TS美少女観察日記   作:スーパー爽

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高嶺の花、あるいは未熟な蕾

 

私は自分がそこまで真面目な性格をしているとは思っていない。

授業中に教師の話を聞き流すことはしょっちゅうあるし、他のことを考えてノートを取り忘れて情けなくも芽瑠に泣きつくことだってざらにある。

だがそんな私でも絶対にしないと決めていることが1つだけあった。

 

――授業中の居眠りである。

 

今は昼時が過ぎ、太陽は頂点を少し過ぎて静かな教室には穏やかな光が差し込んでいてそこに教師の声が響く。

科目は歴史。教壇に立つのは白髪混じりの髪を携え順当に歳を重ねた様子の男性教師。

その見た目に違わずしゃがれた声で教科書の内容を読み上て、その片手間にとんとんと、まるで子供をあやす母親のようにゆっくりと、枯れた指先で感情なく淡々と黒板とチョークを触れ合わせる。

 

昼食後という時間帯、心地よい太陽の光、子守唄のような授業。

 

全ての要因が完璧に相乗効果を発揮した結果、腹が膨れて心身ともに満たされたクラスメイトの中には既に熟睡の姿勢をとっている人も見られた。

 

(いや度胸あるな……)

 

いや、度胸というよりも無謀と評するべきかもしれない。

授業中の居眠りだなんて書けばただの普遍的な日常の一ページのような緩さを感じさせるが、今は通常通りの授業が始まって大体1週間が過ぎた頃。各教科まだ最初の自己紹介と授業の流れを説明した程度の進み具合という状況。

そんな一番重要と言っても過言ではないファーストインプレッションでいきなり居眠りだなんて、流石に大胆すぎるのではないかと思わなくもない。一体内心でどんな評価を下されるか分かったものではないだろう。

他者からの外聞的な評価を気にするような性格ではないが、流石に授業の評価は気にする。

だからこうして微睡の誘惑に抗いながら授業を聞いているのだ。私は自分が田井中に生まれて、こうして廊下側に座れていることに心底感謝している。窓側に座って直接陽光を浴びてしまえば私も全身で無謀さを露わにするところだっただろう。

 

(………………)

 

そうは言っても。

私が授業中に居眠りをしないと決めていても、それが別に真面目に授業を受けるための理由になるわけではなく。

話を聞き入るのもそこそこに――今日も今日とて神宮寺さんの観察に精を出している。

 

高校生活が始まって、もとい観察を始めてから1週間。

この1週間というのは絶妙なもので、長いようで短い。だが私以外の人間にとって、この1週間は行動に移し結果を出すには十分な期間だったらしい。

その証拠に、スカートがはためく微細な音ですら聞こえてきたような雰囲気だった休み時間はわいわいがやがやと会話咲き乱れる花園に一変して、昼時には机を合わせて食事をとる光景もよく見るようになった。

その会話の内容だって、新しい服がかわいいとか帰りにどこかに遊びに出かけようとかなんて内容が多く、ある程度のグループのようなものが朧気ながらも形成されている。

私からしたら天変地異のような環境の変化がたった1週間で。私には到底成し得ない偉業である。

 

そんな環境の変化においてさして変化のないものがあった。

神宮寺さんである。

 

(真面目だ……いやそれが普通だけど)

 

彼女の方向を見やれば、居眠りする気配なんて微塵もなく真っ直ぐと黒板に視線を向けていた。

神宮寺さんは静かで真面目な人だ。他人と深く関わりを持たず、休み時間中だけでなくどんなタイミングでも一人でいることが多かった。

一人でいる時は席で持ち込んだ本を読んでいるか、教科書やノートを開いて予習やら復習やらを行っているし放課後になれば直ぐに荷物をまとめて帰路に着く。まるで周囲との関わりなんて必要ないといった感じに。一人でも生きていけると、そんな泰然とした、大人びたような強さが彼女にはあった。

 

(………………)

 

繰り返し何度でも言うが神宮寺さんは美少女である。

身長は私と同じか少し低いぐらいで、顔立ちも若干の幼さが残るがそれでも雰囲気は大人びている。

これは私による主観にまみれた感想でもあり――同時に客観的な事実でもある。

 

私が他者を評するような立場にいるとは思っていないが、このクラスには芽瑠を筆頭に顔立ちが整った人がそれなりにいると思う。

だがそれはかわいいとか、かっこいいみたいな親しみやすい方向性であって彼女に当てはまるかと問われれば、違う。

彼女はそういった方向性ではなく、言うならば長く古い歴史を持つ景色を見て圧倒されるような感じで。

単純に――飾らず美しいと評すべきは彼女なのだと思う。

そんな彼女が目立たないわけもなく。だから周囲の人間も噂を立てたり、あるいはお近づきになりたいと果敢に話しかけに行く様子が見られた。

 

(でもなぁ……)

 

一人でいるのが多いとは言ったが、だからといって神宮寺さんが一切喋らないというわけではない。

神宮寺さんが動かなくても気になった周りは話しかけてくるし、実際に話しかけられたら普通に対応しているのを見た。

 

だが対応といっても、本当に当たり障りのない対応というか、いっそ冷たさすら感じるぐらいで。

出身地はどこかだとか、使っている化粧品だとか、挙句には彼氏がいるかなんて質問まで。

彼女はどんな質問が来ても動じずに答えていたが、その返答はある種の機械のように一言二言で済ませていたので驚くほどに会話が続いていなかったのだ。露骨に嫌そうにしたり、とげとげしい態度を取ったりするわけでもなく、ただ淡々と言葉を重ねるだけ。

 

話しかけたら答えてくれるが、別にそれがなくたって構わないといった感じで。

それは拒絶というほど強いものではないが、彼女がそこまで会話や交流にこだわっていないというのが周囲にもなんとなく伝わるのか、あるいはその撞着的な雰囲気に吞まれたのか、自然と彼女に話しかける人は少なくなって。

 

周囲は彼女を孤高だとか、畏れ多いとか高嶺の花と評して遠巻きに見て今の状況に落ち着いたのだ。

 

(……やばっ)

 

取り留めもなくそんなことを考えてぼんやりと彼女を観察していたら、不意に彼女がこちらを振り返りそうになるのが見えて慌てて視線を黒板へと向けた。

神宮寺さんは不自然にならない程度に周囲を見渡して――前に向き直した。

 

(あぶな……)

 

神宮寺さんは思ったよりも外からの視線に敏感だ。こうして視線を感じ取られたのか後ろを振り向くことが何度かあった。

まあ、考えてみれば神宮寺さん程の容姿を持って生まれれば穴が開くほど見つめられた経験なんて数え切れないほどあるだろうから納得である。嫌でも慣れてしまうだろう。

……私が単に見つめすぎただけの話しかもしれないが。

 

これ以上の観察は難しいと判断して手元の教科書を眺める。

今でこそ、こうして観察に精を出して授業中の余暇をつぶしているが中学校に通っていた時はそんなことはなく。

当然今と同じように真面目に授業を聞き流していたので、そんな時は教科書を読んで時間をつぶしていた。

歴史の教科書らしくぎゅうぎゅうと詰められた文字列の上に沿って指先を滑らせる。紙特有の少しざらついて、ひんやりとした感覚が温い身体と眠気を覚まさせる。

 

私はどの教科も等しくなんの感情も湧かないが、強いてあげるとすれば歴史の授業が好きだ。

歴史は結果であって、結果は変えようのない真実で、文字は単なる記号だ。

だからそこに感情はなく淡々と、ただ無機質に事実が羅列され脳に刻まれて、そうしてテストの範囲でもないから使うわけでもない結果的に無駄になる知識だけが蓄積されて満たされる。

あの時も今も、私はこの時間が存外に好きだった。

 

(ん……)

 

ペラペラと、時間をつぶすためだけで特に中身を理解しようと思っていないから雑にページをめくっていたら気になるページが視界から過ぎていった。1枚1枚丁寧にページを捲れば――柱に括り付けられた白い女性の絵と文が目に入った。

 

(魔女狩り……?)

 

魔女狩り。転じて魔女裁判。なんとも歴史の教科書とは思えないようなファンタジーな言葉だ。

中世ヨーロッパに起きたそれは宗教的な理由による迫害であるとも、金銭的理由によるものでもあったとも言われその詳細は完全に明かされていないらしい。

あるいは過去に本当に魔法なんてものが存在していて彼女たちが正しく魔女であったのかもしれないし、度重なる災禍への不安に対するスケープゴートであったのかもしれない。

挿絵を見やる。柱に括り付けられた白い女性とそれを囲む民衆らしき人達。その全員の顔は恐怖に塗られていた。

どういった理由にせよ、魔女狩りという行動の根底にあるのは――恐怖だったのだろう。

 

(ふーん……)

 

これは過去を知らない私の、平和ボケした幼稚な意見で、ただのたらればなのかもしれないが。

今魔女だなんて存在が知れたら、全員が排斥するばかりではなく歓迎する人だって出てくるのだろう。

それが物珍しさとかなんだとどういった理由になるのかは分からないが、少なくともこの挿絵の魔女もこうして磔ではなく祭り上げられる可能性だってあったはずだ。

だが、そういったある種の神聖さといった特殊な立場は、1つボタンを掛け違えれば、それは異端として処理されうる理由にもなると史実が示した。

 

人は本質的に臆病な生き物だ。知らないから怖い。分からないから怖い。そして傷つきたくないと。

だからこそ、彼らは恐怖と痛みを知る前に元を断つという選択をとった。

ただ知らなかっただけで、もっと知れば別になんてことはなく分かり合えたかもしれないのに、それらの機会すらも捨て去って。

史実は魔女狩りという形で現れ、その事実の延長線上に連綿と続く先に私たちの今があった。

 

ふと、思い立って神宮寺さんを見やる。ウェーブがかかった艶やか黒髪を携えたパンツルックの美少女。

改めて彼女の格好を見て、そして他者との接し方を思い出して彼女はこの教室で――言葉を選ばずに言えば浮いているのだろう。

まるで彼女の場所だけがぽっかりと穴があいているかのように。その結果として周囲は彼女を近寄りがたい存在だと理解した。

 

 

 

だが、近寄りがたいという評価は好意的でも露悪的でもない。そこにあるのは――理解への諦観だけだろう。

 

 

 

それはまるで――痛みを伴わないだけの魔女狩りのようなもので。

 

非常に自分勝手なことだが。

 

私には、それが酷く残酷なものだと思ってしまうのだ。

 

(よし、決めた)

 

今日はこの授業が最後なので後は帰るだけだ。

だから授業が終わったら、彼女の元へ向かって話しかけようと思う。きっとにべもなく対応されてしまうのだろうけど、周囲のように近寄りがたいと、高嶺の花だなんだと、そんな曖昧さに託けて彼女を理解した気になりたくなかった。

ほんの数十秒でもいい。少しでも多く彼女を知る時間を作るのだ。

もちろん、彼女が望んで周囲がそれに配慮した結果こういう状況になっている可能性だってあるが……その時はその時だ。

そうであるか否かを知るという意味でも、私は彼女に話しかけるのだと、そう決意した。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの神宮寺さ――」

 

「神宮寺さーん!ちょっといいかな!」

 

例えどれだけ心の中で壮大な決心をしたところで、現実で事を成すことができるのは――声が大きい人間だ。

私の前には席で教科書を片付けている神宮寺さんと、そこに話しかけていくクラスメイトの姿があった。

 

つまり私は――敗北したのだ。話しかけようとしても声が届かなかったという理由で。

 

近寄りがたいと思われたとしても、別に話しかけられることが無くなるわけではないことを忘れていた。現実は非情である。

……まあその実、話しかけるための話題が思いついていなかったのだが。危うく勢いだけで何もなしに話しかけて変な空気にするところだった。その点で考えればむしろ先を越されたのは好都合だったかもしれない。

話が終わった後に大丈夫そうなら声をかけようと、伸ばしかけた手と声を引っ込めた私は落ち着いて席について聞き入る姿勢をとる。

 

「……なにか用事ですか?」

 

「いや、これからカラオケ行こうって考えてたんだけど一緒にどう?」

 

物凄くダメそうな話題が耳に入ってきて席から立ちあがりそうになった。カラオケの誘い?そんなものが現実に存在するなんて思わなかった。

……そもそもの話、カラオケに行こうと考えられる程の関係性を他の人と築けているのが信じられないし、そこにあの神宮寺さんを連れて行こうとする発想も私には到底出来ない。そんなものどう考えても断られるだろうから。

だが改めて神宮寺さんに話しかけた人を見て、納得した。話しかけている彼女は――当然名前は知らないのだが、とにかく快活でよく笑って人生が凄く楽しそうな人という印象があった。髪もその笑顔に呼応するように眩しい金髪で、まさにお手本のようなギャルといった存在。

 

「……ごめんなさい、放課後は用事があるので」

 

「あーごめんね、用事あったんだ!また都合のいい時に遊ぼ!」

 

まるで創作の中から出てきたような存在に若干気圧された私だったが、それでも神宮寺さんは変わらずにすべもなく断りをいれていた。

それを聞いた少女も断られても軽い様子だった。元からダメもとで聞いただけなのかもしれない。

それでもめげずににまた機会があれば誘うとほのめかして去っていった。私もその勢いを見習うべきなのかもしれない。

 

「あ、あともう1つ聞いてもいいかな?」

 

しかし用事があるなら話しかけるのは迷惑かもしれないなんて考えていたら、数歩歩いて去っていった少女がくるりとターンして神宮寺さんの元へ戻ってきた。所作から何もかも全てが元気そうだなと考えていたら。

 

彼女が、まるで昨日の夕食を聞くようなノリで――

 

 

 

 

 

 

 

「神宮寺さんって――なんで男子用のズボン履いてるの?」

 

――無邪気に爆弾を投げ入れた。

 

 

 

 

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