トリニティキツネモドキはエデン条約を破壊したい 作:ウガツホ村
ゲヘナ突入が無限に延期にされていますが、話の組み立て的にこちらが先かと。
百合園セイアの“予知夢”への解釈と、どこまで妥協するかが難しい回でした。
いつも通り、解釈違いがあれば申し訳ないです。
◆◆◆◆
「姉さん、
「む、セチアかい? ……よりにもよって今日、この日とはね。そうか、やはり君にも……」
「もうっ! ちょっと怖い夢見ちゃったから……昔みたいに、一緒にいてほしくなっただけだってば」
トリニティ総合学園の外縁部に位置する、立派な屋敷が立ち並ぶ通りのさらにその外れ。一等地には在らずとも、豪邸と言って差し支えない程度には格を感じさせる家屋が目立つ地区だ。その何処かに設けられた秘匿された一室にて、とある姉妹が久方ぶりの邂逅を果たした。
「まったく、今更そんなことを気にする
「夢で全部見た気になって、自己解決しちゃってさ……。そうやって人の話を聞かないの、姉さんの悪い癖だよ? ……本当に、無茶しちゃダメだよ。姉さんまで死んじゃったら……私は、今度こそ……」
「我が身を労る術を知らないのは、寧ろ君の方だと思うのだが……。ナギサから聞いたぞ、また銃も持たずに不良どもと
「だってそれは……今はもう、あんな奴らにどうにかされるわけないし。銃なんか使って街壊したら怒られ――って話逸らさないでよ! 私は、姉さんのその貧弱な身体の心配をしてるの!また寝てる時間が増えたんでしょ……」
「姉さん」と呼ばれた部屋の主は、背後から
狂ったのは時間だけではない。今では、写し身と言うにはあまりにも差が生まれてしまった。例えば、普段は懸命に隠している不揃いの瞳。不安げに揺れる双眸は、
しかし皮肉にも、その非人道的で倫理の欠片もない行いが彼女の命を繋いだのだ。それを命あっただけ物種だの、神の“奇跡”に感謝をだのと……全くもって度し難い。
“奇跡”などというものは、神の恩寵たる超自然的な事象であるとされる。それが後に人間的なスケールに貶められ、今ではただ低確率で起こるだけの、受け手にとって都合の良い事象を指す言葉となった。
ああ、認めよう。私は確かに、
尤も、この身にとって一番厄介なのは……“奇跡”などという代物が、この世に存在すると知ってしまったことかもしれない。
「より良い
「それって姉さんがやらなきゃダメなことなの? アズサみたいなこと言っちゃってさぁ……。
「それは君が常々言っている『先生』とやらのことか?ただ存在するだけで、あらゆる因果を捻じ曲げる力を持つ外来のイレギュラー。とんだ眉唾物だが……馬鹿にするのも大概にしてほしいものだね。日々を精一杯生き足掻く我々の処遇は、所詮は“救世主”の胸三寸だとでも?」
「そっか、姉さんはまだ『先生』を観測できないんだ。……なんでだろ?ゲマ研とかも見えてたはずだけど……いや、あれはベアおばが招き入れたのか。じゃあ、“外”の存在は認識するきっかけがないとチャンネルが合わないとかそんな感じ? ……まあ私みたいな
百合園の血に宿る、聖サンクトゥスの時代から綿々と受け継がれたとされる“預言者”の異能。予知夢という形で未来の断片を覗き見る私のものと同じプロセスかは不明だが、彼女の振る舞いもまた“預言者”たるものである。共に未来を知る者同士。しかしながら、未来を巡るスタンスは大きく異なる。
例えば「先生」という存在。最近になって彼女が盛んに口にするようになった“救世主”なる、私の予知夢には映らない人物。我が妹は未来に待つ破滅を許容し、いち観客として「先生」が約束された滅びにどう抗うかを観測するつもりでいるらしい。それは諦念か、あるいは
それ自体は己にも言えることだ。可能ならば私だって、こんな目は閉じてしまいたい。どれだけ夢に浸ろうと、見えてくるのは碌でもない光景ばかり。
私やナギサが
目に映る全てを疑い、親友たるミカすらも切り捨てた先で、独り空虚な玉座に就くナギサ。根幹たる三位一体すらも破壊し、独裁者としてトリニティを統治する彼女。政治の中心となる
何事もなくエデン条約の調印式に辿り着けたかと思えば、三人揃って消し炭になった未来もあったか。ゲヘナの首脳陣も諸共に焼き払われ、焼け野原を覆いつくすのは
……それにしても、聞き捨てならない言葉があったな。
「君はいい加減、己がこの世界に根差した存在だと認めるべきだ。私の夢に映らないのも、君の知る未来に君がいないことも……それは、君が『存在してはならない』からではない。私が『未来の私』を観測することが出来ないように、君の“預言者”としての肩書が予知の対象になることを拒んでいるだけだ」
「そんなのただの仮説でしょ? あの子たちが殺されたのも、私が
「口を慎め! ガッ、ゴホ…………。ん、んん……失敬、発言には気を付け給えよ。今こうして二人揃っていることだけは紛れもない事実で、どんな姿に成ろうとも君は大切な私の妹だ。……それだけは、どうか理解してほしい」
声を荒げたのはいつ以来だろうか。ミカも交えて三人でお茶会でもしていた時は、彼女の土俵に下って騒ぐこともあったが……もはや、叫ぶことすらままならないとは。最近は侍女以外ではミネと、たまにナギサに会う程度。それ以外はずっと夢の世界の探索に充てる生活であった。故に自覚のなかった、身体機能の明確な衰え。
元より病弱のこの身だが……
「……そっか。実はね、今日は姉さんの身代わりになるつもりで来たんだよ。私なら、“ヘイロー破壊爆弾”にも耐えられる自信があったから。もしそれで死んでも、姉さん守って死ねたなら私にも意味があったかなって。……でも、もうちょっと頑張ってみるよ」
「ああ、是非そうしてくれ。いや、待て。“ヘイロー破壊爆弾”と言ったか?なんだその物騒なものは……。まさか、アリウスはそこまで――――」
「待って。姉さん、お客さんだよ」
素早く構えたセチアが、私を庇うように前に出る。右の黒翼がその身を守る盾のように、反対の白翼が私への射線を切るように、それぞれ大きく広げられる。
相対するのは
「……百合園セイア? ……が、二人? というか……獣人なのに、羽がある??」
「いや、仮にも暗殺者なのにコレって……気ぃ抜けるんだけど。アズサがこの任務に疑問を抱いてるのも識ってはいるけどさぁ」
「……!まさか、本当に……」
「やあ、ご機嫌はいかがかな? アリウス分校所属『
◇
◇
◇
◇
「つまり、なんだ……セイアは私に殺されることはないと、高を括っていたということか?」
「ああ、その通りだ。私は“人殺し”になることを恐れる君の姿を……
予知夢の通りと言うべきか、私を殺すことには疑問を抱いていたアズサ。すんなりと銃を下ろした彼女は交渉の席に着き、大人しく私の語りに耳を傾けている。……セチアは何を警戒しているのか、私を後ろから抱き締めたまま動かない。正面に回された翼によって、さながら百鬼夜行の二人羽織?のような様相であるが……少なくとも、この説得を邪魔する意志はないらしい。
「この世界の真実は残酷にして陰鬱だ。ああ、そうさ。“預言者”たる私はそれをよく知っているとも。しかし、それでも足掻かなければならない。諦めなければ、何かが変わるかもしれない……。君の根幹に根差す心象にして……確かに一人の人間を、絶望の淵から掬い上げた言葉だよ」
「…………」
「その返礼というわけではないが、君に一つ提案があってね。ここで無為に私を殺すよりかは、君にとってもマシな未来を描ける公算が大きいのだが……。ふむ、そうだな。前提として、君たちの思惑通りにエデン条約を妨害され、トリニティとゲヘナが共倒れになったと仮定しよう。この場合、戦乱の炎はキヴォトス全土を焼き払うことになる。もちろん、アリウス共々だが……これは理解できるかい?」
「……何となくだけど、想像はつく」
「それは結構。私はエデン条約に対して、実のところ
「…………」
言外に込めたニュアンスも伝わったのであろう。眼前の少女が、ガスマスク越しでも深く瞑目していると分かる静寂。我ながら悪辣な言葉選びをしたものが……どうにも、この白洲アズサという少女に入れ込んでいるらしい。
ややあって、アズサが力強く頷いたのと……セチアが立ち上がったのは、ほぼ同時のことだった。
「……ねえ、アズサ。この任務の実行役って何人?」
「?ここに忍び込んだのは私ひとりのはずだけど――――!!」
「お仲間じゃないなら、こっちが本命なのかねぇ。チッ……姉さん、ちゃんと隠れてなよ」
「……? 話が見えてこないのだが――――」
「目標確認、突入!!!」
セチアがテーブルを蹴り上げたと理解した頃には、激しい銃撃音に耳を
即席のバリケードと化した
アズサの方も、随分と手慣れているように思える。つい先ほど“裏切者”たる覚悟を定めたとはいえ、元同胞に向けるにしては容赦のない攻撃。それは相手側にも言えることだが、あまりにも少女兵*1として完成され過ぎている。これがアリウスの教育なのだとすれば……そんなものは、もはや“学校”などではない。アリウスの本拠地もまた予知夢で観測できないあたり、何か理外の存在が関与している可能性すらある。……いや、思索に耽るのはここを切り抜けてからにすべきだ。
幸いにして戦局はこちらに傾いている。奇襲のアドバンテージは既に失われ、四人組の半数は地に伏せた。残りもセチアの防御を抜くに至らず、他に伏兵は見られない。いや、これに関しては……我が妹ながら、セチアがおかしいだけなのだが。至近距離で喰らう散弾を意に介さず、榴弾の直撃にも怯まず、あげく徹甲弾を翼で弾く。夢で見た学園最強格を彷彿とさせる理不尽な姿。指揮官らしき少女以外はすぐに腰が引けてしまい、その隙を見逃すほどセチアもアズサも甘くなかった。それだけの話だ。
「く、来るなぁっ!バケモノめぇぇぇ!」
「お前らの、方から、来たんだろうが……よっと!」
「ぐっ、ガぁ……」
「くそっ、何が後始末をするだけの簡単な任務だ! 百合園セイアは、非戦闘員じゃ――――」
「戦場で余所見するなと、習ったはずだが?」
「ぎっ、あぁぁぁっ!!」
もはやどちらが襲撃者かわかったものではない。恐慌のままに乱射される散弾銃を翼で
「あぁぁ……やめてッ! お願イ、オネガいシまス! ワたしハまだ、失ぱイシテな――――」
「ッッ!? ……アズサぁっ!遮蔽物っ!!!」
かつて耳にしたことのないほどに鬼気迫る妹の声と、瞬間的に背筋を駆け巡った悪寒。倒れたテーブルを飛び越えて、こちらに覆いかぶさる白翼の少女。それらを認めて身体を伏せた、その直後――――
全身から力が抜ける感覚と共に、私の意識は闇に飲まれた。
◆◆◆◆
「クソがっ、人間爆弾とか舐めた真似しやがって……。お、セイ――んんっ、姉さん……良かった、目が覚めたんだね」
「ここは……私はあの時、アズサに庇われて……。いや待て、セチアッ! セチアは、どうなって……」
「あだっ! ……あー、ここにいるよ。大丈夫とは言い難いけど……まあ、生きてはいるから」
耳元から聞こえる声に振り返れば、私が飛び起きたことで仰け反ったセチアの姿が。どうやら、俗に言う膝枕の体勢で介抱されていたらしいが……いや、それよりも――――
「生きて、いるんだよな? ……その、これは、今際の際の夢などではなく。それにしたって、随分と酷い有様だが……」
「ねー、ボロ雑巾みたいでしょ? 『ヘイローを破壊する』ってのも、大言壮語とは言えないくらいの威力はあったね。私がだいぶ引き受けたけど、それでも死人が出なかったのは奇跡的だよ」
瀕死の重傷と呼ぶに相応しい身体で、何が面白いのかカラカラと笑うセチア。衣服は無事な部分がないほどに焼け焦げ、悍ましい縫い目の這う肌にも痛々しい火傷が目立つ。私を
それにしても……セチアの惨状に反して、部屋や己の身の被害が少なすぎる。推定される威力を考えれば、この部屋とは言わず外の屋敷ごと崩壊していてもおかしくない。だが実際には――調度品の類こそ無残な残骸と化したものの――セーフハウスはその機能を保っている。
「そうだね。姉さんのために、一旦状況を整理しようか。……今更だけどさ、汚れちゃうから離れない?」
「それこそ今更な話さ。それにね、今は人肌に触れていないと……どうも碌に現実感が得られないんだ。君さえ良ければ……もう少し、このままでいてほしい」
「私たちは姉妹だろう?」なんて言ってみれば、
ややあって視線を戻したセチアが、やけに改まった口調で話し始める。
曰く、この惨状は等しく“ヘイロー破壊爆弾”なる兵器が原因であるらしい。私たち生徒を構成する重要なファクターである“神秘”なるモノ。生徒の身体を保護する力であり、生徒が敵を討つ力であり、私の予知夢のような異能の根源となるものであると。
……ほんの些細な違和感。
先の話に思い当たる節こそあれ、そのような
ともかく、件の兵器は“神秘”を周囲の存在から徴収し、それを糧として破壊を振りまくらしい。爆弾としても機能するが、その本質は“神秘”の吸収と放出であると。“神秘”そのものは物質的な干渉力が弱く、したがってセチアが固く抱え込むことで、爆発自体は概ね抑え込めたらしい。
話の筋は通っている……というよりは、こちら側の前提知識が足りないので判別がつかない。だが、この場で彼女が嘘を言う必要はないだろう。身を挺して庇った人物を疑うほど、私は落ちぶれたつもりはない。
次いで、これからの話。本来の予定であれば「百合園セイアは死亡した」という事実を捏造し、私は身を隠す手筈であった。狂言暗殺とでも言おうか。アズサは暗殺に成功したという実績を引っ提げ、二重スパイとして潜伏。セチアはトリニティ側の動向を把握するために学園に残りつつ、そのサポートを行う。そんな計画を想定していた。
私を庇護する役目には、救護騎士団のミネを当てる。彼女ならば我々と知己であり、医療従事者としても護衛としても申し分ない。救護騎士団の戦力を削ることにはなるが……団長が抜けたくらいで揺らぐほど、あの組織は脆弱ではないだろう。
「まぁ、そういうわけで……最悪の場合に巻き込まないで済むように、予め人払いしてあったのが功を奏したね。この騒動が外に漏れるまで、まだ多少は時間があるはず。……ああ、長居して
「ミネ団長も近くまで来てるみたいだけど……急いではいないね。保険がてら、姉さんが呼んどいたのかな? いずれにせよ、計画はいつでも実行できるけど……どうする?」
「今の状態の君を置いていくのは忍びないが……やるしかないだろう。予知夢に映らない存在に足を掬われかけた以上、どうあっても未来予知頼みになる私が表舞台に留まるのは危険だ。……ミカやナギサにも負担をかけてしまうな。事が済んだら、平手の一発くらい貰ってやるべきか……」
敵を騙すにはまず味方から。本心では私の無事を知らせてやりたいが、小さな綻びが大きな破綻を生むのは世の常だ。特にミカは己を偽るのが不得意であるし、かといってナギサだけに真相を伝えるのも不適切だ。あの二人の関係を鑑みれば、ナギサがミカ相手に隠し
「ふ~ん、そっか。
「…………セチア?」
「
「な……に、を……」
カチリ、と。部屋の明かりでも灯すかのように、軽々しく響いた機械音。
「アンタが寝てる間に取り付けた、“神秘抑制装置”ってやつだ。
身体に力が入らない。己の身体から、何か大切なものが抜けていく。だが、それを拒む術が見当たらない。
「悪いな。本当ならあのバカが直々に手を下す予定だったんだが……とんだ邪魔が入ったもんだぜ。アンタらを守るのに力を使いすぎて、お寝んねしたまま帰ってこねぇ。ったく……今生の別れにするつもりなら、挨拶ぐらいテメェでしろってんだ」
思考がまとまらない。身体の自由が効かず、脳に酸素が供給されていない? ……否、己の心が現状の理解を拒んでいるだけだ。
「安心しろ、事が終わるまで眠ってもらうだけだ。……万が一にも、
これはそうだ……夢の中に囚われる時の、あの感覚だ。ああ、そうか。私が予知夢を見る度にすり減らしていたのは――“預言者”などと言う人の身には余る異能の対価は――きっと
「あー、そうだな。これ以上ニセモノが居座るのも違ぇが、これだけは言っておく。アイツにとって『あの日』以降の時間は確かに消化試合だったが……決して“姉妹ごっこ”ではなかった。心が壊れても、雑ざり物になっても……百合園セチアは正真正銘、アンタの妹のまま死ぬつもりだよ」
もうこれ以上、意識を保つことが出来ない。
「それじゃ、サヨナラだ」
セイア復刻が予告されましたが、天井叩ける石なんかあるわけ……。
ナギサ復刻の辺りでブルアカ始めたので、こんな二次を書いておきながらセイアは未所持でした。
また隔日投稿を目指したいところです。