理由はカバネリで破産したからです。
例によって私は芽瑠から『神宮寺さんをグループに追加しよう作戦』の内容を聞かされていないのだが、前回――神宮寺さんと初めて会話したあの日のこと――とは違って寝不足の最悪コンディションではなく、その胸中を表現するのであれば……凪の一文字であった。
それは前回の成功体験で得た、案外何とかなるかもしれないというほんの僅かな自信によるものが半分。
そして残り半分を占めるのは――為せば成るという諦観だった。
「今日めっちゃ眠いわー」
「わかるー」
芽瑠と共に廊下を歩く途中、すれ違いざまに他愛のない雑談が私の耳を通り抜けていくのを感じながら教室の扉に手をかけて開く。
扉を開けば、わいわいがやがやと朝もそれなりに早い時間帯だというのに活気のある雰囲気が形をもって私にぶつかってきたように感じて少したじろいでしまった。
壁にかかる時計を見やれば針は始業十五分前を指している。
四月も終わりに差し掛かっている今日。入学したて特有の浮ついた空気感は薄く引き延ばされたぬるま湯のような空気感へと変化していた。よくこうも慣れてしまうものだと感心してしまう。
「おはよー」
「橘さんおはよ」
芽瑠が隣で誰彼構わず目に付いた近くの人間に挨拶しているのを尻目に自分の席へと向かった。
席に辿り着くまで精々十数歩といったぐらいに距離感であるが、
そんな芽瑠とは対照的に私が誰かに挨拶をすることはないしされることもなかった。
別に、それで構わないが。
「…………はぁ」
自分の席につけば自然と体の奥底からか細い空気が抜けていって、少し驚く。
完全に無意識だった。もしかしたら自分が想像しているよりも体は疲労しているのかもしれないがまあいいかと、その理由については深く考えないようにした。
鞄を机の横にかけて落ち着いて視線を巡らせると、視界に映るのはここ最近の記憶の半分を塗りつぶしている艶やかな黒。
神宮寺さんだ。どうやら彼女は私よりも先に登校していたらしく、既に席について予習のためなのか教科書を読んでいた。
(おお……)
真面目というか、それとも健気とでも言うべきか。
まるで昨日の出来事が夢だったかのように、私だけを置いて周囲も彼女自身も変わらず日常の中にあった。
「あ……」
「………………」
何となしに見つめすぎてしまった故か、偶然にも後ろを振り返った神宮寺さんと視線が交じり合う。
別に何かを言われたわけでも、決して笑顔を向けられているわけではなくただお互いに視線が合っているだけ。
だがそれでも、目を開く彼女の表情には、少なくとも昨日のような諦観は存在しないようで。
私は――心の内で、詰まりが取れたかのように大きく息を吐いた。
「………………」
「………………」
当然、そうしたところで胸の内から漏れ出るのは言葉ではなくただの空気でしかなく、そこに込められた感情が伝わることもない。
だから私たちの間には依然として沈黙が支配していた。
わいわいがやがやと。教室に登校してきた生徒が増え始めたからか、遠巻きに聞こえていた周囲の話し声などがさっきよりも大きく聞こえているが、私たちの間の距離は変わらず、付かず離れず。
まあ、詰まる所。
この去来する感情と奇妙な現状に手を拱いているのだ。
(……どうしよう)
彼女も、そして私も依然として言葉は発さない。
これは私から動いて声をかけるべきなのだろうか。それとも神宮寺さんが声をかけようとしているのか。もしくは彼女の目線の通り道に偶然私が存在しただけで、目が合ったのなんてただの勘違いなのか。
どういった理由でこの状況が成り立っていたとしても、私はこの沈黙が存外に心地よいものだと感じていた。
(あ……)
先に動いたのは彼女の方だった。
首だけがこちらを向いているような状態から一変、姿勢はそのままに僅かに視線だけが私から逸らされてしまった。
たったそれだけのこと。視線が交わっていたのだって大きく見ればきっと数瞬のことで元の状態に戻っただけ。
だがそれだけで――一瞬、呼吸が止まったような気がした。
もしかして、沈黙は彼女の意にそぐわない結果で、私は呆れて見限られてしまったのだろうか。
数瞬か、もしくは途方もない時間か、逸らされてしまったと思えば、また彼女と視線が交わった。
その表情はさして変わらず――いや心なしか表情は固く、目は据わっているようにも感じる。
その言いようのない圧と――彼女の肩の近くでチラチラと揺れ動く何かによってぐるぐると渦巻く取り留めのない思考は取り払われた。
ゆらゆらと動くそれは、窓から差し込む陽光に照らされた眩しいぐらいの白磁――即ち彼女の手。
――おずおずと、控えめに手が振られていた。
「え」
一瞬の硬直。
思わず後ろを振り返ってみれば、そこにあるのは喧騒と喧騒。そして喧騒。
誰もこちらを気にする様子はない。彼女と視線が合うのは、ただ私一人だけ。
そうして遅まきながらに気付かされた私の胸の内にあったのは――安堵の感情だった。
(……私か)
大なり小なり人は秘密を抱えて生きるものであり、そして秘密は秘されているのだから秘密なのだ。
善悪を考慮せずとも結果的にそれが明るみになろうとしたわけで。普段の大人びているとはいっても昨日の出来事が彼女に対して何も残さないはずがない。
だからその姿は昨日の彼女を想起させるものがあって、昨日見られたような笑顔こそが彼女の本質であるのならば。
隔たるギャップは深く底が見えないものの、私と彼女を結ぶ距離は少しだけ近くなったような気がして。
勝手ながらも安心してしまうのだ。
「……?」
そうして思考に沈んでいたら神宮寺さんの顔が少し不思議そうな顔へと変化していたのを見て、自分が未だに何の反応も返していないことに気が付いた。
私はとにかく迅速に何か反応を返すべきだと考えて――ぎこちなく、ゆっくりと首を縦に動かして会釈をした。
「………………」
「………………」
それが私のした行動に起因するのか、彼女自身のものによるのかは分からないが、恐らく本当に驚いたのだろう。
ぱちぱちと瞬きをして、こちらに向けて振られていた手も徐々にゆっくりとなって止まって――それに合わせるように、心なしか頬も赤みがさしている様に見えた。
まるで自分が何をしていたのか遅れて気づいたように。
その様子は今まで見ていた大人びた感じから一転して年相応の振る舞いの様に感じて、ますます彼女が近くなったように思えた。
(絶対に、対応間違えた……)
とは言っても、私自身に底の見えない谷間を飛び越える勇気などなく。
恐る恐る顔をあげてみれば、さっきよりも確実に赤み帯びた顔の彼女の口がもぞもぞと何か言いたげに動いて、それに気づいた私は黙って彼女を注視して、それでも結局何かが発せられることはなくお互いにまた見つめ合う時間。
私たちの間は周囲の喧騒から部分的に切り取られてしまったように静かだった。
「……何してるの?」
「っ!?」
突然降りかかった肩への衝撃に振り向けばそこには何時ぞやと同じように芽瑠の顔が覗き込んでいた。
芽瑠は私の顔を覗き込み、次いで神宮寺さんの方を見て、そして私の元へと視線が戻る。
その表情は心底不思議でたまらないと如実に表現していた。
「いきなり止めてよ」
「だって何か面白そうなことしてるからさぁ」
パタパタと芽瑠に肩を叩かれる。そこまで痛みはないが単純に鬱陶しいからやめてほしい。
神宮寺さんはどうしているかと見てみれば、まだ状況の変化が吞み込めていないのか少し呆然としてこちらを見ていた。
それに気づいた芽瑠はぶんぶんと神宮寺さんに手を振って、神宮寺さんは少し固まった後、ハッとして上がりっぱなしだった手を下げておずおずと会釈を返していた。
「で?で?何してたわけ?」
「挨拶してただけじゃん」
「挨拶ねぇ……まあいいや」
そう言って私の肩から手を離した芽瑠は軽やかな足取りで私の前方――神宮寺さんの方向へと歩いて行った。
(え……)
その行動は予想できなかった、というより予想したくなかったというのが正しいのだが。
それでも私にそこへと割って入る気概などないわけで。
結局のところ私はまた芽瑠の行動に振り回される他ないのだと、ボーっとして二人の会話を眺めるだけだった。
二人の会話の様子を眺めている。ここからでは微妙に距離があるので会話の内容は分からないが眺めている感じでは滞りなく行われている様子。
そうして会話が終わったのか、芽瑠がこちらへと振り返り踵を返す。
その顔はニコニコと笑顔。いや帰ってきたときよりも少し輝いているようにも見えた。
「……何してきたの?」
その笑顔にどことなく嫌な予感があったが意を決して私が問えば、芽瑠は待ってましたと言わんばかりにその笑みを深めた。
まるで悪戯が成功した子供のような普段よりも一段と眩しい笑顔が現れていた。
「なにって、一緒にお昼食べよって話しただけど」
「はぁ、一緒に……え、一緒にお昼?」
聞き間違いだろうか。そう思って芽瑠の方を見やればそのニヤニヤした笑みは健在で。
「その代わり連絡先聞くのは麻音の役割だから」
「え゛」
■
「おーい授業終わったけど」
「――はっ」
遠く聞こえるチャイムの音と、ずっと強くなった教室に降る陽の光。
ついでに、つんつんと背中に伝わる微かな感覚と呼ぶ声が私を現実に引き戻す。
慌てて時計を見やれば、既に時計の針は四限の終了時間を指していた。
ややあって自分が置かれている状況を理解する。どうやら私の思考と感覚はあの輝かしい芽瑠の笑みによって焼き尽くされてしまったらしい。
「……あの」
授業終わり特有のざわついた空気の中をスッと縫うように、それでいてどこか躊躇いがちに声がかけられた。
当然その相手は神宮寺さんだった。彼女は胸の前で花の柄が散りばめられている小さなトートバッグを両手で抱えていた。
察するに、その中に彼女の昼食が入っているのだろう。つまり芽瑠がした約束は事実なのだと、改めてそう実感させられる。
「その、橘さんからお昼のお誘いをしてもらって……」
そんな私に念押しでもするように神宮寺さんの言葉が続く。
そうは言っても、私はただその通りだと粛々と頷く他にないのだが。
だって直接誘ったのは芽瑠であって、それで芽瑠がどういった感じで神宮寺さんを誘ったのかも知らされていないから。
「あー……えっと」
「おー神宮寺さんいらっしゃい!神宮寺さんはこの椅子に座っちゃって。あ、ちゃんと許可は取ってるから安心していいよ」
どう答えたものかと言葉を詰まらせていた私の後ろからやたらと快活な声が飛んでくる。
その声に気づいた神宮寺さんと共に視線を向かわせればそこには机の上に既に自分のお弁当を広げていた芽瑠の姿があった。
芽瑠は右隣の空席を引き摺って机の横に寄せた。芽瑠の机に集まって昼食ということだろうか。
どうやらいつの間にやら空席の持ち主には話を通していたらしい。こういう配慮が出来るところも、行動に移すこともまた芽瑠らしいなと思うし、素直に尊敬できる。
最も、私に対して一番被害を与えてくる本人でもあるのだが。
「はい麻音はこっち向くー」
「わ、分かったから揺らさないで」
ガタガタと椅子の背を掴んで揺らしてくる芽瑠。
単純に煩わしいし、何よりもあまり情けない姿を晒したくもないので素直にお弁当を取り出して後ろに振り向く。
「ありがとうございます。じゃあ……失礼します」
思えばこうして複数で食事を取るというのは家族との食事などを除けば久しくない経験だ。
本来机の上は狭いと言うほどの広さではないが、こうして昼食が3つも並んでいれば窮屈にも思えてくるし傍から見ればいっその事不便であるとさえ言えるだろう。
それでもこの不便さは――存外嫌いになれないものだった。
「いただきまーす」
「いただきます」
芽瑠の声と共に各々持参したお弁当を開く。
私も自分のお弁当を取り出しつつ神宮寺さんの様子を観察していた。
神宮寺さんの取り出したお弁当箱は淡い青色の二段構成。思ったよりも多く食べるのだろうかと少し意外に思っていたら上の弁当箱が開封され――
(え……)
目に入ったのは一面の茶色。内容は唐揚げ、小さいコロッケ、ミートボール、エトセトラ。
まるでサバンナの枯れた大地を想起させるような茶色。むしろ緑がほとんど見えないのでサバンナよりもよっぽど過酷な環境であるとさえ言える。
そんなお弁当箱の中身は外箱との対照的な色合いがいっそ見事なまでに美しく浮かび上がっていた。
(野球部?)
見た目だけでいえば何も口に含まず光合成して栄養を取っていると言われれば一頻り迷った末にギリギリ納得が勝ってしまうかもしれないのだが。
そんな神宮寺さんはその見た目に反して健啖家で、味の好みは男子中学生みたいだった。
「おお……ワイルドだ。結構食べるんだね」
「そうですか?まあ、食べられる時に食べるべきだと思うので」
(そんな常在戦場の構えみたいな……)
少し意外そうにしている芽瑠と不思議そうにしている神宮寺さん。そして心の中で少し慄く私。
昨日の一件でも薄っすら感じていたが、彼女は思っているよりもずっと近い存在なのかもしれない。
それを感じ取っているのか芽瑠もニコニコして話をしており、神宮寺さんはより不思議そうに首をかしげていた。
「神宮寺さんはそれ自分で作ってる感じ?」
「そうですね。とは言っても、冷凍のものばかりですが……あまり、迷惑もかけられないので」
「それでも偉いよ~」
ぱくぱくと。会話をしながらも神宮寺さんの箸はよく進んでいる。
その光景を見て、あんなに可愛い猫だって肉食動物であることをぼんやりと思い出していた。
「え、あたしだけか自分で作ってないの」
「田井中さんは自分で作ってるんですか?」
「まあ一応」
おお、と感心の声と共に神宮寺さんから視線を向けられる。
とは言っても、神宮寺さんみたいな健気な理由ではなく、単純に自分で作った方が好きなものが食べられるという子供じみた理由なのだ。
だからそんなに感心したような目を向けないでいただきたい。本当に眩しく感じるから。
■
「あの、神宮寺さん」
「どうかしましたか?」
正直な話、慣れない状況による緊張のせいか私自身の食事はそこまで進んでいない。
けれども確かに時間は過ぎ去っていくもので、いい加減早く聞き出せと芽瑠の視線が段々と鋭くなっていっているのだ。
このまま拘泥してもそもそと食事をとっていれば机の下で醜い攻防が勃発しかねないのは私自身が一番よく理解していた。
「えっと……」
「はい?」
とは言っても、何から話せばいいのか。
当然私が連絡先交換なんてしたことがあるはずもなく。今手元にあるのは家族と芽瑠の分だけ。
言わばデフォルトのまま。実質的に裸であるも同然なのだ。
だがそれでも、原人がいずれ衣類を身にまとうように私だってカメのような歩みでも進化するのだ。
ここ最近の対人経験(約1名)は確かに私にとって学ぶべきことがあった。
私にとっての偉大な一歩は、得てして周囲が既に踏み固め舗装された道。そして今まで私が遅れを取っていたのは――その当たり前を理解していないから。
まず確認すべきなのは――常識という前提。
つまり最初にする質問はこうだ。
「その……スマホって、知ってます?」
「ぶふっ」
どこからか噴き出すような音が聞こえた。いやその正体については察するまでもなかった。
努めて、冷静に音の出所を見やれば、当然そこには口元を手で隠してぷるぷると小刻みに震えている芽瑠の姿があった。
明らかに笑っていた。机の下で思い切って脛辺りを蹴りつけてやろうかという思考が頭をよぎったが、とは言えここで変に反応をして神宮寺さんに勘繰られてしまうのは避けたい。
だから――必ず後で何かしらの制裁を加えるつもりだが――仕方なく特に何か声はかけずに、ただ少しだけ眼力を強めて睨み付けた後に神宮寺さんに視線を戻す。
「え……知ってます、けど?」
神宮寺さんは質問の意図が分からなかったのか困惑の声をあげ小首を傾げていた。それはそうだろう。
今の時代、少なくとも中学生に入る頃には大方スマホを持たされているだろうに、高校で出会った初めての人間にそんな質問を投げかけられても答えなんて自明である。
その返答を聞いて、未だに震えが収まっていない――それどころかさっきよりも勢いを増したように見える芽瑠の姿を意識しないように言葉を重ねた。
「で、ですよね!便利ですよね、凄く。遠くでも連絡できたりして、文明の利器って感じで……」
「確かに……手紙を使わなくても、遠くの人に直ぐ言葉が伝えられるのは……凄い」
その言葉には不思議な重みがあった。
それは私が軽く重ねた言葉とは違って、きっと本当に心の底からそう思っているようで――だからこそ、少々面食らってしまう。
意志の伝達。今や当たり前で誰もが疑問に思うことはない技術。便利だなんだと考えなしに使ってはいたが、確かに彼女の言う通りで。
場所も時間も、あるいは相手だって関係なしに。気軽に意志が伝えられる。伝えられてしまう。
もちろん実際に利用したとてそれは礼節に則った範囲ではあるのだろう。
だが想定し得る状況が如何なるものであれ、振るえる力があるのであれば振るってしまうのが人の性というもの。
結局のところ私は――繋がりが、形をもって繋がるのが怖いのだ。
(……あ)
そうやって、自覚してしまうと。自分が今かなり大胆な事をしているような気がしてきて。
伝えたい意志も言葉も、元より存在しなかったかのようにスルスルと抜け落ちていってしまう。
「………………」
「………………」
沈黙が三人の間に満ちる。視界の端でずっと震えていたはずの芽瑠も気が付けば私の方を見て小さく神宮寺さんにバレない程度に口を動かしていた。
(やろうか?)
いつだってそうだった。私が困った時、どうしようもなくなれば芽瑠は必ず私を救い上げる。
いつだって救ってもらい、救われて、私は甘えていた。
だがそれは、いっそ過保護なまでの優しさは――初めから期待していないとも取れてしまう。
決して芽瑠本人がそうでないと分かっていても。私自身がそうでないと理解していても。
それでも甘い甘い都合の良い妄想は胸の内でちりちりと燻り。
結果は変わらないのだし構わないんじゃないかと、思考が甘くドロドロと――
「……田井中さん?」
呼ばれて、ハッとして彼女を見やれば。
神宮寺さんは若干不思議そうに、それでいて心配そうで――その視線は、どこか期待を孕んでいるように。
「……ふんっ!」
パチンッと昼時の教室には似合わない渇いた音が小さく響いて、次いで私の頬に痛みと熱が集まってくる。
要するに私は――自分の両手で頬を叩いたのだ。
「え?」
「ちょ!?何してるの!?」
その音と行動に二人は目を丸くしていたが、こちらはそれに反応できるほどの余裕はなかった。
(ちょっと強くしすぎた……)
自分でやっておいてあれだが、痛いのだ。
殴られたことなんて勿論ないし、自ら手をあげることだってなかった。分からないなりに軽くしたつもりが思いの外勢いがついてしまって少しヒリヒリと痛む。
きっとそれは物理的な痛みだけではないのだろう。
だからこそ――気付けにはむしろ丁度いい。
恐怖だって感じているし、体の震えは止まらないし、どんな結果になったとしても後で後悔するんだろう。
燻りに身を委ねて。
甘さで溶けて無くなってしまうぐらいなら、私は――灰になって、自由に空を飛んでみたい。
そうしてみたいと思った。
「……その!嫌だったら、全然断ってくれて構わないんですけど」
震える言葉尻を無理やり押さえつけるように毅然として。
それでも一応保険をかけるように言葉を重ねてしまうのは、決して彼女が悪いのではないことは……あまり伝わらないでほしい。
「連絡先……交換しませんか?」
「………………あ、はい」
■
結局のところ連絡先の交換はいとも簡単に行われた。
神宮寺さんに番号を教えて、私は彼女の番号を教えてもらって、お互いが承認して、それだけ。
(本当にある……)
画面上には神宮寺さんの名前と人型の初期アイコン。なんとなく、これもまた彼女らしいなと思った。
「あたしとも交換しよ~」
「そうですね。これ番号です」
「把握~あ、後このグループに入ってほしいんだけどさ……」
「これですか?」
事実とは、得てして単純なものである。
無論、これは結果的にそうであるというだけの話なのだが。
正面の二人のやり取りをBGMにぼんやりと数字が1つ増えた友達の欄を眺めていたら、1つの通知が目に入った。
作った時から動いていなかった"文明ガール"のグループアイコンである。
そう言えばこのグループに神宮寺さんを招待するのが目的だったな、なんて思って送られたメッセージを確認すると。
『GWのどっかで遊びに行く人!』
「………………」
別に、こうして目の前にいるのだからそれくらい聞けばいいと思うのだが。
思わずジト目を送っても、芽瑠はやたらとニコニコと上機嫌そうにしていた。
(はぁ……)
そんな芽瑠に呆れつつ、私は変な顔をした犬のスタンプを送ったのだった。