魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
ケルベロスが探している迷子の足跡が見つかります。
しかしあくまで足跡。
そしてその足跡には、不穏な気配が漂っていたのです。
その日はちょっとダイモーンが多かった。
休日だったからよかったが。
あちこち走り回って、それで合計六体のダイモーンを浄化、回収した。昔だったら疲れ切っていただろう。
今は体力もついている。
着替えるのも面倒だったので、ひたすら一日中走り回ったが。
まだ余力はあった。
ただ、足の速さだけで言うと、既に足が速い男子の方が上になりつつある。こればかりは仕方がない。
身体能力については、どれだけ鍛えてもどうにもならないのだ。
百m走などでは、男子の世界チャンプは9秒台で走るが、女子は11秒台である。
それだけ差があるのだ。
だから技術で補うしかない。
今の時点では、身体能力はあっても鍛錬がなっていない雑魚としかかち合っていないからどうにでもなっているが。
ある程度武道をしているたちが悪い奴と出会った時の事を考えると。
対抗策は用意しておかなければならない。
それの一つが、体力だった。
無言で六体目のダイモーンを、文字を書いて消滅させた後、少し休憩する。着替えてから、である。
ケルベロスがナビが終わった後ずっと黙っている。
気になったので聞いてみた。
「ちょっとダイモーン多かったけど、何かあったのかな」
「この数は、俺が集めているとはいえ異常だ。 「何かあった」のは確実だろう。 ひょっとすると、近くにいるのかもしれない」
「例の探している人だね」
「ああ。 ただ俺はあくまで神格として燐火に憑いている。 鼻がいつもほど利くわけではないから、それは支援がいるな」
燐火は即座にスマホを出す。
ダイモーンが問題になっているのは事実だ。
手を借りれば、或いは見つけられるかもしれない。
日女さんに連絡を入れると、すぐに助けをよこしてくれるという話だった。
ありがたい。
しばし待っていると、ちっちゃい車に乗って、誰か来た。温厚そうな男の人と、燐火と同年代らしい女の子だ。
七五三みたいな格好をしている。
背丈は随分違うが、多分同じ六年生だなと、燐火は判断していた。
「平坂燐火です。 よろしくお願いします」
「え、ええと。 長倉院奏です。 よろしくお願いします」
「奏、失礼がないようにしなさい」
「は、はい」
これは結構なお嬢様らしい。
着物を普段着としている人なんて初めて見た。
咳払いすると、お父さんらしい人に挨拶されて、名刺ももらう。
長倉院健吾というらしい。
陰陽師だそうだ。
「ほう、貴殿が陰陽師か」
「おっと、すごい神霊を連れていますね。 僕はあくまで式神の支援を使って魔祓いをするので、神格の支援を受けてはいないんですよ。 奏もそれは同じです」
「ふむ、魔祓いと言っても色々なんだな」
「戦闘は僕が担当します。 奏はこの年で多数の式神を展開できる探索型です。 話は聞いています。 ここ数年、ダイモーンの発生に関わっているかも入れない神格がいるかもしれないとか」
ケルベロスも二人に好感を持ったようだ。
対応が丁寧で助かる。
燐火としても、自分がガキではあるのを自覚しているが。ガキとして侮ってくる相手よりも、同業者として接してくる相手の方が好感を持ちやすいのも確かである。
そのまま、いくつか説明をする。
「なるほど、探している存在も神格なのですね」
「そうだ。 かなり隠れるのが得意でな。 悪意は別にないが、悪神の類に見つかると、面倒なことになりかねない。 俺としても関係がある神格であるし、早めに連れて帰りたいのだ」
「わかりました。 ダイモーンを悪意を持って生み出している訳ではないと言うことは理解しています。 奏、探索を始めなさい」
「は、はい」
親子というよりは。
社長と新人社員だな。
そんな風に見えた。
おそらくだけれども、仕事の時はまんまそう接しているのだと思う。家と外での切り替えがしっかりしている訳だ。
奏という子は髪型もしっかり固めているが。
七五三みたいな服は、京友禅とかいう高級品らしい。
今和服の業界はとにかく色々と大変らしいのだが。それでも高級な和服は、都心に家が建つほどだとか。
魔祓いには支援金が出る。
燐火も、中学になったら日女さんと一緒に、魔祓いの登録をする予定だ。
問題は収入をおとうさんとおかあさんにどう説明するか、だが。
それについては、国の方でも家族で内緒の魔祓いをしている人間について対応をしてくれるらしいので。
実力がついてきたら、本職として活動するのもいいと思っていた。
奏という子が、多数の式神、だったかを飛ばす。
それは紙の人形みたいに見えたけれど。それぞれがすっと飛んでいって、あっという間に見えなくなった。
何か祝詞を唱えて、目を閉じてじっと集中する奏。
隣で健吾さんが、周囲を警戒。
何体かの恐ろしそうな神格が立っていて、周囲の死角全てを補うほどに警戒を補助していた。
燐火も物陰でさっと着替えてくる。
何かあったらまずい。
白仮面の格好で、鉄パイプを持って燐火が現れると。
奏が一瞬ぎょっとした顔になったが。
それはそれ。
すぐに集中を取り戻したのは、流石に既にプロとして活動していると言うだけのことはあるだろう。
しばしして、何かを見つけたらしい。
即座に移動を開始する。
幸いすぐ近くだ。車を使うまでもない。
さっさと走って行こうと思ったが、奏は見た感じ、同年代相応程度の体力しかないようだ。
山をずんずん行く燐火を見て、泣きそうな顔をするので。
見かねて燐火がひょいと背負うと、そのまま走る。
えっという顔をされた。
奏は服とかしっかりしているが、別にそこまで際だって綺麗な顔はしていない。
別に魔祓いは美男美女ばかりではないらしい。
ただ、雰囲気はしっかりしているから。
その辺りは、代々陰陽師をしていて、国から補助金をもらっている豊かな家の出身者らしいところなのかもしれない。
そういう家でしっかりしつけをしているとは限らないのは金木のカス一家で知っているが。
奏のところは、違うと言うことなのだろう。
「あ、あの、ごめんなさい。 重くありませんか」
「大丈夫ですよ。 それよりもナビを続けてください」
「は、はいっ!」
気弱な子だな。
そのまま山をひょいひょい行く。
健吾さんは平気でついてくるので、普通に鍛え方の問題だろう。或いは体を鍛える方はやっていないのかもしれない。
ただ、別にそれはそれで構わない。
燐火としては、それぞれが役割分担を出来ればそれでいいと思うからだ。
ちょっとした下り坂に出るので、速度をある程度落とす。
転んだりしたら。いや、そんなへまはしないが。
もしもしたら大惨事だ。
燐火は別にどうでも良いが、背負っている奏に怪我でもさせたら、後ろにいる健吾さんに合わせる顔がない。
慎重に行く。
いずれにしても、さっさと下り坂を下りて、谷川に出ていた。
さらさらと音がするような美しい谷川だ。
奏を下ろす。
虫がたくさんいるが、燐火は平気。
奏はちょっとこわごわと辺りをうかがっていた。
健吾さんもすぐ側に降り立つ。
こっちはしっかり鍛えているようである。
「奏、それでどの辺かい」
「え、えっと、あちらです」
「……どれ」
燐火が行く。
大きめの岩があるが、なんだろう。
違和感はあるが、敵意とかは感じない。神格の類が憑いているようなことはなさそうだ。
石とか岩とかが神格を宿すことはある。
それは別に珍しいことではないらしい。
ケルベロスの話によると、信仰が宿った先には、そういったことが幾らでもあるそうだ。他の人間から見てゴミ同然であろうとも。当人にとってどれだけ価値があるものなのかは話が別。
自分から見た価値だけで、全てを決めつける存在にはなってくれるなよ。
客観的に見て、そいつの価値を判断できるようになれ。
そうケルベロスはいつも言っている。
この岩は、どこかのご神体だったのかもしれない。
「いたな、ここに」
「どれほどの昔ですか」
「健吾とやらよ。 残念ながら、俺は相手の気配の新旧を確認することが出来ぬのだ」
「なるほど。 犬とその辺りは同じなんですね」
そういえば聞いたことがある。
犬は強力な嗅覚を持つが、臭いが古いか新しいかはわからないらしい。
これを知っている凶悪犯が、警察犬の追及をかわすケースがあるそうだ。
ケルベロスは冥界の番犬だが、どうしても犬という属性に縛られてしまう。それで、というわけか。
それはそれとして。
燐火は鉄パイプを構える。
健吾さんが、側に奏を抱き寄せていた。周囲に式神が複数現れる。うなり声を上げているあれらは、いわゆる鬼神だろうか。恐ろしい鎧を厳めしく着込んでいる。
ダイモーンだ。それも複数である。わらわら湧いてくる。
「一つずつ潰します。 押さえ込むことだけは出来ますか」
「問題ありません」
「行きます!」
文字を書く。
周囲に沸き立った多数のダイモーンは、幸い雑魚ばかりだ。今の燐火の書く力強い文字……聖印一発で、一体は消し飛ばせる。
悪運をこの山奥では、誰かに送ることも出来なかったらしい。
そのままうめき声を上げるだけで、緩慢に逃げようとするが。
それを健吾さんの式神が次々に押さえ込んでいた。
押さえ込むだけで、それ以上は出来ない。
だから、燐火が順番に聖印を切って、叩き潰していく。叩き潰した後は、ケルベロスが回収していく。
「アガトダイモーンでもカコダイモーンでもない、素のままのダイモーンに近いな。 ただし基本的にこの国ではカコダイモーンになりやすい。 さっさと全て片付けてしまえ、燐火!」
「わかった!」
そのまま立て続けに片付けていく。
十数体はいるが、今日は何体だって相手にしてやる。ダイモーンを回収すると、ケルベロスがそれから情報を得られることはわかっている。
つまり倒せば倒すほど。
目的にしている存在へ、近づけると言うことである。
そうすれば、ダイモーンだらけの状態をどうにでも出来るはずだ。それは燐火にとっても望むところである。
立て続けに三体を打ち払う。
全力疾走よりも更に消耗するが、別に構わない。
そのまま文字を虚空に書き続ける。
書くたびにダイモーンが消し飛ぶ。
後、どれくらいだ。
一体、大きいのが逃げようとしている。背中から文字を書いて攻撃をたたき込んでやる。いや、浄化と言うべきだろうか。
ともかく二度で爆ぜ飛んだので、それでよし。
おそらくあれが一番厄介な奴だっただろう。
それ以外は、後は消化試合になった。
それでも燐火はそれなりに消耗した。五十メートルを三十本、連続でやったよりも消耗したかもしれない。
軽く息を整える。
もう、周囲にダイモーンの気配はないようだった。
ただ、健吾さんが、奏に言う。
「急いで周囲を調べなさい」
「は、はいっ」
気弱な子だな。
これだとちょっとおとなしすぎて心配になってくる。どうしても魔祓いになると、鉄火場も経験するだろうに。
式神が辺りを探るが、やはり探している存在はいないようだ。
ケルベロスが、それでもいいと言ってくれたが。
「おそらくだが、探している者は割と近くに来ている。 ダイモーンを俺が引き寄せているのに合わせて、本人もつられてこちらに来たのかもしれん」
「なるほど、そうなるとこれからが正念場ですね」
「そうだな。 健吾よ、助かった。 燐火だけでは全てのダイモーンを浄化できなかっただろう」
「いえ、未然に悪運をばらまかれるのを防げたのであれば、それだけで充分ですよ」
とりあえず、後はゆっくり山道を行く。
奏は山を抜けた後、しゃべる気力もなくなっていたが。
まあ、それは仕方がない。
別に苦笑はしない。
燐火だって、体力がついたのはここ最近のことなのだから。
その後、送ってくれるというので、家まで送ってもらう。小さいかわいい車だが。それなりにいい車らしい。
運転も丁寧で、とにかく安心して乗っていられた。
「今日はありがとうございました」
「いえ、今日はアギアの力が見られて有意義でした」
そういえば、そういう存在だったな。
だとすると、燐火は変身しているときは白仮面とか言われているが、アギア。いや、アギア・ケルベロスと名乗るべきか。
いや名乗っては駄目だな。
基本的に魔祓いは、人の目につかないところで行うのが鉄則だ。
国などは、魔が存在するのは周知の事実としているらしいが。それはそれとして、魔祓いはあまり目につかない方が良い。
あまり魔の存在が周知されると。
それだけ魔が得る力が強くなる。
信仰を得ていない神が弱体化するのと同じように。
魔はそんなものは都市伝説、くらいの扱いにしておく方が、誰も苦労しなくて済むのだそうだ。
まあそれでもなお、これだけ面倒な魔がたくさんいるのだから。
やはり人に知られないように魔を祓う方針は、燐火から見ても正しいのだろうとは思うのだが。
名刺などを交換してから、それから家に。
ちょっと疲れた。
少し休憩をしていると、おとうさんが防音室から出てきた。燐火も疲れている様子を見て、お互い苦笑い。
燐火が勉強に武道に、全力で取り組んでいるのはおとうさんも知っている。
立派に育ってくれれば、それが一番だと燐火は言われているので。
そうするだけだ。
まだ疲れがマシな燐火が、紅茶を出す。
茶菓子も用意して、二人でしばらく食べていると、おとうさんが改めて話してくれる。
「そうだ、そろそろ燐火に話しておかないといけないことがあるんだ」
「はい」
「燐火に弟か妹が出来るよ」
「……」
実は、知っていた。
結婚してしばらく子供が出来なかったおかあさんらしいが、この間とうとう出来たらしい。
たまにつわりで苦しんでいるのは燐火も知っていたので。
いつ話してくれるかで、ちょっと興味はあったのだ。
「おかあさんはしばらく産休ですか?」
「驚かないのかい」
「実は知っていました。 ただ、話してくれたのはとても嬉しいです」
「そうか……」
年が離れているから、燐火は姉というよりも、半分親みたいに接しなければならないだろうなと思う。
少なくとも、悪い見本は見せられない。
ケルベロスが苦笑いしたようだった。
「大丈夫。 今の燐火であったら、きっと立派な姉になれるだろう」
「本人が望まない限りは、何も教えない方がいいかな」
「そうだな。 燐火がやっているのを見て、興味を持つようなら教えてやると良いだろうな」
そういうものか。
ちなみに産婦人科で妊娠がはっきりしたのは四日前の事らしい。
実は今までに一回、想像妊娠というのをしてしまっていたらしくて。それもあって、色々不安だったそうなのだ。
ちなみに産休はとらず、一旦警官をやめるそうだ。
子育てが一段落してから、別の仕事をするらしい。
おかあさんは結構なんでも出来るので、仕事には困らないそうである。
おとうさんは燐火とおかあさん、更に次に出来る子供くらい余裕で養えるし。なんならおかあさんは専業主婦をやっても良いくらいだそうだ。
まあそもそもとして、専業主婦を悪く言う風潮が出来たのは最近であるらしいので。
むしろ役割分担としては、それで良いのだろうと思うが。
それに、である。
燐火もボロボロになりながら働いているおかあさんが心配だった。
それもあって、寿退社をしてくれるのは、それでよかったと思う。
ちなみにまだ子供の性別はわからないそうだ。別にそれは不思議でもなんでもないので、どうでもいい。
「名前はどうするんですか? いわゆるDQNネームをつけたりしたら、かわいそうですよ」
「わかってる。 おとうさんも仕事では変わった名前をつけているけれど、それはあくまで実在の人とかぶらないようにするためだからね」
「そうなんですね」
「そうなんだよ。 漫画とかでも実在の人間とかぶる名前をつけて、それでいじめとかが起きないように工夫しているんだよ」
なるほどね。
創作に出てくる変な名前には、そういう配慮があったのか。
いずれにしても、燐火は納得したし。
別にそれでおとうさんとおかあさんが冷たくなったりするとは思ってはいない。それだけ今では信頼している。
それで、とおとうさんが咳払いした。
「それでね。 燐火」
「はい」
「少なくとも弟か妹には、敬語でしゃべらないでほしいんだ」
「……」
確か、どこかで聞いたことがある。
家で子供に敬語を使わせていたら。外でも敬語を使うようになり。それで周囲からいじめられるようなことがあったと。
勿論いじめを行うような奴は、何があってもいじめをする。
だからそれは理由の一つに過ぎないだろうが。
子供の頃から、敬語でしゃべるのはそれはそれで問題なのだろうと思う。
燐火についてもそれは同じだ。
苦労はしていたが。
そろそろ良い機会なのだと思う。
「わ、わかりました。 おとうさん、少しずつ、この機会に、直そうと努力して、してみます」
「ちょっと片言になっているよ?」
「どうして、も、難しく、しくて」
「少しずつ直してくれれば良いからね。 おとうさんとおかあさんとも、普通にしゃべれるようにしていこう」
頷く。
これについては、ケルベロスも賛成のようだった。
「燐火がどうしても親しくない人間と敬語でしゃべるのはわかっている。 だが、これについては俺も賛成だ。 この機会に、少なくとも家族や身内相手に敬語でしゃべるのはやめた方が良いだろう」
「そうだね。 わかった。 わかったけど、難しい」
「そうだろうな」
燐火にとって、敬語は壁だ。
人間に対する絶対的な不信感から出来てしまった壁。
それについては、よくわかっている。
おとうさんとおかあさんは、今までよく燐火のために色々やってくれた。
燐火が不良をぶちのめした時も、何があったのか全て正直に話すと、しかるべき処置をしっかりしてくれた。
この辺り、親として信頼できる。
おとうさんは素性が知れると色々とまずい存在であるのに、それでもきちんとやることはやってくれている。
それだけで、どれだけ立派だろうかわからない。
勿論それは、燐火がおとうさんが人気Vtuberだとか周りに言っていないのも大きいのだろう。
「お、おとう、さん。 クッキー、つく、つくって、つくってくれませ……つくって?」
「う、うん。 やっぱりまだ片言だね」
「す、すみません。 少なくともいつものようには、しゃべれ、ないと……思います」
「少しずつ、頑張っていこう」
おとうさんはそのまま。蜂蜜入りのクッキーを焼いてくれた。
ケルベロスは燐火と味覚を共有しているので大喜びである。
燐火としては辛いのが良いけれど、それは我慢する。
いずれにしても、これから少しずつ。
敬語でなく、しゃべれるようにしていかなければならない。
ケルベロスも、おとうさんとおかあさんの事は、信頼して良いだろうと言ってくれている。
燐火もそうだと、今は信じていた。
燐火の弟か妹が出来ます。
ただ、そうなると家族にまで敬語を使う燐火の今の状態は好ましくありません。
これから苦労して、家族相手の敬語を直していくことになります。