魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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剣道を学んだことで。

より燐火は、鉄パイプを力強く扱うことが出来ます。

力強く(強調)





3、うなれ鉄パイプ

道場で、既にダイモーンが出たことはわかった。

 

一月ほど道場に通ったが、出る前に退治したのが一回。家に帰ってから退治したのが三回。

 

やはりというか、短期にしておいてよかった。

 

何度もダイモーンが出る。

 

ケルベロスがダイモーンを近場に集めている。

 

ケルベロスと一緒に戦っている強い英雄が、危険なダイモーンは倒してくれている。

 

それでも手が回らない。

 

だから倒せるときに倒しておかなければならないのだ。

 

今日の稽古はもう少しで終わりだ。

 

最後に試合をする。

 

相手は充子だった。

 

道場に通い始めて一月。体験入学の時を除いて二度対戦したが、どちらでも箸にも棒にもかからなかった。

 

今回は、一度くらい一本をいれたい。

 

ただ、充子ははっきりいって強い。

 

なんでもこのくらいの年の子が出る大会で、毎回トップかそれに近い成績をたたき出しているらしく。

 

いずれ国際大会などでも出場が見込まれている超有力馬であるらしい。

 

ケルベロスも、これだけ強いのに全く鍛錬を怠らず、どんどん強さを求めていると言っている。

 

だけれども、燐火も努力については負けていないつもりだ。

 

剣道一本でやっている充子とは違って、こちらには色々な武道をやっている強みがある。それを少しでも生かしたい。

 

はじめ。

 

声がかかる。

 

同時に、激しく打ち込んで、つばぜり合いをする。

 

声を張り上げるのは、気合いを更に高めるため。

 

インパクトの瞬間に声を出すことで、剣筋を更に美しく鋭くする。だが、既に見える。見えるけれど、それでもよけられるかは話が別だ。

 

一本。

 

とられた。小手だ。

 

気を取り直して、もう一度。

 

再び、苛烈に攻め込む。

 

身体能力でも充子は高く、多分燐火がもう追い越した中一の男子よりもあらゆる点で上だと思う。

 

今後当然成長によって差がついてくるだろうけれども。

 

それでもこの瞬間的に出せる速さと鋭さは、なかなか超えられないだろう。

 

ただし、燐火だって。

 

実戦を知っているケルベロスや、おかあさんに色々見てもらっているのだ。

 

がっと竹刀がぶつかり合う。

 

しんとはりつめた道場で、激しく渡り合う。

 

打ち込む。

 

一本だ。

 

はじめて一本をとれた。

 

また離れて、試合再開。

 

だが、瞬時に一本を取られた。まあ、こんなものか。礼をして、それで試合終了。とりあえず、現時点では十分な結果だろう。

 

着替えをして、家に帰る準備をする。

 

ダイモーン対策がある。

 

急がないといけないが、充子が声をかけてきた。

 

「燐火さん」

 

「どうしましたか充子さん」

 

「年上なのだから呼び捨てでいいですよ」

 

「すみません。 敬語以外でしゃべるのは苦手なんです」

 

ちょっと困惑される。

 

充子は剣道をしていないと、随分とかわいくて、同性でもはっとするほどである。

 

咳払いされた。

 

「本気で剣道をやってみませんか。 燐火さんくらいの実力の人が同年代にいると、張り合いがあります」

 

「残念ですけれど、色々と忙しいんです」

 

「そうですか。 でも、考えてみてください。 全国レベルにいかないと、戦える同年代の相手がいなくて。 はじめて一ヶ月の人に一本をとられたのは初めてです。 燐火さんだったら、全国でも行けると思います」

 

「全国とやらのレベルは知らんが、この娘は真剣を持たせれば生半可な大人より強い。 それを考えると、かなり褒められているとみて良いだろう」

 

ケルベロスがフォローしてくれる。

 

だが、ダイモーンが先だ。

 

やはりダイモーンによる悪運の拡散が何を引き起こすか見ていると、どうしても。自分のことは後回しだ。

 

それに燐火自身もまだまだ色々足りていない。

 

未だに笑顔の一つも作れない。

 

この敬語だって、崩したいのに。

 

普通にしゃべれるのは、まだケルベロスだけだ。それも実際に口に出さない思念での会話だけ。

 

「誘ってくれてありがとうございます。 いずれ……機会があれば、また剣道に戻ってくるかもしれません」

 

「本当ですか?」

 

「とりあえず、三ヶ月は道場に通います」

 

あと二ヶ月はある。

 

ただ、はっとしたように嬉しそうな充子の顔は、燐火としてもちょっと心苦しかったが。

 

基本的に他人に期待されるなんてことはここ最近で初めて経験した。

 

それもあって、ちょっと複雑な気分だ。

 

カトリイヌさんは今日はいない。

 

一緒の日は時々あるのだが、ケルベロスとドミニオンがいつもけんかするし。

 

カトリイヌさんは道場が終わるとハンカチ噛んで悔しそうにしているし。色々複雑な気分である。

 

ポンかもしれないが。

 

あんまり極悪人の類いには見えないのだ。

 

ケルベロスは油断するな一神教徒は独善的で極悪非道だといつも口を酸っぱくしていうのだけれども。

 

あのポンぶりや。

 

使用人達が困り果てている様子を見ると。

 

とても才媛だとか令嬢だとか。

 

極悪人だとかには見えなかった。

 

ともかく、道場を出ると、さっさと物陰で着替えて変身。着替えるだけだが、変身だとおもうことで確かにダイモーンへ文字で与える魔祓いの効果が上がる。

 

ケルベロスもなんでそれで効果が高まるのかはよくわからないと困惑してはいたのだけれども。

 

おそらく棒に使うものをどうするか、と同じ問題なのだと思う。

 

精神的な問題だ。

 

ダイモーンは信仰から生じたもので、霊だという。

 

だとすれば、どう考えるかで対策が変わってくるのはあるのだと思う。

 

それぞれの文化圏の神様が加担することで魔祓いができるというのであれば、それはなおさらなのだろう。

 

或いは名乗りを上げたりとか。

 

自分で格好良いと思う呪文とかを唱えたりすると更に効果が上がるかもしれないが。それはちょっとまずい。

 

ただでさえ赤マントとか白仮面とか話題になっているのだ。

 

これ以上露出が増えるとよくないだろう。

 

ともかく走る。

 

さっと駆け抜ける。

 

手にしている鉄パイプは、さび止めを塗って。塗装もして。それでカラフルになった。結果、ある程度はアニメのキャラが持っているようなものに近づいた。それでも、所詮はある程度、だが。

 

ケルベロスのナビに従って走る。

 

「今回のは少し手強いようだな」

 

「久しぶりに手強いのと会うかな」

 

「そうだな」

 

ケルベロスが言う手強いは、決して侮れない相手であることが多い。実際、何度も文字を書いてやっと撃退できる奴の時に、この言葉が出てくることが多いからだ。燐火も油断せず走る。

 

ひょいとガードレールを跳び越えて、森の中に。

 

腐葉土を蹴散らして走るが、動物の糞は的確に避ける。

 

倒木を蹴って跳躍。

 

ふわりと浮き上がった体を、地面にたたきつけるのではなく。可能な限り上手に衝撃を殺す。

 

そのまま走る。

 

体が重くなるほど、これは難しくなるらしい。

 

動物も、100グラムくらいまでは、どんな高さから落ちても基本的に死ぬことはないそうだ。

 

燐火ももう少し背が伸びて体が重くなったら、話は変わってくるのかもしれない。

 

そう考えると。

 

今のうちに、体の制御はできるようにしておかなければならなかった。

 

もっと、である。

 

今でもまだまだ全然足りない。

 

森を走り抜けて、またガードレールが見えてきた。

 

ケルベロスの案内が的確なのもあるが、いくつかの森の中はショートカットに使っているのだ。

 

見える。

 

誰か二人が口論していた。

 

胸ぐらをつかんで、今にも殴り合いが始まりそうだ。

 

道ばたでいい年をした大人二人が、である。見苦しいことこの上ない。

 

顔をゆがめて怒鳴り合っているのは、どちらも年配の女性に見える。

 

話している内容が断片的に聞こえてくるが。

 

ほとんど怒鳴り声になっていて、解析できるギリギリの範囲になっている。ただ、どう聞いても、まっとうな単語ではないようだが。

 

「なんだあれは。 何が理由で罵り合っている」

 

「ダイモーンは?」

 

「ああ、今回は地面に張り付いている」

 

「……本当だ」

 

道路が真っ黒な池みたいになっていて、あの二人を包み込むようになっている。本当に何でもありだな。

 

ダイモーンは余程強力なカコダイモーンにでもならない限り、人間に直に危害を加えることはできない。

 

これはケルベロスから聞いた話だ。

 

ただ、悪運を送られているとは思えない。

 

あの二人は、ちょっと今までのとは雰囲気が違う。

 

「あれはどういうことだ……?」

 

「ケルベロスにもわからないの?」

 

「ん、ああ、そうだな。 とにかくダイモーンを魔祓いしてくれ。 全てはそれからだ。 それと、録画をしておいたほうが良いだろう。 燐火の母に頼むことになるかもしれない」

 

「わかった」

 

スマホをセットして、録画する。

 

それと同時に、鉄パイプで虚空に文字を書く。

 

やはり、今までより力強く書ける。

 

というよりもだ。

 

剣道をしたことで、棒を使う方法がわかった気がする。

 

今までは武道で鍛えてきた体で、如何にして振り回すか、だったが。

 

剣道での経験で、どう棒を効率よく扱うかの技術が、肌に染みつき始めている。

 

竹刀よりも鉄パイプはだいぶ重いが、それはそれであまり関係がない。とにかく、すっと文字を書き。

 

それは今までよりずっと力強かった。

 

ばちんと、ダイモーンがはぜる。

 

凄まじい悲鳴がほとばしるが、あの口論しているおばさん二人には聞こえていないようである。

 

それどころか、更にヒートアップしているようだ。

 

もう一度。

 

ケルベロスに言われるまでもない。

 

二度目の印を切ると、まるで泥沼が吹き出すようにして、ダイモーンが二人を包んで、せり上がってきた。

 

勿論物理的に包んでいる訳ではない。

 

地面からせり上がってきたダイモーンは無数の触手を揺らめかせ、たくさんの目がある。目だけは人間のもので、ぞっとするほど動きも人間らしい。

 

立て続けに文字を書く。

 

三度目ので、触手がはぜる。

 

激しい破壊を受けて、ダイモーンが更に苛烈な絶叫を上げる。思わず顔をかばってしまうほどに。

 

大丈夫、続けろ。

 

ケルベロスに頷くまでもなく、四度目。

 

今までになく、力強く文字を書けた。

 

それと同時に、ダイモーンがはぜ割れて、消滅していく。かなりしぶとかったが、これで倒れたはずだ。

 

消えていくダイモーン。

 

だが、あのおばさん二人は、凄まじいダイモーンの悲鳴も。

 

その死に様も。

 

関係なく、まるで何もなかったかのように、罵り合いを続けている。

 

やがて、流石に誰かが通報したのだろうか。

 

警察が来ていた。

 

警察が二人を引き剥がす。だが、取り押さえにかかった警官に片方のおばさんが頭突きを入れた。それで、即座に公務執行妨害になる。

 

それだけじゃない。

 

もう一人のおばさんも、抑えようとした警官にかみついた。

 

これはもう、大変だなと、見ていて同情してしまう。

 

おかあさんが毎回苦労しているわけだ。

 

とりあえず、さっと姿を消す。

 

ただでさえ噂が流れているのだ。白仮面でも赤マントでもどうでもいいが、燐火が見つかるとまずい。

 

森の中で着替える。

 

さっとそれを終えて、それでケルベロスがそうか、と言う。

 

ダイモーンを回収したことで、何がおきていたか理解したようだった。

 

「一体なんだったの?」

 

「あれはたちが悪いマルチ商法をやっている人間だ」

 

「ああ、確かネズミ講とかいう」

 

「そうだな」

 

いりもしないものを売りつけて配当が手に入る極めて悪辣なシステム。これで国が傾いた事例すらあるらしい。

 

日本でもいくつかの要注意詐欺団体として監視されているものがあり。

 

それでありながら、のうのうと存在しているという話だから、救いようがない。

 

ケルベロスは言う。

 

「ダイモーンはあの二人にそれぞれ悪運を授けて、「商売」がうまくいくようにさせていた」「そこまでは普通と同じだね」

 

「ああ。 だが途中で敢えて両方の悪運を切った。 それぞれは互いが足を引っ張ったと思い込んで、それでけんかになった。 ダイモーンは、敢えてそれを傍観した。 実際につかみ合いのけんかになってから、其処で悪運をやって、生き残った方を更に悪運で搾取するつもりだったのだ」

 

東洋の呪法に蠱毒というのがあるらしいのだけれど。

 

まるでそれのようだと、ケルベロスが呻く。

 

ちょっと燐火はわからないけれど。

 

ダイモーンは、これは人間の悪いやり方を、急速に学習している、ということではないのだろうか。

 

燐火がそうつぶやくと、ケルベロスは察しが良いなと褒めてくれる。

 

「ともかく戻るぞ。 人間に悪運を授け、破滅したところを回収するというのはダイモーンのやり口だが。 それにしても今のは色々と不審がある。 ひょっとして……」

 

「どうかしたの?」

 

「人間のやり方を学習しているのかもしれない」

 

ダイモーンは基本的に、今迷子になっているケルベロスが探している存在が無意識で撒いているもので。

 

それ自体は別に必ずしもカコダイモーンとなるわけではないらしい。

 

中にはよい方向に……アガトダイモーンという、福を授ける存在になる場合もあるらしいのだが。

 

今、世界はどちらかというと強い悪意に満ちている。

 

そうなるダイモーンは少数なのだそうだ。

 

自宅に戻る。

 

少し遅くなったけれど、おとうさんはずっと防音室だ。基本的に余程のことがない限り、燐火はそれを邪魔はしない。

 

いざというときはブザーをならせと言われているけれど。

 

そのブザーにしても、おとうさんのところではバイブで稼働するらしくて。基本的に配信を邪魔しないように徹底されている。

 

家に戻ると、先に風呂に入っておく。

 

剣道道場だと、どうしても汗を掻く。まあ今走った分もある。それもきちんと流しておく。

 

昔は不衛生だとか、考える精神的な余裕さえなかったけれど。

 

今は、病気になるリスクを考えて。

 

できるだけ体は清潔に保つようにはしていた。

 

まあ、それもできるだけ、だが。

 

風呂から上がって、それで勉強をする。

 

今の時点で苦手な分野は復習しておく。淡々と勉強をしていると、メールだ。おかあさんからである。

 

今日は遅くなるそうだ。

 

ケルベロスが言う。

 

「マルチ商法の会員があれだけの騒ぎを起こせば、当然本部の団体にも捜査が入る。 それに悪運がもしもそっちにも作用していたとなれば」

 

「おかあさんには負担ばっかり掛けるね」

 

「だが、その分悪党がいなくなる。 警察の負担は増えるが、それだけ安全に暮らせる人間も増える」

 

「ねぎらってあげるにしても難しいね」

 

人間、疲れ果てると。

 

どんな言葉でも煩わしくなる。

 

それが事実だ。

 

おかあさんは燐火のことを大事に思ってくれているようだけれども。それでも本当に疲れて戻ってきたときは、寝室直行。

 

そのままずっと寝ている。

 

そういうものだ。

 

あれだけ体力があっても、そう。

 

人間はストレスには勝てない。だから、ストレスに勝てないのを理解した上で、活動するしかない。

 

燐火のおとうさんはその辺をわかっていて、たまに荒れているおかあさんを、無言で寝室につれていって寝かせる。

 

こういうのが世間で「すれ違い」とかを作って、それが離婚の原因になるらしいのだけれども。

 

そもそもストレスを制御できなくなるくらい働くのがおかしいのであって。

 

現状の日本の労働環境に問題があるとしか思えない。

 

ただこれは日本だけの問題ではないらしいから。

 

世界が全て色々な意味でおかしくなっているのかもしれないが。

 

今、燐火にできるのは。

 

ひどい仕事から戻ってくる両親に負担を掛けないことだけだ。

 

そう考えていると、ケルベロスが嘆息する。

 

「少しは子供らしく考えても良いんだぞ」

 

「今の家、とても居心地が良いからこれでいい。 またあの孤児院みたいなところに行くなんて、絶対にいや」

 

「今の燐火だったら乗り切れるのではないか」

 

「乗り切れるとしてもいや」

 

これは本音だ。

 

いずれにしても、勉強は淡々とする。

 

おとうさんが配信を終えて出てきた。こっちも耐久配信後で疲れ切っている。燐火は勉強を中断して、出来合を温める。

 

ぐったりしているおとうさんに、ご飯と出来合を温めて、出す。

 

まだ料理はあまり許してはもらえないけれど。

 

これくらいだったら、やっていいと認めてもらっている。

 

おとうさんと黙々と晩ご飯にする。

 

おとうさんも疲れ切っているので、今は話しかけない方が良いだろう。

 

「おかあさんが遅くなるのは知っているね」

 

「はい」

 

「チェーンは掛けないで、でも鍵は掛けるんだよ」

 

「大丈夫です」

 

おとうさんもこれは限界だ。

 

食事を終えて、風呂にいくおとうさん。

 

そのまま黙々と勉強に戻るが、疲労が限界でお風呂で溺死、なんてことは時々あるらしい。

 

おとうさんは配信はしているが、おかあさんほど体力があるわけでもないので、気をつけていないといけない。

 

やがて、ケルベロスがおいと声を掛けてきた。

 

スマホを見ると、ニュースが出ている。

 

なんだかいうマルチ商法の本社が摘発されたという。老人を狙った極めて悪辣なマルチ商法をしており、2000億円近くを詐欺にて奪った可能性が高いそうだ。

 

今、警官隊が多数本社に入っていて、それで次々と社員らしいのを逮捕して連れ出している。

 

代表取締役社長は、いかにもな反社で。

 

それが喚きながら、引きずられていく。

 

いい年をした老人が見苦しいが。

 

そんな奴が、たくさんの人を不幸にして、自分だけ肥え太っていたわけだ。

 

「これはあのダイモーンから間接的に悪運を受けていたな」

 

「ひどい被害だね。 少しはなんとかなるのかな」

 

「……」

 

ケルベロスも、この国の法律を全て理解できているわけではないらしい。それについては、なんともいえないらしかった。

 

十年くらい前に、十四歳の子供が主犯となって、実に六人を「いじめ」と称して殺した事件があり。それで議論の末に少年法が撤廃された。

 

それまで若年者犯罪を助長するだけだったと悪名高かった少年法がなくなったことは、多くの人に喜ばれたらしいが。

 

まだ法律は完全じゃない。

 

こういった犯罪はまかり通り。

 

被害者はたくさんいる。

 

人間は悪事をもくろむとき一番頭が働くというのは有名な話で、燐火ですら知っている。学校の勉強なんてさっぱりでも、詐欺にばっかり知恵が回る奴はたくさんいるそうだ。

 

「その迷子を捜すのって、まだどうにもならないの?」

 

「俺と一緒にこの国に来た英雄が探してはいるが。 なかなか難しい。 大々的に動くわけにもいかんのだ」

 

「どうして?」

 

「最大の問題として、俺たちギリシャ神話の神格は、力が衰えていてな」

 

ギリシャ神話の神々は、そもそもいた場所を異教に蹂躙されて、今ではすっかり「物語」になってしまった。

 

信仰なんて誰もしない神々。

 

その中で、名前が知られているわずかな神や英雄くらいしか、まともに動くことができないのだという。

 

「俺はその一角というわけだ。 もう少し神々に力が残っていれば、ヘルメスにでもこの役割が託されたのかもしれないがな」

 

「ヘルメス?」

 

「ギリシャ神話のトリックスターとして知られる旅の神だ」

 

トリックスターというのは、気分次第で動くような人物のことだそうだ。

 

日本の創作だと怪盗三世のヒロイン役とか、妖怪退治の専門家のそばにいるねずみな男とかが該当するらしい。

 

もっとも神話で有名なのは、北欧という地域の神話のロキという神様だとか。

 

ちょっと調べてみるが、本当に気分次第で好き勝手をする人たちなんだなと思って、燐火は呆れた。

 

ただそういう人だから。

 

グレーゾーンな解決でも、躊躇なく選べるのかもしれないのだが。

 

「力が衰えたり存在が曲解されているから舐められる。 たかがドミニオン程度に侮られるのもそれが理由でな」

 

「燐火はケルベロスに感謝しているよ」

 

「そうか、それは助かる」

 

「少しは力になると良いんだけれどね」

 

さて、ともかくだ。

 

この問題も解決した。

 

とりあえず、今日わかったことは。

 

剣道での鍛錬は無駄ではないということだ。三ヶ月と時間を制限したが。そのまま、できる限りのことは習得しておきたかった。

 

 

 

素振りをする。

 

おかあさんが竹刀をくれたので、それを使う。

 

おかあさんは若い頃から剣道をやっていたらしく、燐火の手に合うものもあった。剣道道場に通えるかはわからないから、それでまずは基礎を習う。

 

体を使う格闘技については、生身でやれるけれど。

 

こういうのは道具がいる。

 

鉄パイプは庭で振り回していたらそれで問題になりそうだから。

 

剣道をやっていると言って、竹刀を振り回していた方がまだ人を心配させずに済むだろう。

 

それで十分である。

 

黙々と訓練をして、アラームで気づいてやめる。

 

剣道をすると手にたこができるらしいけれど。燐火はコツをつかむのが早かったらしくて、それもなかった。

 

ただ、ケルベロスがとても具体的かつ丁寧に改善点を教えてくれる。

 

「努力しろ」なんて無意味な言葉ではなくて、具体的にどうして、どうやって工夫すればいいか教えてくれる。

 

これもあって、伸びは早い。

 

ケルベロスもあまたの戦士を見てきたのだ。

 

日本の剣術についても、短時間で把握したのかもしれなかった。

 

朝の自主練が終わる。

 

ドリルとかにとられていた時間を、こうやって別に振り分ける。勿論今までやっていた武道についても鍛錬はしている。

 

気持ちよく汗をかいたので、食事にする。

 

おとうさんはもうこの時間には配信をしていることも多い。

 

色々厳しい人生だ。

 

ただ、その結果、今のあまりよくない時代で。それなりに稼いで、家だってローンも組まずに買えている。

 

おとうさんとしても、配信はしていてとても楽しいらしいし。

 

そういう意味では、趣味と実益は兼ねている。

 

それでものすごく消耗するのは、仕方がないことなのかもしれない。

 

今日はたまたま、食事をおかあさんと一緒にする。

 

料理はおかあさんもあまりしている余力がない。

 

燐火が出来合を温めて並べて。

 

それでチンしたご飯と一緒に食べるだけ。

 

ご飯を炊くのはもう燐火もできるようになった。ご飯は基本的にいつ食べられるかわからないので。

 

炊飯器からすぐにタッパーに移して、必要なときに温めて食べるのだ。

 

「燐火も家事がほとんどできるようになったね。 そろそろ包丁の使い方も教えようかな」

 

「お願いします。 出来合以外にも食べられるようになっておかないと」

 

「うん。 でも教えるのはおとうさんの方がいいかな」

 

「教えてくれるのならそれだけで嬉しいです」

 

そう、とおかあさんは少しだけ寂しそうだ。

 

まだ敬語は抜けない。

 

こればっかりは、仕方がないかもしれない。

 

おそらくだけれど、燐火はあのとき。

 

よってたかって崖から突き落とされたとき。落ちていく様子を、ショート動画でも見てゲラゲラ笑っていたあの金木の馬鹿娘とその取り巻きの顔を見たとき。

 

やはり、他人に壁を作ったのだと思う。

 

よく相手の事情も考えずに壁を作るなとかいう奴がいるが。

 

知るか。

 

燐火は少しずつ自我が育ってきているから。

 

自分を虐げた連中に対する怒りは確実に育ってきている。

 

金木の一家がもしも現れるようだったら、躊躇なく制圧すると思う。今だったら、それができる。

 

ケルベロスが止めてくれなければ、殺すだろう。

 

今なら殺しもできる。

 

理性的には、両親に迷惑がかかるからやらない。でも、体の方は、おそらく反射的に動くだろう。

 

そしてあのカスどもは。

 

反省なんてするわけがないのだから。

 

食事を終えて、先におかあさんが出る。

 

燐火も準備を整える。ケルベロスはほとんど忘れ物を指摘しない。とりあえず準備は終わり。

 

後は持って行くだけだ。

 

学校に行く途中、珍しく涼子と合流する。

 

二つ隣の家が例のマルチ商法をやっていたらしく、昨晩家のおじさんが警察に連れて行かれたらしい。

 

かなり悪質な販売をしていたらしく。

 

涼子の家にも何度も来ていたそうだ。

 

そのたびに追い返すのに苦労していたらしかった。

 

「大変でしたね。 この町は良い場所だと思っていたんですが」

 

「どんな街にもゴミはいるよ。 学校はとても過ごしやすいけど、それも先生達が立派なだけだしね」

 

「そうなんですね」

 

「うん。 他の学校の話を聞くと、うんざりする。 今はどの学校でも、先生をこき使って使い潰すような働き方をさせてる。 だからいじめをするような奴が好き勝手に暴れて回る。 うちの学校は先生の負担になるようなことを極力減らして、それで生徒のいじめが起きないようにも目を配ってくれてる。 いい校長先生がいるんだよ」

 

そういう場所も、あるのか。

 

まあ、今実際に通っている学校がそうなのだ。

 

それについては。

 

幸運に感謝するべきだ。

 

それに、ケルベロスがある程度運勢を操作してくれているらしい。きっと、それも関与しているのだろうと、燐火は思った。







早速剣道の成果が出ました。



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