魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
ついにケルベロスと連携して動いているヘラクレス登場です。
本作でのヘラクレスは、比較的理知的な戦士です。
世界で最も有名な英雄の一人ですが、今ではその側面ばかりが有名になった……という理由もありますね。
序、ヘラクレス
そのダイモーンは、明らかに大きかった。今までの奴とは威圧感からして違う。多分、たくさんの人を破滅させて、悪運をばらまいたんだ。それが燐火にもわかった。すぐに字を書く。
剣道をやって鍛えたことで、より力強く鉄パイプを振るえる。
それが、書く文字の威力向上に役立つ。
だが、それでも今まで以上に手応えがない。
うごめいている巨大な黒い塊は、ヘドロのように辺りの人を飲み込んでいる。ただ物質干渉力はないからそれらの人は平気で行き交っているが。ただ、いずれもが、悪運を与えられて。
悪い成功体験から、絶対に身を持ち崩す。
だから、急いで倒さなければならない。
三度目の文字を書くと、やっとはぜた。
それでも致命打にはならない。
何度でも虚空に文字を書いてやる。
五度目で、こちらを見る。
顔、だろうか。
そこには三つの目があって、三角形に配置されていた。それが、じっとこちらを見る。無数の触手がうごめいていた。
更にもう一度。
ばつんとはぜるが、質量が大きすぎる。
あのカコダイモーンは、以前出てきた用語で言うと、悪辣化している。下手をすると、人間を直接殺せるほどにまで。
それがわかっているから、何度でも字を書く。
ケルベロスも、まずいなとつぶやく。
本当にそれだけ強大なカコダイモーンということだ。
呻きながら、カコダイモーンがこちらに来る。
立て続けに二度文字を書くが、まだ力が足りないことがよくわかる。目が潰れても、即座に再生する。
質量が大きすぎる。
あれがいずれも、人を破滅させて得た力だと思うと。
色々と救いがたい。
倒さなければならないだろう。
「あの筋肉だるまはどこで何をしている。 これは今の燐火に対応できる相手ではないぞ」
「それでもどうにかしてみる」
「無理をするな」
「やれるだけやる」
文字を書く。カコダイモーンが無数の触手をうごめかせ、こちらに迫ってくる。怖いとは感じない。
ただ、数歩飛びずさると、更に文字を書く。
カコダイモーンはダメージを受けていない。その証拠に悲鳴すら上げない。
本当に危険な段階まで成長したカコダイモーンなんだ。それがわかる。わかるが、倒さなければならない。
すうと息を吸い込むと、また文字を書く。
だが、効いていないというのがわかると、どうしても色々と厳しいと感じてしまう。
こういう精神的な後れをとると、やはりカコダイモーンへのダメージが減る。ケルベロスが、下がれと叫ぶ。
まずい。
全力で飛び下がる。
だが、カコダイモーンが動こうとして。
それが失敗した。
空から舞い降りたすごくでっかい人が、拳一発でカコダイモーンを粉砕したからである。凄まじい悲鳴。
あまりにも破壊力が違いすぎる。
その人は筋骨隆々としていて、何かの動物の毛皮みたいなのを羽織っていた。
見るだけでわかる。
今まで見てきた人なんて、この人の前には小バエも同然。
それくらい力の差がある。
完全に一発で勝負を付け、更に残っていたカコダイモーンの残滓を素手でつかんで握りつぶしてしまう。
やはり、周囲からは。
その人は見えていないようだった。
「遅かったではないかヘラクレス」
「む、ケルベロスか。 すまなかったな。 もっと強い奴の対応をしていた」
「……」
「見えているようだな、ケルベロスが力を借りている者よ」
とりあえず、場所を移すか。
その前に、カコダイモーンがばらまいた悪運の残滓を字を書いて祓っておく。それだけで、数回やらなければならなかった。
それから移動する。
本当にこれは人なのかと思うくらい大きい。
多分背丈は五メートルくらいはあるのではないだろうか。
ささっと着替えて、そして見上げる。
ヘラクレスと呼ばれていた。
燐火でも知っている。ギリシャ神話における、最高の英雄だ。日本でも知名度が高くて、ヘラクレスが出てくるゲームはたくさん存在しているらしい。
ケルベロスは信仰が薄れ、物語になってしまったと嘆いていた。
だけれども、ヘラクレスくらい知られていると。
その物語は勇気を与え。
人々から信仰を集めるのだそうだ。
なるほどね、と思う。
いずれにしても、燐火は軽く話をする。
助けてくれたことについて礼を言うと、ヘラクレスはちょっと困ったように頭を掻くのだった。
「いや、謝らなければならないのは私の方だ。 君はよくあれだけ悪辣化したカコダイモーン相手に踏みとどまってくれたな。 ケルベロスができる子だと言っていたが、大変に勇敢だ」
「ありがとうございます」
「改めて名乗ろう。 私はヘラクレス。 ギリシャの戦士だ」
「平坂燐火です」
互いに名乗る。
ヘラクレスはあぐらを掻いて座ったけれど、それでも立ったままの燐火よりもずっと大きかった。
熊なんて素手で簡単に引き裂いてしまうだろう。
そして気づく。
かぶっている皮は、ライオンのものだ。
「ライオンの皮ですか」
「ああ、これは私が過去に倒したネメアのライオンという魔物の皮でな。 私にとっては無敵の鎧でもある」
「こんなに大きなライオンですか」
「ああ。 武器では傷つかない強靱な体を持っていてな。 仕方がないから絞め殺した」
それはすごい。
ヘラクレスというと圧倒的な強さの逸話がたくさん残っている英雄らしいが。それにしてもすごい話だ。
とにかく、いくつか話をする。
時々とても強いダイモーンが出ること。
燐火も剣道を始めて二ヶ月で、かなり力強く鉄パイプを振るえるようになってきたけれども。
それでもまだまださっきみたいなことがあると対応できないこと。
戦闘はさせないとケルベロスは言っているけれど。
限界はあるのではないかとも思うこと。
そういう話をすると、ヘラクレスはふっと笑った。
とても大きいが、それでも邪悪な人ではなさそうだ。でも、ケルベロスの話によると、あまり理性的ではないそうだが。
「責任感があるのは良いことだ。 今の時代は、どこの国でもだまされる方が悪いというような悪しき理屈が幅を利かせている。 悪党が褒め称えられる世界など、ろくなものではない」
「ヘラクレスさんは、正義感が強いんですね」
「まあ、そうだな。 私も散々くだらない人間の諍いには巻き込まれ、様々な陰謀を見てきた。 だから、どれだけ人間が昔から変わっていないかはよく知っているつもりだ。 だが、それでも自分だけはまともであろうとは思う。 悪しき体質もあるしな」
「体質?」
ヘラクレスは、狂気にずっとむしばまれた人生を送っているという。
ギリシャの最高神ゼウスが浮気したことで生まれたヘラクレスは、ゼウスの正妻であるヘラから散々にいじめられて育った。
時々ヘラから狂気を送られて、無意味な殺戮をしたことが多々ある。
それだけではない。
今でこそ穏やかな英雄として知られるが。
その業績の中では、獣同然に振る舞うものも多い。
それは、古くの人間が、残虐で荒々しい行動を好んでいたからだと、ヘラクレスは言う。そして本質としては、今の人間もそれは同じであるのだと。
「私はその体質にずっと苦しめられ続けてきた。 今も義母であるヘラは私をずっと見張っている。 そしてことあるごとに嫌がらせをする。 ただ……人気が薄れた今となっては、その影響は限定的になったがな」
「……」
「信仰が薄れたことで、私はむしろ英雄としてあることができた。 おかしな話ではある」
それは、そうかもしれない。
いずれにしても有名税だとかいう奴の逆パターンか。
それに、ギリシャの神々がまた信仰されるようになれば。
ヘラクレスはまた、凶暴な獣のような存在になってしまうのかもしれなかった。
「とりあえず燐火よ。 君が有望な魔祓いだと言うことは見て理解できた。 今回は本当に危ない目に遭わせてしまったな。 すまなかった」
「いえ、もったいないお言葉です」
「それでは私は行く。 まだ数体、悪辣化したカコダイモーンが野放しになっている。 ケルベロスよ、こちらは任せるぞ」
「ああ。 今後もカコダイモーンを引き寄せて、退治はしやすくする」
ケルベロスは嫌そうだな。
ケルベロスの話は聞いた。
ケルベロスが言っていたとおり、十二の難行だとかの一つで。冥界の番犬をしていたところをいきなりヘラクレスに連れ出され、地上の光を浴びせられて泡を吹いたという逸話が残っている。
しかもかなり無理矢理連れ出されたらしい。
人情家の甘党であるケルベロスを知っていると、色々と言いたいことが多いが。
今更神話をかえることもできないか。
とりあえず、家に帰る。
腕が重くなってきた。
これでも自主練で散々竹刀は振るっているのだけれども。
「力不足を痛感したか」
「うん。 まだ全然弱いね燐火は」
「その認識を持つのは良いことだ。 自分をスペシャリストなどと思い込むと、人間は堕落する。 まだまだ全然くらいに思っていないと、進歩はない」
「じゃあ、もっと強く魔祓いをできるイメージを持たないと」
帰ったら、日女さんに相談してみるか。
そう思って、帰宅。
とりあえず、宿題などをチェック。急がないといけないものから、順番に片付けていく。
一通り片付けてから、もう一度チェック。
今日のカコダイモーンはかなり強烈だった。
少なくとも燐火に祓える相手ではなかった。
ケルベロスの話によると、燐火は筋は良いが魔祓いとしてはまだまだ全然だし。才能もそこまである方ではないらしい。
だからとにかく経験を積むことだと言われた。
それについてはわかったけれど。
カコダイモーンがばらまく悪運を考えると、経験不足だから戦えないとはとても言っていられなかった。
風呂に入って、疲れを流す。
それで夕ご飯を食べようと、冷蔵庫から出来合を出す。
これについても、そろそろ自分で買うことを覚えなければならないか。ただ、それは中学まではやらなくていいと言われている。
お金を扱うのは大変なことで。
責任を伴う、というのがおとうさんとおかあさんの共通した意見だ。燐火もそれについてはわかる。
実際持ってはいけない人間がお金を持つと。
金木の屑一家みたいになる。
子供でもそれは同じだろう。
燐火も、あのような連中の同類になるつもりはないし、なってはいけないと今でも考えていた。
風呂を上がって、それで。
日女さんに連絡を入れる。
日女さんからは、剣道の方はどうだと聞かれたので、順調だと答えておく。日女さんがいうには、実はまっとうな道場であれば、精神修養には良いかもしれないと言う。
「道場と言っても当たり外れがあるからな。 体育会系の精神論で回しているような場所は論外だ」
「精神論と精神修養は別物なんですね」
「別物だ。 精神論は根性とかで何でも解決できると思っているようなものだな。 精神修養はそれとは違って、自己制御を如何にするかの話だ。 それを武道を通して学ぶことができる場合がある」
「なるほど」
そういえば、だが。
充子は燐火より年下だけれど、ものすごく落ち着いていて。とても小学生だとは思えない。
それくらい所作から言動までしっかりしている。
あれはしつけ云々の話ではなく、精神修養の問題だろう。
だとすると、あの道場は当たりか。
それとも、道場主が原因だろうか。
一応、日女さんに道場の話をしてみる。そうすると、知っているようだった。
「あそこは先代が有名なろくでなしでな。 一度つぶれかけた道場だったんだ。 厄介なことにそれでも剣道だけは強かった。 それを笠に着てやりたい放題をするような奴でな。 近所の愚連隊まで率いて、ショバ代まで取り立てていたらしい」
「そんなのがいるんですね」
「時々いる。 それも警察とかにコネがあるとかで、手が出せなかった。 それを黙らせたのが、現在の道場主だ。 師範代の一人だったんだが、長年横暴を黙っていて、やがて勝負を挑んで、完膚なきまでにたたきのめした」
「ほう。 なかなかにすごい話ではないか」
ケルベロスが喜んでいる。
確かに現在の英雄談といえるかもしれない。
「道場では絶対に逆らえない空気があったが、それが一気になくなった。 後は今の道場主が不正をあらかた暴いてな。 警察の方も、色々ばれるとまずいと思ったのか、即座に逮捕して、それで今は牢屋だ。 年齢からしても、もう出てくることはないだろう。 出てきても精神病院の隔離病棟行きだな」
「それで、今のしっかりした道場になったんですね」
「そうだ。 今までの俗悪な空気を一変させて、武道の精神を取り戻した。 それに、確か全国でも数少ない八段の段位持ちだと聞く。 精神修養を学ぶには良いかもしれないぞ」
なるほど。
ただ、あまり長時間拘束されるのは困る。
それについては、日女さんもわかっているようだった。
「悩みについてはわかる。 俺も修行と魔祓いを両立させるのは苦労してる。 俺もまだまだ修行中の身だ。 しかも仕事もあるから遠出はできない。 どちらにしても面倒な話だな」
「精神修養をするには、教わる以外に何か手はありますか」
「現代的な思考方法は、どんどん俗物的になっていやがる。 エゴをむき出しにしてやりたい方題するのが人間らしい、とかな。 そういった思考からは離れるのが大事だろう」
なるほど。
ケルベロスも、一理あると言う。
燐火は今の時点では、友人を増やすつもりはない。涼子だけいれば、後は野菜と同じである。
話しかけてくれば対応するが。
積極的に仲間に入れてもらおうとは思わない。
前にいじめをしようとしていた男子を制圧したとき。
助けてくれてありがとうと礼を言われたことはあるが。今ではそれらの子と仲良くなっているわけではない。
それらの子も、やはり燐火を怖いと思っているようだ。
先生達は燐火を問題を起こす生徒として認識しているようではあるのだが。
それはそれとして、別に叱責するようなこともない。
勉強もしっかりやっているし。
授業中に奇声を上げて走り回ったりするようなこともないからだろう。
「アドバイスありがとうございました。 精神修養については、道場主さんにも聞いてみるとします」
「それでいいと思う。 色々な人間からアドバイスを受けるのが一番だ。 俺の言葉が正解と言う訳でもない。 武道をやっても精神修養とは無縁な奴も多いしな。 それで強かったりするから、必ずしも精神修養が正解なのかというのも怪しいだろう」
それは、わからないでもない。
実際柔道とかでメダルを取ったような人が、後で色々と問題が発覚するような話は珍しくもないとか。
野球なんかは特に近年スキャンダルが目立っていて、心身を鍛えたはずの選手がごろつき同然なんて例も多いようだし。
サッカーのサポーターなんて暴徒同然になっているケースも珍しくないようだ。
そういうのを考えると、武道だってそれは同じだろう。
いずれにしてもそういうろくでもない輩は、話にならないとみていい。
燐火もそういう判断は、できるようになっていた。
いずれにしても、日女さんの話は参考になった。
ちなみに日女さんも剣道はものすごくできるらしい。
実際には文武両道らしいのだが。
男子からは恐れられ。
女子からも怖がられて近寄られないらしい。
あの人はきちんと理性的に振る舞っていると思うのだが。
まあ、人間なんてその程度のものであり、人を見る目を持つ人間なんてそうはいないということだ。
とりあえず信頼できる大人から、色々話を聞いてみることにする。
今回ヘラクレスさんが退治してくれたあのカコダイモーンは燐火の手に負える相手じゃなかった。
剣道でかなり自信がついたのに、いきなり鼻っ柱をへし折られたことになる。
だけれども、早いうちに挫折を味わったのは良い経験なのだと燐火は自分に言い聞かせる。
如何に金木の屑一家とあの孤児院の魔手から逃れられてからは、周囲に恵まれたとはいえ。
それでもまだまだ燐火は子供だ。
今のうちに、挫折と立ち直りは経験しておくべきだからである。
それを自分で判断できるくらいには。
燐火はなっていた。
自信はついたとしても、いきなりなんでも出来るようにはなりません。
燐火にはケルベロスがつきっきりでアドバイスをしており、かなり幸運でも支援しているのですが。
それでも子供が育つのは難しいのです。