「……なんでだ?」
目の前には、少女がいた。それも、一糸纏わぬ姿で。
未だに状況への理解が追いつかず、思わずといったように声が漏れ出ると目の前の少女も一語一句違わずに言葉を紡ぐ。
お互いの息遣いですら視認できてしまうような狭い空間。だからこそ、その言葉にも満たないような音はよく響く。
声に込められているのは純粋な困惑だけだった。
俯き気味だった視線を上げると少女も同じように顔を上げて視線が交わる。
どこかぼんやりとしているようで、不安げに揺れるお互いの視線に居心地の悪さを感じつつも、自分にしては珍しく視線を逸らさずに応じるようにじっと見つめる。
「………………」
光を反射して水っぽく輝く瞳の中には私が鮮明に映る。
同じように——一糸纏わず、湯水に茹だる私の姿が。
「……何やってるんだろ」
あまりにも馬鹿らしくなってしまって失笑すれば——当然、鏡に映る目の前の私も失笑する。
するというか、されるというか。要は今までの流れは全て自問自答であって、零れて受け止めた笑いは自嘲である。
だからこそ、そんな風にこぼれ出た笑みが無性に腹が立って鏡に映る私にシャワーをかけた。
鏡に打ち付けられた温水がパチパチと跳ね返ってくるのが少しこそばゆかった。
曇りかけていたガラスが洗い流されるとさっきよりも明確に私の全身がよく映し出される。
「………………」
この世に生まれて大体16年。視界を埋めるのは女子高生の平均を少しばかり下回る身長。
積極的に外に出ることもなく普段から服の下に隠されている体には境目の1つも存在せずまっさら。
さっきまで冷たい雨水に濡れていて白雪のような様相を呈していた肌は、たっぷりと湯水を浴びた結果薄い血色が全身に広がっていたが——一か所だけ分かりやすい違和感が。
鏡に映る私の右手首の部分に、他の場所よりも少しばかり赤くなった痕がある。
手首をぐるっと一周する、腕輪のような痕——あの時、神宮寺さんに握られた場所だ。
(……ちょっと赤くなってる)
あの後、家路に着こうとした私の腕を掴んだ神宮寺さんに家に来ないかと提案されたのが大体15分前。
そんな提案をされるなんて思ってもなかった私はその言葉の真意が理解できず臆していたが——握られた腕にかかる熱と圧に気がついて、結局遠慮がちに頷いた。
頷いたの、だが。
神宮寺さんは私の言葉に何故か驚き目を開いていたのだ。まるで受け入れられるとは思わなかったかのように。
そんな様子に、もしかしてこれは社交辞令的なやつなのでは?と思い至りやっぱり撤回しようと頭を下げようとした時——
『——わかりました』
——言葉と共に、真っ直ぐと視線を向けられ、掴まれている腕に少しばかり力が入る。
そうすると話は早く、そのまま引っ張られるように家に連れ込まれるとあれよあれよとお膳立てされた結果——気づけば私はこうしてシャワーを浴びていた。
(それで、今に至るわけだけど……)
40℃のシャワーが逆に頭の中を冷静にさせる。驚かされはしたが、よく考えてみればそこまで難しい話でもない。
全身ずぶ濡れになった人間が、ましてやそれなりに交友のある人間が目の前に現れれば誰だってその対処に追われるだろう。私だって特別親しくなくとも目の前でそんな光景を見せられればタオルの一枚や二枚程度ならば貸し出すと思うし、それが優しい彼女なら尚更話がより進んでいくのも頷ける。
流れは至って自然で、だからこその現状である。
それを納得して、受け入れられるかは別として。
「………………」
シャワーヘッドを掴んで、頭からお湯を被り、肩に張り付いた髪を首の後ろへと追いやる。
そうすれば、流れ出る温水が出るところのあまりない比較的凹凸の乏しい体に沿って滴り落ちる。
普段と変わらない光景だった。ここが神宮寺さんの家であるという一点だけを除けば。
(それが一番の問題なんだよなぁ……)
まさか、他人の家で。それも、比較的親交のある同級生の家で。ましてや、裸になるなんて。
まるで仲のいい友人同士で発生するようなシチュエーション。
一応、芽瑠の家で似たようなシチュエーションを経験したことはあるが、それはそれ。
あれは幼馴染という関係性があっての話で今この瞬間で当てにできるようなものではない例外だろう。
そもそも、今だって部屋に訪れる機会はあれど各々の家に泊まるようなことはそうそうなかったりするのだ。
こういう状況は、初めて訪れた場所で視線を巡らせるような——要は非日常的な体験に酔っているわけで。
ならば、玄関を出て横を向けばいつだってお互いの家が目に入るような——日常そのものみたいな状況にどうやっても非日常を見い出せないのは必然だった。
歩んできたこの人生でつくづく縁のないはずだった話の数々。
そんな、ただぼんやりと読み進めた御伽噺に、気づけば私は登場人物としてそこに存在していた。
当然私にそんな経験などあるはずもないので——寒さとは別の由来でずっと体の震えが止まらないのだ。
(裸って……)
まあ、はっきり言って恥ずかしすぎるのだ。
別に裸体そのものを見られたわけでもないのに、裸であるというその事実こそが羞恥心をより煽っているようで、全くもって落ち着かない。
滝のように流れ出ていた汗は既に流れ滴っていったはずなのに、手先に感じる感触は依然として湿り気を帯びているのは多分気のせいではないのだろう。
(この後って……どうするんだ?何かするって話だっけ?)
手のひらにボディソープを——泡立つやつではなく、透明なタイプのものを広げる。
普段通りならスポンジを用いて体を洗うし、実際側面の壁には白いふわふわした球状のスポンジがかけられているのだが、流石にそこまで身の程知らずではないので素手で行う。
両手を合わせて、ぐるぐるとこすり合わせて手のひらに馴染ませて体を洗う。
ボディソープの水気と粘り気越しに手のひらの少しざらついた感触が肌を撫でる。
「…………んっ」
そして、止まる。
浴室の中で己の内から漏れ出た声が無情にも小さく反響した。
「………………え?」
困惑——それと、ぼんやりとした理解の中にほんの少しの羞恥。
滴るお湯の跳ねる音が徐々に遠ざかって行って、変わりにどくどくと逸る心臓の音が耳によく響いた。
(……なに今の?)
起こった事は単純だ。手のひらが肌に触れて、撫でるように弱い力で動かした。たったそれだけ。
ただ普段通りに体を洗う工程と何ら変わりのない動き。体を洗うなんて毎日しているし、なんだったら多い時は2回行う日だってある。
そんな慣れ親しんだルーティン。だから、今更別に、何を感じることもないのだ。
特別肌が敏感なわけでもない。だったらここまで狼狽していない。
でも実際、私の脳は微弱な何かしらを感じ取って喉は跳ねるように動いた。
(………………)
肌に触れて、体が跳ねて、紅潮して、心臓の音が大きくなってしまう。
まるで——興奮しているかのように。
「——まさか」
よぎった思考から逃れるように、レバーを奥まで倒すとシャワーヘッドから流れ出る温水は徐々に冷水へと変化していって、同じように熱に充てられて加速する思考も落ち着いていった。
「…………はぁ」
ただの気の迷いだ。
温度差からか爪先からつむじの辺りにかけて震えが走っていった。
温まりに来たのに冷水を浴びるなんておかしな話だが、むしろ火照りすぎた体には丁度いい気付けかもしれない。
鏡に映る私の頬が熟した林檎のように赤く染まってるのは、多分のぼせてしまったからだ。
「はあ……」
もう一度、今度ははっきりと意識してため息を吐いた。
思い返すと、この所ため息が多くなった気がする。心臓も逸ることが多いし、笑うことも増えた気がした。
中学生までは大きな山も深い谷も存在しないような毎日だった。
ただ隣に芽瑠が居て、言われるままに、為されるままに時間の流れに揺蕩っているそんな毎日だった。
変化があったのは、高校生になったここ最近。
色褪せた変わり映えしない光景がぽつぽつと綾なされていった。
何よりも、記憶に——
「………………」
いつだってそうだったが。
特にここ最近は、分からないことだらけだ。良いのか悪いのか。そうなる意味も、それが意味するところも。
今だってそう。自分の体だというのに心の機微も感覚の差異だって丸っきり自分のものではないようで。
辛うじて自覚できているのは自分が変わっていっている、そんな事実だけ。
それが少しだけ、怖い。
「——田井中さん?」
「うぇ!?……は、はぃ!な、何でしょうか……」
沈む思考と湯水が弾く音の隙間を縫うように少しくぐもった馴染んだ声が聞こえてきて、入口の扉のすりガラス越しにぼんやりとした影が映る。
全体的にか細くて私と同じくらいの背丈のシルエット。
声とその存在を認識して、思わず体を抱きしめるようにして手を前に回す。
そして未だに勢い良くシャワーヘッドから流れている冷水の存在を思い出した。慌てて止めるとその後に漏れ出た私の間抜けな返事がよく響いた。
それが無性に恥ずかしくなって扉の前から少し移動して顔だけ覗き込むような姿勢を取った。
「ごめんなさい……何回か声をかけたんですけど、反応が無くて」
「え、あー……ちょっとボーっとしてたかもしれないです、ごめんなさい本当に」
どうやらさっきから声を掛けられていたらしい。
シャワーの音が遮っていたとはいえ、扉が隔てているとはいえ、気づけなかったのは流石に没頭しすぎである。
「えっと、それで何か用事が?」
「新しい着換えを用意したので、ここに置いときますね。乾燥機が止まるまではこれでお願いします」
「あ、ありがとうございます」
言葉と共にすりガラスに映る影がしゃがみ込んだ後、すくっと立ち上がってそのまま部屋を出ていった。
浴室の中ではシャワーヘッドから絞られるように滴る水音と、未だに止まらない動悸だけが響いていた。
「………………」
気づけば、浴室に充満していた湯気は温水から冷水に変化した影響で薄くなっている。
それは——今の私の頭の中の有り様と少し似ていた。
■
「………………」
上下共に、純白。されど肩紐などの部分には多少の緩みが見られる。
そして普段自分が着けているものとサイズもほとんど同じ。
それらが示すのはただ一つ——多分これ、神宮寺さんの普段使っているやつだ。
「ま、まじか……いや、でも……まあ、そうなのか?」
目の前に掲げられている腕がぷるぷると震えているのは寒さだけが理由ではない。
神宮寺さんが訪れてから少しした後、浴室から出た私を出迎えたのは丁寧に折りたたまれている衣類達だった。
それ自体はまあいい。事前に知らされていた通りだから。用意されていたのが学校指定のジャージと体操服なのも少し驚いたがまあ、いい。だから胸元に神宮寺さんの名前が堂々と縫われているのも当然。
問題なのは——私の手の内にあるこの感触だ。
「うわぁ……本物だ」
そりゃそうだ。冷静に考えてみれば分かることだった。
着替えましょうってなったら、当然下着を身に着けて服に袖を通すわけだ。
だったらこうして用意されているのも至極当然で——だからこそ非常に困っていた。
(……着ていいのか、これ?)
巷では思春期の少女は父親の衣服と一緒に自分の衣服を洗濯されたくないというらしい。
私とて、嫌悪するとまではいかないものの避けられるのであれば避けたいな程度の感情はある。
完全に一致しているわけではないが今回のこれも似たような事案だろう。
もしかしたら、同性同士である今回の場合はそういう心理的なハードルが低くなっているのかもしれない。
だが、だからといって——こっち側が何も思うところがないかといえば、それはまた別で。
(嫌じゃないけど……)
嫌ではない。決して嫌ではないのだ。本当に。かと言って大喜びするわけでもない。
でも神宮寺さんの前で、その本人の下着を身に着けるって——神宮寺さんがどう思うかはともかく、私にはちょっとばかし、高度すぎるのだ。
善意だし、道理であるのはよく理解している。悪いのはそう考えてしまう私の思考だ。
ただ、他人の下着を身に着けるという行為があまりにも高度な経験じみていて受け入れられる限界を超えているのだ。
罪悪感のような——別に罪に問われるなんてことはないのだが、とにかくそんな言い様のない感情がぐるぐると渦巻いていた。
(なら着けないのもありか?)
いっその事、下着を身に着けずに服を着込んでしまおうか。
気休め程度でも、神宮寺さんの下着を身に着けるよりかはまだ受け入れられるかもしれない。
だが、それは同時に神宮寺さんの前で下着を身に着けずに出るという事にもなるわけで。
「うぅ……どうすれば」
下着を付けずに小一時間居続けるのも恥ずかしいし、かといって神宮寺さんの下着を身につけるのも同じかそれ以上。
せめぎ合うのは、どちらも羞恥心だった。
■
前提として、私に拒否権はなくて出されたものを粛々と受け入れる他ないのだが。
その上でどちらか一つを選ぶとすれば、なるべく被害の少ない方法を取るのは道理であることに疑いはないだろう。
「………………」
まあ、だから。
要は——上半身と下半身共に、着込んでいるはずなのに非常に心許なく感じてしまうのも道理の内なのだ。
(やばい想像以上にやばいこれやばい……)
神宮寺さんがお茶を用意すると部屋を出て行って(わざわざ病み上がりで気を遣わせるわけにもいかないとは思ったが結構な勢いで押し切られてしまった)から一人待機している現状。
部屋の真ん中に位置する丸いローテーブルの前に座り込んでいるのだが、布越しとはいえ接地している箇所から感じるいつもなら感じ得ない感触に私は震えが止まらなかった。
考えている内ではそこまで恥ずかしくなくて、別に見られるわけでも知られるわけでもないのだからまだマシぐらいの感じ方だった。
でも実際どうだ。たった布切れ一枚。違いはたったそれだけ。
だというのに、しっかりと着込んで肌は露出していないはずなのにどうしてこうも乱されてしまうのか。
(………………)
居心地の悪さを感じて足を組みなおそうと動けば改めてその頼りなさを思い出させるし、落ち着けようと大きく呼吸をすれば——言いようのない微弱な刺激が胸元で走ってしまう。
身に纏うものはむしろ少なくなっているはずなのに、気持ちだけなら雨に降られてずぶ濡れになった服を着込んでいる時よりもよっぽど重い。
正道でないこの状況が私の心によろしくない負荷をかけ続けていた。
「お茶を……田井中さん?」
ぐるぐると目まぐるしく綯い交ぜになる内心をよそに、気づけば神宮寺さんが目の前に立っていて両手に持つコップをテーブルの上に置こうとしていたところだった。
そうすると、神宮寺さんは腰を屈める姿勢に——頭が前に出て覗き込むような形になってくるわけで。
「え!?あああありがとうございますぅ……」
動きに合わせて神宮寺さんの端正な顔がずいっと迫ってくる。
曲線を描くまつ毛。黒縁メガネと、その奥に映る瞳。色素の薄くなった唇と、それとは対照的に幾分か血色の良くなった頬。
コップを置いた拍子に耳にかかる垂れた髪が揺れて、合わせて柑橘系の香りがふわりと鼻に届いて——思わず一歩後退りしてしまった。
「……田井中さん?何かありましたか?」
「え、いや、あはは……大丈夫ですので」
狼狽する私の姿を見て神宮寺さんは不思議そうに小首を傾げていて、そんな姿にすら何か変なことを口走ってしまいそうになって慌てて目の前のコップに口をつけて中身を喉元へと流し込む。
ジャスミン茶特有の涼しさが喉を通り過ぎると、荒れていた内心も少し落ち着いた。
「えっと、神宮寺さんは……もう体調の方は平気で?病院とか行きました?」
これ以上何かを問われる前に先制して言葉を投げかける。
平然と、当然みたいな顔で私の前に座っているが、元はと言えば私が体調不良の神宮寺さんのお見舞いに来たのが始まりなのだ。
今日初めて会った時には寛解とまでは言わずとも立ち上がって対応できるぐらいにはなっていたが、それでも病み上がりには変わりないので出来れば安静にしておいた方がいいと思う。
「病院は行ってないんですけど、体調はその……」
気遣いと自分の不審な振る舞いへの多少の誤魔化しを込めて一息に問いかける。
対面で座り込んでいた神宮寺さんはその言葉を聞いて、僅かに視線を逸らして手元の近くにあるコップを手に取って口をつけた。
喉元がこくりと動いて短く息を吐いたが、そこから言葉は続かない。変わりに両手に抱えたコップをゆらゆらと揺らして弄んでいる。
続くものがないかと神宮寺さんの顔をじっと見つめると、それでも言いづらそうに、むしろより気まずそうに口元をまごつかせる姿を見て——一つ思い至る。
(もしかして、まだ体調よくないのかも?)
雨に降られた植物のように下がる眉尻。微かに赤みが差す頬。時折居心地の悪そうに体をよじらせるその姿。
一度思い至ると、それらは確かに体の不調を訴えるサインのように認識できた。
「も、もしかしてまだ大丈夫じゃないですか!?ごめんなさい気づかずに吞気にお茶なんて出して貰っちゃって」
「いやそんな、本当に良くなってますから!ただ、その、余韻っていうか、その……」
言葉と共に詰め寄って——後退りした分よりも更に距離を一歩詰めて体の半身がテーブルを越えると、その勢いで弾じかれるように神宮寺さんが後退る。
私の視線がより神宮寺さんを捉えると、動揺したのか体を大きく跳ねさせた後恐る恐るといった感じでゆっくりと視線が交わった。
大きめ黒縁メガネの奥に見える瞳が僅かに揺れて私を捉える。
数瞬の間そうしていると——どこかバツが悪そうに小さく口を開いた。
「………………お腹、まだ痛くて」
「………………お腹?」
お腹。想定していた言葉ではなかった。
確か風邪をひいたという話だった気がするが、風邪で腹痛ってあまり聞いたことがないような気がする。
「はい……その、頭とかはマシになったんですけど、はい……」
疑問に思う私の姿を見て神宮寺さんが言葉を重ねる。
神宮寺さんの両手が臍の辺りを——より正確に言うならそれよりも少し下の部分を覆い隠すように動かされる。
(お腹が痛くて、頭も痛い……)
それってかなりの体調不良っぷりだと思うのだが、もしかして結構重い病気だったのだろうか。
だが、かなり辛いんだったら流石に病院には行っているだろうから、少なくとも家で何とか対処できる類のものだったはずだ。
「風邪じゃなくて?」
「……まあ、はい。風邪じゃなくて」
疑問に思う私の言葉に対して、何故かより頬を赤く染めて交わっていた視線は再び逸らされてしまう。
その様子は頭に昇る熱っぽさというより、どちらかといえば羞恥からくるような反応だった。
(………………)
腹痛と頭痛。後それに伴うメンタル不調。
風邪ではなくて、それなりに重くて、かつ家でも対処できる程度の症状で。
それでいて——話していて羞恥が駆ける程度には、デリケートな話題。
「………………あ゛」
——生理じゃないか、それ。
「あ、ああああお腹!お腹が!あー、じゃあ、まあその……なるほど……ですね」
気づいた始めに大声を出して、そしてその内容の繊細さに声は尻すぼみに小さくなって、最終的にはお互いの間に気まずい沈黙が満ちる。
私の大袈裟とも取れる反応に神宮寺さんは頬だけでなく顔全体が真っ赤に染まって俯いてしまった。
反面、私の顔は多分死体も真っ青なぐらいには血の気が引いているけど。
「……その……結構、重い感じで?」
「……いつもそうなんですけど、今回は結構酷くて」
視線は合わせられずに言葉だけでお互いにとって許容できる距離感を思い、計る。
しかしまあ、生理か。であるなら確かにその態度にも納得できる。
いくら同性同士でそれなりに関係値があるとはいえ、だからといって気軽に話し出せる内容ではないのは流石に私でも分かる。
同性同士とはいえ——いやむしろ同性同士だからこそ、分かりすぎてしまう事が多くて越えてもいいラインが曖昧になるもので。そもそも会話下手な人間としては気にすることが多すぎるのだ。
「こほん……お腹も、まあ痛いんですけど」
どう切り出すべきか悩んでいると、多少顔の赤みも引いてきた頃合いで落ち着いた様子の神宮寺さんが1つ小さく咳払いをすると共に、ようやく逸らされていた目線が元に戻る。
「やっぱりメンタル的なのが結構辛いですね……」
「あー……」
納得と共感、それに伴う少しの憂鬱がため息交じりに出て苦笑する。
かく言う私も当然この年齢で月のものは訪れているわけだが、症状は場当たり的な対処でどうにかなる程度には軽い方らしく。痛いものは痛いが少なくとも神宮寺さんのように休まなければならないぐらいになった経験はない。
だから心から共感できているかと問われると難しいのだが。
「私は……それなりに軽い方ですけど、でも嫌ですよね……」
「はい、本当に」
返事をする神宮寺さんの雰囲気はまだ硬い部分はあるものの大分解れてきていた。
程度の差はあれど、やっぱり共通の話題があるというのは安心するらしい。
石のように固くぎこちない動きをしていた神宮寺さんは共感するように照れた笑いをこぼしていた。
(まあ辛いよなぁ……)
そう生まれてしまった以上何を言っても詮のない話ではあるが、にしたって酷いというか理不尽な話ではある。体の成長だとか、大人になった証だとか色々言うけれども結局のところ痛みであることには変わりない。
常々行動には要因が伴うものだと百も承知ではあるが、にしても痛いものは痛いのだ。
そういった時に悪感情を抱くなというのは厳しいだろう。理解はできても納得できるとは限らないのだ。
ましてや、少々勢いが弱まってきているとはいえ今の天気は雨。ただでさえ心身ともに負担がかかっているというのに、それに比べれば細事とはいえ畳み掛けるように不幸が重なれば耐えられるものも耐えられない。曇天が体調に及ぼす諸々の影響を考えてみれば不調になるのも頷ける話だ。
そもそもそうなのだ。私は——単純に濡れることが嫌だから雨が嫌いだった。
(早く止んでほしいんだけど……)
そうして、心の内で雨をぐちぐちと腐していたからだろうか。
「——ひあっ」
部屋の中が一瞬明滅したと思ったら微かな振動と共に轟とした音が響いて——ついでに私の情けない声も響いた。
雷だ。それもまあまあ近いところに降ってきたらしく、覚悟を決めることすら出来ずに光った時には既に音が届いていた。
「え、あ、あぁ……」
とはいえ、それだけだ。
停電になったわけでもなく、何か直接的な被害にあったわけでもない。強いて言うなら心臓に負荷がかかって、多分顔に血が景気よく集まってしまっているぐらいだ。
そればかりはしょうがない。雷が怖いだなんてこれっぽちも思っていないが、いきなり大きな音が出たら驚いてしまうのは誰だってそうなのだ。
降る雷が自然現象であるように、この震えもまた同じなのだ。
「か、雷……結構近かったですね」
「……そうですね」
自分の体を片腕で——掴んだジャージに、皺が広がる程度にそれなりの力で抱いて努めて冷静に振る舞う。
幸か不幸か、神宮寺さんはそんな私の姿には目をくれず既に雷の過ぎ去った窓の外をじっと見つめたまま返事をした。
大きな音にも、明滅した視界にも動じていない。むしろつまらなそうに余裕すら見せている。まるで今まで常に傍にあったかのような余りにも堂々とした立ち振る舞い。
そんな神宮寺さんの姿には、時折見せる先立ちのような大人びた感覚が遺憾なく発揮されていた。
「………………」
言葉を発さずただぼんやりと降る雨に視線を合わせ続けて、ほうっと一息ついた。
何かがくる。根拠のないそんな予感を感じて、場の緊張感に気圧されて唾を飲み込んだ。
冷たかったはずの手の内のコップはいつの間にかある程度の温度まで下がっていて、結露した表面から手のひらへとじんわりと水分が移動してきた。時間は未だ、無情にも進み続けている。
揺れるジャスミン茶に映る光景はぐにゃぐにゃで、随分と歪んでいる。
「……こっちでも、雨は降るんですね」
「え……まあ、そうですね?」
しばらくそのまま窓の外から視線を外さずにいた神宮寺さんの口から一言。降る雨音にかき消されてしまいそうなぐらい、小さくそう言葉が漏れた。
たった一言。何でもないように。
気怠げに、吐き捨てるように。嫌悪して、でも諦めるように。そして——郷愁のような、どこか安堵した感情を込めて。
ぽつりと滴る雨粒のように呟かれたその一言にはどうとでも取れるような矛盾した感情が混在していて、だからこそ私の胸の内に奇妙な感覚を波立たせた。
(……こっちでも?)
日本は島国だ。私の小さな一歩では横断するのに何十年とかかるような広さでも、世界から見ればそうでもないぐらいの広さ。
そんな狭い場所では大体の人間には雨は降るものという考えが前提にあるだろう。比較的雨が少ない地域があるとして、だとしてもゼロだなんて事はないはずなのだ。
全く雨が降らない場所と比較するならまだしも、お互い適度に雨が降る場所同士で比較したとしても、まあそうだよねといった感じで終わってしまうだろう。要は、神宮寺さんのそれは少し奇妙な言い回しなのだ。
それが不変であって、絶対であると知っていてなお再確認。
それはまるで——心のどこかで諦めがついているのにそれでも現実を受け入れられないかのような振る舞いに似ている。
(神宮寺さんは……)
降る雨を見て、何を思い出して、何を思ったのだろうか。
「………………」
未だに神宮寺さんは窓の外をぼんやりと見つめていて、私はその横顔を見つめている。
多様な感情が込められた言葉に反して、神宮寺さんの瞳はただ純粋に空に浮かぶ曇天をよく映し出していた。
「………………」
沈黙と、それを破る言葉を飲み込むようにコップに口をつける。
口の中に広がるジャスミン茶の味は、随分と薄くなっていた。
■
「た、田井中さん…………」
大体2、3時間ぐらいが経った辺りだろうか。
お腹の痛みもかなり引いてきた神宮寺さんに休んでいた間の授業の進み具合などの話(ちなみに、神宮寺さんはその範囲を既に予習していたらしい)をしていたら、遠くから乾燥機の駆動を終了する音が聞こえてきた。
この時間も終わりかと少し残念にも思いつつ立ち上がろうとすると、そんな私を制して神宮寺さんが我先にと階下へ向かってしまい、体調のこともあり心配しつつもぼーっと待っていて少ししたら部屋に戻ってきたのだが。
「あ、ありがとうございます。わざわざ取ってきてもらって」
「……いや、まあ、全然大丈夫なので」
その神宮寺さん本人の様子が、少しおかしい。
両手に網目の袋——恐らく私の制服とかが入っているやつを抱えて今目の前に立っているのだが。
何故だか体全体が小刻みに震えているし、顔全体もほんのりと赤く染まっている。
何よりも、視線が全然合わない。お礼を言おうと視線を向けると必ず目を逸らされてしまうのだ。
というよりも普段より随分と下の方に目線が行っている気がする。名札が付けられている胸元の辺りとか、特に。
「えっと、神宮寺さん?大丈夫ですか?もしかしてまた体調崩したり——」
「い、いえ!全然問題ないですよ!ご心配なさらず!どうぞ、これを!」
「わっ」
もしかしたらまた体調が悪化してしまったのかと思い問いかけると物凄い勢いでぶんぶんと首を横に振って否定した後、私の胸元に押し付けるように手元の袋を渡してきた。
神宮寺さんにしてはわんぱくというか、かなり珍しい姿だったが少なくとも悪い何かがあったわけではないと理解したため大人しく受け取る。
袋を開けて中身を覗いて手に取ってみる。
紺色のブレザー。チェックのスカート。それと……私が着けていた灰色の下着の上下。
(うぅ……見られてるよねそりゃ)
まあ、乾燥機にかけるとなった時点で覚悟はしていたことだ。下着だけかけないでくれなんて頼めるわけないし。
そもそも更衣室で一緒になることだってあるのだからまだマシだ。にしたって恥ずかしいものは恥ずかしいけれど。
動揺する心を落ち着かせるために一度深く深呼吸して、手に取る。
そうすると乾燥機にかけられてできた機械的な温もりと、人肌特有のじんわりと染み込むような熱が手先に伝わってきた。
「それで、その……着換えはどうしましょう」
「着換え………………あ」
確認している私に神宮寺さんがおずおずと質問する。
着替えと言われて最初は何のことか結びつかなかったが、手元に舞い戻ってきた私の服を見て言わんとすることに気付く。
神宮寺さんは今ここで着替えるかどうか聞いてきているのだ。
そしてさっきまでちらちらと視線が向いていたのはこの事だったのだと気づいた。
外では雨が未だにパラパラと降ってはいるが、少なくともここに来た時よりかは断然マシになっている。
この程度であれば元の制服に着替えて出たとしても行きのようにずぶ濡れになることもなく折り畳み傘は十分に役割を果たせるだろう。
だから、さっさと着替えてしまえばいい話なのだが。
(私、今下着着けてないんだよな……)
忘れてしまいそうになるが、私は今下着を着けずに神宮寺さんの体操服を着てジャージを着込んでいるのだ。
改めて文章にするとかなり高度な内容すぎるのだが、慣れというのは本当に恐ろしいもので、始めの内はあんなにも違和感だらけでむず痒かったのが気づけばそれが当然であるかのように何も感じなくなってしまったのだ。
そもそもの話、私ぐらいのサイズだと正直に言えば安定感への貢献度合いよりも着けていることによる異物感の方が勝るのも要因の内の1つかもしれない。
とにかくそんな状態で目の前で着替えてみるといい。
その過程でどうしても裸体を晒す瞬間が出てきてしまい、もれなく私は痴女判定されてしまうだろう。
(かといって神宮寺さんに外出てもらうのも……)
部屋の主だというのにわざわざ締め出すような真似をするのも忍びない。
そもそも神宮寺さんは病み上がりの状態なのだ。そんな人間をわざわざ部屋よりも寒い廊下に放り出すのは違うだろう。
それに下着を着けてなくて恥ずかしいから一旦外に出てくれませんかだなんて言えるわけがない。
(………………)
それと、もう1つ。
最大の理由として——わざわざ廊下に出てもらうってのは、意識しすぎだと思うのだ。
裸体を見られるのは当然恥ずかしい。というか見られることそのものがまず恥ずかしい。
何よりも——その事実が伝わってしまうのが、恥ずかしい。
自意識過剰というか、大した保身だと自分でもとく理解している。
多分神宮寺さんだったらその提案にも快く頷いてくれるのだろうが、だからこそそれは出来ないのだ。
「……このまま、一旦帰ってもいいですか?その、次に神宮寺さんが来た時には絶対洗って返すので……」
出来れば今すぐ返してほしいと思っているはずだ。
私だってこうして神宮寺さんの服を着ている状況はかなり恥ずかしいし、それは着られる側とて同じだろう。
結局のところこれは私の我儘で、どちらにせよ神宮寺さんの優しさに付け込むような提案なのだ。
だから、せめて誠意だけでもと言葉と共に深く頭を下げた。
「え!?そ、そのままですか……」
頭の上から驚くような大声が聞こえてきて頭を上げると、大きく目を開いた神宮寺さんとようやく視線が合わさる。
神宮寺さんは視線をあちこちに飛ばしてさっきよりもずっと顔を赤くして、体の震えも大きくなってわなわなと震える口元を抑えていた。
もしかしなくても怒らせてしまっただろうか。
まあ、余りにもこちらに都合のいいことばかり言っている自覚は大いにある。
だから断られても仕方がないが、それでも神宮寺さんの口からわざわざ否定させるのも申し訳ないと思い、もう一度深く頭を下げて——ジャージの裾に手をかけた。
この際、私なんかのちっぽけな羞恥心はその辺に落ちている石ころよりも価値が低いのだ。
「だ、だめですかね?だったら全然今すぐ着替えま——」
「わー!わー!い、いえ大丈夫ですから!……むしろ、田井中さんはいいんですか!?」
「え?」
私の言葉に被せるように神宮寺さんのさっきよりも大きくなった声が部屋に響く。
驚いて見ると、神宮寺さんは両手を目元に押し当ててその指の隙間からこちらを覗くという、些か古典的すぎる姿勢を取っていた。
それよりも質問された内容もよく分からない。いいんですかってどういうことだろう。
「た、田井中さんがいいならそれでいいんです。……ですから、行きましょうほら。先に行きますから」
あまり見たことのないその姿に答えあぐねていると、何か納得した表情を浮かべた神宮寺さんは私に背を向けて扉を開いていそいそと階下へと向かってしまった。
「………………」
呆然と神宮寺さんが出ていった先を眺める。
がらんどうになった部屋の中を見て、あまり納得は出来なかったものの私も後についていった。
■
階段を降りて玄関先に向かうと先に訪れていた神宮寺さんが見つかる。
顔の赤みも体の震えも止まっていてさ幾らか落ち着いたらしく、こちらを視界に収めると控えめに会釈を返された。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
しゃがみ込んで靴紐を結んでいる頭の上に神宮寺さんの声が降ってくる。
顔を上げて、視線を上げると微笑みを携えた神宮寺さんと目が合った。下を向いているから重力に従って髪が顔に沿って垂れていて、時間帯も相まって顔元には少しばかり影が差していたが——玄関ドアに取り付けられた小さなすりガラスから透ける月の光に照らされたその姿は、随分と眩しくなって見えた。
「……まあ、頼まれたのもありますし」
「それでもですよ」
立ち上がると同時に照れ隠しの意味も込めて素っ気なくそう返してしまう。
それでも、そんな私の姿にむしろ神宮寺さんはより笑みを深めてくすくすと声を上げて笑う。
眩しさに耐えきれずに、目を逸らした。
「本当に、嬉しかったので」
「………………」
——深く、息を吸って吐いた。
「……じゃあ、その。また……今度」
「はい、また今度」
色々考えてはみたが、出てきたのはそんなありきたりな言葉。それでも言うのに随分と力を使った気がして、胸の内には達成感のような何かが去来していた。
ドアノブに手をかけて後ろを振り向くと神宮寺さんが控えめに手を振って私を見送っていた。
私も同じように手を振り返そうとしたが両手が塞がっているのを思い出して、変わりに会釈で返して扉をくぐった。
そのまま外に出て体ごと神宮寺さんの方向へ向けて改めてさっきよりも深く会釈をする。
閉まる扉の向こうには未だに神宮寺さんが手を振り続けていて——そして鈍い音を立てて扉が閉まった。
「………………ふう」
一息吐いて前を向くと、周りの家や辺りに生えている草木、うっすらと空に見える月など様々なもの視界に収まる。
部屋の中から見ていた通りまだ雨は降り続けているがそれでも量は少なく、幾つかの晴れた雨雲の隙間から月の光が差し込んでさながら天気雨のような様相を呈していた。
「………………よし」
縛られていただけの折り畳み傘を開いて街灯をなぞるようにして歩き出す。
今度は濡れてしまわないようにバックを胸元に抱えた状態で。
(なんか……疲れたな)
振り返ってみれば、実際のところ神宮寺さんの家にいたのは6時間程度なのだが。
その内容1つ1つのパンチラインが中々のえぐり方をしてきてかなり疲れた。
まあそれも、別に嫌ではなかったのだけど。
(神宮寺さんは大丈夫かな……なんか、凄かったけど)
神宮寺さんが体調不良であることは前提として、それにしても部屋を出る直前の最後の数分は少しばかり様子がおかしいと言わざるを得ない。
体が震えていたり、顔を赤くしたり、大きな声を出したり。
体調不良の人間としては些か元気過ぎるので確かに回復してはいるのだろうがそれでも少し不安に思ってしまう。
(それとも……)
私が知らないだけであれが彼女の素の姿なのだろうか。
あの数分だけで私の知らない神宮寺さんがたくさん出てきていただけだと言われればそうなのかもしれない。
どういった理由であれ——多分、それら全部含めて神宮寺さんなんだろうと思う。
「——冷たっ」
一瞬風が吹いて、その風と共に雨粒が私に迫った。ジャージの繊維の隙間を縫って肌に直接触れた雨粒が思いの外冷たくて声が出てしまう。立ち止まり口元を覆って周りを恐る恐る確認してみるが、幸いにも周りに人は見られなかった。
(ちゃんと洗って返さないとな……)
洗って返す事は当然であるとして。一応、さっき見た天気予報的にはこれ以上天気が悪化することはなく晴れる一方だったはずだが用心しておくに越したことはない。ずぶ濡れにならない方がいいに決まっている。
幸いちうわけでもないが、私の判断で下着を身に着けていないので神宮寺さんの下着を洗って返す必要がないのはまだマシだった。身に着ける事が出来ないのだから洗う事も出来ないのは当然の事だった。
故に、現状を顧みると下着を着けないジャージ姿の女子高生なわけでどう考えても痴女でしかないのだがそこに関してはもう家を出る時に覚悟しているし形だって出るような体型じゃないしそもそも誰も知らないのだから——
(——あれ?)
そういえば、神宮寺さんの用意してくれた下着はどうしたのだったか。
ふと、そんな疑問が頭をよぎったが答えは直ぐに見つかった。
そのままである。
一度開いたのをもう一度丁寧に折り畳んで同じように、神宮寺さんにも分かりやすく見つけ出せるように戻したはずだ。
始めに置かれていた通りに、分かりやすく乾燥機の前に置いて——
(………………うん?)
何も間違ってはない、はず。恐れ多くて下着を身に着けられないので返しますなんて本人に言えるわけがないないので、さり気なく気づいてもらえるように同じ場所に置いたのだ。
「あ」
だったら、乾燥機の前に置いてあるのなら。
——乾燥機に入った私の服を取りに来た神宮寺さんも、その事に気付いているのでは?
「………………」
やたらと顔を赤くする。
動揺したように大声を出す。
露骨に視線が胸元へ行く——
「……かえる」
様々な事が頭の中を駆けずり回って——そして考える事を止めた。
それが事実であるかどうかは、正直そこまで気にすることではないから。
真相は、結局神宮寺さん本人しか分かり得ないことなのだからこれ以上考えても無駄なのだ。
故に、差し当たって考えるべきなのは——次にどういう顔をして神宮寺さんに会えばいいかという事だけだった。