トリニティキツネモドキはエデン条約を破壊したい 作:ウガツホ村
第一次「お友達ごっこ」が意外と間近に迫っていることに驚きを隠せない、今日のこの頃です。
◇◇◇◇
「先生……こんな時期にトリニティで、何してるの?シャーレは中立的な組織だったはずだけど……」
「いえ、たとえエデン条約絡みのことだとしても……先生のことは、信じてるから。この話は、聞かなかったことにして」
補習授業部のみんなを先に旧校舎へ帰し、護衛としてつけられごく少数の正義実現委員会メンバーと共にやって来たゲヘナとの自治区境界にて。派手に吹き飛んだことで大人しくなった――それこそ、風紀委員会と一緒にやって来た救急医学部の生徒、
「“補習授業部っていうところの担任をしていてね。中々賑やかだけど、みんないい子だよ”」
「その子たちの人柄はともかく、ティーパーティーから顧問を任されたことは知ってるわ。こっちにも、色々と情報は入って来るもの」
「“なるほどね。そういえば、ヒナはエデン条約についてどう思ってるの?”」
ヒナはゲヘナ最強と広く畏れられるほどに戦闘力が高いが、その実あまり争いを好まない。そんな彼女であれば実質的な和平宣言であるエデン条約には賛成だと思うが……現状では何が真実か分からないほどに情報が錯綜している。であれば、本人から直接意見を聞いておくのが望ましい。
「なるほど、“トリニティの裏切者”……ね。先生も、随分と厄介なことに巻き込まれたものだわ。それに、見方を変えればエデン条約を軍事同盟だって話も。私としては邪推が過ぎると思うのだけれど、それも誰かに吹き込まれたってところでしょう」
「私個人としては、エデン条約を結ぶことについては賛成。というか、ゲヘナ側でエデン条約を推進したのは私だもの。
「だけど先生、仮にも今はトリニティの側に立つ者として……そんな大事なことを
ヒナに意見を募るに当たって、私の知り得る情報を全て開示した。それが私なりの誠意だと思ったし、何より彼女ならばここで得た情報を悪用することはないという信頼があった。情報が揃うことで辿り着く答えもあるだろうし、こちらも今は少しでも情報が欲しい。
「“うん、ヒナのこと信じてるから”」
「……。そういうのが、先生の良くないところなのだけれど……いえ、信頼の証と受け取っておくわ」
「それにしても百合園セチア、ね……。ここでまたその名前が出て来るなんて、思ってもみなかった。桐藤ナギサも彼女なりに、随分と葛藤しているのね」
「“ヒナはセチアのこと、何か知ってるの!?”」
「そんなに驚くことかしら?あの事件のことは、ゲヘナでもそれなりに知られているのよ。最も、一般的にはただの不幸な事故だと思われているようだけど」
「“それは、どういう……”」
ミカと話した後、私も彼女らの言う「あの日」については調べた。当時としてはショッキングな話題だったらしく、クロノススクールの報道を筆頭に多くの新聞記事やニュース番組、ワイドショーで取り上げられていたようだった。それによれば……あれはあくまで“事故”であったはずなのだが。シッテムの箱の持つ驚異的なサイバー能力――それこそハッキングなども駆使して可能な限り情報を漁った――を以てしても取りこぼした裏があるというのか。
私の知る「あの日」の詳細は、思い出すのも痛ましい不幸な事故だ。トリニティとゲヘナの緩衝地帯の一つに建設された遊園地、初代「ボーダーランド」で起こった悲劇。とあるアトラクション用に備えられていた大量の爆発物――なぜ遊園地のアトラクションで爆発物が必要なのかと問えば、生徒たちはみな不思議そうに「先生の知る遊園地は爆発しないんですか?」などと返してきたが――の杜撰な管理が
この事故による負傷者数は重傷者を含めてキヴォトスでも類を見ない程であったが、非公式記録での行方不明者は三人……正確にはニ人だけ。それがセチアの親友であり、ミカやナギサの縁者であった聖園○○と桐藤△△△だ。
事故当時爆心地のすぐ近くにいたと推定される三人は、爆発事故を機に行方不明になった。そして、現場に残る痕跡から三人とも生存は絶望的という判断が下され、不自然に早く公的な捜索は打ち切られることとなる。もちろんセイアたち親族を筆頭に有志による捜索は続いたが、成果は上がらなかった。
当時のトリニティ側は、権威ある三家の娘たちが同時に居なくなったとあって大層混乱したらしい。ミカが自分たちのことを“お姫様”と称した際には実感がなかったが、それほどまでに彼女らが背負う家名は重いのだろう。「本命の方が生きていたのが不幸中の幸い」などと宣う記述を見つけた時には思わず――自分が「先生」であるという事実すら忘れて――机を叩き割ってしまったが*1「スペア」という意識がある程の家系なのだ。その影響は計り知れない。
その数ヶ月後、突如としてセチアが捜索隊の前に姿を現す。ひどく憔悴した様子の彼女が語る言葉は要領を得ず、過去の彼女を知る者たちは事故のショックで精神に異常をきたしたと判断した。彼女の様子からして、行動を共にしていた二名はこの世を去ったのだ……とも。彼女の錯乱ぶりは酷く「私があの子たちの命を奪った」と涙を零した端から「あの子たちは私の中で生きている。これでみんな一緒」などと笑い出す始末だったらしい。
結局、この事故の詳細は伏せられることとなった。キヴォトスにおいて禁忌とされる“死”が社会に与える影響や、トリニティの弱みを外部に見せることを懸念しての対応。行方不明となっていた三人に関しては病気で療養ということになり、セチアは高等部進学を機に表舞台へと帰還した。……ただし、以前の彼女とは大きく性格を変えて。私が知るのはそこまでだ。
黙り込んだ私を心配してか、恐る恐るこちらを窺うヒナ。そういえば、以前ヒナのことを調べた際に知ったことだが、彼女はかつてゲヘナの情報部――生徒会たる万魔殿直轄の実質的な諜報機関だ――に所属していたのだったか。異様に情報が少ないが、
「“ヒナ、何か知っていることがあるなら……良ければ教えてほしい”」
「さっき先生の方から色々と聞かせてもらったし、話すこと自体は良いのだけど……先生は本当に、この先のことを知りたい?」
「“どういうこと?まるで、私には知ってほしくないような言い方だけど……”」
歯切れの悪いヒナを見やる。彼女は一度天を仰ぎ……ややあって溜息と共にこちらに向き直った。
「いえ、ただ胸糞の悪い話だからってだけ。もちろん私の知る情報が全てとは限らないけれど、好んで人に聞かせる話ではないわ。……特に『全ての生徒の味方』を志す先生には」
「“でもそれは知ることを拒む理由にはならない。違うかな?”」
「はぁ……先生なら、きっとそう言うと思ってた。……でも、そうね。もう結構話し込んでるし、これは機密情報だから……この件を先に片付けてからにしましょう。後でまとめた情報を送るから、明日にでも確認して――――」
突如として、路肩に停められていた救急車両のアクセルが火を噴く。仮にも怪我人を
「風紀委員長、まだですか?そろそろ死た……いえ、負傷者が暴れ出しそうで」
「――――ええ、今行くわ。……それじゃ、お疲れ様。またね、先生」
「“うん。色々とありがとう。ヒナも無理しないでね”」
「そう。……補習授業部のこと、ちゃんと守ってあげてね」
「“任せて”」
◇◇◇◇
結局何時ものように一睡もせず、迎えた翌日のこと。あの後も夜通し規則違反者たちを鎮圧するために、ゲヘナを中を駆けずり回ったらしいヒナ。彼女から謝罪と共に届けられた件の情報を見て……私は等しく言葉を失った。もしこれが真実であるならば、私は……私は、本当に彼女たち力になれるのか?
『そしてどうか……どうか、破滅へと突き進むあの子たちを救ってくれたまえ』
今更になって蘇る、夢の中で出会ったセイアの言葉。朧げにしか覚えていられないあの不思議な世界にあってなお、どうにも強く耳に残っていたそのフレーズ。
あの時は何が何だか分からなかったが……「あの子
「“でも、私は『先生』だからね”」
「運命を変える」だなんて、軽々しく口に出すことはできない。ましてやそれが他人のものであるならばなおさらだ。いち個人が背負うには重すぎる信頼、あるいは嘆願。だがそれは……私が「先生」である限り、膝をつく理由にはならない。足を止める理由には、決してなり得ない。
ところで、“運命”とは形のないものだ。流動的な概念で、自他の行動によって刻一刻と変化していくものであるとされる。不変の理たる天命などではなく、同時に生まれ持つ宿命でもない。セイアが“運命”という言葉を選んだならば、これから先は結末の定まった物語ではないということ。私たちが歩む
こんなものは所詮、ただの言葉遊びではあるが……その
「“私は『先生』として、最後まで責任をもって……この物語を見届ける”」
「“そして、私が見届ける結末は……みんなが笑って終われる、絶対的なハッピーエンドだ”」
太陽が顔を出すにはまだ少しだけ早い時間帯。早起き自慢のアズサもまだ寝ているであろう、私以外に誰も動くものがいない閑散とした旧校舎。ともすれば厳かなその空気は、思ったよりも強く私の言葉を響かせた。
さて、昨日の夜更かしで疲れていることだろうし……みんなが起きて来る前にたまには朝食でも用意しよう。生徒たちからはインスタントに頼ってばかりだと思われているようだが、これでも結構料理は出来るのだ。我らがお嬢様方の舌を唸らせるまでの味が出せるかは見ものだが……補習授業部のみんなは割と庶民派なところがあるし、大丈夫だということにしておこう。
「“よーし、やるぞ!”」
徹夜明け特有の万能感に突き動かされるように「先生」と呼ばれる人物が去ってゆく。生徒の模範たる“大人”として、普段なら丁寧に閉めるはずのドア。今日に限っては開け放たれたままのソレの裏から、這い出づる小さな影があったことに……彼あるいは彼女が気付くことはなかった。
「へぇ……」
◇◇◇◇
みんな、おはよう!昨日の夜更かしが効いてて、逆に目が冴えてる百合園セチアだよ。
いや~、昨日は良かったね。イチカ以外に見せたことなかった
それにしても、やっぱり学園最強クラスは手強いね。リミッターを解除した状態ならともかく、手札を伏せた状態で勝てる相手じゃないや。みんな“神秘”の総量がずば抜けて多いのは当然として、その出力も非常に高い。何よりスタイルの違いこそあれ、どいつもこいつも戦い慣れてるんだよなぁ。油断もなければ、憐憫で手が鈍るタイプでもない。
キヴォトスには特記戦力と呼ばれる頭抜けた戦闘力を持つ生徒がいくらかいるが、その中でも学園最強クラスに数えられるのはほんの数名だ。
持ち前の理不尽な再生力に起因した異常な継戦能力を誇り、それでいて指揮官としても優秀な軍人。「トリニティの戦略兵器」こと
ほぼ彼女一人で魔境ゲヘナの治安維持を担っていると言っても過言ではない、多対一のスペシャリスト。「ワンマンアーミー」こと
これまで一度も任務をしくじったことがないと噂のミレニアム最強のエージェント。
「
“キヴォトス最高の神秘”の名に恥じない圧倒的な戦闘力を誇り、ただ一人でアビドス高校を守り抜いてきた真正のバケモノ。「暁のホルス」こと
そして最後に、まともな戦闘訓練を積めば間違いなく「キヴォトス最強」の名をほしいままにするであろう我らがお姫様。「トリニティピンクゴリラ」こと
ミレニアムのネルはともかく、ヒナにツルギ、果ては黒おじのお気に入りのホシノまで集結するんだから、調印式会場での戦いは恐ろしい。このまま事が進めば、当日のミカは幽閉されているはずだけど……私が
そろそろ思索に耽るのは止めて、現実の方に目を向けようか。
今はちょうど、第3回補習授業部模試の採点結果が出たところだ。もちろん全員60点の壁を越えている。つまりは
さて、模試でめでたく合格スコアが出たということはすなわち……そう、ヒフミによるモモフレンズ贈呈式が始まるということだね!満面の笑みのアズサが見られる貴重なシーンにして、エデン3章における彼女の悲痛な覚悟の証明の伏線となる大事な場面だ。友情の証で、しかも生まれて初めて他者から貰ったプレゼント。そんなものを人殺しの道具にするなんて、思いついた方は人の心がないよねぇ。握手してください♡
「……ということで、約束通りモモフレンズグッズの授与式を始めますっ!」
「……!!!本当に、何でも欲しいものを選んでいいのか!?」
「はい、もちろんです!皆さんも是非、好きな子を連れて行ってあげてください!!」
う~ん、ヒフミのテンションも振り切れてんね。まぁ、ヒフミの方も絶対この瞬間を楽しみにしてたはずだし、無理もないかな。なんたって、モモフレと初遭遇した時のアズサの破壊力すごかったもん。パチモンの私じゃ絶対に出せない、暴力的な可愛さだった。あのギャップにやられた「先生」方も多いのではないだろうか。
モモフレオタク仲間が出来たという喜びも
「ど、どうしよう……。この中から選ぶなんてそんな難しいこと、私には……む、無理だ。……頼む、ヒフミ。私の代わりに選んでくれ」
「むむっ……難しいですね。えっと、アズサちゃんが気に入ったのはスカルマン様とペロロ博士ですよね。それなら……」
ちなみに、ハナコとコハルは既に辞退している。それどころか、二人の熱意にやや引いているご様子。「趣味の世界は広いですねぇ……」なんて呟きがこっちまで聞こえてくるくらいだから、相当だね。何ならコハルから「アンタも
「決めました!アズサちゃんにはこちらの、ペロロ博士を差し上げます。まさに今、お勉強を頑張っているアズサちゃんにぴったりだと思います!!」
「……!よし、じゃあこの子だ!…………初めてのプレゼントをありがとう、ヒフミ。これは一生大切にする!」
「ええっ、そんなに喜ばれると何だか気恥ずかしいのですが……その子がアズサちゃんと出会えたのは、アズサちゃんの頑張りがあってこそです。私だけではなく、ご自分にも感謝してあげてください」
「“良かったね、二人とも”」
あら、いつの間にか感動のご対面も終わってら。今も微笑ましい光景が続いているはずなのだけど、満面の笑みのアズサと強く抱き締められたペロロ博士のラリ顔のギャップが凄くて霞んでるや。コハルとか怖がってハナコの後ろに隠れちゃってるし。そのハナコも、初めて水着徘徊中の彼女と鉢合わせた時の私みたいな顔をしてる。情報としては知っていても、実物を見ると脳が理解を拒む。あれは、そういう時の顔だ。
それで、ヒフミさんや。その次なる獲物を見つけたかのような目は何ですかな?あー、前回は保留したからね。あの場で断らなかったってことは、受け取る意志ありだと。それはそれは……まぁ、仰る通りで。モモフレ自体は嫌いじゃないから、謹んで受け取らせていただきますけど。
でもなぁ……ウチってばぬいぐるみとかマスコットの類って、あんまり大事に出来ないんだよね。カバンとかに付けて汚れるのが嫌だから家のどこかに飾るでしょ?埃かぶったら嫌だから、上から布カバーでもかけてさ。そうすると、その子のこと忘れてあんまり構ってあげなくなるの。本末転倒の極みなんだけど……そういう性分でさ。
それならって……あっ、それ「ペロロのお守り」じゃん!ウチ、それが良いわ。……こんな小さいので大丈夫かって?何それ、思い出の証にサイズとか関係なくない?ウチはヒフミから貰ったっていう事実が嬉しいの。面倒なウチに合わせて、わざわざ好みのモノを見繕ってくれたってこともね。
わーい、ありがと!また今度、お礼するね。こんな非日常が終わって、ささやかな日常が手に入ったら……その時は一緒にお買い物にでも行こうよ。え、ハナコも行きたい?当ったり前じゃん!コハルもアズサも、何なら「先生」も!思い出なら、これからいっぱい作っていけばいいよ。だってここは、
そう、本当に大切にするよ。このお守りも、みんなとの思い出も……ね?
ヒナはエデン2章でナギサのことを「ナギサ」と呼んでいるのですが、どうもフルネーム呼びの方がしっくりくるのでそちらを採用しました。
次はゲヘナ突入になると思います。