トリニティキツネモドキはエデン条約を破壊したい 作:ウガツホ村
この世界のナギサはこんな子ですので、解釈違いの方には申し訳ないです。
◇◇◇◇
「……お待ちしておりました。ご無沙汰しております、先生」
「あれからお変わりはありませんか?合宿の方はいかがでしょうか。何か困ったことなどは……その後様子だと、何かしらの不都合があったようですね」
「“補習授業部については、みんな問題なく頑張ってるよ。でも、そうだね……ナギサの用事が済んだ後でいいから、少し話したいことがあるんだ”」
訪れるのは二度目――夢の世界での逢瀬も数えるならば三度目だが――となる、ティーパーティーの所有する建物の中でもいっそう豪華なテラスにて。私はトリニティの実質的なトップである生徒、
以前会った時よりも、やや窶れて見えるナギサ。そんな彼女が「立場以前にキヴォトス人ですらない
共に過ごした時間は少ないが、彼女が聡明でかつ用心深い性格なのは間違いない。であれば、先の言葉通りの打算だけが理由で、この対面を作ったとは考えられない。少なからず私のことを
「ふふっ……それでは先生の意を汲んで、単刀直入に参りましょう。『トリニティの裏切者』は見つかりましたか?」
「“……その話は断ったはずだよ。私は、誰かを疑うことに時間を費やすつもりはない。あの子たちの頑張りが報われるように、私なりのやり方で対処する……ってね」
「ええ、確かにそう仰ったと記憶しています。ですが、私だって何の根拠もなく彼女たちを疑っているわけではないのです。そのことをご理解いただくために……今一度、理由をご説明しましょうか」
「先生がミカさんとお話なさったことは、もちろん把握しております。どのような話をされたかも容易に想像が付きますが……答え合わせが必要なのでは?」
「“…………”」
「ふふっ……我がトリニティにおいて、そのような沈黙は悪手ですよ。肯定とも否定とも、如何様にも解釈……いえ、改竄されてしまいますからね」
そうして語られる、彼女が補習授業部メンバーにかけた嫌疑の数々。
正義実現委員会のほぼ全員から可愛がられるコハルは、かの組織を統制するための人質であるということ。特に、ゲヘナ憎しの態度が目立つハスミへの牽制の意味が強いようだ。歴史上でも極めて珍しい、洗礼を受けても黒く染まりきらなかった存在であることも懸念点であるらしいが。
ハナコは既存の政治体制を無に帰す可能性すらある、特級の不穏分子であるということ。聡明という言葉では片付けられないほどに優秀な頭脳を持ち、かつその使い方を心得ている。加えて、入学してわずか半年にして、当時からサンクトゥス派のトップであったセイアを誑し込むほどの対人能力。ティーパーティーの麾下に入るのであれば許容出来たが、そんな怪物が野放しになっている状況はトリニティにとって不利益であると。事実、以前は彼女の身柄を取り合う組織間での諍いが絶えなかったという。突然始まった奇行の数々も、彼女の不気味さを際立てているらしい。
次いでアズサ。彼女は出身こそ定かではないが、少なくともトリニティ育ちではない
なるほど、確かに。悪意的な解釈が全くないわけではないが……今の話だけを聞かされれば、彼女たちに良い印象を抱かない人の方が多いかもしれない。やはり、今日ここを訪れるのは正解だったと言えよう。
私の知るハスミはゲヘナを嫌う素振りこそあれ、自らの職務を逸脱してまで何かをするようには見えなかった。事実、彼女はエデン条約への影響を憂慮して、苦渋を飲まされたはずの美食研究会の鎮圧を私に任せたわけだし。
ハナコは未だにその心の深層に触れることが出来ていないとはいえ……少なくとも国家転覆を企むような子には見えない。補習授業部のみんなと触れ合う時に見せる年相応な振る舞いを思い出せば……優秀であるか以前に、彼女もまた“浦和ハナコ”という一人の女の子であることが分かる。
アズサについては、私目線ではアリウス自治区の出身であると知っている。ここに関しては、ミカが嘘をつく理由はないと思っているからだ。「アリウスと和解したい」という彼女の想いは、決して偽りではなかったと断言できる。
そのアズサが起こしたトラブルも、彼女の持つ独特の価値観から生じたものであったり、あるいは優しい彼女が誰かのために立ち上がった結果であったりする。彼女は他者を助けるために力を振るうことはあれど、他者を害するために力を振るう存在ではない。これまで間近で見守ってきた日々が、それを裏打ちしてくれている。
ここまでは良い。いや、今まさに不自由な思いをしている生徒たちを思えば決して良くはないのだが……ナギサのことを思えば
だが、残り二人は……ナギサにとっても、大切な人物であったはずだ。それがどうして、こうなってしまったのか。彼女が友情や親愛ごと“ゴミ箱”に捨てるに至ったのか。どうして信じてあげられなかったのか。彼女が迷い込んだ疑心暗鬼の闇がどれほど深いのかを、私は「先生」として確認する義務がある。ナギサもまた、助けを求める生徒の一人なのだから。
「“ナギサはヒフミのこと……そしてセチアのことを、どう思っているの?あの子たちにも……『退学』させてまで追い出したいほど、怪しい要素があるのかな”」
「…………。ええ、確かにお二人とも……私にとっては特別な存在でした。その想いは今も変わりません。ですが、私には……ティーパーティーのホストとして、エデン条約を必ずや締結するという
絶句。月並みな表現だが、そう言うより他にない。それほどまでに、彼女が抱える覚悟は壮絶だ。自らの行いが道理に反していることを分かり切った上で――その自覚に身を裂かれる思いでありながらも――自他の血と涙で染まった道を往くのだと。眼前で懸命に余裕を取り繕う少女は、あくまでそう言っている。
改めて、キヴォトスの闇を垣間見た気がした。“外”の世界では国家に相当する、高等学校に相当する教育機関を中心とした内政が行われる各学園自治区。場所が場所ならまだ親の庇護下にあるはずの少女たちが、政治屋として活動しなければならない歪な社会構造。本来であれば子どもたちを導くべき“大人”も、言っちゃ悪いがまともな人物が少なすぎる。生徒たちに“恐怖”という形で学びを与えるという
「先生、どうかなさいましたか?……何もないなら、話を続けますが」
「ヒフミさんは、頻繁にブラックマーケットに出入りしているという
「……っ!?」
「何か驚くことがありましたか?……このような小娘が家名だけで座り続けられるほど、
「まあ、それはヒフミさんにも言えることです。そこがヒフミさんの可愛らしいところでもあったのですが……遂に庇い切れなくなったというところでしょうか。愛想が尽きたとまでは申しませんが、使命を疎かにしてまでこの手に留めておくものでもないかと思いまして」
「“誤解だよ!ヒフミは、ナギサのことっ……!”」
「はて……どうして他人である
「もちろん、先の件がヒフミさんの全てではありませんよ?優しいところ、礼儀正しいところ……それに、譲れないものについてはとことん熱くなるところ。それを痛いほど知っていようとも、所詮私たちは『他人』なのですから。……心の中身など、証明できるものではありません」
「セチアさんについても同じことです」と付け加え、手元のカップに口をつけるナギサ。その姿は優雅で、とても様になっている。だが先のやや強まった語気を思えば、その所作は剥がれかけた余裕の仮面を被り直しているようにも見える。
それにしても、今のナギサの状態は……疑心暗鬼などという言葉では言い表せない程に深刻だ。他人へ向ける
表には出さないように上手く取り繕っている様子だが、側近や友人から向けられる信頼すらも受け取ることが出来ないのだろう。先ほどの彼女と側近のやり取りで感じたわずかな違和感は、きっとそれだ。とても脆く危うく……そして、何と寂しい在り方だろうか。
「最後に頼れるのは自分だけ」という考え方があるが、私自身これを否定する気はない。その割り切りで当人が楽になるのならば、それは無意味ではないだろう。それに何より、自分を信じることが出来るのは素敵なことだ。
だが人は時として、その自分すらも当てにならない状況に陥ることがある。道標を突如として失うことがある、難儀な生き物なのだ。そんなときに己を救い出してくれるのは、自他の間にある信頼。すなわち、築き上げた“絆”に他ならないと……私はそう考えている。
「“私には、こんなことを言う権利はないのかもしれない。……でもね、ナギサ。他人を信じるための目を閉じてはいけないよ。それは、言うなれば……ただの現実逃避でしかない”」
ナギサが怪訝な顔で向き直ったのが分かる。今の彼女にとっては残酷で無責任な言葉に聞こえるだろう。「あの日」の詳細が真実であるならば、全てを信じられなくなるのも無理はない。だが、このままだと間違いなく身を滅ぼす生徒を前にして……それをおいそれと見過ごすことはできない。
「“無条件に全てを信じろとは言わない。でもせめて、ナギサへ向けられた信頼だけは、無視しないであげてほしい。ヒフミでも、セチアでも……ミカでもいい。無理に受け取る必要もない。ただ、ナギサのことを慕う人がいるという事実だけは、忘れないでほしい”」
「“もちろん、私もね。……いつか私の言葉が届くように、信頼してもらえるように頑張るよ”」
先ほどの彼女を真似て、こちらのターンを終えたことを伝えるべく紅茶を口に運ぶ。配膳された際に感じた心地よい香りは既に失われ、
「あなたに何が分かるというのですか」
「“……?”」
「裏切られたことも、喪ったこともないあなたに……一体、何が分かるというのですか!」
「人間というのは、己の醜い欲望で簡単に他者を傷付ける生き物なのですよ?上辺ではどれだけ取り繕っていようと、一皮剝ければみんな同じ。……先生は知らないんです。あの子たちの友人だと嘯いていた女どもの、邪悪な腹の底を。いなくなって清々したと嘲笑う、醜悪な面の皮を。断罪の時が来て初めて焦り出す……“人殺し”の自覚すらない蒙昧無知な暗愚どもを!!!」
「“……やっぱり、そういうことなんだね”」
「……っ!?どこで、それを――――ああ、ゲヘナですか。やっぱり、まだ残党がいたんですね」
残念ながら、ヒナからの情報はおおよそ真実であるようだ。知らないままではいられなかったが、知ってしまえば
「隠し事が無駄なのであれば、もう言ってしまっても良いでしょう。ご存じの通り、エデン条約はれっきとした和平条約ですが……ただそれだけの存在ではありません。私たち……いえ、
「
「トリニティ側の掃除は済ませました。ですから、残りはゲヘナだけなんです。“雷帝”は己の失脚を悟って予め痕跡を消していきましたが……残されているものもあるはず。それこそ、先生が真実に辿り着けたように」
「あの子たちを害するに至った尽くに、相応の報いを受けさせること。それだけを夢見てここまで来ました。何人たりとも、その邪魔はさせません。そのためならば……少々手荒な真似すらも、許容してしまうかもしれませんね?」
「“……随分と、信用してくれているんだね”」
「ええ、今見聞きしたことを先生が
「エデン条約そのものは、平穏を愛する先生も望むところでしょう?」と嗤うナギサ。自らもまた道理を外れてしまった自覚から来る自嘲でもあるのだろう。まるで物語の悪役令嬢のように、露悪的に振る舞う彼女。
熱に浮かされた薄黄の双眸は、もはや隠しきれない狂気で彩られていた。
◇◇◇◇
「先生のような“大人”とお話するのは、やはりとても緊張しますね」
すっかりと闇に染まったトリニティ総合学園。その中央に居を構える、夜間にも限らず眩い明かりが灯る
「あの子たちのことで少々取り乱しましたが、
「先生にはきっと、私が補習授業部の皆さんを切り捨てたように見えているのでしょうね。……でも、それで良いのです。先生が勝てば、あの子たちは晴れて無罪放免。頼れる庇護者と“絆”とやらを得て、この先も歩いて行けることでしょう」
「私が勝った場合でも……先生の性格と権力を鑑みれば、悪いようにはならないはずです。どこかに編入させるなり、シャーレの部員として受け入れるなり……方法はいくらでも思いつきます。ヒフミさんとセチアについては、一応
手ずから淹れた紅茶を置き、振り返る少女。彼女の見据える先には何もなく、ただ暗闇が広がるのみ。
「△△△、○○……そして、セイアさんまでもが犠牲になりました。そちらの方の下手人は結局分からず仕舞いですが……あぁいえ、貴女方を責めているわけではありません。セイアさんの未来予知のように、私たちでは持ちえない
「私もいずれは、彼女らの後を追うのでしょう。ですが、最期のその時まで……醜く生き足掻いてみせますとも。私の無二の親友を、徒に悲しませたくはありませんし。それに……友を喪い、自分を喪い、さらには実の姉まで喪ったあの子に……これ以上の喪失を経験させるわけにはいきません」
あの日一緒に逝けた方が幸せだった、なんて。脳に焼き付いて離れない、私たちをずっと苛んできた言葉を思えば……なんと惨い延長戦だろう。それでも、残された側の姉として……あの子たちに託された貴女だけは、死なせるわけにはいかない。
「あと一週間です。それで、先生との決着が着きます。引き続き、我が陣営のために尽力なさってください」
僅かに生じた闇の揺らぎを、彼女は捉えることが出来ない。だがしかし、時間軸が異なれば「疑心暗鬼の闇の中」と称されたであろう彼女であっても、己が唯一
「それにしても……まるで白昼夢に囚われたかのように、記憶を濁らせる存在ですか。厄介なことこの上ないですが……。博識な貴女なら、何か知っていたのかもしれませんね……△△△」
“雷帝”の情報って良くも悪くも少なすぎだと思います。
それ関連で言えば、今のマコト様のトンチキっぷりは“雷帝”を巡る一連の騒動の後遺症だという考察?とか好きです。