魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
星神との戦いが終わった後。
それぞれの未来が始まります。
後日談開始です。
序、それぞれの明日
エヴァンジェリンは魔祓い達とともに、それに立ち向かっていた。
ヨムルンガルド。
世界蛇であり、北欧神話の最強の魔の一角。
ラグナロクではあのトールと相打ちになる圧倒的な魔である。
だが、ヨムルンガルドは弱り切っていた。
一神教系の魔祓いは、四十mはある巨体にびびり散らしていたが。本来のヨムルンガルドは世界を取り巻くほどの巨体である。
弱体化に弱体化が続き。
物語と化し。
更には何度も魔祓いされた結果、この姿に墜ち果てたのだ。
燐火がいてくれればな。
そう思いながら、ルーンを組む。
凄まじい巨体と言いたいが、これくらいの威圧感、たいしたことがない。三年前に燐火達と一緒に日本で対戦した魔達の方が、余程凄まじかった。
負ける理由もない。
ルーンをくみ上げて、地面に手を突く。
同時に、改良型グレイプニルが、ヨムルンガルドの蛇体を縛り上げていた。口も塞いでしまう。
強烈な毒液がヨムルンガルドの武器だが。
それもこれで封じられたのだ。
暴れ狂う大蛇だが。
情けないな一神教の魔祓い達。天使に壁を張らせて、自分たちは何も出来ず悲鳴を上げて逃げ回っている。
戦闘前はエヴァンジェリンに対して散々陰口をたたいていた癖に。
いざ実戦になるとこれだ。
しばしして、ヨムルンガルドは抵抗を諦め、動かなくなる。
そこで、エヴァンジェリンが呼びかけていた。
「世界蛇ヨムルンガルド。 なぜ今暴れ出した」
「フェンリル兄が倒されたと聞いてな。 それをなすほどの強者がいるのであれば、対面したいと思っただけよ。 貴様か? フェンリル兄を倒したのは」
「ある意味正解だ。 ヴィーザルを強引に具現化させてそれでな」
「……そうか。 まあいい。 私としてもおまえはともかく、其処で震え上がっている雑魚どもに興味などない。 今回は引き上げるとしよう」
消滅していくヨムルンガルド。
倒したわけではない。
単に面白がって様子を見に来て。エヴァンジェリンの実力を理解したので、それで引いただけだ。
消耗を抑えたかったのかもしれない。
「ば、化け物め! 天使の威光に恐れをなしたか!」
「アホが」
「な、なんだと! 年上に向かって」
「天才たる私がいなかったら、貴様等まとめてなぎ払われて終わりだっただろう。 天使の威を借りるばかりの低脳が。 魔祓いなど辞めてしまえ」
エヴァンジェリンもかなり頭にきていた。
苛立ちが向けられるが、あのヨムルンガルドを拘束した実力を間近で見ているのだ。一神教の魔祓い達は、エヴァンジェリンとこれ以上諍いを起こすつもりはないようだった。
レポートは書くと言うと、魔祓い達は引き上げていく。
唾を吐き捨てているやつもいるが。
はっきり言ってどうでもいい。
生き残れただけで幸運だっただろうに。
魔祓いを見て、天使の一体が情けなさそうに頭を振っていた。こんなのを守護しなければならないのか。
そう嘆いているのだろう。
事務所に戻る。
今エヴァンジェリンは北欧のある国に所属しているが、ここでは軍の部隊が魔祓いを統括している。
こういうのは国によってだいぶ違う。
日本だと公安の秘匿部署だったが。
この国では軍であり。
大統領の直轄となっている。
レポートを宿舎で書いていると、燐火からメールだ。燐火も最近では、公式の場では一人称を私にしている。
高校になってから170㎝後半まで背丈が伸び。
下手な男子より背が高い。
その上空手、柔道、合気、全てで国内大会を制覇したとかいう話であり。剣道でもこの間同じような成績を残したらしい。
ただし本人は、大会には一回だけしか出ないと名言。その後もスポーツで食べていく気はないと明言していて。
それでオリンピックの関係者などは落胆したようだったが。
高校を出る頃には、180㎝に届くかもしれない。
だとすると、再会したときにはエヴァンジェリンは見上げてしまうのだろうな。そう思うと、ちょっと口惜しい。
結局背は伸びなかった。
欧州の人間は男女の体格差が大きい。
それもあるが、エヴァンジェリンは空港で身分証を毎回提示しなければならないほど、見かけも育たなかった。
これは悔しいが。
体質か何かだと考えて、諦めるしかないだろう。
燐火のメールは後で確認する。
レポートを仕上げると、部署を仕切っている大佐が来る。仕切っていると言っても、魔祓いがへそを曲げたらどうにもならない。
だからあくまで調整役であって、上司ではない。
この国で最強の魔祓いは間違いなくエヴァンジェリンであり。貴重なドルイドでもある。大佐としても、低姿勢を保たなければならない。
それはそれとして、エヴァンジェリンをコントロールしないといけない。それもまた、中間管理職の苦労がうかがえる。
「エヴァンジェリンくん。 毎度毎度、クレームが絶えなくてね。 もう少し優しくしゃべれないかね」
「プライドばかり高くて、一神教が世界で唯一の正義とか考えているような輩に、天才たる私がなんでこびを売らなければならないのか。 今回の魔祓いでも、奴らは怯えて右往左往するばかりではなかったか」
「それは見ていたので確認している。 それでも、戦力は戦力なのだ」
「分かった。 役に立たない相手以外には優しくする」
大佐が胃が痛そうな顔をして、宿舎を出て行く。
レポートを提出すると、後は日本から輸入したメロンソーダの缶を開け。アイスなどと組み合わせて、メロンソーダを自作する。
満面の笑みでメロンソーダを楽しみながら、燐火のメールを見る。
カトリイヌについてだった。
「どうやらカトリイヌさんは実家と縁を切ったようです。 セバスティアンさんともうひとかたの護衛も、カトリイヌさんに従って、新しく日本で魔祓いの仕事をするつもりだとか」
「やっとか。 いずれにしても穏便に縁を切れたのは良かったな。 あの家、名家とはいうがずっとセバスティアンが最高戦力であったようだし、最近ソロネが守護天使になったカトリイヌの方がもう兄どもより上だろう」
「それもあって、枢機卿にならない事で手打ちにしたようですね」
「政治には関わらない、か。 そんなことをしているから、カスみたいな魔祓いばっかり偉そうな地位につくのだ」
剣呑な会話を続けるが。
それはそれで、満面の笑みでメロンソーダを味わう。
いやはや、実に美味しい。
国でも知り合いに勧めてみたのだが、色が怖いと言われて、なかなか飲んでくれなかったのだが。
一度飲んでみると、とても美味しいと喜んでくれたし。
今では、親しい何名かの知り合いの間で、メロンソーダパーティをやっている。
他にもパフェがいいのだけれども。
パフェは流石に作成難易度が高い。
次に日本に行ったときには、太るのを覚悟で本場のパフェを楽しみたいものである。
「確かそろそろ燐火は高校三年だな。 受験は問題なさそうか」
「はい。 東大に行くつもりです」
「東大か……」
「もっと良い大学も行ける、という話も有りますが、それで。 涼子ちゃんとは久しぶりに同じ学校で学ぶことになります」
まあ、それでいいだろう。
いずれにしても、燐火の経歴にケチがつくとは思えない。
燐火が日本の魔祓いのトップになったら。
悪運を片っ端から祓い。
封じられている魔も叩き潰して回り。
一気に国全体の悪運を浄化するだろう。
今でさえ、レベルが高い日本の魔祓いの中でも、最前線で活躍できていると聞いている。公安の方でも、東大を出たら即座に来てほしいと三つ指突いて勧誘をかけているそうだ。
メロンソーダを味わったあと、ベッドに転がって、とりとめもない話を燐火とする。
燐火は凄まじい勢いでメールを打ってきているので、エヴァンジェリンもちょっと追いつけない。
いずれにしても、燐火が幸せそうにやっているのも事実。
二人目の妹が出来たという話も聞いている。
恐らく、エヴァンジェリンが心配するようなことは、一つもないはずだ。
日女は吉野に来ていた。
とにかくあの総力戦からしばしして、本当に一時期は人がいなかった。日本の魔祓いが枯渇するレベルの損害を受けたのだ。
負傷者が徐々に復帰してきたが、とにかく人材育成が急務である。
それもあって、日女が教官役として、吉野で監督をすることになった。
一応、一線級の魔祓いとして活躍は出来ている。
だが、それだけだ。
まだまだ林西さんや菖蒲姉には及ばないし。
八幡の力だって引き出し切れていない。
それでも日女がここに来ているのは、人材育成のためである。
これからは、夏合宿以外でも、有望な魔祓い候補を集めては、ここで鍛える事になった。
しばらくはそれで人員を確保していくしかない。
役に立たない魔祓いは鍛え直すし。
有望な魔祓いは鍛え上げる。
求められる事は多いし。
前にここでやっていた夏合宿ほど緊密な採点も出来ない。
それでもやるしかない。
そういう状況だ。
神楽坂輝が来る。
既に配信者としてベテランであり、退魔の声は今や日本中のあちこちで聞かれるようになっている。
一時期版権ゴロのせいで街から歌が消える、という事態が起きていたが。
今ではそれも解決し。
版権を抱え込んで独占していた輩は、それまでの悪行の報いを受けて何も出来ない状態にされている。
これも燐火がそれらの周りにあった悪運をまとめて祓った結果だ。
その結果、今まで発覚しなかった犯罪行為がボロボロ出てきた挙げ句。誰もかばえなくなった。
組織は再編成され。
今では誰も、気軽に音楽を聴けるようになっている。
「やっほー、日女ちゃん、元気?」
「まあまあだな」
「そろそろ俺っていうの辞めなよ。 もう成人でしょ」
「関係あるか」
昔からある程度関係はあるが、そこまで仲が良いわけでもない。今では日女も少しずつスカートをはいたりすることもあるが。足がスースーして好みじゃない。
それでも一応友達くらいの関係ではあるのだろう。
よく分からないが。
輝も講師として呼ばれた。
これから魔祓いの魔の字も分かっていないひよっこたちを鍛えなければならない。一応、ノウハウはある。
魔祓いの学校も一応稼働はしている。
だけれども、才能起因の力量の差が大きいのが魔祓いの厄介なところだ。
それもあって、こういうところで支援をしなければならないのである。
「今回は幼稚園児までいるのか……」
「やっと人口が増え始めたとはいえ、氷河期世代の傷跡は大きいからね。 あの世代はまるごと見捨てられたみたいなものだし、未来のために子供を育てないといけないんだよ」
「そうだな……」
あまり知られていないが。
実は少し前にクローンが実用化された。
それにより、より簡単に子供を作れるようになり。ある程度収入がある家では、子供がいない場合はクローンで生成された子供が任されるようになった。
嫌がる者も多かったが。
子供のいない国に未来はない。
それもあって、仕方がない施策だった。
ともかく、やっと人口が増加に転じたこともある。この国は、やっと失われた年月から解放されつつある。
その間にため込まれた悪運を。
今燐火が中心になって祓い回っている状況だ。
天照大神を行使できるのは強い。
最初は燐火に不満も多かったらしい天照大神も、今ではすっかり実力を認めているようである。
海外遠征などでも燐火は成果を上げており。
百年以上どうにもできなかった東南アジアの魔界を魔祓いして、周囲の悪運を完全に祓ったこともあり。
同世代では最高の出世頭になっている。
ともかくだ。
バスが来たので、子供らを送迎して貰う。魔祓い以外の人員は、だいたいパートだ。この国でやっている何か変わった合宿らしいとだけ聞かされているのだろう。
バスの運転手とか、料理をする人間とか。
そういうところで雇用を作って、ちゃんと富が行き渡るようにしている。
子供らを覚えるところからだ。
一人ずつ名前を呼ぶ。
ちゃんとしている子から、魔祓いになる前に周囲から迫害を受けたと一目で分かる子まで色々。
輝が幼い子の面倒を見る。
日女の目を見て、小学生くらいの。日女の担当する年代の魔祓い達は、ひっと小さな悲鳴を上げていた。
燐火の目に比べればまだマシだと思うが。
そう思いながら、日女は修行場に連れて行く。
いきなり魔との実戦はやらせない。
今日はそういう合宿ではないからだ。
それぞれの魔祓いの素質を測り。どうすれば効率的に力を伸ばしていけるかを、しっかり確認する。
これが大変だ。
魔祓いとしても日女は忙しく、休日は本当に取れない。燐火が東大に入るつもりらしく、既に受験勉強はだいたい済ませてあると聞くと、あいつは化け物かと呆れてしまう。既に社会人として活動している日女は、燐火を鍛え上げたケルベロスを本当に凄いと今では考えていた。
とりあえずガキどもの面倒を見る。
日女が怖いのか、ガキどもは一切反抗しなかったので、とにかくやりやすかった。怖がって泣くのもいたが。とにかく知らん。
丁寧に授業自体はやるし、見本だって見せる。
この間、カトリイヌも手伝いに来た。
すっかり喧嘩友達になっているカトリイヌだが。日本に完全に帰化したので、それは立派だ。
腐れた実家から縁を切って。
今ではソロネに昇華した元ドミニオンとともに、魔祓いとして忙しく日本中を駆け回っているし。
腐ったカトリックとは違った方向から一神教系の魔祓いを見つけて。
こういう合宿で手伝いに来る。
前のおバカでポンなお嬢様から、ぐっと綺麗になってしっかりしてきているけれど。それは一人暮らしをしているからではないだろう。
色々、周りから触発を受けたのだ。
日女も触発を受けるべきかもしれない。
実際、前に手伝いに来たカトリイヌは、実に効率的に子供達に魔祓いの基礎を教え込んでいたし。
子供達にも慕われていたのだから。
四苦八苦しながら授業を終え。
少し年上の魔祓いに、もう少し優しくと小言を言われた。
日女は既に一線級で魔祓いをしている人間であり、各地で厄介な魔に対処すると同時に、技を後代に託さなければならない立場だ。
家族が魔祓いだらけの家系とはいえ。
家系の内部で完結していたら、今の時代魔祓いはやっていけない。
何より魔はどうしても存在し続ける。
それもあって、どうしてもこうやって教えなければならないのだ。
だが適性がないな。
そう感じることも多い。
とにかく疲れたので、宿舎で休む。
出先から、菖蒲姉が連絡を入れてきた。
燐火と合同で魔祓いをしているらしい。燐火はますます強くなっていて、既に格闘戦では追いつかれたそうだ。
そうか。
燐火の奴は、更に強くなるだろうな。
あいつが公安の秘匿部署のトップになったら、魔祓いはもっと動きやすくなるはずだ。
今までどうしても公安の秘匿部署は、指揮系統としか機能しなかった。
魔祓いのトップが所属することはあまり多くなく。
反発する魔祓いが、指揮通りに動かず。
それで被害を増やすことは多かったのだ。
それが、最強の魔祓いの一人が指揮を執るとなると。
それでかなりやりやすくなる。
もっとも現場で最強の存在が、決してトップとして最良である訳ではない。あのちょび髭の絵描き志望だった人物も、戦場では極めて優秀で勇敢な兵士だったのだ。
ともかく今は、ガキどもの面倒を見なければならない。
テストのスケジュールをまとめていると、事務員が来る。
問題の公安の人員だ。
既に前線は退いて、こういうところで支援任務に当たっている。
本人は魔祓いとしての力はなく、魔が見える程度。
それでも、事務における力量は確かで。
公安がスカウトして、わざわざ事務として雇い。
調整役として重宝していた人物だ。
「日女さん。 ここなんだけれど、こうした方がいいと僕は思うね」
「分かりました。 それで、理由を聞かせて貰いますか」
「子供達は日女さんを心の底から怖がっているからね。 これでは萎縮してしまうよ」
「ガキに舐められたら終わりなので、多少怖いくらいが良いと思いますが」
事務員に対して、日女は違う分野で力を発揮してきた人間だと思っているから、敬意を払っている。
そうでなければ敬語など使わない。
事務員は嘆息すると、丁寧に後続の魔祓いをどう育てるべきかを話してくれる。日女も、苦労していたし。
それを聞き流すつもりはなかった。
必ずしも皆の戦いが報われたわけではありません。
ですが、それぞれが酷い暮らしばかりをしている訳でもありません。
星神の最終作戦で世界が受けたダメージが回復していく中。確実に皆の生活も続いていくのです。