魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない 作:dwwyakata@2024
燐火の有人である涼子さん。
滅茶苦茶出来る子です。何も考えずにエリートコースにいて、権力闘争ごっこしているだけの子供なんかよりもよっぽど色々考えて動いています。
ただ所詮はまだ子供。
本能には逆らえませんし、それを悪用する邪悪にも……
また涼子が学校を休んだ。
何か妙な気配を感じたこともある。
どうにも気になる。
それで見舞いがてらに涼子の家に行った。
パジャマのまま出迎えてくれた涼子は、まだちょっと熱があるようだった。風邪がうつるとまずいからと、マスクと手洗いをするように言われる。勿論燐火も、マスクはしっかり着けてきている。
手洗いをして、ついでにアルコール消毒もする。
これで大丈夫だろう。
宿題とかを渡す。
まあ燐火でも楽勝だし。涼子だったらそれこそ寝てても出来るレベルだが。既に中二の勉強まで終わっていて、中三の勉強をしているらしいから。
学校でも、テストで涼子に勝ったことは数回しかなく。
それも毎回、ケアレスミスを涼子がしたときだけだった。
ケアレスミスをしない人間なんていない。
それについては、精神修養をし始めてから、燐火はよく理解した。
どれだけ集中力を高めても、それでさえミスをするのだ。雑念だらけの普段なんて、それこそどれだけミスをしてもおかしくないだろう。
軽く話す。
時々体がおかしくなるというよりも、どうもなんだか体が妙なのだという。
小五の半ばくらいかららしい。
病院でこの間精密検査を受けたらしいのだけれども。それでも異常は見つからなかったそうだ。
涼子の家は、ろくでなしの母親が出て行ってから、色々とある。
資産家である父親のところには、ろくでもない女が寄ってくることもあって。涼子も苦労しているらしい。
ちなみにこの間婚約寸前まで行った女は。
涼子が心配だから興信所を使ってほしいと父親に頼み。
それで調べてみたところ、たちが悪いホストに入れ込んでいたことが発覚。それで婚約は解消したそうだ。
喫茶店でそれを告げた相手は鬼の形相で暴れ回り、立会人としてきていた弁護士と探偵がその場で取り押さえ。
店の備品などを破壊した器物破損の現行犯で逮捕されたそうである。
捕まってみると結婚詐欺の常習犯であったこともわかり、それで実刑はほぼ確定だそうだ。
そんなのばかりが寄ってきている状態だ。
涼子には激甚なストレスがずっとかかっているのではないかと、燐火は少し心配してしまった。
スポーツドリンクを出してきて、飲んでもらう。
こういうときは、ゆっくり寝て、スポーツドリンクでも飲んでいるのが一番だ。
しばらく雑談をしていると。
涼子は申し訳なさそうに言う。
「燐火ちゃん。 ちょっと話しにくいことなんだけど、燐火ちゃんがべらべら周りに言ったりしないって信じているから言うね」
「はい」
「最近、母親の血筋を感じるんだ」
正確には、面だけいい男とかに、強い興味を感じるようになってきているという。
あれほどろくでなしの母親を軽蔑していたのにだ。
カスみたいな事件を起こして芸能界を追放された俳優を見て、ぐっときたのが始まりであったらしい。
それからだ。
以前は鼻で笑っていたメロドラマとか見ていると、イケメンの俳優にぐっとくることが多いらしい。
それどころか、ムラムラする事もたまにあって。
それで凄まじい自己嫌悪を感じるそうだ。
生物としての生態としては当たり前なのではないか。
そう燐火は思ったが。
涼子は本当に苦悩しているのだ。茶化すことがあってはならない。燐火とはちょっと方向性も違う。
燐火の場合は、男性嫌悪症に足の指先を突っ込んでいる形だが。
涼子の場合は、ろくでなしの母親のせいで、女性としての自分に嫌悪を感じてしまっている。
その辺りは話していればわかるので、どうにも難しかった。
「心療内科か何かの先生と話した方が良いと思います。 燐火はあくまで友達ですので」
「そうだね。 専門家じゃないもんね」
「はい。 きちんとした病院で、先生にかかるべきです」
「……わかった」
心療内科とかには偏見を持つ人間もいるが。
それはそれだ。
いずれにしても、燐火はあまり無責任なことはいえない。
燐火は精神修養をしているので、本能を抑えることは可能だ。実は試してみたことがあるのだが、食欲だったら完全に押さえ込むことに成功している。
勿論食べないと動けなくなるから、きちんと食べるようにはしているが。
意外と精神修養を極めると、欲求は抑え込めてしまうのかもしれない。
だが、ケルベロスに前も言われたのだが。
人間として欲求が一番抑えられなくなる時期は、これかららしい。
十代半ばくらいからが特に性的欲求が顕著に表れるが。
これは人間が繁殖するのに最適な年齢がそれだから、らしい。
今では二十からが大人だが。
百年くらい前では、その位の年で、アメリカでも普通に結婚していたそうだ。
伝説的な女優であるマリリン・モンローも十六で最初の結婚をしたそうで。もっと古い時代になると、十二や十三で結婚することもあったという話である。
この辺りは昔の事をよく知っているケルベロスが話してくれるので、そういうものかと思っていたが。
本能と理性の間で友人が苦しんでいるのを聞くと、どうしても色々と思うところはある。
とりあえず、涼子と今日の話は秘密としておく。
ちなみに燐火は、涼子みたいに感じたことはない。
というか、いろいろあったので。
余程のことがない限り、結婚すらしないかもしれない。
今の時代は半分くらいが結婚しないという話である。
別に珍しいことでもなんでもないだろう。
とりあえず戻る。
帰路で、ケルベロスに聞かれる。
「子供のデリケートな問題について俺から言うつもりはない。 それで、魔の気配はあったか」
「あった」
「そうか、俺には感じ取れなかったな」
「……ひょっとして、文化圏が違うとか、それとも何か別の理由があるのかもしれない」
例えばだけれども。
神格相手に、気配を隠すのがうまい奴とか。
ケルベロスがうなる。
「上位の神格になるとそういうやつはいる。 しかし、如何に出来る奴だとはいえ、涼子に宿って何か得でもあるのか? あの子はそうだな、弁護士や裁判官くらいにはなれるかもしれないが。 国を動かすような英傑にはなれんぞ」
「それについては燐火も意見が同じかな」
「……ともかく、何か感じたというのなら、それは無碍にはできんな。 気をつけろ」
涼子に何か憑いているとしても。
少なくとも、この至近で何か感じる、程度だ。
ひょっとしたら雑魚かもしれないが。
どうも嫌な予感が消えないのだ。
ずっと続いている体調不良もある。
それまで涼子はそれほど体が弱くはなかったと思うのだが。いずれにしても、燐火は涼子のことを大事な友達だと思っている。
家に着くと、ちゃんと手洗いうがいをする。
これは家の中に病気を持ち込まないため。
涼子は少なくとも伝染病ではないとは思うが、体が弱っているときに風邪とかをもらっているかもしれない。
だから、当然の処置だ。
しっかり手洗いを済ませて、それからしばしぼんやりとする。
休憩の時間だ。
ただ、それも終わってから、体を動かす。
もっと精神修養をしておけば。
気づけるかもしれない。
一応念のために、日女さんにも話は振っておく。日女さんは、小首をかしげているようだった。
「何回かその涼子って子は俺も見たことがあるが、何か変な悪神が憑いているようには見えなかったがな」
「だとするとなんなんでしょうか」
「わからん。 ただ、今の燐火はこの国では珍しいギリシャ系の魔祓いだ。 ひょっとすると、文化的に近い魔なのかもしれない。 或いは神とか」
ギリシャ文化に近いとなるとローマ系。これについては調べた。
ギリシャ神話系統はそのままローマで神話として採用され、多少名前を変えながらも、とても行儀が良い神々に生まれ変わった。
名前などはローマ神話の方が有名な神も多い。
ビーナスなどはそうで、ギリシャ神話ではアフロディーテであるそうだ。
ただ、ケルベロス曰く、基本的にローマ系の魔だったら、燐火で対応できるし。ケルベロスが探知できない訳がないらしい。
他に近い文化圏と言うと、意外とエジプトなどが相当すると言う。
日女さんによると、有名なスフィンクスは、あくまでギリシャ側からの呼び名で。あれの正式な名前は現在でもわかっていないそうだ。諸説はあるらしいが。
そういう話を聞くとエジプト系かとも思うが。
エジプト系の魔は既に絶滅状態だという。
そもそもエジプトは古代王朝が滅んだ後は様々な文化圏に蹂躙され、神話などは解読を進めた結果わかってきた、というものだそうだ。
名前などが失われてしまった神なども多く。
それもあって、今更エジプト系の神々や魔が、日本で悪さをするとは考えにくいのだという。
ギリシャ神話系統はまだ名前が知られているが。
それより遙かにひどい文化の破壊を受けたのである。
だとすると、違うのか。
後は。
「ギリシャ神話の影響を受けているとすると、北欧か」
「!」
「あくまで古い北欧神話だけどな。 北欧神話の主神と言えばオーディンだが、実はオーディンは三番目に主神になった存在だ。 オーディンの前にはトールが、トールの前にはテュールが主神だった。 最初の北欧神話の主神テュールは、典型的な天空神で法の神だ。 これはローマ神話のユピテル、ギリシャ神話のゼウスの影響を受けた神。 そういう意味で、北欧神話はギリシャ神話の遠縁ともいえる」
「気になりませんかそれ」
オーディンがこの土地で何か企んでいるらしい。
それは、オーディンの馬であるスレイプニルが自分から言っていたことだ。
日女さんによると、近々ドルイド系の魔祓いを呼ぶそうだ。
ドルイドは古い欧州の魔祓いらしく、ケルト神話や北欧神話に対応できるらしいのだが。
何しろこれも文化破壊がひどいため、あまり人数がいないらしい。
日本には今オーディンの件で滞在している人がいるが、高齢であまり魔祓いとしての実力も高くはないそうだ。
北欧でも政府で支援金を出して人材育成をしているのだが。
北欧の魔はダイナミックで強い上。
何しろオーディンが極めて残忍な性質を持っていると言うこともあって、神々が悪さをすることもある。
更に既に信仰されていない神話とあって、ドルイドの魔祓いには失伝している技術も多いらしく。
色々と苦労しているそうだ。
それで年老いたドルイドの魔祓いが数人だけ来ていて。
それも出来れば日本には長くは滞在したくないとぼやいているとか。
単に国が恋しいそうである。
色々と頭が痛くなる話だ。
それではわからないかもしれない。
「専門知識がないとやっぱり魔祓いは難しいですよね」
「ああ、難しいな。 俺としても北欧系の魔とやりあえる気はしないし、ましてや神格が悪さをしていた場合はどうにもならない。 とりあえず、上に連絡して、ドルイドの魔祓いを派遣してもらうわ。 可能性としてはありそうだからな」
「お願いします」
通信終わり。
後は黙々と体を鍛える。
体を鍛える過程で、体を柔らかくもしている。柔軟に動かせる方が、戦闘では幅が出るからだ。
鍛えた後、勉強に移る。
今日は涼子に聞けないな。
そう思って、英語を黙々とやる。
わからない部分については、ネットで調べる。
最近だとAIがある程度は答えてくれるが、おとうさん曰く専門家には遠く及ばない程度の知識しかないらしい。
それもあって、決して簡単ではなかった。
四苦八苦しながら、勉強を終える。
おかあさんが帰ってきた。
お帰りなさいと言って、荷物を受け取る。
おかあさんは引き継ぎというのをやっているらしい。既に警官としては、一線を退いているそうだ。
元々警察はキャリアというのでなければ出世は出来ないらしく。
おかあさんも基本的にひらのままこのまま行くのが確定であったらしい。
結構手柄とか立てていると思うし。
これだけ武道出来れば、教官としても活躍できると思うのだが。
まあ色々とうまくいかないのだろう。
それで子供が出来たら、色々陰湿な嫌がらせを受けたらしく。それでさっさとやめることにしたらしい。
責任感がないとか色々言われていたらしいが。
子供を作るのは夫婦の義務でもあるだろうし。
少子化で色々問題になっている今、子供が出来たら祝福するのが当たり前だと思うのだけれども。
いずれにしても、警察の職場も色々らしいし。
おかあさんも落ち着いたら、或いは武道の指南役として、たまに出ることがあっても良いかもしれないという話をしているそうだ。
燐火としても、反吐が出る話だなあとは思う。
そのキャリア組にしても、どこの大学を出ただのという学閥だとか。もっと酷いところだと家柄がどうのこうのとかを気にするらしく。
いずれにしても、これでもうちの国はマシだとケルベロスが断言する位なのだから。他の国はどうなのだろうと、薄ら寒くすらなる。
燐火も少しずつ、心が育っているように思う。
だからこそ、あまり家族が良い思いをしていないのは、嬉しくはなかった。
とりあえずおかあさんのおなかはまだ目立つほどではないが、それでもたまにつわりで苦しそうにしている。
燐火が補助できるところは補助していきたい。
古くは三世代で人間は家族を構成していて。
祖父母がそういう補助をしていたらしいのだが。
今は個人の自由が家父長制がという寝言で、そういった長所を全て潰してしまったという。
色々とどうしてこう。
人間は、せっかく作った進歩を捨ててしまうのだろうと残念になるばかりだ。
おかあさんにも、今は既に違う食事を用意する。
栄養士がこういうのを食べろと指示を出してきたらしく。それにそって料理をする。ちょっと早いがと言われたけれど。
包丁を使わない料理を、燐火は学び始めている。
おとうさんは料理なら大体何でも出来る。
だから、さっさと学んで、いずれ包丁だけでなく、油を使う料理もマスターしたいところだが。
それには最低でも中学生くらいにはならないと駄目だろう。
料理を作って、お母さんに出す。
お母さんはあまり顔色はよくないが、それでも食べてくれる。
吐いてしまうともったいないが。
仕方がない投資だ。
ぐっと水で飲み下して、寝ると言って寝室に。
あれだけタフなおかあさんでも。
今は精神的に余裕がないようだ。
多分こういうときに生じたすれ違いがどうのが、離婚につながるんだろうなと燐火は思う。
おとうさんは今、必死に楽しい配信をして、お金を稼いでくれている。
これも立派な稼ぎ方の一つだ。
多分心苦しいだろう。
二回り年下のおかあさんと結婚するまでに、色々あったという話だって聞いているくらいである。
食事を作る手際を、ケルベロスが褒めてくれた。
少しは上達したのなら良いのだけれど。
いずれ、もっと色々出来るようになりたい。
そしてわかってきたが、燐火はどうにも興味を持てない分野にはまるで意識が向かない。ケルベロスに言ってもらえないと、そうかと気づけないことだって結構ある。
別に周りでキャッキャ言っているアイドルだのはぶっちゃけどうでもいいが。
今後買い物だとかでは、気をつけないと色々と危ないだろう。
おかあさんは今ちょっと駄目だ。
それについてはおなかの子供の事もあるから仕方がない。燐火で支えられるところは支えないと。
警官として燐火を助けてくれたおかあさんも。
これだけ弱ってしまうと、何も出来ないものなのだ。
それがわかっているから、別にどうこうと言うつもりはない。少なくとも、今は何も言うことはない。
勉強終わり。
次は外で素振りだ。
竹刀が軽くなってきたので、おもりを着ける。
今後は真剣でも良いかもしれないとケルベロスに言われた。
勿論西洋剣と日本刀はあらゆる意味で違うのだが、それでもある程度共通する部分は多いという。
それにだ。
燐火が使うのは日本刀ではなく鉄パイプである。
勿論武芸十八般が出来れば言うことはないのだろうが。
それでも、まずはメイン武器を極めるところから。そしてそれに関してすらも、燐火はまだまだずっと先があるのだから。
しばらく精神を極限まで研いで、それで素振りを続ける。
多少汗を掻いたか。
ケルベロスに、それまでと言われた。
残心して、礼。
それから、次は正拳突きに入る。
一日百発、的にたたき込む。どれだけ忙しい日でも、これは絶対にやる。
正拳突きはただパンチをするだけではなくて、全身を使って打撃をたたき込む技であって。
相手次第だが、体格が二回り上だろうが、内臓に直接ダメージを与えられる。
勿論燐火はそれをするつもりはないが。
これだけではなく、手札は幾らでもあった方が良い。
場合によっては相手を一瞬で沈められるように、正拳はしっかり身につけておくべきである。
ケルベロスは既に原理を理解しているらしく。
細かい体重のかけ方。
足の踏み込み方。
具体的に丁寧な指導をしてくれる。
おかあさんの指導を見て、それで学んだらしい。ただ、燐火の脳も借りているので。それも役に立ってはいるようだ。
一通りルーチンをこなす。
近所の人が見ていたので、視線を返すが。
視線をそらして、そそくさと行ってしまった。別にどうでも良い。片付けをテキパキと終えて。
それで、後は風呂に入る。
おかあさんは自室でうんうんとうなっているようだ。
仕方がない話である。
その間は、燐火が出来る事は支えないと。
それに燐火が迷惑を掛けないように、何事も整理しておかないと。
そう考えながら動くと。
あらゆる思考を、丁寧に整理できる。
それでよかった。
数日後。
ドルイドの魔祓いが来た。
とりあえず、日女さんと神社で会う。神社で会ったのは、とにかく頼りなさそうなおじいさんだった。
日女さんが視線で既に伝えているが。これは最低限の能力しかないな。
本気でおどおどしているのがわかる。
挨拶を交わす。
ドルイドのおじいさんには通訳がついていたが、耳が遠いらしい。
そもそも北欧のいくつかの国は福祉国家とか言いながら、実際には老人福祉なんてほとんどやっていないという話もある。
燐火はこのおじいさんの弱々しい様子を見ると、あながち嘘ではなさそうだなと思ってしまった。
「古くは強壮なるノルマンの民の国であったのにな」
「いうな。 それをいうならうちの国だってそうだ。 モンゴルを退けた数少ない国なんだぞ。 海を隔てていたとはいえな」
「いずれにしても、軽く様子を見てもらおう。 本職であれば、何か感じるところがあるかもしれん」
歩くのも怪しい様子のおじいさんを、介護同然に支えている通訳の人。通訳の人は屈強であり、ぶっちゃけこっちの方が百倍くらい強そうだ。
ただ、これでも一応魔祓いである。
北欧の魔には燐火は対応できない。
日女さんが、念のために菖蒲さんに連絡を入れてくれている。最悪の場合はヘルプに来てくれるという。
菖蒲さんはこの国でもかなり上位に入る魔祓いらしい。林西さんほどではないにしても、である。
林西さんは今日も忙しいらしい。
魔祓いといえど、僧職もしている。葬式だのなんだので、色々と忙しいのである。
まあ、最悪の場合は、カトリイヌさんにも連絡を入れるか。
あの人はともかく、護衛の二人はとても頼りになる。
ともかく、涼子の家に。
おじいさんが何度か休みたいと言い出したので、燐火が背負おうかと提案したが。流石に小学生に背負われるのはプライドが許さなかったのか。
ぶちぶち文句を言いながら歩き出す。
なんだかこっちの方がちょっとがっかりしてしまう。
ともかく、現地に。
魔祓いと言っても色々だ。
ただ、ギリシャ系の魔祓いなんて滅多にいないらしいし。
燐火を除くと、ギリシャ系の魔祓いも、ほぼこういう状態なのかもしれないが。
とりあえず現地に着いた。
今日は涼子は普通に学校に来て、帰宅した。
あの子くらいになると、塾なんて必要なく、地力で勉強を出来ている。家にいることは、それでもメールを入れて確認した。
家にいる。
さて、どうだ。
「アバルシアさん、どうですか」
「……こ、こ、これは……」
「……」
日女さんが、眉をしかめて続きを待つ。
まあ、気持ちは大いにわかる。
このおじいさんのドルイド、とても信用できないからだ。
燐火だって思わせぶりなことを言っているなあと感じているくらいである。
だが、その後。
皆が戦慄することになった。
「る、ルーンで強力な隠蔽術が施されておる! これは、何か高位の神によるものだ!」
「本当ですか?」
「ああ! 間違いない! だ、誰であろう! オーディン様であろうか、それともその側近か。 いずれにしても、ただならぬお方だ!」
悲鳴を上げて、ドルイドの老人が下がる。
逃げ出そうとして、転びかけるのを、日女さんが即座に支えていた。
見た感じ、嘘をついているとは思えない。
だとすると、ちょっとこれはまずいのではないか。
日女さんがじっとおびえきった老人を見ていたが、やがてスマホで連絡を入れる。おそらく専用の、国と専属契約をしている魔祓いの公用品だろう。しばらくして、連絡が取れたらしい。
だが、それと同時に。
おじいさんが苦しみ始めていた。
すぐにつれてその場を離れる。
大事になると大変だ。
おじいさんは脂汗を掻いて苦しんでいたが、やがて離れた地点で救急車を呼んで、病院に搬送してもらう。
おじいさんは恐怖で泣き出していた。
一体どういうことだ。
この手の魔祓いには、感受性が強くなりすぎて、ちょっとしたことで感情を乱す人もいるらしい。
何しろ精神が強く影響する分野なのだ。
それは決して不思議な話ではないだろう。
それにしてもあの恐れ方は異常だった。
救急車が行った後、日女さんと神社に戻って話す。いくつか、打ち合わせをした。ちなみに日女さんに憑いている八幡様も、相手を察知は出来なかったそうだ。
「あのおじいさん、信じて良いんでしょうか」
「今ではすっかりボケちまったが、それでも若い頃は相当に敏腕で鳴らしていたらしいからな。 ある程度は信じて良いと思うぞ」
「……」
だとすると。
ドルイドであるおじいさんが感知したと言うことは、北欧の神格。
それも高位の存在とみて良いのだろうか。
誰が隠れている。
それとも、やはりボケ老人が錯乱しただけか。
燐火はあまり実例を見たことがないからどうこうとはいえないけれど。
おとうさんが、若い頃とても聡明だった人が、年老いてから会ったら別人のように頭が衰えていて悲しくなったと言っていた。
その人はとても理性的だったのに、年老いてから感情的になり。理論的だったのが悪い意味で直感的になっていたと。
譫妄まで発症していたらしく。
おとうさんの事を殺し屋だと思い込んでいたそうだ。
それを見て、とても悲しくなったという話を聞いている。
だから、あのおじいさんの有様は、燐火としても他人事ではなかった。
実際に見たことがなくても、そういう風に年老いる人はいる。元がどうであったとしても関係ない。
だから、全て真に受ける訳にはいかない。
ただし、全部嘘と決めつけるのも早計だろう。
「それで日女よ。 国にはどう頼んだ」
「一応北欧で一番優れた北欧系の魔祓いがいるから、それを手配してくれるそうだ。 ダイモーン騒ぎで色々あるしな。 これ以上問題を抱えたくないんだろう。 ただでさえきな臭い国際情勢だしな」
「……」
「とにかく、今は様子見だ。 俺には特に影響はなかった。 燐火は大丈夫か」
大丈夫、と答えておく。
ただ、涼子が訴えている不調については話さない。
あれはデリケートな問題だ。
今話すべきではないだろう。
日女さんがどれだけ信頼できる人であってもだ。
涼子はおそらく、心療内科に行くはずだ。父親が付き添ってくれる筈だから、問題はないと信じたい。
とりあえず、解散する。
家に戻った後は、鍛錬を少し増やそうかと思ったが、ケルベロスに止められていた。
「焦って鍛錬を増やしても、体を壊すだけだ。 下手をすると年単位で動けなくなる事もある」
「そんな柔な鍛え方はしていないつもりだけど」
「それでもだ。 今はとにかく、基礎を積み上げろ。 そういうことは、基礎を完成させてから言っても遅くない」
「わかった」
とりあえず道着に着替えると、正拳突きをたたき込む。
竹刀を振るう。
夕方になってからダイモーンが出たので、さっさと変身(着替え)して、潰しに行く。ここのところ、たいしたダイモーンは出ていない。
良いことなのか、悪いことなのか。
色々なことが絡まって、全てが一点につながっていたりしなければいいのだが。
燐火の力は確実に上がっている。
二回文字を書いて打ち倒せたそのダイモーンは、雑魚ではあったが、それは今基準でだ。昔だったら、六か七。文字を書かなければ倒せなかっただろう。
家に帰ってから、勉強をしておく。
おかあさんが早めに帰ってきたので、勉強を中断して、夕食を作る。
そしておかあさんが食べているのを横目に、ささっと勉強を済ませていく。集中力が上がっている。
精神修養の結果だ。
それで、勉強の効率も、前の倍以上には上がっているように思う。
だが、まだまだだ。
高度な精神的な境地にたどり着いたと思い込んだ人間が、実際には魔道に落ちただけ。林西さんの話を思い出し、常に戒める。
もっと上があるのではないか。
そう自分に言い聞かせながら、集中を続けて。勉強を済ませる。
おかあさんが食事を終えたので、寝室に連れて行く。
やっぱりつわりがつらそうだ。
「ごめん燐火。 迷惑掛けるね」
「誰でもこうなるのは仕方がないことです。 元気な子供の顔を見せてくれれば、それで充分です」
「はは、ちょっと出来すぎてるかな」
「おとうさんは今、頑張って稼いでくれています。 だから、おとうさんの事も嫌いにならないでください」
おかあさんは、それを聞くと、苦笑い。
やはり色々と精神的に苦しいのだろう。
おかあさんも燐火くらい、精神修養は積んでいる筈だ。
それでもこうなる。
だったら、今から更に更に精神修養を積んでおくべきだろう。
おかあさんを休ませると、勉強でスパートを掛ける。
今日、おとうさんは深夜までの耐久配信だ。燐火は夕食を一人で食べると、後は電気も消して、さっさと寝ることにした。
色々と周囲に問題が多い。
それでも、体調はベストに保たなければならないのだ。
はいというわけで、涼子に悪さをしている存在はどこぞの悪神で確定です。しかも北欧系。
面倒なのはわかりやすくロキではないことです。
これから此奴の正体に迫っていくことになります。しかも北欧系の魔祓いのスペシャリストも必要です。
今いるおじいさんでは力不足すぎるのです……