、な」

 

 吐息の混じった声が耳を撫でる。シトラス。硫黄のにおい。人間の匂い。長い髪の匂い。香水。無臭という空白の匂い。色のついた人間の匂い。これがあるなら地獄も天国だろう。染みついた温泉のにおい。角の付け根のにおい。尻尾の付け根のにおい。頭の上から降って来る。鼻の先に留まる。吸い込んで、吐く。吸い込んで、溜めて、息を止めて、ゆっくり吐く。想像の匂いなのかな。想像と現実の境目が、どうにも分からない。分からなくて、いい。夢じゃないから。いまこうしているのは、本当だから。それでいい。

 

「でも先生、こんな夜中だ、水着に着替えて仮眠室までついてきてほしいと懇願するのはどうかと思うぞ」

 

 ぱさり、と私の後頭部を白衣の裾で(はた)いた。続いて、彼女を中心に、ベッドの上に白衣が落ちる音が聞こえる。甘い痺れがうなじから背中全体にゆっくりと広がる。純白の花弁の中の彼女は、きっと私を覗き込んでいる。

 

「せっかく着替えさせたんだから、見たらどうだ? ん?」

 

 両膝が私の頭を軽く挟む。いたいけでありながらも(あで)やかな形状をした爪先が私の脇腹を優しくつついた。心臓が高鳴る。快いくすぐったさが頭の天辺から下半身まで充填される。気持ちのいい痛痒と堪えがたい期待が全身を駆け巡る。彼女が猫背になる気配がして、薄い腹を包むハリのある肌が可憐なヘソを接点とした美麗な複数の曲線を伴って音もなく(たわ)むのが見ずとも分かって、顎の下に潜り込んでくる細い手指に自分自身のすべてが甘く溶かし尽くされてしまいそうな錯覚を味わった。

 

 顎の下に添えられた彼女の指によって、果たして私の顔は上がる。彼女のヘイローが身体の天頂から淡い光で以てなだらかな丘陵に影を落としていた。彼女の黒髪は角の後ろから少し上の地点でツインテールにまとめられている。私の顎から小さな手指が離れ、彼女の両腕はこちらを招くように、見せつけるように広げられる。

 

「どうだ? ご期待に沿えたかな?」

 

 カーテンの隙間から零れた街の光が部屋の白い壁に反射して、ぼんやりと彼女の細い肢体を照らしている。思わず目を細めた。青白い光景に包まれて、しなやかな太ももや細い肘裏に薄く浮かぶ静脈の色、仄暗くくすんだ角の先の朱色は、肌の白の中のアクセントとして統合され、美しさの全体として目に飛び込んでくる。心が染め上げられる。四肢の長さと腰の細さ、頭と大仰なまでの髪型のバランスは息を飲むほどに完璧で、薄い肉付きと繊細な曲線美は彼女の目の琥珀色と交じり合って私を焼いた。

 

 彼女の傍らにはホットパンツとシャツ、腕章が丁寧に畳まれてサングラスとともに安置されていた。あら先生嬉しい。

 

「そうかそうか。満足か。結構なことじゃあないか」

 

 目の前に見える口元は楽しげに笑っている。小さな、綺麗な歯が見える。きっと私も同じ顔をしている。鼻先と耳に彼女の髪の毛先がかかってくすぐったい。尻尾の付け根に手を伸ばしたら背中を優しく殴られた。腰に足を回され、ついでに尻尾も背中に添えられて、柔らかい場所へ引き倒される。

 

「さあ、先生。仮眠を取ろうか。明日の温泉開発に向けて英気を養うとしよう」

 

 耳元で言葉が聞こえる。答えはハイかYes。是非も無い。答えるまでもない。

 


 

 温泉開発は無事、大成功に終わった。

 

「先生、次の温泉はどんな温泉が良いだろうか」

 

「イオリの――」

 

「それ以外で頼む」

 

「うーーん」


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