魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
完全なリミッター解除の結果、今までで最強の段階になった燐火。ただしその状態は長時間は続きません。
ケルベロスが託してくれた力がつきる前に、星神を倒しきれるか。
これはそういう勝負です。
燐火は分かっている。
技術自体は上がっていない。
ケルベロスがくれたのは今風に言えば凄まじいバフだ。それも時間制限付き。
燐火にはリミッターが掛かっていた。
それは正だとする。
正だとしても、この急激に膨れ上がった力。フルパワーで使い続ければ、それでも体がもたない。
それに、星神も全てを捨てて全力出来ている。
手も抜けない。
倒しきらないと、それで終わりには出来ないのだ。
燐火はこの力をずっとフルパワーで使えるわけではないだろう。
今までケルベロスとずっと一緒にいて。
ずっと鍛錬を続けてきた。
その成果が、全て出ているだけ。
ただし、それもあくまで他の一線級魔祓いの人たちと同等程度。最強と言えるほどじゃない。
しかもケルベロスがリミッターを外してくれた反動で、これだけの力が一時的に出ているだけ。
まだまだ、先は長い。
だが、瞬間的には、一線級の魔祓い達と、同等レベルかそれ以上に力が出ている。
そしてこの力を、今後も使っていかなければならないだろう。
多数の触手が飛んでくる。
それを、鉄パイプで全てなぎ払いつつ、星神に肉薄。
星神は凄絶な笑みを浮かべつつ、丸太みたいな両腕を振り下ろしてくるが。燐火は大地を踏みしめつつ、その腕の一本を真正面から受け止めていた。
クレーターが出来る。
だが、衝撃波全てを殺しきる。
震脚だ。
別に技量が上がったわけじゃない。
反応速度が完全に別次元になって、あわせられるようになっただけ。
更には、腕を取ると、全力で星神を投げる。
異形となった星神の腕が、へし折れつつ、その巨体が宙で弧を描いていた。
地面に激突する瞬間、それでも多数の触手を使って、クッションを作り出す。防いだ星神に、即座に追撃を入れる。
蛇が尻尾を振るってくる。
大型の蛇やトカゲもそうだが、強靱な尻尾を持つ生物は、それらを武器として当たり前のようにつかう。
ゾウの鼻などもそうだが、筋肉の塊を武器として使わない理由がない。
いずれもが、サイズ次第では人間なんて即座に打ち砕くほどのパワーを誇るが。
燐火はそれをすっと受け流しつつ。
更には巻き付こうとしたところを、態勢を低くして回避。その間に星神も態勢を立て直すと、翼を使って、すり足で迫ってくる。
大量の触手が、それと同時に仕掛けてくる。
もう互いに言葉は必要ない。
異形になった星神が笑っている。
恐らく、星神の元になった存在。
人間であろうその存在が、心の底から歓喜している。
素は武人だったということだ。
どれだけ狡猾に立ち回れる存在だとしても。
今は、燐火は此奴のやった世界規模の破綻に対して、どうとも考えない。ただ、武人として。
正面から倒すことだけを考える。
飽和攻撃を鉄パイプでことごとくしのぎきると、間合いを縮地で侵略。それに対して、食肉目らしいしなやかな動きで逃れようとする星神だが。
逃さない。
立て続けの縮地で、更に間を詰めて。
すっと手を相手に当てる。
相手も、毛むくじゃらの腕で応戦に来るが。
その瞬間、くるっと回転して、地面にたたきつけられていた。
「何ッ!」
歩法だ。
ただし剣道じゃない。
仕組みについては理解している。
奥義というのは、なんとなく使える、では駄目なのだ。
だから燐火も、師匠とわざわざ奥義を互いに使って。その仕組みを徹底的に理解した。
今まで剣道でだけ奥義を使ってきたのは、技量が足りないから。
勿論今も、空手、柔道、合気の技術が上がったわけではない。
反応速度とパワーが上がっている。
それで無理矢理、柔道で奥義を再現したのだ。
だからダメージも其処までにはならない。星神は追撃の浴びせ蹴りをかろうじて回避すると、凄まじい雄叫びを上げた。
それが呪いの塊だと燐火は理解するが。
その瞬間。祝詞が、それをかき消していた。
「悪いな。 それだけは介入させて貰う」
日女さんだ。
燐火も頷く。星神も、ふっと笑った。
「少し頭に血が上ったか。 良いだろう、単純な武術だけで勝ちに行く!」
「勝たせはしないですよ」
「勝つ!」
文字通り必勝の気合いだ。
そのまま突貫してきた星神が、一転して攻勢に出る。
毛むくじゃらの腕に剣を出現させると、あらゆる技をたたき込んでくる。見たこともない技もある。
だが、その全てに対応していく。
師範は色々な技を見せてくれた。
剣道では、面胴小手に加え、年齢が上がってくると突きが許されるケースがあるけれども。
これは競技化されているからというのもあるが。
これらが極めて実践的な型だからだ。
必殺と、相手の力を奪うための必須の攻撃。
それが詰まっているのがこの四つ。
実際問題、あまりにも高速の面が相手になってくると、小手先の技なんかどれだけ積み重ねても無駄。
古流なんかの凄い技であっても。
それに変わりはない。
燐火が対応してくるのを見て、星神が耳まで裂けている口で笑う。
本当に楽しんでいる。
燐火は……ケルベロスのこともある。
受けて立つが。
楽しいとは思わない。
雄叫びとともに、剣をはじき返す。
「おおっ!」
星神が上げたのは、歓喜の声か。
それとも驚愕の声か。
いや、両方だ。
そのまま、小手で剣を取り落とさせる。星神が完全に隙だらけになったその瞬間、鉄パイプを打ち込む。
痛打が入る。
今や鉄パイプは燐火の力を得て、煌々と輝いている。
その神威は、恐らくは伝説に出てくる様々な武器と大差ないだろう。
ずり下がりつつ、星神はそれでも屈しない。
異形となった全身をフル活用して、バネに使って突っ込んでくる。
まだ無事な腕を鈍器に、突貫して殴り飛ばしに来るつもりだ。
これでは投げようがない。
投げようはないが。
踏み込むと同時に、正拳をたたき込む。
音が消えた。
そして、間が開いた次の瞬間。
星神の腕が。
燐火の正拳とぶつかり合った腕が。
砕け爆ぜていた。
「う、おおおおおおっ!」
「続けていきます」
「させるかあああっ!」
正拳を放った一瞬の硬直をついて、蛇の尻尾で燐火を直撃してくる星神。凄まじいなぎ払いに、ガードが精一杯。
吹っ飛ばされて、それでも即座に跳ね起きる。
星神は両腕を失ったが、それを即座に立て直す。
体から新しく腕を生やす。
いや、違う。
多数の触手を束ねたのだ。
そのまま、獣以上の凄まじい雄叫びを上げると、突貫してくる。
燐火も受けて立つ。
踏み込むと同時に、星神がぐるんと回転して、地面に激突する。
今度は空手での歩法。
奥義をもろに食らっても、それでも起きてくる。体中がぐしゃぐしゃになっていても、即座に再生してくる。
「背負っているのは私も同じ! 安易に屈すると思うな!」
「それはお互い様です」
まずいな。
燐火の体も限界が近づいている。
さっき以上に早い。
だが、今は。
この正面から挑んできている存在を、打ちのめしたいという気持ちもまた強い。
分かっている。
此奴は悪辣な手は使ったが、それはそれとして邪神と言われるほどの邪悪ではなかったと思う。
やったことは極悪非道も良いところで。
世界中で紛争が発生する要因となった。
各地でアイデンティティクライシスも発生している。
バカはただ感情のままに騒いでいるだけだが。それも我に返れば、自分たちがただの虐殺者に過ぎないことを悟る者が出てくる。
一神教の独善が、終わりを告げようとしている。
しかしそれは。
一神教が他の信仰に対して、やってきたことではないか。
パンと両手を胸の前にてあわせる。
そうすることで、星神はまた、激しく地面にたたきつけられていた。
今度は合気の歩法だ。
だが、やはり急ごしらえだ。
星神に致命打を与えるには足りない。
星神も即座に跳ね起きると、体を再構築する。
失った部分を、フリッグ、フルーレティ、狼王ロボ。それらから受け取った力で、無理矢理人型にしていく。
「やはり人型が一番だな! 獣の姿では、所詮貴様ほどの達人には及ばん!」
「そうですか。 ありがとうございます」
「ゆくぞっ!」
再び剣を出現させる星神。
その剣は真っ黒で、おぞましいほどまがまがしい。
これ自体が呪いの塊か。
そして、激突する。
剣の長さがよく分からない。
十合、二十合とぶつかりあって理解する。
これは擦るのも危ない。
先に打ち込まれた呪いは、これの一端だったのだ。
「後に常陸と言われた、我ら星の民の土地! 邪神とされ、打ち消された文化の恨み、それこそがこの剣だ! その怒りを知れ! その恨みの深さを知れ!」
「……」
それを否定するつもりはない。
笑いながら涙を流している星神は、もう何もかもが混ざり合った結果、人とも獣ともつかない姿になっている。
三十合。
相手も力が落ちてきている。
四十合。
激しいつばぜり合い。
呪いが、どんどん薄れて行っている。
燐火の鉄パイプとの激突で、浄化されていっている。それもある。
だが、そもそもだ。
圧倒的な力を強制的に絞り出していることもある。星神も限界が近づいているということだ。
歩法に掛かると判断したのか、飛び退く星神。
燐火はそれに対して、最後の奥義に出る。
近代武術では、奥義は存在せず。
高度な技術がそれに取って代わっている。
燐火もそれは理解している。
だから大上段に構えると。星神は露骨に警戒した。大上段からのただの一撃。それを奥義だとは認識できなかったのか。
違う。
にやっと星神が笑う。
燐火の意図に気づいたのだ。
そう、これこそがちゃんと奥義であるのだと。
星神も、これに対して、大上段に構える。
一撃必殺の剣。
それは、大上段からの面以外にはあり得ない。二の太刀などいらない。これこそ、渾身の一撃。
示現流など所詮はただそれを奥義と言い張っているだけ。
これこそは、剣の道の究極だ。
燐火では、この状態で師範に勝てるかまだ分からないだろう。
だが、星神相手も、それは分かった上で、最後の力を収束させていく。
呪いの剣が、膨れ上がっていく。
まるで、巨大な。アニメなんかに出てきそうな大剣だ。
互いに、踏み込む。
振り下ろされる巨大な大剣は、あり得ない圧力で燐火に迫ってくる。だが、それを恐ろしいとは一切感じない。
こちらも踏み込みつつ、大上段からの一撃を放つ。
もう歩法は必要ない。
これで決めるからだ。
ぶつかり合う刃。
凄まじい光と闇がぶつかり合って。まるでチェーンソーと金属塊が激突したような火花が散る。
そして、理解した。
呪いの塊が。
打ち砕かれたのだと。
打ち砕かれてなお、笑っている星神。
これで敗れるのであれば。
悔いなどなし。
そういう顔だった。
その顔に、燐火は。
渾身の面をたたき込んでいた。
崩れ落ちた星神が、満足そうにしている。其処に燐火はダイモーンを祓い。そして、日女さんが、祝詞を唱え始めた。
星神が消えていく。
「正々堂々の勝負を最後まで崩しませんでしたね」
「それはそうだ。 私は星神であると同時に、姫巫女様に仕えた大星将軍であったからな」
「……」
「ミカボシ将軍とはその頃からの腐れ縁だ。 ミカボシ将軍も強い男だった。 だが、強さでは、圧倒的な劣勢は覆せなかった。 ただ信じていただけのものが、邪悪と貶められるのも止められなかった。 ただ、復権したかった。 私の願いは……それだけだったのだ」
ため息が出る。
アマツミカボシは各地で神社に祀られている。
封じられていると言う方が正しいが。
それでも、危険すぎて神社に封じなければならないほどの神格だと認識されていたし。
実際明治時代などにも出現して、当時の魔祓い達と死闘を繰り広げたのだ。
燐火に手を伸ばす星神。
燐火も膝を突くと、その手を取っていた。
「数百年は私も再実体化は出来ん。 だから、これが恐らく最後だろう。 このままだと人は近く滅びる」
「はい。 それは分かっています」
「それを止めてくれ。 私には、これ以外の方法は思いつかなかった。 後の世代に、後は任せる。 情けない話だが……それでも頼むぞ」
にっと笑うと、星神が消えていく。
日女さんも、嘆息していた。
燐火も、全身が痛いが、まだやることがある。
ケルベロスは最後の一滴まで力を絞り尽くしてくれた。それに答えなければならないのだ。
恐らく星神が倒れたことで、その近衛も皆戻っていったのだろう。
ヘラクレスさん。
エヴァンジェリンさん。
カトリイヌさん。
みんなボロボロだったが、歩いてくる。
ヘラクレスさんは、燐火を見て、何があったか即座に理解したようだ。そうか、とだけつぶやいていた。
そのまま、日女さんが案内する方向へ行く。
洞窟には、何重もの結界が張られていて。エヴァンジェリンさんがルーンを解除して。燐火が聖印を切って。
カトリイヌさんが聖言を打ち込んで。
日女さんが祝詞を唱えて。
ヘラクレスさんが、伏せていたらしい魔の獣を即座に打ち倒して。
道を切り開く。
最深部には、何か得体が知れないひもで縛られた女性が転がされていた。
エヴァンジェリンさんが駆け寄ると、複雑なルーンを使って、そのひもをかき消してしまう。
だが、それで限界だったようだ。
へたり込むと、苦笑いしている。
「さすがはグレイプニルの本物だ。 物語と堕したとしても、天才たる私でなければ解除はできなかっただろう」
「お疲れ。 後でパフェやるよ」
「そうか。 楽しみだ」
日女さんの言葉に、エヴァンジェリンさんが意識を失うので、燐火が抱き留める。帰りは燐火が背負っていく。
既にリミッター解除の反動は消えている。
力はそれでも爆発的に上がったが。
それでもまだ一線級の魔祓い達には及ばないだろう。林西さんとかと比べると、まだまだ全然だ。
縛られていた女性は、ヘラクレスをみて、ほっとしたようだった。
「ヘラクレス……」
「ペルセポネ様、いつもの放浪癖もこれで懲りましたかな。 世界中が大変な事になる寸前だったのを、ご理解いただきたい」
「ごめんなさい。 勇者達、あなたたちが助けてくれたのですね」
「……」
丁寧な礼を受けて、燐火も怒るに怒れない。
ペルセポネの逸話は知っている。
だから余計に、怒る事は出来なかった。
ペルセポネは、今回はとにかく間が悪かったのだ。それもあって、仕方がない事故だったのである。
旅行に行った先でテロに遭うなんて、それこそどうしようもない不運だとしか言えないだろう。
「ヘラクレスさん。 ケルベロスにあったら、燐火が感謝していたと伝えてください」
「分かっている。 というか、ケルベロスも分かっているだろう。 それを伝えるだけの時間はあったのだろう」
「もう一度、です」
「そうだな。 勝利したと伝えるだけで、それで充分すぎるだろう。 君は数年後には、世界でも最強の魔祓いの一人になる。 その時は、ともにまた悪と戦おう」
手を振ると、光の中にヘラクレスとペルセポネは消えていく。
全員が礼をした。
世界の神話でも屈指の偉大な英雄。
それに、悲劇の姫君に。
一神教文化圏のカトリイヌさんも、自然に礼をしていた。それくらいの、敬意を払う相手だった。
戻ることにする。
これから大人達は更に大変な事になるだろうが。
もう燐火に出来ることはない。
星神が倒れたことで、麾下のグレムリンがやっていた電子工作は完全に停止するはずだ。各国のパニックは、少なくともこれ以上火に油ではなくなるだろう。
無言で燐火は洞窟を出る。
外では、多数の魔がいなくなった事で、自衛隊と公安の秘匿部署の人たちが来ていた。最年長で比較的無事だったカトリイヌさんが状況を説明する。
ただ、これはレポートは燐火が書かなければならないだろう。
それに、恐らくだが。
ダイモーンに対応する魔祓いの力は近々なくなる。
何かしらの神かなにかと契約して、新しい魔祓いにならなければならない。それも考えなければならない。
色々、やらなければならないことは多いのだった。
「分かった。 後は我々が対応する。 洞窟の中なども、残った呪いなどは排除しておこう」
「お願いしますわ」
後は、帰るか。
完全に伸びているエヴァンジェリンさんを背負い直すと。
燐火は、家に向けて歩き出す。
長い長い戦いが。
ついに終わったのだった。
死闘……決着。