魔法少女アギア・ケルベロス~俺は地獄の番犬ではない   作:dwwyakata@2024

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イシュタル神がいなくなったあと、対策が練られます。

勿論その言葉から、悪神の正体が絞り込めるというのが大きいですね。

どこの文化圏の悪神か絞り込めるだけでも、対策が練りやすくなるのです。





3、異神の残り香

自衛隊が引き上げていく。神社で軽く話してから、流れで解散する。

 

審神をした巫女さんが、代表でレポートを書いてくれると言う。

 

それから、公務員らしい強面のサングラスの人と、日女さんとカトリイヌさんと一緒に、近くの建物に。

 

知らない建物だが、国が管理している家屋らしい。

 

そこで、休憩しながら話す。

 

燐火に対しては、何枚か契約書を渡された。

 

国が作った親が知らない預金通帳を登録し。

 

それに今回の仕事代を入れてくれるらしい。

 

未成年の魔祓いは少なくなく、一般家庭出の者もいる。

 

それでこういう対応のマニュアルがあるのだとか。

 

要するに正式に国からスカウトが掛かったと言うことか。まあ、別にいい。

 

燐火としても、色々と動きやすくはなると思う。

 

ただし、おとうさんとおかあさんのところから独立するまでは、そのお金に手を着けるつもりはない。

 

或いは、何か問題があって。

 

家にピンチが来たとき、くらいだろうか。

 

そういうときも、影からお金を手配する方法があるらしい。

 

それは日女さんが細かく教えてくれるそうだ。

 

契約書に目を通しながら、はんこを何カ所で押す。

 

はんこについても、燐火のを既に作ってくれていたようだ。

 

まあ、国としてもギリシャ系の魔祓いは貴重だから、なのだろう。いずれにしても、普通のサラリーマンの何年分もの年収のお金が通帳に入っていたので、ちょっと驚いてしまったが。

 

契約料と、今まで打ち倒したダイモーンの分であるらしい。

 

いずれにしても、燐火はケルベロスと連携して動いていることは告げる。

 

それも把握しているようだった。

 

ヘラクレスさんのことも知っているようなので。

 

ちょっと無言になってしまう。

 

思ったよりもこの国怖いな。

 

そう思ったのだ。

 

ともかく契約を済ませて、それから反省会に入る。

 

巫女さんも慣れない異神を送るので、相当に消耗したらしい。それもあって、かなり疲れているようだった。

 

カトリイヌさんは、ずっと光の壁を展開していたこともある。

 

何も喋る余力もないようで、机に突っ伏している。

 

契約書を書き終わった後、セバスティアンさんがコーヒーを入れてくれた。燐火はコーヒーはブラックでも平気だ。

 

ただケルベロスがどうしても蜂蜜入りの紅茶が良いと言うこともある。

 

今回はセバスティアンさんの好意に甘える。

 

かなりいいコーヒーらしく。

 

インスタント特有の酸味がほとんどなく、香りもよかった。

 

「カトリイヌ、生きてるか」

 

「ちょっと休ませて……」

 

すごく情けない声が出てきたので、燐火も苦笑いしそうになる。

 

あれ。

 

苦笑いは出来るかもしれない。

 

ちょっと口に指をやって見ると、日女さんが呆れていた。

 

「今無理に笑顔の練習をしなくてもいい。 それよりも、イシュタルが大事なことを言っていたが、覚えているか」

 

「覚えています。 やはり燐火の友達の涼子ちゃんに、何かが悪さをしているとみて良いでしょうね」

 

「そうだ。 問題はイシュタルの係累は山ほどいるってことでな」

 

バビロニアの文明が勃興したのは世界で最も古く、最も古い街の遺跡に至っては約一万年前。

 

これから世界中に、様々な神々の影響が広がっていったという。

 

イシュタルは広義で言うと蛇の神と牛の神が混ざったような要素がいくつかあるらしいのだが。

 

いずれにしてもその奔放な行動については、色濃く受け継いでいる最も有名な存在が、アフロディーテだそうだ。

 

ケルベロスにも聞かされた神だな。

 

ローマ神話ではビーナスと言われたこの神は。

 

イシュタルの係累らしく、男であればなんでも関係を持つような存在であり。

 

ギリシャ時代にそれが受け入れられていた、という意味で。

 

大きな文化的な指標ともなっているそうだ。

 

燐火としては、そうかとしかいえない。

 

ともかく、続けて話を聞いていく。

 

「もしも北欧神話の神々がここで悪さをしているとしたら、イシュタルの係累で考えられるのは……何人もいるんだが」

 

「何人もいるんですか」

 

「北欧神話はとにかく荒々しい原初神話だ。 ローマ神話の行儀が良い神々の影響を受けたのに、それが先祖返りした珍しい例でな」

 

ケルベロスが付け加えてくれる。

 

だから、北欧神話の神々には、イシュタルの係累。

 

性欲の権化みたいなのが、何人もいるらしい。

 

それはちょっと。

 

正直北欧神話の世界には行きたくない。

 

そもそもとして、北欧神話の死後の世界バルハラは、死んだ後も延々と「スポーツとして」戦争をし。死んだ奴は即座によみがえってまた戦争をするとか言う、どれだけ北欧の人間が戦争が好きだったのか察せられる場所であり。

 

そういう意味でも、北欧神話の世界は、出来れば足を運びたくないなと燐火は思った。

 

勿論、今とは文化が違うだけだ。

 

全否定するつもりはない。

 

燐火は行きたくない、というだけである。

 

そういう場所が好きな人は、それでいいだろうとも思っている。

 

「ともかくだ。 もしも最悪の相手だとすると」

 

「最悪の相手がいるんですか」

 

「ああ。 通称、全ての神々の恋人。 老若男女問わずにな」

 

それは何というか。

 

ちょっと爛れているな。

 

咳払いをすると日女さんは言う。

 

フレイヤ。

 

そういう女神だそうだ。

 

豊穣神系統の極北ともいえる存在。

 

イシュタルは別格としても。

 

アフロディーテと並ぶ、世界各地の神話におけるビッチオブビッチとして名をはせる、究極の淫売ともいえる女神らしい。

 

フレイヤには色々とろくでもないエピソードがあって。

 

とにかく性欲のままにあらゆる神と交わり。

 

たかが首飾りのために複数の小人と交わり。

 

気分次第で双子の兄であるフレイとまで交わり。

 

とにかく性欲を最優先目標として行動する女神であるそうだ。

 

ちょっと胸焼けがしてきた。

 

確かに今でも、一部では性欲を神聖視する人はいる。

 

海外でも強い女性の呼び方としてビッチを用いる人もいるらしいし。強さの象徴として、奔放に欲望のまま振る舞うことを肯定する人もいる。

 

別にその思想を押しつけてこないのであれば、どうでもいいと思うが。

 

ただ、押しつけられたら迷惑である。

 

それが燐火の嘘偽りない本音だ。

 

ともかくげんなりしている燐火だが。

 

日女さんは、淡々と続ける。

 

「イシュタルはああ言っていた……今のこの国の男女のあり方は気にくわないと言っていたが、あれはイシュタルが母系社会の神だからだ。 女性が一定の敬意を受け、女性も男性をそれで尊重する。 そういう社会の神だからな。 だからやり方は野性的で時に身勝手であっても、それでも互いに敬意を払うのが当たり前の社会の住人だ。 今は、ここにいる俺以外の女もみんなわかっているだろうが、腐りきったスクールカーストで醸成された上か下かの価値観のせいで、女が選ぶのは当たり前、自分を選ばない男の方がおかしい、家事は全部男がやるべきで、女はストレスから子供を殺しても罪にもならないとか考える輩が本当にたくさんいる。 イシュタルが嫌ったのは、おそらくそんな本当の意味で心が醜く腐りきった連中が、大手を振るっているこの国の現状、だろうな」

 

なるほど。

 

イシュタルは母系社会での、本当の意味での自立した女性を好むのであり、体現している訳だ。

 

今のフェミニズムだとかいうのをこじらせて、男性差別をしたり、社会的に弱い立場にいる男性を人間と見なさないような連中とはわかり合えない。女性の原初信仰であるが故に。

 

そういうことなのだろうと、燐火も理解した。

 

咳払いすると、日女さんは続ける。

 

「ただ、フレイヤも元は北欧での原初的信仰から、北欧神話に取り込まれた神格の筈だ。 もしもそれが今暗躍しているとすれば……」

 

「悪神に落ちた」

 

燐火がズバリ指摘すると。

 

嘆息しながら、頭を日女さんは掻いた。

 

ただ、今はまだ、フレイヤと特定するのはちょっと早いという。

 

それもそうだ。

 

実際問題、何か悪さをしている神がいるのは事実。

 

それがイシュタルの係累であるとしても。

 

それは世界中にたくさんいるし。

 

北欧神話でも、複数の女神がそれに該当しているのだ。

 

だとしたら、絞り込むのは少しばかり早すぎるだろう。

 

セバスティアンさんが少し困ったように言う。

 

「母系信仰の悪神に成り果てている存在だとすると厄介ですな。 元々母系信仰……蛇の神の系統は、ドラゴンや竜、ナーガなどとも通じます。 そういった神々は、いずれも強大です」

 

「あなたはそうとうなベテランらしいですが、そういうのと戦ったことはないんですか」

 

「いえ、当然あります。 ただし、魔祓いは基本的にその文化圏の魔祓いでしか出来ませんからね。 その時も複数の魔祓いで連携して当たりました。 ただ、数人が命を落としましたが」

 

日女さんがセバスティアンさんには敬語で喋っている。

 

まあ、そうだろう。

 

日女さんから見ても格上の相手だ。

 

ため口なんて、使う気にはなれないだろうし。

 

とりあえず、順番に方針を決める。

 

まず、ドルイド系の魔祓いが、そう遠くない日に来る。ちょっと遅れているらしいが、それでも来てくれる筈だ。

 

それを起点に動く。

 

問題は涼子の体に直に悪神が巣くっている訳ではなさそうだ、ということだ。

 

涼子に母性信仰をこじらせた悪神が影響を与えているとしたら。

 

おそらく悪意で、母親の醜行を憎んでいる涼子に性的欲求を強烈に与えることで、苦しむ様子を楽しんでいるのだろう。

 

許せない。

 

解散して、それで家に戻る。

 

家は近くなので、送ってもらわなくて大丈夫だ。

 

書類については、国で銀行で保管してくれるらしい。

 

貸金庫は時々トラブルが起きることで知られるが。

 

こういう魔祓い専門の、一般で使うことがない銀行であるらしい。

 

それもあって、貸金庫が荒らされる恐れはないそうだ。

 

家に戻ると、つわりでおかあさんが吐き戻していた。燐火はさっさと手伝いをする。

 

汚してしまった分は、綺麗にすれば良い。

 

おかあさんも調子が悪そう。

 

燐火に武道のイロハをたたき込んでくれて、生半可な腕前ではないし。鍛え方だって違うのに。

 

それでもこれだけ弱体化するのか。

 

そう思うと、複雑な気分である。

 

とりあえずベッドに連れて行く。

 

もう警察には、後数回行くだけだそうだ。

 

残務の処理で終わり。

 

それに、これだけつわりが酷いと、荒事もある警察ではとても働けないだろうとも思うし。

 

「ごめんね燐火。 迷惑掛ける」

 

「大丈夫ですよ。 とにかく、子供を大事にしてください」

 

「そうだね……」

 

「水です」

 

冷えすぎていない水を持ってきて、ゆっくり飲んでもらう。

 

さっき問題になっていたフェミニストの中には、おなかの子供を子宮内物質とか呼んで、堕胎するのを平気でやるような連中がいるらしいが。

 

そんな連中は地獄に落ちれば良いと燐火は思う。

 

気にくわない女性を「名誉男性」とか抜かして、差別の対象にする連中だ。

 

まだ小学生の燐火ですら、許しがたい相手である。

 

そんな連中の様子を見て悪神が笑っていて。

 

涼子を苦しめていると思うと。

 

なおさら怒りがふつふつと湧く。

 

とにかく、おかあさんをしばらく見ながら、側で勉強をする。勉強については、わからないところは涼子にメールを送ったり、ケルベロスと相談しながら進める。

 

黙々と進めていると、おかあさんは眠ったらしかった。

 

冷蔵庫を確認しておく。

 

おとうさんは最近は多めに休憩を入れるように、配信時間を調整しているようだけれども。

 

会社とはなかなか交渉が難しいらしい。

 

最初の頃のVtuberはもっと大変らしかったけれど。

 

今ではしっかりやってくれている企業も出てきているらしく。おとうさんが所属している会社もそうらしいのだけれども。

 

それでもこの苦労があるというのは。

 

要は楽な仕事ではないということだ。

 

おとうさんが出てきたので、おかあさんの状態と、冷蔵庫の中身について説明をしておく。

 

おとうさんも疲れているようだが。

 

わかった、ありがとうと答えてくれる。

 

少しずつ、敬語ではなく普通に喋る努力も始めているが。

 

燐火はまだまだ、この呪縛からは逃れられそうにはない。

 

おとうさんが買い物にいく。

 

とにかく消化にいいものを。栄養がいいものを。

 

もうちょっと状態が重くなり、子供が育ってきたら、病院におかあさんは移ることになるそうだ。

 

そうなれば多少は負担は減るか。

 

だが、恐らくは生まれてからが本番だ。

 

病院におとうさんが出る訳にはいかないだろうし。病院には燐火が行くことになるだろう。

 

ケルベロスがぼやく。

 

「これでどちらかの祖父母の片方でもいれば、だいぶ楽になるのだがな。 この国では少し前に三世代での生活を捨ててしまったのだろう。 いや、この国だけではないか。 自立を歌いながら、人間の強みを捨てるのはなんとも馬鹿げた話だ」

 

「そうだね。 ただ、燐火はそうはならない。 今回は良い機会だ。 子育てについても、経験を積むよ」

 

「その考えやよし。 自分をあらゆる全てから最優先する思考回路は明確に邪悪だ。 少なくとも最終的には誰も得しない。 燐火はそうではない。 それでいい」

 

ただ、林西さんに言われたように。

 

欲を知ることも大事ではあるのだろう。

 

最近、おとうさんにゲーム機とソフトを買ってもらった。

 

それを遊んでいると、たまにDLCがほしくなることがある。

 

燐火がやっているのは宇宙での発達と戦争を行うゲームなのだが。倫理観をドブに捨ててきたような内容で。

 

そういう意味でも勉強になる。

 

即身仏にでもなるつもりか。

 

林西さんに言われたとおり、燐火は今のうちに邪悪を知っておかなければならない。だから、こういうのを見ておいた方が良いだろう。

 

まあ、あまり長い時間遊ぶことは出来ないのだが。

 

おとうさんが戻ってきた。

 

その後は、二人並んでキッチンに立つ。

 

まだ包丁は許してもらえないが、それでも簡単な料理だったら出来るようになってきている。

 

卵はもう片手で割れる。

 

自分たちの夕食はさっさと済ませる。

 

そしておかあさんのために。

 

栄養のある食事を、おとうさんが運んでいくのを見守りながら。

 

燐火はちゃんと子供が生まれてくれるといいなと、心から思った。

 

 

 

イライラが止まらない。

 

涼子は、また父が馬鹿みたいな女に引っかかりかけている事を知って。それで激怒していた。

 

相変わらず女は嫌いだ。

 

涼子は自分が女であることに明確な嫌悪さえ覚えている。

 

父の愚かさにも頭にくる。

 

さっさと家を出て、それで。

 

燐火ちゃんが男だったらなあ。

 

そう思ってしまうこともある。

 

目が死んでいて、にこりともしないけれど。

 

それでも奇声を上げて暴れ回ることしか出来ないような「普通の」男子や。笑顔を浮かべて近づいてきて、搾取することしか考えていないような「イケメン」よりはよっぽどマシである。

 

父は金持ちであり。資産家だが。

 

涼子はそれで恩恵を感じた事なんて一度もない。

 

前に、家に来ていた婚約者候補の会話を盗聴器で拾ったことがあるが。

 

あのクソガキを如何にして放り出すか、みたいな話を、貢いでいるホストと話していた。

 

それを突きつけて、父の目を覚まさせたが。

 

どうして毎度毎度カスに引っかかるのか。

 

そういう意味でも、父には失望している。

 

それにだ。

 

このまま成長すると、父は涼子に欲情するかもしれない。

 

まさかそんなことはないとは思うが、どうもあのカスみたいな行動ばかりしている父を見ると。

 

そういう懸念が湧いてきてしまうのだ。

 

いや、違う。

 

それは涼子もだ。

 

涼子も母の血をやはり感じる。

 

父がイケオジといわれるような容姿であることは理解している。

 

行き場のない欲望に振り回され始めている涼子だが。それがまさか父に向いたりしないだろうな。

 

涼子はカス(母)の娘だ。

 

それもあって、どうしてもそういう恐怖が浮かんできてしまう。

 

燐火に武道をやらないかと勧められた。

 

精神修養になる武道もあると。

 

だが、涼子は運動は出来るけれど。燐火のは桁違いだとみていてわかる。あの子はおそらくだが、ギフテッドだ。運動に関しては、天才の素質があったのだと思う。武道に関してもだ。

 

うっすらと事情を聞いてはいるのだが、あまりよくない出自で、今の学校に来るまでは、ほとんど遊ぶことも出来なかったらしい。

 

それが環境に恵まれてから、あの凄まじい進歩だ。

 

もしも幼い頃からちゃんとした親の下で訓練を受けていたら、どれほど化けたのか見当もつかない。

 

オリンピックも余裕だったのではないのだろうか。

 

そういう子が、武道をやって見ないかと誘ってきても。

 

どうしても尻込みしてしまう。

 

情けないな。

 

自分に涼子は怒りを感じる。

 

行き場のない怒りだ。

 

悪いのは涼子。

 

それにあのカスにばかり引っかかる父。

 

今回も興信所に連絡して、交際相手を調べてもらっている。実は既に何度も調査をしたこともあって、涼子は興信所に知られているのである。

 

今日結果が来る。

 

やがて、連絡が来ていた。

 

やはりか。

 

今度の女は、会社の重役などを狙って、いわゆるハニトラを仕掛けて回るカスみたいな奴だ。

 

背後には反社もいる。

 

まだ父とは関係を持っていないが、危ないところだったと興信所は言う。

 

すぐに警察を手配してもらう。

 

父にも、即座に連絡を入れた。

 

仕事中だった父だが、興信所からのデータを送ってやると、絶句したようだった。

 

警察を手配したことも連絡しておく。

 

あの女には絶対に会うな、ということも。

 

父はしばらく返事を送ってこなかったが。

 

ごめんと、一言だけ返してきた。

 

欲望をコントロールできない人間が、これだ。

 

父は資産家で、会社ではそれなりに出来る方である。だが、性欲のコントロールが決定的に出来ない。

 

その辺り、父と母は似たもの同士だったのだろう。

 

悪い意味で、だが。

 

その血がどっちも涼子に継がれている。

 

反吐が出る話だ。

 

集中が切れた。

 

燐火から質問が来たので、答えておく。まだ英語などは特にそうだが、涼子の方が勉強はずっと出来る。

 

燐火は欲望と完全に切り離されているような人格を持っていて。

 

何かを親にねだるような事は想像も出来なかった。

 

既に自立のために人生設計をしている涼子でさえ。

 

父には、これ以上女をあさろうとして、醜態を重ねないでくれとねだりたいくらいなのに。

 

それをやめて、まともに生きてくれるだけでいい。

 

どうしてそれが出来ないのだろう。

 

わかっているんだろう。

 

不意に、そんな声が聞こえた。

 

おまえだって同じ穴の狢だ。

 

今だって男がほしくて体が疼いている。

 

まだ小学六年なのにな。

 

幻聴だ。わかっている。

 

おっさんが喜んで読む馬鹿週刊誌でもあるまいし、発育がいい小学生は早々に初体験を済ませるだのな訳がない。んなことを実行するは、ごく一部のアホだけである。

 

それを全体だと思われても困るし。

 

涼子がそうであるはずがない。

 

だが自家発電による性欲の解消を覚えたのは比較的最近だ。

 

それもあって、涼子はニンフォマニアかもしれないと言われたことが、ずっと気になっていた。

 

トラウマがずっと頭の中で渦巻いている。

 

涼子も同じ穴の狢。

 

そう言われると、どうしても否定できない。

 

涙が出てくる。

 

自分がとにかく情けなかった。

 

 

 

意外と粘るな。

 

そうそのものは思った。

 

オーディンと袂を分かって行動を開始してから、確実に地盤を構築しているが。今もてあそんでいる子供が、思ったより墜ちないのだ。

 

元の芯が強いのか。

 

それとも。

 

子供なんて誘惑に弱いものだ。何かのきっかけがあればあっという間に悪に転ぶ。大人ですらそうなのだ。

 

さらには、今は欲望を肯定する風潮もある。

 

普通なら簡単に墜ちる。

 

少なくとも、今まで堕として遊んできた子供は、みんなそうだったのだが。

 

あの涼子とか言う子供。

 

少なくとも、意外と侮れない。

 

そして奴が友としている燐火とか言う子供は。

 

ケルベロスも憑いている。

 

そう簡単には手出しできないだろう。

 

色々な方法で誘惑をかけてみようかとも思ったのだが、思った以上にこちらも守りが堅い。

 

心の隙間は当然ある。

 

だが、それもなかなか突く暇がない。

 

手近にいる涼子という子供で遊ぶにしても。

 

母親が起因となる女への嫌悪。

 

それでいながら自分が女であるギャップ。

 

普通だったらこれを突けば簡単に墜ちるのだが。此奴はどういうわけか、高僧を自称していたような奴よりも余程粘り強い。

 

理由はわからない。

 

魔祓いとしての力でも秘めていて。

 

何かしらの神が支援でもしているのか。

 

いや、それにしても妙なことが多い。

 

いずれにしても、どうにかして堕としてやりたいのだが。それもなかなか、うまくはいかないとみた。

 

苛立ちを感じ始める。

 

既に自分の存在が悪神に墜ちている事は自覚している。

 

本来の神としてのあり方を逸脱していることも。

 

ただ、それは一神教によるネガティブキャンペーンの結果も大きい。北欧の神々を信仰することを文化的ではないとか喧伝したあの腐れ一神教のせい。

 

そのせいで北欧神話は物語と落ちはて。

 

神殿も信仰も破壊され尽くした。

 

どこでもそれは同じだ。

 

一神教が通るところ、土着信仰は踏みにじられた。

 

他の信仰だったら、習合などを経て、神として生き残る事はいくらでもある。それなのに。

 

苛立ちが判断力を鈍らせる。

 

ただ、それは自覚しているので、気分を変えることにした。

 

あまりおおっぴらに姿を見せるわけにはいかない。

 

オーディンの一派はこの国の神々を侮っているようだが。

 

世界的にも珍しい特異な信仰が根付き、一神教の侵攻を阻んできた文化圏である。根付いている神はとても強力で、魔祓いに宿る分霊体だって侮れる相手ではない。

 

それを冷静に判断できる程度の頭は持っている。

 

そうしなければ、生き残れなかったのだ。

 

繁華街に触手を伸ばす。

 

おつむが弱いのを見つける。

 

この手の奴は、身内には際限なく甘く、身内以外には何をしてもいいと本気で思い込んでいる。

 

北欧の古い時代のノルマンの民も同じだ。

 

ゲルマン民族の中でも極北の存在だったノルマンの民は、それそのものが海賊というとんでもない集団だった。

 

略奪殺戮、暴虐の限り。

 

それらを尽くしながら、自分たちは強壮な存在だと誇っていた。

 

中毒性のある毒キノコを食わせて狂戦士などというものを作りだし。

 

生物兵器として活用していたような連中だ。

 

それの価値観は。

 

国そのものが、チンピラと同じであったといえる。

 

だから行儀がいいローマ神話を祖に持つテュールは根付かなかった。

 

そしてそいつらに影響を受けたのだ。

 

同類の臭いはすぐにわかる。

 

一人、適当なのを堕としてやろう。

 

そう忍び寄ろうとした瞬間。

 

凄まじい殺気を感じ、全力で逃げた。

 

危ない危ない。

 

危うくやられるところだった。だが、引き際もわきまえている。今更、簡単にやられはしない。

 

 

 

舌打ちしたヘラクレスは、ケルベロスのところに連絡を入れに行く。

 

ケルベロスは既に深夜だと言うこともある。

 

燐火が眠っているので、一緒に寝ていたが。ヘラクレスが出向くと、起きて思念を飛ばしてきた。

 

「何だ。 燐火は今が大事なときだ。 きちんと寝かせてやれ。 寝ないと育つものも育たん」

 

「わかっている。 だから明日の朝、おまえから話してやってくれるか」

 

「何があった」

 

「おそらく涼子という娘にちょっかいを出している神格が、繁華街で与太者に手を出そうとしていた。 一瞬早く私が対応したが。 非常に狡猾な奴だ。 逃げられてしまった」

 

無言になるケルベロス。

 

しばしして、燐火の方を見ながら言う。

 

「そいつの正体はわかるか」

 

「なんともな。 この間の話で、イシュタルの係累ではないかという結論が出たようだが、近くで感じた気配はどちらかというと……」

 

「うん?」

 

「完全に悪神に転じているな。 あれは淫魔に近い」

 

淫魔。

 

性欲で相手を惑わす邪悪な魔だ。

 

勿論性欲自体は必要なものだが、それにも限度がある。

 

ちなみに有名なサッキュバスは淫魔ではない。あれは都合が良い夢を見せて人間から精気を吸い取る夢魔である。

 

「淫魔にまで墜ちた存在か。 千々に砕いてしまって良さそうだな」

 

「ああ。 神は滅ぼしても簡単に死ぬことはない。 再生して、善神に戻るように促してやろう」

 

「そうだな。 とにかくまだ燐火も発展途上だ。 大物のダイモーンの駆除は、優先して頼むぞ」

 

「わかっている。 そちらも任せておけ」

 

ヘラクレスは、燐火の家……平坂家を後にする。

 

どうやら母親には子供が宿っているようで、ふっと静かに笑う。

 

この家だったら、きっと幸せな人生を送れるだろう。子供が幸せに生きられるのが、一番いい国だ。

 

そうヘラクレスは、長い経験からも知っていた。

 

自分のような目には子供を遭わせてはいけないのだ。

 

そうとも心の底から思っていた。







ヘラクレスは非常に強力な英雄神格ですので、ある程度文化圏の壁を越えてダメージを与えられます。

ただそれでも滅ぼすことは不可能です。

本作ではあくまで文化圏ごとに、それに対応した魔祓いが必要なのです。

魔だけではなく悪神も同様です。



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