魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
海外での魔祓い任務。日本最強の魔祓いの一人となった燐火は、当然海外出張もするようになります。
この世界では、魔祓いをしないと悪運がたまって、国が終わります。治安が悪い国では、それが悪しき螺旋となって、加速度的に治安が破綻します。
そういった国をどうにかするのが、よその国の魔祓い達の仕事です。
文化圏があわないとどうにもなりませんが……
酷い状態だな。
燐火は護衛の自衛官と軍隊に囲まれながら、現地に向かう。
この国は、長年独裁政権に支配されて、麻薬などの輸出の中継地点となっていた。近年ではテロリストまで輸出していて、それもあってついに国連も重い腰を上げたのだ。
21世紀の初めくらいまでは国連は機能不全を起こしていたのだが。
色々あって、どうにかそれも解消され。
今ではやっと、こういった国に対して大きな干渉が出来るようになってきている。
そして、国連軍が制圧した後。
燐火達がやるのは、魔祓いによる悪運の排除だった。
悪党がのさばるのは、人間世界の常だが。
それによって魔が野放しにされ。
悪運がたまる。
コレが悪循環を生み。
酷い場合は国全体が魔界と化す。
この国はその典型例で、広くもない国土の大半が魔界に沈んでいて悪党が好き勝手できる地獄と化していた。
それをこれから、徹底的にぶち壊す。
魔が仕掛けてくるが、それは全部かき消す。
今日は菖蒲さんとエヴァンジェリンさんが来ているので、心配はしていない。最近ではドローンなどの技術も進歩してきており、狙撃などに対しても迅速に発見できるようになってきていた。
それだけじゃない。
自衛官の一人の腕を引いて、飛び退く。
狙撃が地面に突き刺さっていた。
「狙撃! 即応!」
「目標確認! 効力射!」
即時に対応の射撃が火を噴き、スナイパーを沈黙させる。
助かったと自衛官が敬礼してくる。燐火も頷くと、そのまま進む。
勘、か。
ちょっと違う。
五感を極限まで研いだ結果だ。今では、スナイパーの狙撃くらいだったら、事前に察知できる。
雑談しながらこんな危険地帯を進むつもりはない。
魔を片っ端から排除しながら進むと。
この国の行政府だった場所に到達していた。
これは、酷いな。
仏教系の魔だが、あまりにも収束しすぎて、建物そのものが魔とかしている状態である。
内部に入ると、魔の腹の中に入るようなものだ。
ただ、仏教系だ。
菖蒲さんが来たので、頷く。
印を切る菖蒲さん。
燐火も。同じく天照大神を、大日如来の側面に切り替えて、読経を開始する。
闇が、揺らぐ。
凄まじい揺らぎに、行政府自体がねじれ。悲鳴を上げているかのようだ。
とんでもない悪運があふれ出す。
これは現地の魔祓いでは、とても対処できなかっただろう。それにこの国では、指導者様の言うこと以外は全て悪とされていたし。魔祓いなんてほとんど殺されてしまったのだから。
骨が腐肉が、建物からあふれ出す。
餓鬼だな。
餓鬼道の住人。
この行政府にいた指導者様の欲望に引き寄せられて、ここでずっと住み着いていた。それが、住処を守ろうとしている。
菖蒲さんの愛染明王が、片っ端から剣で切り伏せる。
燐火の大日如来が光で焼き尽くす。
そして、エヴァンジェリンさんがルーンを組んで、地面に手を当てると。
時間を止めるようにして、餓鬼達が動きを止めていた。
「長くはもたんぞ!」
「分かっています!」
「本丸が出てくるわよ」
行政府の奥から這い出してきたのは、あれはなんだ。
ああ、なるほど。
理解した。
仏教で毛嫌いされる存在。
実際には立派な神様なのだが、第六天魔王と言われ恐れられるもの。
第六天の支配者。
他化自在天。
マーラとシヴァの性格を足したような神格であり。
天界の一つの支配者でありながら。
悟りを阻む難敵として立ち塞がるため、仏教では蛇蝎のように嫌われている魔の中の魔。これほど派手に実体化している例は初めて見た。
「おのれ! この地は我のものだ! 貴様等、さっさと出て行け!」
「まがい物であろうと、所詮は他化自在天。 我を忘れたか」
「だ、大日如来様……っ!」
「このような場所はそなたの居場所ではあるまい。 すぐに第六天の本霊と合流し、統治に戻れ」
大日如来の言葉に。
その巨大な太った全裸のおっさんは、わなわなと震えていたが。
やがて、その内側から裂け始める。
これはアイデンティティ崩壊を起こしたな。悪運だけが、凄まじい量流れ込んでくる。
この国を何十年も蹂躙し続けた独裁者のため込んだ悪運だ。
そのまま解き放たれたら、この国はずっと悪党に支配され続けることになるだろう。
それは、許されない。
聖印を切る。
菖蒲さんも、読経を強める。
エヴァンジェリンさんは壁にルーンを切り替え。膨大な悪運を押しとどめる。
津波のように押し寄せてくる悪運は。
今の燐火と菖蒲さんの手を持ってしても。
浄化に、半日以上掛かった。
浄化を終えて、後は国連軍に任せてこの国を去る。国の空気が露骨に良くなっていた。
本丸を潰した後も、あちこちの魔祓いをした。その過程で何度も狙撃とかの襲撃を受けた。
全てに対応した。
燐火はともかくとして、エヴァンジェリンさんや周りの自衛官は対応できないので。そうしなければならなかった。
菖蒲さんは単独で行動しており、愛染明王の眷属である夜叉や羅刹を使ってあちこちの偵察をしており。
それで魔界を見つけては、効率よく魔祓いを進めた。
そうすることで、悪党が活動しにくい状況が出来るし。
なんならどれだけ狡猾に身を潜めていた悪党も、悪運に見放されてあっさり見つかったりする。
国際指名手配犯が三十人以上も短時間で逮捕され。
そのまま国外に連れて行かれた。
この国でまともな裁判なんて出来ないので、それは仕方がない。
しばらくは国連軍と駐在官が現地をまとめて、全てはそれからだ。
民主主義が絶対だとは燐火も言わない。
だが、少なくとも現地の人が自立するのは必要だろう。
経済支援をただ与えても、人間は自立しない。
生活の仕方を教えていかないと自立などはできないのだ。
ともかく国を去る。
しばらくは、感謝は絶対にされないだろうなと思う。国連軍が石を投げられるのは何度も満たし。
燐火に対して様々な罵声も浴びせられた。
ただ、それに対してどうこうと思うこともない。
罵声の類は文化が違うとまったく刺さらないことが多いのだ。
実際問題、儒教文化圏の人間による罵声は、それ以外の文化圏の人間からすればなんだそれ、となる。
燐火も涼子に言われて簡単な会話をいくつかの言語で覚えたから。
そういう事情は知っていた。
帰路の飛行機で、いくつか説明を受ける。
既に公安で。
燐火はある程度の地位を確保していた。
最前線で戦える、一線級の魔祓い。
星神との戦いで、多くの魔祓いが現役を離れたという事もある。それもあって、燐火に寄せられる期待は大きい。
帰ってからもスケジュールが詰まっている。
嘆息すると、日女さんから連絡が来る。
確か、北海道で仕事をしているはずだが。
一応緊急回線なので、飛行機の内部でも連絡は出来る。それだけの立場が、今はあるのだ。
「燐火、こちらにエヴァンジェリンを回せるか」
「どうかしたんですか」
「どうも暴れている魔が欧州系らしくてな。 カトリイヌと魔祓いにあたってるんだが、苦戦中なんだ」
「今日本に戻るところです。 数日はかかりますが、こちらから公安に話は回します」
通信はそれでも最小限に。
関連部署に連絡を入れる。
カトリイヌさんがいるということは、欧州系であることは分かっても、恐らく一神教の魔祓いでは対処が難しいタイプだろう。
一応データは受けた。
エヴァンジェリンさんが見ると、難しいと言われた。
「これは東欧系だな」
「スラブ文化圏の魔ですね」
「そうだ。 天才たる私だが、スラブ文化の魔は難しいぞ。 東欧は神々も魔も伝承があまり残っていなくてな」
なるほどな。
エヴァンジェリンさんが解説してくれるが、南米神話ほどではないが、スラブ神話も一神教によって散々弾圧されたという。
ただその頃の一神教は南米文明に対して徹底的な大虐殺をしたほどの破壊力は存在しておらず。
融和する形で、様々なスラブ神話を取り込んでいったそうだ。
だが、だからこそ。
スラブの魔は、厄介極まりないわけだ。
「アイヌ文化は大陸の影響を受けていて、それなりにスラブ系の文明の流入がしやすいと天才たる私は聞いている。 確か北海道に現存しているアイヌ文化には、そういった混血の文化もいくらか残されていると聞いていたが」
「なるほど、それ経由での魔かもしれませんね」
「アイヌの魔祓いはいないのか」
「いるにはいますが、高齢化が激しく、更に星神との戦闘で……」
どこも大変だなと、エヴァンジェリンさんはぼやく。
流石に問題なので、文化の復興作業を行いながら、アイヌ系の魔祓いも育成する計画を燐火が立てている。
アイヌ系の魔は動物と一体化している例が多く。
それもあって、動物の害があると、一気に活性化しやすいのだ。
そうなってくると厄介だ。
そういうこともあり、公安に提出しているこの案は、恐らく近々通るはずである。
「私も行くが、燐火も来てくれないか。 燐火がいれば、非常に心強い」
「分かりました。 スケジュールの変更について交渉しておきます。 人命が最優先ですので」
「そうだな」
エヴァンジェリンさんが安心した様子だ。
年を取ると、金やプライドを人命に優先させるような奴はどうしても出てくる。
しかもそれを「大人になる」とか称するのだからたちが悪い。
燐火はそうはならない。
それだけだ。
エヴァンジェリンさんはずっと子供みたいな見かけのままだが、いずれ結婚するつもりらしい。
ただ、故郷で結婚するのではなく、日本に帰化することを考えているそうだ。
まあ、色々あちらではあるようだし。
それはそれで分からないでもない。
燐火はちょっと分からないな。
いずれにしても、今はやることがいくらでもある。それらを全てこなしてから、だ。
好きな男もいないし。
日本に戻ると、スケジュールを調整して、すぐに北海道に向かう。
現地では、日女さんとカトリイヌさんが、かなり厄介そうな魔と対戦していた。ずっと戦っていたわけではなく、縄張りから出てこようとしているのを交代で押さえ込んでいたようだ。
燐火とエヴァンジェリンさんが到着すると。
二人とも、良かった来てくれたかと喜んでくれた。
「なるほど、強大な力を感じますね」
「恐らく東欧系だというのはこちらでも確認したが、正体がわからん。 押さえ込むので精一杯でな」
「恐らくチェルノボグだ」
エヴァンジェリンさんが即時で特定。
チェルノボグはスラブの悪神とされるが、必ずしもそうとは分からないそうである。とにかく伝承が散逸してしまっているからだ。
ともかく、なんとかしてみるという。
ドルイド系の魔祓いであるエヴァンジェリンさんは、最古の魔術の一つであるルーン使いであり。
それは古い神話には、ある程度効果があることを示す。
流石に文化圏が違う燐火達は抑えることしか出来ない。
それにしても哀れな姿である。
巨大な人影のようだが、既に原型をとどめられていない。カトリイヌさんのソロネがずっと押さえ込んでいるが、それも抑えるだけでやっと。
日女さんが下がる。
代わりに燐火が前に出た。
巨大な剣を振り回してくるチェルノボグだが、太刀筋は雑。ただパワーで振り回しているだけだ。
腕も多数有るが、どれも滅茶苦茶に動かしているだけ。
実体をたたければ瞬殺だが。
それが出来ないから面倒な相手になっている。
とりあえず前に出て、片っ端から腕の武器を取り落とさせる。
巨大な姿のチェルノボグが唸りながら多数の剣を次々出現させ、投擲してくる。だが、それも全部たたき落とす。
ぬるい。
今までやりあってきた魔と比べれば、雑魚も良いところだ。
呻きながらチェルノボグが、腕を伸ばしてくる。モヤモヤになっていて、自分でも存在を自認できていない。
弱体化した魔や悪神は、こういった状態になることが多い。
ぱんと手を手刀でたたき落として、更には懐に入ると、面を入れる。
それで痛打になったチェルノボグが悲鳴を上げるが、これだけモヤモヤだとクリーンヒットも決定打にならないか。
下がるチェルノボグが、更に腕を増やして、一斉に攻撃を仕掛けてくるが。
単調極まりなくて読みやすい。
ただ、とにかく長時間防がなければならないのが厄介だ。
その間にエヴァンジェリンさんがルーンを組む。
日女さんとカトリイヌさんも、連携して光の壁を展開。
さて、やれるか。
ひときわ巨大な剣を出現させると、振り下ろしてくるチェルノボグ。それ自体が呪いの塊だ。
燐火はすうと息を吐くと。
全力でそれを横殴りに鉄パイプで張り倒した。
ぐらんと巨体が揺らぐ。
五mはあるが、その密度がスカスカなのだ。日女さんが対応できていたのも、たんにこちらからも攻撃できないから、である。
ともかく押さえ込む。
エヴァンジェリンさんがどこかに連絡して、何か聞いている。
結構焦っているようだが。
まあいい。
こっちはまだまだ余裕がある。
チェルノボグが、喚きながら腕を大量に伸ばしてきた。飽和攻撃で包み込もうというのだろう。
無駄だ無駄。
素戔嗚尊に切り替えると、草薙の剣を振るって貰う。
それで、まとめてチェルノボグの飽和攻撃が消し飛ぶ。
勿論チェルノボグにダメージも与えられない。正確には、魔祓いは出来ないが。それでも明確に怯む。
前に進むと、立て続けに鉄パイプをたたき込む。
一撃ごとに光がほとばしるのは、あまたの魔を打ち破ってきたからだ。
さて、そろそろ良い頃だろうか。
カトリイヌさんが叫ぶ。
「燐火さん、下がって!」
そのまま飛び退く。
エヴァンジェリンさんが、ルーンを大量に組み合わせて、地面に手を突く。
同時に、カトリイヌさんも、ロシア語らしい聖言を放っていた。
悲鳴を上げながら、チェルノボグが溶け消えていく。
それが、人型になっていく。
「おお……私が……私に戻っていく……」
「あなたはチェルノボグ神で間違いないですか」
「間違いない……」
一応当時の言語にスマホで即座に翻訳して会話している。こちらからの声も、届いているようだ。
これは、魔祓いをしたというよりも。
元に戻したのか。
「あなたはどうしてこの地に」
「そもそも何をしていたのかさえ分からない……この地に災厄をもたらしてしまったのであれば謝罪しよう。 すまなかった」
「いえ。 それで、これからどうなさいます」
「もしも、私を受け入れてくれる場所があるのであれば、そう願いたい。 私のいたスラブの地では、私はもう……」
そうだな。
とりあえず、燐火は即公安に連絡。
やはり、八百万の神々というのは非常に便利だ。
チェルノボグの神社は、恐らく大黒様の神社と一緒で良いだろうという話になった。
詳細がよく分かっていないとはいえ、それでも夜や死を司る神だ。
現在では七福神のイメージで、厨房の神というイメージがある大黒天だが。
本来の大黒天はマハーカーラというシヴァ神の残虐な側面を全て強調したような殺伐とした神であり。
チェルノボグとは相性が良いだろう。
とりあえず、チェルノボグに聴取をしつつ、悪運に汚染された地域を全て浄化していく。
汚染物を不法投棄していた業者が自衛隊に抑えられてギャアギャア騒いでいたようだが、悪運を祓えばどうなるか。
どうもここの市議とグルになっていて、膨大な賄賂を渡していたらしいことが翌日に分かり。
それで市議もろともお縄。
情状酌量の余地もない。
実刑判決確定だろう。
魔祓いは国の治安確保に貢献する。
燐火の住んでいるこの世界では少なくともそうだ。こうして悪党が、魔祓いによって悪運を失う。
そうしてどんどん社会から排除される。
そうすれば社会は健全になる。
ただそれだけの話だ。
燐火はそれを現場からする。それだけの話である。
しばらくぶりに休暇が出来たので、涼子と少し話をする。
忙しいが、ルーチンはしっかりこなしている。これは、燐火の仕事内容が内容だからだ。仕事時間にルーチンを組み込むことが許可されているのである。だから、体は衰えていない。
早速裁判官になった涼子は、いくつかの案件で極めて厳しい判決を下しているようである。
一方で痴漢えん罪などのしょうもない代物に関しては、如何に「被害者」が喚き散らそうと、無罪を通すなど。
既に剛直で知られているようである。
ただ、疲れると涼子は言っていた。
「アホが多すぎる」
「それは涼子ちゃんから見ればそう」
「そういう問題でもないかな……」
司法試験を突破してきた筈なのに、倫理観をドブに捨ててきたような裁判官や弁護士。
凶悪犯を無罪にして、警察の苦労を無にすることだけを楽しみにしている弁護士。
偏った思想にどっぷりつかり。
邪悪なビジネスに手を染めている弁護士。
そういうのがうようよいるらしい。
いずれ高等裁判所、最高裁判所に移動したら。
更に厳しい判決を下すと、涼子は静かに言う。
涼子は既に悪徳弁護士からは恐れられており、賄賂も一切通じないと言われているようである。
更に涼子から聞いた悪徳弁護士については、確実に周囲を洗う。
そうするとだいたい魔が近くに住み着いていたり、悪運が祓われなかったりしているので。
そういうのは全部祓っておく。
結果、涼子が裁判官になってから、現在までに十四人の悪徳弁護士がバッヂを失い。
刑務所に直行したようだ。
「それで私のあだ名が死神だよ。 アホかと」
「そうですね。 そもそも死神は殺しに来る神ではなくて、死んだ人間を迎えに来る神ですからね」
「そうそう。 死神って何かを理解してもいないんだよ司法試験通っておいて。 本当にアホなんだから。 司法試験を通るには最低でも5000時間勉強が必要なのはそれはそうだけれどさ。 それにしても最低限の教養くらい身につけろっての」
これは相当にたまっているな。
レストランで軽く酒を入れながら、愚痴に付き合う。
とにかくどうしようもないアホな弁護士と。
一切合切反省もしない犯人。
これはまともに付き合っていたら、精神を病む。それは良く理解できた。
更に問題なのが例の父親だ。
またハニトラに引っかかりそうになっていたので、もうクレジットカードを停止したらしい。
既に涼子との力関係は完全に逆転。
涼子の方が稼いでいることもある。
もう仕事なんかしなくて良いから家で寝てろと涼子が一喝したら。これ以上はまずいと判断したのか。
早期退職して、今は家でずっとMMORPGをやっているそうだ。
多少の課金くらいは大目に見る。
そう言ってはいるのだが。
それでもMMORPG内で知り合った人物と会いに行ったり、お金のやりとりをするのは絶対禁止。
そう涼子に釘を刺されているらしい。
ちなみに調べた限りでは、MMORPGではとても紳士的に振る舞っているらしく。
色々複雑な気分だそうだ。
それから、いくらか話をする。
燐火としても、流石に魔祓いのことは口には出来ない。
悪運を祓っていることも。
だが、燐火が何かしらの方法で、涼子と連携していることはもう向こうも気づいているようである。
それはそれで、別に構わない。
いくつか話をしてから、夕食を終える。
タクシーを手配して、涼子を送ると。
燐火は久々に走るかと思って、四駅ぶんを走る。
ケルベロスがいなくなって。
寂しいとは感じなかった。
ただ、心にぽっかりと穴が開いたのは事実だ。
ケルベロスがいなかったら、燐火は「事故死」で済まされていただろうし。
金木の一族は、まだあの腐った街の王様として君臨していただろう。
それどころか、星神達が全てをひっくり返して。
今よりも何倍も悪い世界情勢が来ていた可能性が高い。
星神による行動の余波は今でも残っていて。
まだまだあちこちで紛争がくすぶっているし。
何よりも、SNS自体を廃止しようという過激な意見まで出てきている国まであるようだ。そんなことをしても、何の意味もないのに。
四駅くらい走り抜けるのは、別になんの苦労もない。
体力もパワーも中学の頃とは比較にもならない。
そのまま家まで走り、その間風を切る。
バイクなんかに乗らなくても、こうやって風を切って走ることは出来る。それでほてりを冷ますことも出来る。
このまま燐火は、世界を少しでも出来る範囲で変えたい。
今の時代でも、虐待家庭なんてなんぼでもある。
増えているとは言わないが。
決してなくなってはいない。
この国ですらそうだ。
他の国に至っては、他人の子供を平気でさらって、小金稼ぎのために売りさばくような輩もいる。
そういった子供はいかれた金持ちのペット扱いならまだ良い方。
大体の場合は解体されてそのまま内臓などを売り飛ばされて、骨一つ帰ってこない。
そんな実例を山ほど見てきた燐火は。
人間が知的生命体などではない事をよく知っている。
家に着くと、深呼吸して、中に。
もう深夜だ。
一人で自室に入ると、其処で寝る事にする。
公安に入ってから一人暮らしをしても良いかとも思ったのだが。
面倒だ。
それに、仕事の時は白仮面の格好を基本的にしているし。
周囲には式神も展開している。
これは公安の方で手配してくれたもので。
基本的に犯罪者が近づける場所ではない。
風呂に入って、それから眠る。
ぼんやりとしながら、今まで戦ってきた相手のことを思い出す。
今も戦っている。
だけれども、やはり星神一派ほど燐火の人生に大きな影響を与えた存在はいなかった。
ふっと、小さく笑った。
いつの間にか夢の中にいた。
冥府だ。
夢だと分かっていても、周囲にケルベロスがいないか探してしまう。
だが、これはどう見ても日本の……仏教系の冥府。
十王の府だ。
うろうろとしていると、上から声が掛かる。
十王の一人だった。
「君か。 まだここに来るのは早いだろう」
「やはり、ケルベロスはいませんね」
「そうだな。 ケルベロスは本当に素晴らしい活躍をしてくれた。 君という次代の星を育ててもくれた」
「……」
ケルベロスは、何度も危険な方向に行こうとする燐火をしっかりとどめてくれた。それだけでありがたい。
もう一人の親。
それ以下では絶対になかった。
「戻りなさい現世に。 君はもっと現世で世界のために働いて、多くの悪運を祓って貰わないと困るのだから」
「分かりました。 こちらにまた来るのは、何十年もあと、としたいものです」
「そうだね。 その時は、冥府の重鎮の座を用意しておくよ」
目が覚める。
今のは、夢だったはずだが。
それにしては、また冥界に最初に訪れた……金木の馬鹿娘に殺されたときの事を思い出してしまう。
感触が同じというか。
ひょっとして、魂だけまた冥界に行っていたのだろうか。
だとすると、まだまだだな。
ふっとまた笑う。
これではケルベロスに怒られてしまうな。
既に燐火は立場から何から大人だ。
結婚をして家庭と子供を持ってもなんら問題はない。
実際鈴山さんみたいに、全うに結婚した同年代の友達もいる。もう名字は変わってしまったが。
まあ、それについてはまだ考えなくてもいい。
それに、どこかの不幸な子を、養子として引き取る手もある。
今の時代でも、考えなしに子供を作って。
それで育てられずに捨てるようなカス親はなんぼでもいる。
そういった親から、一人でも子供を救えるのなら。燐火にとっては、やすい話である。
さて、今日も仕事だ。
起き出して、メールがすぐに来る。
スケジュールが送られてきていた。
これは自分で設定しているものだ。
今日は三カ所で魔祓いをして。レポートをそれぞれで書かなければならない。
もう少し後続が育ってきたら少しは楽になるが、その場合燐火は国際的な魔祓いの仕事に海外遠征が増えるだろう。
着替えると、燐火は朝ご飯をさっさと食べる。
出会ってから十年分以上年を取ったけれど。
おとうさんはまだまだ現役では配信を続けているし。おかあさんは警察で武術の指導をまだまだやっている。
燐火には守る家族がいて。それは今は弱みにはなっていない。
それが、生きるための大きな指標になっているのは、事実だった。
大変な生活をしている燐火ですが、同時に充実もしています。
もうケルベロスはいません。
ですが、ケルベロスとともに過ごした時間は、確実に力になっているのです。
生きる力にも、先に進む力にも、です。