エンドフィールド来たし、ポイ捨てしておきます。
アークナイツ Victim Repeat
はじめから ◀︎
・ ・ ・ Welcome to ARKNIGHTS
ロード中の暗い画面が次第に明るくなっていく。
やがて真っ白になった画面に眩しさを感じ、わずかに目を細めた。
それまで微かなホワイトノイズを流していたイヤホンから、柔らかな音楽が流れ始め、それに合わせるように視界がクリアになっていく。
部屋だ。部屋にいる。
部屋で椅子に座っている。
机を挟んだ対面にも今座っている椅子と同じものがあるが、誰も座っていない。割と良い椅子だ。部屋の調度品からして、ここは応接室なのだろうか。
部屋全体を見回してみるが、誰もいない。
壁に掛けられた時計には10:04の数字。大きな大きな窓からは果てまで続く荒野と、その窓ガラスにはチェスのルークのようなマークが描かれたロゴシールが貼られている。数字は現在時刻だろうか。マークの方はとても見覚えがある。
すると、ここは……
「お待たせして申し訳ございません」
プシュッという圧縮空気が抜ける音と共に部屋の扉がスライドし、小柄な少女が部屋へと入ってきた。こちらと目が合うと、第一声に謝罪の言葉を口にする。おそらく、10:00が約束の時間だったのだろう。
初対面だが、よく見知った少女だ。
栗色の長い髪、サイズの合っていない男性用のジャケット、頭頂部にはぴんと立ったウサ耳、そして全ての手の指には青いリング。
彼女が目の前で動いていることに、少なくない感動を受ける。
「どうぞお掛けください」
対面に座り、手にしていた書類を机に置いた彼女は、そう勧めた。
どうやら彼女が入ってきた時に、無意識に立っていたようだ。その原因は社会人としての癖なのか、あるいは先の感動のせいなのか。判断が難しいところである。
彼女に勧められるがまま、席に着く。
「この度は弊社ロドスアイランドまでお越しいただきありがとうございます。今回、面接官を務めさせていただく、CEOのアーミヤと申します。よろしくお願いします」
そう言って彼女はぺこりと頭を下げた。
それに釣られて、自分もつい頭を下げてしまう。
「では、まずは本人確認からさせていただきます。氏名と生年月日をお願いします」
・
・
・
名前を入力してください。
姓【 】 名【 】
生年月日【YYYY/MM/DD】
TIPS:信頼度の高いオペレーターは、プレイヤーを姓または名で呼ぶようになります。生年月日により各オペレーターとの初期信頼度が変化します。
・
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・
「──続いてご出身と種族名をお願いします」
・
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・
出身地と種族を選んでください。
出身地【 】 種族【 】
性別【 】
Tips:出身地と種族、性別により各オペレーターとの初期信頼度が変化します。種族と性別により初期ステータスが変化します。
・
・
・
「レム・ビリトン出身のコータス、男性……はい、間違いありませんね。それでは面接に移らさせていただきます。まずは貴方について教えて下さい」
・
・
・
職業を選んでください。
職業【 】
Tips:職業により初期装備、初期スキルが変化します。職業はストーリーを進行させると変更が可能になります。
・
・
・
彼女に問いに答える形で面接は進んでいく。
得意なこと、不得意なことといった業務に関わりそうな質問から、AとBどちらが好きかといった性格診断のような質問。感覚テストとして実施された画面の明度や音量調整といったオプション調整など。
一つ一つにはそれほど時間をかけていないのに、気づけば彼女との面接は15分にも及んでいた。
質問の途中、一息入れようと首元に手を伸ばしたがそこにネクタイは無く、部屋着だったことを思い出した。
すっかり雰囲気に飲まれていたことに脱帽し、思わず笑い声が零れた。
「以上で面接は終了です。最後に、何かご質問はありますか?」
【いいえ】
今までの問いを選び直せるようだが、それは不要だろう。
もしかしたら、あるいは突き詰めたらベストな回答というのもあるのかもしれないが、今それを調べるのはあまりにも野暮だ。
「では、次の実技試験会場に向かいましょう。ご案内しますので私について来て下さい」
そう言うとアーミヤは席を立ち、扉の前でこちらを待った。
もしかしたらもうこの部屋には戻ってこれないかもしれない。そう思うともう少しこの部屋を観察したくなるが、先が気になる気持ちも強い。
結局、部屋をぐるりと見渡すだけに留めておいて、アーミヤについて行くことにした。
部屋を出てすぐに足音が変わったことに気がついた。絨毯から硬質な床へ変わったからか。この分だと砂地や草原でも足音が変わりそうだ。
当たり前のことだが、その当たり前が当たり前にあるからこそ、大きな没入感が生まれる。大事なことだ。
とことこと進むアーミヤの3歩後ろをついて歩く。走れば彼女を追い抜けるだろうが、行き先もわからないのにそれをしてどうするというのか。
ふと、すれ違う人に見覚えがあることに気がつく。足を止め、振り向いて離れていく彼女の背中を見る。フェリーンの尻尾が機嫌良さそうにふりふりと揺れていた。その手には……ああ、なるほど。気分が良いわけだ。
「こちらです、ついてきてください」
少し離れたところから、アーミヤがこちらに呼びかける。
一定の距離が開いたので待っていてくれたのだろう。アーミヤの元へと歩けば、また目的地に向かって歩き始めた。
やがて彼女はある部屋の前で止まり、扉の横にあった端末にカードキーをかざす。扉がスライドして開き、アーミヤに続いて自分も部屋の中に入った。
中はかなり広い。バスケットコートなら4面くらい取れそうだ。天井も高く、まるでアリーナのようだ。もっとも観客席はないが。
「こちらは第一訓練室です。そしてこちらにいらっしゃるのが実技試験の試験官を務めるドーベルマンさんです」
「ドーベルマンだ。早速で悪いが試験を始めさせてもらう。準備はいいか?」
【はい】
「いい返事だ。では始めよう。あそこの赤いマーカーが見えるか? まずはあそこまで走ってもらう」
「いいぞ。次は赤いマーカーを3つ出す。なるべく早く3つのマーカーに到達してくれ」
「悪くない。次は障害物の上にマーカーを用意した。障害物によじ登ってマーカーに到達してくれ」
「障害物の上のマーカーに到達してくれ。障害物をよじ登るには【縁に手をかけ】てから【腕で身体を持ち上げる】んだ」
「まあまあか。次は────」
「そこまで。試験終了だ」
走ったり飛んだりよじ登ったり、おおよそ自分に何ができるのかを把握したところで試験が終了した。
ドーベルマン教官のところに戻り、試験結果を聞く。
「身体能力は戦闘オペレーターとして十分な域に達している。戦闘経験が少ないようだが、訓練すればすぐに身に付くだろう。アーミヤ、私は実技試験は合格と判断するが、傍から見ていてどうだ?」
「私もドーベルマンさんと同意見です。では──」
アーミヤがこちらに向き直って姿勢を正すと、手にしていたクリップボードをこちらに差し出した。
雰囲気がぴっと引き締まる。
「ロドスアイランドは貴方を雇用したいと考えています。こちらが雇用契約書です。同意頂けるならサインをお願いします」
・
・
・
コードネームを入力してください。
コードネーム【 】
TIPS:通常、プレイヤーはコードネームで呼ばれます。すでに存在するオペレーターのコードネームは使用できません。
・
・
・
「──ありがとうございます。これより貴方は弊社の社員です。ようこそロドスアイランドへ。私たちは貴方を歓迎いたします。ともに鉱石病の無い世界を目指して、頑張りましょう」
【よろしく】
「はい、よろしくお願いいたします、【Player】さん!」
【1095/12/25】
真っ暗だった視界が徐々に明るくなり、辺りの様子が分かるようになった。
部屋だ、部屋にいる。
6、7畳くらいのこじんまりとした部屋だ。備え付けらしいベッド、テーブル、椅子、冷蔵庫。それから壁が収納棚になっている。
テーブルに置かれた液晶時計を見れば08:00の表示。窓からもさんさんと陽の光が差し込んでいる。
ロドスオペレーターとしての1日が始まったのだ。
…………とはいえ、何をしたら良いのだろうか。
何となしに液晶時計をじっと眺める。
…………進まない。1秒で1分進むような世界ではないようだ。何か行動をすると時間が進むパターンか、それとも日中・夜間フェイズ制か。
ともかくここでじっとしていても何も起きないのだろう。であれば、まずは家探しだ。
冷蔵庫を開ける。中には水のペットボトルが数本入っていた。
『飲料水 を手に入れた』
飲料水:人が飲むのに適した水。これを当たり前に飲めることは、決して当たり前ではない。
幸先の良いスタートだ。他も調べてみよう。
収納棚……これはアイテムボックスか。今は何も入っていない。先ほど手に入れた水を試しに入れてみると容量の数値が減った。コスト制の保管庫か。保管するものの取捨選択が必要になることだろう。武器をコレクションしたらあっという間に埋まる可能性がある。
飲料水を取り出しバッグに仕舞う。ちなみにバッグも容量コスト制だ。アイテムによるごり押しが出来ないのは好みが分かれるところだが、自分はそれはそれでと思う方である。
さて、次は、テーブル……セーブポイントか。とりあえずしておこう。
椅子……座れる。三人称視点になるので自キャラの撮影もできる。それだけだ。
ベッド……1時間単位で休息でき、休息時間に応じて回復できるようだ。そうか、行動時の時間進行制だったか。時計は……08:00のままだ。こうした探索は『行動』に含まれないということか。
もうこの部屋でやれることはないだろう。部屋から出てみる……いや、やめよう。キリがいいからここまでにしよう。
VRに慣れていないせいか気持ち悪くなってきたし、嫌な汗をかいている。視界は前に進んでるのに身体は前に進んでいないという事象を、脳と三半規管が理解できていない。
慣れるまではキツイとは聞いていたが…………このままだと戦闘したら吐くかもしれない。
ともかく、今日は終わりにしよう。
アークナイツ Victim Repeat
はじめから
つづきから ◀︎
【1096/1/30】
視界がクリアになる。
柔らかな落ち着く音楽が耳へと届く。
ディスプレイとイヤホンという薄い壁一枚を隔てて、自分はロドスへと戻ってきた。
早いものでロドスのオペレーターとなってから、もう一月が経過していた。これまでにやったことと言えば訓練と訓練と製造と貿易と訓練と訓練。【狙撃】オペレーターとしてターゲットマーカーを撃つのは慣れたが、実戦は未だ経験がない。
正直に言うと、訓練が楽しいのがいけない。色んな訓練があって飽きないし、自分の技量が上がるのが嬉しいし、訓練で一緒になる行動予備隊との信頼度が上がって仲良くなれるし、それにレベルだって上がる。良いことずくめだ。
ただし、ロドスへの貢献度は製造と貿易各1回分しか上がってないため、昇進ははるか彼方だ。色々な施設の使用権限も開放されていない。
あと、龍門幣も無いから装備が買えない。『製造』で作った物を『貿易』で売れば龍門幣を稼げるが、これがちょっと思う所があり、あまりやる気になれない。
いや、別に稼ぎが悪いというわけでは無い。普通の人なら何も気にしない。ただ自分の職業病とでも言うべきか。
製造所にある各種設備の並びが気に食わないのだ。あれとあれを入れ替えたら、あれの向きを変えたら、いまいち動線が合っていない設備配置にもやもやしてしまう。
ただの背景、システム的には何も関係ないというのに、その設備の間を動いて製造を行うオペレーター達が見えると改善したくなる。
もっと動線を考慮して設備を配置しろと言いたくなるが、それを求めるのは酷だとわかっているし、それは多くの人に求められていないこともわかっている。
だからそう、先の通りこれは自分の問題であり職業病なのだろう。植物学者がオープンワールドゲームをやると雑草の植生が気になってしまうのと同じことだ。
結局、良い意味でよく出来ているのが悪い。そう責任転換して思考を打ち切る。
「おはようございます、Playerさん。今日はどういたしますか?」
【訓練を受けたい】
ロビーのカウンターにいる管理課のオペレーターに、いつものように話しかける。
「かしこまりました……おや? 本日は任務が入ってるようですよ。アーミヤさんの執務室を訪ねて下さい」
【訓練を受けたい】
「本日は任務が入っているようですよ。アーミヤさんの執務室を訪ねて下さい」
【さようなら】
「本日も頑張りましょう! いってらっしゃい!」
わがままを言ってみたが一蹴されてしまった。
仕方がない、言われた通りアーミヤの執務室に向かうとしよう。しかしこんなことは初めてだ。強制任務ということは、これがメインストーリーということなのだろうか。
ガイドマーカーを頼りに執務室へと向かう……前に一度自室に戻り、空っぽだったバッグに使えそうな物を詰める。とはいえ大した物は持ってないから水と携帯食、それからテーピング一巻くらいだ。破損装置もあるが、持っていって何に使うというのか。破損と付くからには当然壊れていて何の役にも立たない……と思う。いや、もしかしたら物々交換がある可能性も……しかしバッグは空けといた方が現地調達が…………置いていこう。
悩んだ末に破損装置をそっと収納棚に戻し部屋を後にした。
「あ、Playerさん。おはようございます」
【おはよう】
執務室ではアーミヤが待っていた。待っていたというより仕事をしていた。彼女の目の前には山のように書類が積み上げられており、彼女はそれを処理していた。
ガイドマーカーに従い、彼女の机の前まで歩み寄る。
「ロドスに来てひと月が経ちましたが、お仕事には慣れましたか?」
【まだ慣れない】
「そうですか……もし困った事や悩み事があったら是非周りの人に相談して下さいね。もちろん私でも大丈夫ですから」
そう健気に笑いかけてくれるが、目の下に薄く隈が見えるのは気のせいだろうか。
気のせいだった。光源の加減だった。ちょっと立ち位置を変えたらにこやかな笑みだった。
「さて、聞いているとは思いますが、今回、Playerさんに受けていただきたい任務があるんです」
そう言ってアーミヤはバインダーを差し出した。
受け取り、中の書類を確認する。
任務【遭遇戦演習】
廃墟区画LS-1にて敵部隊からの奇襲を想定した演習を行う。本演習では【Player】はAce隊指揮下に入り、防衛部隊として要人役を護衛せよ。なお、奇襲部隊の詳細については演習の目的から防衛部隊へは秘匿とする。
成功条件:【要人】の生存
失敗条件:【要人】の死亡
ボーナス:【要人】の無傷生存、奇襲部隊の全滅
LS-1だ。たしか、たしか……なんだったか。
戦術演習だったのは覚えているが、内容は全く覚えてない。
何せまったくやってなかったから。普通、効率の良いLS-6しかやらないと思う。少なくとも自分はそうだった。
【任務を受ける】
「ありがとうございます。演習場には第一ゲートから09:00に出発します。遅れないようにして下さいね」
【わかった】
お気をつけてとアーミヤに見送られて執務室を後にする。部屋を出る前にちらりと振り返って見たが、もう彼女は書類と格闘を始めていた。
手伝えることなど何もない。強いて上げるなら問題を起こさないこと、アーミヤに余計な仕事を増やさないことこそが唯一の手伝いだろうか。
しかし、十代前半で会社のCEOか。自分はその頃どうだったかと言えば学校と部活で大半が占めていた。大人の庇護下で日々を送っていた。
一方彼女は庇護する側。世界が違うからと言ってしまえばそうなのだが、それでも言葉にしない方がいい思いが湧く。
吐いた唾は飲めぬのだから。
「よう、お前さんが噂の新人か。俺はAce、エリートオペレーターをやらせてもらっている」
第一ゲートで鮨詰めトラックに乗せられて、睡眠というファストトラブルをかませれば演習場へと到着。
久しぶりに見た空と寂れた廃墟群に心躍らせて、早速探索に行こうと一歩踏み出したところで、件のAceが話しかけてきた。
【噂とは?】
「ドーベルマンの奴が訓練に好んで参加する奴が入ったって喜んでてな。アイツの訓練を好んで受けるとか根性ある新人だと噂になってるぞ」
それは……良い噂なのだろう。
真面目というのは大抵悪い方向に取られることはないはずだ。
「それと、アーミヤから面白いアーツの使い手だと聞いている」
自分もそう思う。
信頼度システムとよくマッチしたアーツだ。
「今回の演習ではお前さんがどれだけやれそうかも評価するが、まあ、そう気負わず気楽にな」
ぽんっと肩を叩き、Aceは他の隊員の所へ戻っていく。感覚はないのに、何となく、大きな手だと感じた。
そして間もなく、任務開始がアナウンスされた。
護衛対象のライフゲージと目的地までの距離が視界の端に現れる。
『任務開始。先鋒オペレーター、周囲の偵察を行え。安全を確認次第、狙撃オペレーターと共に高所の確保。前衛、重装は周囲を警戒しろ』
左のイヤホンからAceの指示が飛んできた。
合わせて近くの廃ビルの屋上にマーカーが現れる。あそこに向かえば良いのだろう。
『おい待て、先鋒が安全を確認してからだ』
廃ビルに入ろうとして、Aceに止められる。
そうだった。命令違反は良くない。
先鋒の安全確認を待つ間、周囲のオペレーターを観察して時間を潰す。オペレーター一人一人に名前があって、それぞれ顔も違う。探せばもしかしたら好みのオペレーターが見つかるかもしれない。
今やるべきことでは無いのだけれども。
『周囲異常なし!』
『狙撃オペレーター、高所を確保しろ』
GOを聞き廃ビルに入った。階段は時折崩れており、飛んだりよじ登ったりして上を目指す。
屋上へ出る扉には鍵がかかっていた。数回蹴りを入れると、錆び付いていた蝶番が折れて扉が外れる。倒れた扉を踏み越えて指定ポイントへ到達した。
『狙撃オペレーター、高所からの様子はどうだ?』
【異常なし】
『よし。先鋒オペレーター、ポイントBへの予定ルートを先行しろ。接敵の場合は即撤退し合流。全体、ポイントAからBへ移動する。前進』
今回、Ace指揮下の隊員は総勢20名。
先鋒3名、前衛4名、重装7名、狙撃3名、術師1名、医療2名。
要人護衛を想定しているだけあって重装が多めだ。
『狙撃オペレーター、こちらに合わせて移動しろ』
その指示と同時にマーカーが現れた。
場所は隣のビルの屋上。ガイドラインは飛び移れと示している。走って飛べば十分飛び移れる距離だ。
だが理論上可能だから実践できるかといえば、そんなことはない。
例えば道路の白線。白線の上だけを歩くなんてことはそう難しいことではないだろう。だがそれが地上100メートルのビルとビルの間に渡されていたら、果たしてすたすたと渡れるものだろうか。
これがVRでなければ躊躇なく向こうのビルに飛んだだろう。簡単なことなのだ。指先一つ二つで終わること。いや、それは今も同じことか。
違うのは、高さという恐怖をリアルに感じることの、ただ一点。
ビルの縁からそっと下を覗き見る。下腹部がゾワゾワした。
『Player、遅れているぞ』
ええい、ままよ。
下を見ないように見ないように、助走をつけて飛んだ。そして難なく向こうのビルへ着地した。
あれほど逡巡したわりにはひどく呆気なく、何事もなく飛び移れてしまった。
マーカーを踏むと、次のマーカーが隣のビルの屋上に現れる。
もう一度、ビルの縁から下を覗いてみた。下腹部のゾワゾワは感じず、ただ高さがあるなとしか思わなかった。
ひょいっとビルからビルへと飛び移る。そしてもう一回。さらにもう一回。三度目には飛び移ることがただの操作になっていた。
『──っ、て』
ブツンッ。
一瞬、何かの通信が入った。息を呑む音と、わずかに発せられた音。
たったそれだけで、Aceは即断した。
『敵襲! 防御陣形! 無事な先鋒は戻ってこい』
『Guard了解』
『ヴエル了かっ』
『──ヴエルとアンブッシュがやられた。正面から3時方向までを重点警戒』
自分は部隊から8時方向のビルにいるため、指示された方向がよく見える。クロスボウに矢を番え、待ち構える。
……
…………
………………敵の姿が見えた瞬間、反射的に引き金を引いていた。
放たれた矢は重力が無いかのように真っ直ぐに飛び、見事ターゲットへと命中した。どうも良いところに当たったらしく、一撃でHPバーが消し飛んだ。
戦闘不能判定となった彼は、両手を上げて作戦エリアから退去していくのを視界の端で見送って、矢を番え、射る。
矢を番え、射る。矢を番え、射る。
突撃してくる先鋒に、あるいは顔を出そうとした狙撃兵への牽制に。
時折飛んでくる矢や銃弾は遮蔽物に隠れてやり過ごして、撃ち続ける。
やがて正面から突破するのは無理だと判断したのか、敵の攻勢が収まった。
『警戒を解くなよ、今のはこちらの戦力探りに軽く一当てしてきただけだ』
言われてみれば確かに、それほど攻撃の密度が高くなかった。
とするとAceの言う通り、こちらの戦力を探りに来たのだろう。しかし……防衛側は奇襲部隊の詳細を知らないのは当然として、逆の奇襲側が相手戦力を知らないということがあるのだろうか? 普通、相手戦力を調べた上でそれを破れるだけの人員か策があるから奇襲するのではないだろうか。
すると、先の一当てで知りたかったこととは何だ?
陣形は遠くからでも見て分かる。一当てしないと知れないこと……伏兵…………狙撃兵の位置?
────
ほんの僅かな物音に振り返る。
チェーンソーが顔前に迫っていた。
──ッ
間一髪、チェーンソーと身体との間にクロスボウを差し込むのが間に合った。だがそれで終わりではなかった。
相手が空の手を横薙ぎに振るい、飛ぶ赤い液体……血?
認識すると同時、それは爆発した。目の前が真っ赤になるほどの爆炎に襲われ身体は宙を舞う。
自分の後ろには何もなく、下にも何もなく。ビルから飛び出した身体は重力に引かれて落ちていく。
──浮遊感。
思わず身体のバランスが崩れ、尻餅を付いた。ヘッドギアがズレて何も見えなくなる。
「よう、大丈夫か?」
外れなかったイヤホンから渋い声が聞こえる。
何がどうなったのか。ヘッドギアを戻して確認する。
──Aceに抱きかかえられていた。どうやら彼が受け止めてくれたようだ。
【大丈夫だ】
そんなわけない。あまりの不意打ちに、心臓がバクバク鳴っている。
二重の意味で。
「よし、その意気だ。なに、アイツに狙われて生きてたなら大金星だ」
2人で落ちてきたビルを見上げる。
ゆらゆらと陽炎が立ち上る中に、フェリーンが不敵の笑みを浮かべて巨大なチェーンソーを担いでいた。
強襲オペレーター、ブレイズ。
あれを倒せばボーナス? それはそうだろう。できるならやって見せて欲しい。自分はできる気がしない。
「アイツは俺が抑える。お前は前線の援護に当たれ」
【了解】
だがそれはそれとして、やられっぱなしは少し悔しいので、大して狙いも付けず、一発撃ち込んでおく。
案の定、矢はあっさりとブレイズに弾かれた。
「おいおい……だが、嫌いじゃないぜ。アイツもお前を敵として認めたようだ。勝てとは言わん。だが、時間は稼いでくれよ?」
自分をかばう様に前へ出ていたAceが、ぽんっとこちらの肩を叩いて下がっていった。任せておけが一転、お前に任せるになっている。
そしてブレイズは獲物を狩る目でしっかりとこちらを見ている。
…………やらかした?
……やらかした。
ブレイズがビルから飛び降りると同時、自分は全速力で逃げ出した。
背後で爆発音がして、次には身体が宙を舞う。爆風に吹き飛ばされて割とガッツリHPが減ったが、生きているなら軽傷だ。
どうせ矢は無限だからと、逃げながら狙いも付けずに後方へ矢を放つ。
チェーンソーの唸り声に中に、キィンと弾かれる音が混ざる。とにかく詰め寄られたら終わりだ。狙撃と前衛という意味でも、レベル差という意味でも。
もう一度キィンと矢が弾かれた音がした。チェーンソーの唸り声が段々と近くなっている。足は向こうの方が速い。直線的に逃げていてはダメだ。
路地に入り込んで角を曲がり、視線が切れた僅かな隙に枠だけになった窓からビルに飛び込む。これでこちらを見失ってくれればと淡く期待したが、相変わらずこちらを追いかけてくるチェーンソーの音がする。
2つほど上の階へ駆け上がり、廊下を駆けて、ブレイズにこちらの姿が捉えられる前に適当な部屋に入る。そのまま窓枠に足をかけ、飛んだ。
浮遊感。迫る地面。
ぎりぎり耐えれるはずだ。頼む、頼む…………っぅ!
視界が真っ赤に染まる。あまりの大ダメージに身体が硬直し、うずくまる。
だが耐えた。
硬直が解けてすぐに路地へと逃げ込む。これで完全に見失ったはずだ。
自分が飛び込んだ部屋は足音からわかるかもしれない。そこに自分がいなければ窓から飛び降りたのもすぐにわかる。しかしその先は、どこに隠れたのかは見てなければわからないはずだ。飛び降りたことで一瞬で距離が稼げ、足音も耳には届かない。
走って走って距離を稼いで、今できる精一杯の逃走が成功した。
これ以上ないくらいだ。
だから、
突然ビルの壁が吹き飛び、
中からゆっくりとブレイズが姿を現したとき、
絶望、しかなかった。