TS美少女観察日記   作:スーパー爽

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書きたい話はあるんですが、そこに至るまでの話が中々難しい……


文明がある

 

 

事の発端は一通のメールだった。

公園での一件の後、神宮寺さんと別れた私は冷静になって――途方に暮れていた。

勢いのまま行動した結果自分が見知らぬ場所にいることを思い出したからだ。

つまり私は――世間一般に言う迷子だった。

胸中の燻りが冷めてしまったのを自覚してしまえば、残るのは風で吹いて飛ばされてしまう灰燼であることは自然の摂理だった。

 

(家まで時間かかるかな……)

 

迷子だと言っても別に悲壮感があるわけではないのはスマホで地図でも見れば帰れるだろうと踏んでいるからだ。

恐らく私に土地勘はない(最も、断言できるほどに土地勘を求められる機会はなかった気がするが)が、それでもある程度慣れ親しんだこの地域ならば完璧ではないにしろ大雑把に地図を読むことぐらいなら出来るはずだ。

 

そう言って文明社会に生まれたことに感謝しながらスマホを取り出して起動すると、1つの通知が見えた。

よく見れば、その通知は緑色の某メッセージアプリのもので少し驚く。

私のスマホは連絡を取るか動画を見るかインターネットに繋がるかぐらいの用途でしか使わない。

ゲームの類もあまりやらないため通知が来ること自体珍しいのだ。

しかもこのアプリに関しても、連絡先は画面をスクロールする必要がないぐらいの数しかなく、その内訳も家族と芽瑠だけ。

 

(珍しいけど……多分、芽瑠かな)

 

そういうことで、物珍しいと思いつつ半ば確信を持ってアプリを開けば一番上に数字が控えめに主張していて、そこにはやはり見慣れたピースのアイコン。

連絡先は家族と芽瑠だけといったが、家族に関してはメールをせずとも直接話すことの方が多いため、結果的にここで一番上に表示される――つまり一番メッセージを送りあう相手は消去法的に芽瑠に決まる。

 

 

 

『家来て』

 

 

 

(……あ)

 

思わず立ち止まって、もう一度確認してみても当然文面は変わっていないのだが、それでも確認して。

そのあまりにも簡潔にまとまった文章と、その裏側に潜む感情に私は恐怖した。

なんせ、普段の芽瑠の文は絵文字が入っていたり、やたらと眩しい赤色の感嘆符が多用されるので物凄く眩しいのだ。

それに比べてこの文章。普段の履歴が上の方で見切れていてその落差も相まって非常に怖い。

 

そしてこんなにも淡白な文章が送られてくる時は大抵私に対して何かしらの感情を抱いている時。

 

例えば――怒りとか、そんな感じの感情だったり。

 

(あー……)

 

当然のように覚えはあった。今になって思い出したことだが……恐らく一緒に帰らなかったことだ。

約束しているわけではないが、家も隣同士で放課後に予定だってあるはずがないのだから今まで通り一緒に帰るつもりだったのだろう。

実際私だって何も起きないのであればそうするつもりだった。

だが現実はそうでなく。神宮寺さんのイレギュラーと、私自身のイレギュラーの果てに今があるわけで。

 

つまり――大体私が悪い。

 

芽瑠との付き合いは長いが、呆れられることは多々あれど怒りの感情をぶつけられるようなことはほとんどない。

そもそも喧嘩ができるほどに私の意志が強くないのだ。大抵の場合私が謝罪して、芽瑠もそれで納得しておしまい。

それでも人間である以上フラストレーションは溜まっていくもので、そのつけを払わされる瞬間が今だという話。

 

(ちょっとだけ……ゆっくり歩こ)

 

もはや早いか遅いかの話だった。

どうせ怒られるのならばもういいと、メールに既読と半ば自暴自棄に変な顔した犬のスタンプを送り付けて歩みを遅らせた。

そうして抵抗とも言えないような抵抗をしつつ私は芽瑠の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「そこ正座」

 

「はい……」

 

芽瑠の家に辿り着いた時には、もう既に太陽が沈んでいった頃合い。

のろのろと亀のような歩みでもいずれは目的地に辿り着くもので、堂々と重役出勤を果たした私を待っていたのは無表情の芽瑠だった。そしてそのまま有無を言わせず引っ張られていった私は芽瑠の部屋で正座をさせられていた。

 

私は正座で、芽瑠は腕を組んで私を見下ろしている。

地べたに座り込むのはいつものことだが、私を受け止めてくれるカーペットが今日は心なしか冷たく感じた。

 

「その、本当にごめんなさい……勝手に行って」

 

はっきりと原因が分かっているわけではないが、取り敢えず謝罪をすることにした。

これは経験則だ。今回、というよりもほとんどの場合こじれる原因は私にあるのでとにかく行動に移して誠意を示す。

大抵の場合はそれで丸く収まる。何ならそのまま土下座するのもありだ。

情けない話だが、プライドなんてものは時間が既に溶かし切っていた。

 

「……いや別に、謝ってほしいわけじゃないんだけど」

 

思ったよりも反応が薄いので手をついて土下座の姿勢に移行することも視野に入れていたのだが。

下げかけた頭を上げて顔を見やれば、先ほどまでと同様に無表情ではあるがそこには私が思っている以上に険がない気がした。

 

「……怒ってない?」

 

「……まあ、別に、怒ってないけど」

 

そう言って、バツが悪そうに芽瑠は私から視線を逸らした。その声も確かに怒りを孕んでいるわけではなく。

現状を顧みるに、どうやら私が想定しているような事態ではないらしい。

だとしても、その煮え切らない態度が少し気になってしまうが。

 

「でも、置いてったけど……」

 

だからといって、私自身がそれに納得できるかと言われれば、少し首を傾げたくなる。

芽瑠を疑っているわけではない。私に噓をつくようなことはしないだろうと信用している。噓をつかれても見破る術はないのだが。

それに、申し訳ないと思ったことも紛うことなき事実であるのだ。

遺恨を残さないためにも、押し売りのような形だとしても謝罪がしたかった。

 

「置いてったって……まあ、置いてかれたんだけどさ」

 

はあ、と大きくため息をついて芽瑠がベッドに座る。

座った拍子に少し跳ねたからか、ふわりとミントのような清涼感のある匂いが鼻に届いた。

 

(ん……)

 

それは芽瑠が外に出る時につける香水の匂いだった。

慣れ親しんでいて、安心する匂い。何と言っても、私がいつだったかの芽瑠の誕生日に精一杯背伸びして贈ったものだ。

どうやら芽瑠も余程気にいったらしく、贈ってから外では毎回この香水をつけている。

 

だが家の中でこの匂いを嗅ぐのは珍しいことだ。

芽瑠は家に帰ったらまずシャワーを浴びて、家では何もつけずにいるはず。

もしかして、まだシャワーを浴びていないのだろうか。

 

「なんて言うか……ちょっとびっくりしただけ」

 

芽瑠の手がベッドのシーツを握ったり離したりとせわしなく。いっそのこと、いじらしさすら感じさせるその行動は私がよく知る芽瑠の手癖だ。

何かしら行動して気を紛らわせようとするその手癖。

そういう時、芽瑠のが抱いているのは大抵の場合――不安だった。

 

「……心配してた、とか?」

 

「………………」

 

伺うように、下から覗き込んでみても視線は交わらず。

返事はないが、代わりに布地が擦れるような音が耳に届いた。音の出所を見やれば、芽瑠の握るシーツの皺が増えていた。

 

芽瑠は無防備にも時折こうして付け入る隙を見せる瞬間があった。

それが意図しているかどうかは分からないし、信頼されているからこそなのか、あるいは私自身が隙を見せても警戒に値しないだけの話かもしれないが。

とにかく私はこの瞬間が――少しだけ苦手だった。

 

当然人間には得手不得手があるものだ。だが私にとって芽瑠は――強さの象徴だった。

私には到底成し得ない事を平然と成し遂げて、物怖じせず自らの力で世界を切り開いていける。

私が持っていないものを持っていて、逆に私が持っているものはほとんど持っている。

幼馴染という関係があるにしてもこんな私と一緒にいてくれる寛容さ。

芽瑠は、まるで先導する光のようにずっと私の一歩先を進んでいた。

 

まとめてみれば、恐らく羨望という言葉が一番しっくりくる。

 

(………………)

 

だからこうして、弱みというほどではないにせよ隙を見せられてしまうと。

納得のいかないもやもやと、何とも言えないむず痒さが胸の中をぐるぐると渦巻いて。

 

責め立てるように、強くなれてしまう自分がいるのが苦手だった。

 

「沈黙は、肯定とみなすけど?」

 

努めて平常に。逸る心臓の音に気づかれてしまわないように。

揶揄うようにそう声を投げかけた。

 

対して、芽瑠は口を結んで呻き声のような意味のない音を鳴らしてゆらゆらと左右に揺れていた。

その動きに視線を動かしていたら、動きを止めた芽瑠と視線が重なる。

 

 

 

「……まあまあ、心配したけど」

 

 

 

「………………」

 

「……え?なに?もしかして照れてる?さっきまであんな威勢よかったのに?」

 

「………………」

 

「おーい、沈黙は肯定なんじゃないのー」

 

「う、うるさいなぁ……」

 

漏れ出そうになった言葉と、表情が見られないように咄嗟に口元を覆って視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

「で?結局何してたの?あたし話聞こえてなかったから分かんないんだよね」

 

醜い攻防を終えた後、息を落ち着けた私を見計らって芽瑠が声をかけてきた。

 

「あー……」

 

確かにそれは気になるだろう。何よりも、今までの私を見てきた芽瑠であるのなら尚更その気持ちは深いはず。

とは言え、全てを語るわけにもいかないのも事実。

彼女の語る内を全部理解したわけではないが結構センシティブな話だったような気がするし、そんな理解度である私の語る曖昧な内容で神宮寺さんが推し量られるのは嫌だった。

彼女だってそれを望むはずもないだろうし。

 

「その……」

 

「うん」

 

「……は、話してきた」

 

「……はあ」

 

露骨にため息をつかれて憐れみの視線を向けられてしまったが何も言えない。

私だって、まさかほとんど初対面と言っても過言ではない状況であそこまでディープな話題になるとは思わなかった。

思えば、自分はあの状況でよくコミュニケーションが取れたなと我ながら感心してしまう。

空気にあてられてしまったというか、多分麻酔のように痛みなんて感じなかったのだろう。

そう考えてみれば、今になって少しだけ胃がキリキリと痛みだした気がした。

 

「で?友達になったわけ?」

 

「友達って……それは畏れ多すぎると思う」

 

「クラスメイトに使う言葉じゃなくない?」

 

向けられた憐れみの視線が更に深くなった気がした。それでも卑屈になってしまっても仕方がないだろう。

仮に友達ができるとして、その対象はあの神宮寺さんである。横に並んでキラキラしている私の姿がどうして想像できよう。

きっと私は周囲の視線に刺し殺されてしまう。体が穴だらけになっている自分の姿の方が余程簡単に想像できた。

 

「あ、そうだ」

 

もう他に話すことと言えば奢ってもらったコーヒーが想像以上に甘ったるかったことぐらいしか思いつかないが、それを口に出せば恐らく芽瑠の絶対零度の視線が私の体を穿つことになる。

どうしたものかと必死に話題を捻出しようとしていた私の耳に芽瑠の声とパチッと指を鳴らす音がやたらと響いた。

音の鳴る方を見やれば、芽瑠の人差し指が私をビシッと指していた。

 

「今日あたし置いてったの申し訳なく思ってるんでしょ?」

 

「……ま、まあ一応」

 

「じゃあ今日のお詫びってわけでもないけどさ」

 

丸められていた人差し指以外指が伸ばされて、私に手のひらが向けられ――

 

 

 

 

 

 

 

「あたしにも神宮寺さんの連絡先ちょーだい」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

手を向けられていることも、芽瑠の口から出てきた言葉も。

全てを理解できなかった私は、ただ困惑で言葉を漏らすことしかできなかった。

 

「あれ……?神宮寺さんと話したんでしょ?」

 

そしてその原因になった芽瑠もまた私の態度を見て困惑していた。

ご丁寧に首まで傾げられてしまったので私もそれに追随する。反対側に傾いても同様に。

私たちは、とても困惑していた。

 

「話したけど……」

 

「それで、連絡先交換しようってならなかったの?」

 

「???」

 

もう本当に意味が分からなかった。話して、そこから連絡先を交換というのは流石に飛躍しすぎなのではないか?

これは私自身の理解力の問題なのか?ここまできたら私だけが悪いわけではなく、伝える側の配慮不足さえも疑ってしまうのだが。

 

「話して、意気投合してメールで話そうみたいな感じじゃないの?」

 

「なにその知らないノリ……」

 

あまりにも関わりのない世界の話で愕然としてしまうと同時に納得もいった。

よく考えたら、芽瑠はこうして私と居ることが多いが本質的にはもっとキラキラした世界にいるような人間なのだ。

要は根本から発想が異なるわけで。十数年と共にいたはずなのに、さながら異文化コミュニケーションのようだった。

 

「えー……本当にないの?隠してる?」

 

「隠してないし……ほら」

 

何故かやたらと疑ってくる芽瑠の為に、私はスマホの画面を見せつけた。

メールアプリからほとんど使ったことのない電話帳まで私の持ちうる全ての連絡手段を開示したが当然そこに神宮寺さんのものはあるはずもなく。

淡々と1ページで終わってしまう虚しい画面と私自身の悲しい現実が晒されただけだった。

 

「んー本当にない」

 

「そう言ってるのに……」

 

もう満足しただろうと、返却を催促しようとしたら何やら芽瑠が私のスマホ上でせわしなく指を動かしているのが見えた。

別に、特に見られて困るようなものがあるわけではないが、それはそれとして私にも一応プライバシーというものがあるのだから不安が募る前に返してほしいのだが。

 

「……そろそろ返してほしいんだけど」

 

「ちょっと待って……はい出来た!」

 

操作が終わったのか、スマホを返してもらえると思ったら視界の半分ぐらいが眩しい何かで覆われた。

思わずのけぞって離れて見てみれば、そこには私のスマホが芽瑠によって突き付けられていたのだと遅れて理解した。

画面には某トークアプリで使われる人型の初期アイコンと――

 

「……"文明ガール"?」

 

――その下に、"文明ガール"の文字が無機質に輝いていた。

だからといって、それだけでは私は何も分からないのだが。

説明を求めて仕立て人の芽瑠の方を見やれば、空いている手を腰に当ててどこか誇らしげな顔をしていた。

 

「……これなに?」

 

「なにって、グループだよ」

 

「グループ?」

 

「分かんないの?ほら、クラスの……って入ってなかったか」

 

知らないものを素直に知らないと答えたら何故かより一層残念そうな目で見られた。それは理不尽ではないか。

芽瑠の説明によると、どうやらグループは複数人との交流が可能になる機能らしい。私が知らないのも納得であった。

ただでさえ一対一の対話でさえ難儀しているというのにそれが複数人とくれば縁もない話である。

 

「で、今このグループにはあたしと麻音の二人がいます」

 

そう言って芽瑠の操作する画面を追いかければ、そこには確かに私と芽瑠のアイコンが表示されていた。

それならまさに今の状況と同じで、芽瑠がわざわざグループを作った理由が分からなかった。

 

「……それでこのグループがなに?」

 

「ふっふっふ……」

 

私が問えば、芽瑠はわざとらしく含み笑いをあげながら立ち上がって――

 

 

 

 

 

 

「――このグループに、神宮寺さんを入れます!」

 

――スマホを天井に向けて掲げ、そう高らかに宣言した。

 

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